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変わらぬメッセージ…浦和レッズ ハートフルクラブの信念

2018.10.29

浦和レッズ ハートフルクラブは、2007年のACL初出場を契機に、タイ、ベトナム、カンボジアなど15の国と地域で129回のサッカー教室を開催してきた [写真]=浦和レッズ

インタビュー・文=野口 学 Interview and text by Manabu NOGUCHI
写真=浦和レッズ、アジアサッカーキング編集部 Photo by URAWA REDS, ASIA SOCCER KING

 わずかに、「4」—。

 これは、アジア2万クラブのうち、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)を2度制覇したことのあるクラブの数だ。


 浦和レッズは、その偉業を成し遂げたクラブの一つ。もちろんJリーグ勢では唯一の存在だ。

 他のチームがうらやむような豪華な顔触れの選手たちがピッチの上で躍動し、熱狂的なサポーターが極上の雰囲気を生み出す。こうした姿はメディアを通じて、多くの人の知るところだろう。

 だが実は、このクラブは、知られざるもう一つの顔を持っている。

 それが、浦和レッズ ハートフルクラブだ。

 子供たちの「こころ」を育むことを目的に、浦和レッズが2003年に始めた活動で、幼稚園年長から小学生までを対象にしたサッカースクール、小学校の体育の授業のサポート、パートナー企業との共同企画によるサッカークリニック、さらには「こころ」をテーマにした講演会などを、1年を通じてほぼ毎日行っている。

 ハートフルクラブの活動は主にホームタウンを中心に行われているが、それだけにとどまらず、「東日本大震災等支援プログラム」の一環として、震災以降、毎年、被災地の小学校への訪問も続けている。これまでに78回のサッカー教室を行い、のべ3,649人を超える子供たちへサッカーを通じた「こころ」の交流を行っている。

 さらに、この活動は海を越えてアジア各地でも行われている。2007年のACL初出場を契機に、タイ、ベトナム、カンボジアなど15の国と地域で129回のサッカー教室を開催し、8,165人以上のアジアの子供たちの健全な育成にも寄与してきたのだ。

 アジアのサッカーは大きな変貌を遂げている。それは確かに事実だ。だが、代表やクラブだけがその国のサッカーではない。

 アジアでの「草の根国際交流」を通じて、何を見て、何を感じてきたのか?

 ハートフルクラブのキーマンが語る言葉の数々には、私たち日本人が知るべきこと、そして、学ぶべきことが満ちあふれている。

神野真郎(かみの まさお)1977年5月2日生まれ、東京都出身。浦和スポーツクラブ、浦和レッズユースを経て、96年、浦和レッズに在籍。2004年から浦和レッズハートフルクラブのコーチを務める。

インタビュー1
神野真郎
浦和レッズ ハートフルクラブ コーチ

活動を通じて結ばれた絆

「あそこで一緒にサッカーをした子が、10年の時を経て、児童養護施設の子供たちによるワールドカップのタイ代表に選ばれたという話を聞いた時は、本当にうれしかったですね」

 目を細めながら、抑えきれない感情を口にした。

 ハートフルクラブでコーチを務めて15年目を迎える神野真郎氏は、これまでにハートフルクラブの活動でアジア10カ国へと訪れている。その中でも特に印象深かったこととして、タイ北部のチェンマイ郊外にある施設、バーンロムサイでの出来事を挙げた。

「ここはHIVに母子感染した孤児たちが多く暮らす生活施設になります。日本人の名取美和さんが設立・運営されているということもあり、何か少しでも力になれればということで初めて訪問したのが2008年のことでした」

 1999年の設立当初から、「HIV孤児施設」という理由で、村人からの差別と偏見の対象となっていたバーンロムサイ。だが、そうした状況を変えたのが、ハートフルクラブだった。

「バーンロムサイを訪れるにあたり、村の子供たちにも集まってもらいました。それまでは一緒にサッカーをやることもなかった子供たちが、一緒になって楽しそうに走り回り、休憩では同じコップで水を飲む姿がそこにはあった。施設の方々は今でもその時の光景が忘れられないそうです。決して差別や偏見が完全になくなったわけではないかもしれない。でもその時、確かにみんなが一つになっていたように感じられました」

 その後、実際にバーンロムサイと村の子供たちによるサッカーチーム、ロムサイFCが結成され、今では子供たちはサッカーを通じて心を通わせ合い、信頼できる仲間となっている。

 あれから10年、ハートフルクラブとバーンロムサイの関係は、今も続いている。11年、12年、13年、15年、17年と計6度の訪問に加え、ホームゲームでは何度もバーンロムサイのブースを設けてきた。

 さらに、今年の9月には一人の少年をホームゲームに招待した。それが、冒頭の児童養護施設の子供たちによるワールドカップのタイ代表に選ばれた、ベン君だ。

 ベン君は10年前のあの日、8歳でサッカーを始めた。そのきっかけは紛れもなく、ハートフルクラブの訪問と、ロムサイFCの結成だった。

「その時、一緒にいられたのはたったの数時間かもしれませんが、それがきっかけとなって差別や偏見が少しでもなくなったり、チームがつくられたりして、そこでサッカーを続けた子供がサッカーを通じて世界へと飛び出していった。日本にも来てくれた。本当に言葉にできないぐらいうれしかったですね」

タイの子供たちが真剣な表情でコーチの実演に視線を送った [写真]=浦和レッズ

子供たちが見せる積極性

 ハートフルクラブでは、決して恵まれているとはいえない地域へと赴くことが多いという。最寄りの街から車で4、5時間も離れた辺境の地。デコボコのグラウンドに、竹で作られたゴール。山岳地帯の中腹を切り開いて建てられ段々状になっている学校や、ゴミの臭いが漂う不衛生な環境。

