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【サッカーに生きる人たち】力を最大化するために|在原正明(ヴィッセル神戸スペイン語通訳)

2019.04.17

インタビュー・文=柴田大輔(フロムワン・スポーツ・アカデミー1期生)
写真=浅尾心祐

 解釈者。翻訳者。介在人。通訳を表す言葉は数多く存在する。しかし、言葉は変わっても忘れてはいけないことがある。

 昨年、ヴィッセル神戸はフアン・マヌエル・リージョ監督を招聘した。サッカーファンの間では知らぬ者はいないビッグネームだ。そして同時に、スペインメディアの間で「哲学者」と呼ばれるほどの変わり者でもある。


「一番大事なことは、その場で行われている、もしくは行われるであろうコミュニケーションの回路を整理してあげること。どうしても通訳者はイコール監督だと思われてしまうことがあるんですよね。ですが、通訳の仕事は、その時に自分が答えてはいけない領域がどこにあって、自分が答えることでコミュニケーションが円滑になる部分がどこにあるのかっていうのをしっかりと仕分けていくことです」

 リージョ監督の通訳を任された在原正明(ありはら・まさあき)さんは、何年も通訳として働いた経歴を持つ。監督が変わり者と言われても、通訳の核、おざなりにしてはいけない部分は変わらない。

「通訳を志したことはない」

 そもそも、最初から通訳を目指していたわけではない。サッカーで前十字靱帯を損傷してしまい、リハビリとしてプレーし始めたフットサルでプロの道に入った。

「当時一緒にフットサルをやっていた仲間が、今のFリーグの前身になるリーグでプレーしていたんです。その試合を見に行ったら、自分たちが想像していたフットサルと全く違う。フットサルがすごく戦術的に魅力ある競技だということが分かってきた。それが、プレーヤーとしてだんだんとサッカーからフットサルに移っていった理由ですね」

 初めて通訳という職業に就いたのは2007年。バルドラール浦安というフットサルのチームでのことだ。そこに至ったのは、ある監督の言葉がきっかけだと話す。

「当時僕はスペインでスポーツマネジメントを学んでいたんですが、そこでシト・リベラ監督(元バルドラール浦安監督)に出会ったんです。それで『最終的におまえは日本で指導者になりたいんだろう? だったら、スペイン人の監督がスペインの方法論を持って日本人にフットサルを指導していくプロセスを一緒に見ていくことは、スペインでライセンスを取ることよりも必要なことなんじゃないのか』って言われて。『まあ、そうですね(笑)』って。それで帰国してバルドラール浦安で働くことになりました」

 コーチ、指導者になるプロセスとしての通訳。他の通訳とは違う目的を持つことに関して真剣な眼差しでじっくりと言葉を選びながら話す。

「これまで通訳を志したことはないですし、今も通訳で何かを成し遂げようと思っているわけではありません。当然、通訳者としてやっている方がいらっしゃるのは十分理解しているので、プロとしてやっているわけですけども、通訳者として何か志しているものがあるかと言われたら、僕の答えは『ない』なんです」

方法論を確立していきたい

 2012年には、フットサル日本代表のワールドカップが終わったこともあり、一時的に通訳という職業から離れた。そして2018年の夏、ヴィッセル神戸で通訳として働き始める。それまで慣れ親しんだフットサルの世界ではなく、サッカーの世界を選んだのはなぜなのか。そこには通訳としての役割だけではない、指導者としての考えもあったという。

「スペインの方法論を持って育成組織を構築していく取り組みがヴィッセルにあるという話を聞いたんです。日本の課題は方法論をしっかりと持った上で、ラフにではなく、プログラムを基にしっかりと教育をしていくということにある。それはフットサル界もサッカー界も同じです。そういう方法論を持った人の仕事が最大化されるよう助けることが、自分にとって重要なことだと思ったんです」

 フットサルの世界からサッカーの世界へ。新しい環境に入る決断を下す際、“2人”の自分の間で葛藤が起きた。それでも、最後は自らの感情に身を任せたという。

「2人の自分がいました。1つは感情的な部分で単純にやりたい、そこに参加したいと思う側面だと思うんですよね。もう1つが論理的に考える側面。家族は生活していけるんだろうか、一緒に住むのか住まないのかという。理性的な部分と感情的な部分がぶつかって難しさはありましたね。ただ、最初に話を聞いて、そのチャンスがあるという時点で心は決まっていました」

「相手の捉え方」を大切にする

 在原さんの役割は、スペイン語通訳としてリージョ監督を中心としたマネージメントのサポートをすることだ。監督が周りのスタッフや選手と円滑なコミュニケーションが取れるようにする。言うなれば、点と点を線にしていく作業だ。

「当然、監督というのはコーチングスタッフと一緒にいるので、監督陣とコーチ陣の間に入り、解釈者として、情報の発信者としての役割も持ちます。強化部と監督、またはクラブと監督、そして選手と監督という様々な領域の間にあるコミュニケーションを円滑にするのが自分の役割です」

 国籍の違う人たちの間に立つ通訳は、ただ翻訳するだけでなく、「相手の捉え方」を意識するスキルも必要になる。ある意味では2種類の仕事を持つということだ。

「監督から選手に対して、スペイン語から日本語にどう翻訳するか。そして、日本語で受け止める人たちがそれをどう捉えるかっていうことですね。もう1つは、その日本語を話す人たちからスペインの人たちに対してどう話を変換し、そして届けていくか。その2つが最も求められるスキルなのかなと思います」

失敗が許されないからこそ

「着地点を間違えない。それが最も重要なんです。」

 語気を強めて話すのは、かつて通訳者としてあってはならない失敗をしたからだ。

「監督がハーフタイムに『前からプレッシャーかけろ! どんどん強気で行くぞ!』という意味で『nos』って言ったんです。でも、僕はそれを『no』と捉えてしまったので、『行かない』と伝えてしまった。後半が始まってすぐに『在原、なんであいつらは前からプレスにいかないんだ?』と言われ、『いや、だってnoって言いましたよね?』、『いや、nosって言ったんだ』って……。僕の経験上、競技面に影響を与えてしまった失敗はその時だけですね。自分の誤訳がチーム全体の動きに影響を与えてしまったことは、今でも忘れられません」
※“nos”は文脈を強調するために用いられる表現。“no”は否定語。

 たった一度の失敗。しかし、通訳には失敗は許されない。落ち着きながらも言葉に力を込める姿からは、通訳という職業へのプライドが感じられるようだった。

チームの勝利こそが一番

 ヴィッセル神戸はルーカス・ポドルスキ、アンドレス・イニエスタ、ダビド・ビジャと次々にビッグネームを獲得した。ファンやメディアの期待は日に日に高まっている。

 それでも、通訳者として何か特別なことをしたいと思ったことはない。ヴィッセル神戸が一試合一試合、勝利を重ねていけるようサポートすることが在原さんの目標だ。

「チームに帯同して通訳として振る舞う以上は、チームの勝利が一番です。クラブが目標とするだけの勝利を重ねていくこと。一試合一試合、監督とチームが融合していくことをかなえるだけかなと思っています」

 強調するように、そして自分に言い聞かせるように話を続けた。

「本当に一試合一試合、せいぜい長くて1シーズン……チームが求めるパフォーマンスを発揮できるようサポートすることが自分の目標です」
 
 目の前の目標が達成されるようサポートする。それは、通訳として核になる部分と変わらない。人と人のネットワークを築く在原さんは、間違いなくヴィッセル神戸というチームを支えている。

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