 だが、どこに行っても変わることなく、盛大に歓迎されるという。

「バングラデシュでのある村では、僕らが歩いていると、ものすごくたくさんの花束が上から投げられてきたんですよ。ちょっと危ないぐらい(笑)。でも、それがその村での歓迎の儀式で、外国人が訪れること自体が初めてということもあって、1000人ぐらいの規模で出迎えていただきました。やっぱりそうした歓迎ぶりはうれしいものがありますよね」

 こうした地域では決して、子供たちが存分にサッカーをやる環境が整っているわけではない。グラウンドに砂利や石ころが転がっているだけならまだいい。ビンやガラスの破片がそこら中に散らばっていることもある。そんな場所でもはだしで駆け回っている子供たちの姿を見て、感じ入るものがあったと神野氏は話す。

「そうした地域ではサッカーを一度もやったことがないような子供もたくさんいます。日本だったら少し遠慮がちになるかもしれません。でも、向こうではみんな積極的に何でも取り組もうとしてくれる。危険なことをしろというわけではありませんが、どんな環境でも、自分がやったことのないことでも、積極的な姿勢を見せてくれます」

 もしかしたら、「アジア王者の浦和レッズがわざわざ僕らの村まで来てくれた!」、そんな思いが、子供たちを自然と前のめりにさせているのかもしれない。

「子供たちにとって、サッカーは遊びの延長なのかもしれません。でも本当に楽しんでくれているというのは、言葉が分からなくても表情や声で分かります。試合が始まればプレーしている子供はもちろん、待っている子供たちも本当に一生懸命に応援します。応援の声はどんどん大きくなり、どんどん前に出てきてしまう。そうした勝負への執着心は、もしかしたら日本人が見習っていくべきものかもしれませんね」

落合弘(おちあい ひろし)1946年2月28日生まれ、埼玉県出身。浦和市立高校、三菱でプレー。69年日本サッカーリーグ得点王。同リーグ最多の260試合連続出場記録を持つ。日本代表Aマッチ63試合出場9得点。2003年から浦和レッズハートフルクラブのキャプテンとして精力的に活動を続ける。

インタビュー2
落合 弘
浦和レッズ ハートフルクラブ キャプテン

大事なことはどこでも変わらない

「人として大事なことっていうのは、どこの国に行っても同じだよ。だから我々ハートフルクラブでは、どこに行っても同じことを伝えようとしているんです」

 そう言葉を強くして話すのは、ハートフルクラブの創設から16年間、キャプテンを務める落合弘氏だ。

 現役時代、浦和レッズの前身である三菱重工サッカー部を3度の日本サッカーリーグ優勝に導き、自身も年間最優秀選手、そして10度のベストイレブンに輝いた実績を持つ。日本代表のキャプテンを務め、日本サッカー殿堂掲額も果たしている。まさに、浦和の、そして日本サッカー界のレジェンドというべき存在だ。

「ハートフルクラブで特に大事にしているのが、『一生懸命やろう』、『楽しもう』、『思いやりを持とう』の3つ。一生懸命にやることは楽しいと思えるようになれば子供はどんどん成長していくし、思いやりを持てば相手の立場になって物事を考え、行動できるようになる。

 これはどこに行っても必ず伝えたいと考えています。だってそれが人として一番大事なことだと思うから。国によって、文化とか、宗教とか、いろんな違いがあって、なかなか受け入れられないこともあると思うけど、やっぱり伝えるべきことは伝えないといけない」

 落合氏は常に、子供たちの将来にとってハートフルクラブはどうあるべきかを考えているという。子供たちの「こころ」を育むことを目的に活動しているが、そのためにはどう行動すべきなのか、どう伝えるべきなのか。模索を続けてきた中で、今でも自分の土台となっている出来事があるという。

 東日本大震災が起きて間もなく、ハートフルクラブで被災地の中学校へ訪問した時のことだった。子供たちはそれぞれにつらい思いを抱え、多くの芸能人が明るく盛り上げようと被災地へと訪れていた。もちろんそれ自体は素晴らしい活動で、必要なものだったことに疑う余地はない。だが落合氏は、「ハートフルクラブでも同じことをしていいのだろうか」と悩んでいた。結局、いつもどおり、いや、いつも以上に厳しく子供たちに接した。

「集まれって言ったらすぐに集まれ!」

「ボールを蹴るんだったらもっと真剣にやれ!」

 すべてが終わった後、部活の顧問の先生にものすごく喜ばれたという。

「先生方も『このままでいいのだろうか』という不安はありながら、子供たちがつらい思いをしたことも知っているからこそなかなか言えなかったようです。だからこそ、子供たちの将来を考えれば、やはり我々が常日頃からやっているように、人として大事なことをちゃんと伝えていく、それに尽きるんじゃないかなって。それは海外、アジアに行っても、同じことです」

 ハートフルクラブでは今年、初めてカンボジアを訪れた。長きにわたって国民を苦しめてきた内戦の終結から20年以上の月日が流れているにもかかわらず、500万とも600万ともいわれる膨大な数の地雷が土の中に眠っており、いまだその爪痕は深く刻まれている。

 落合氏はここでも、同じことを感じたという。

「カンボジアの子供たちはよく話を聞いていなかったりする。なんでかなと自分でも考えていたんだけど、カンボジアで活動している日本人の方が言うには、『内戦時代は自分の命のことしか考えられなかったから、今はなんでも自分の自由にやりたい、そういう時期なんじゃないですかね』と。なるほどと思いましたが、だからこそやっぱり人として大事なことを誰かが教えていかなきゃいけないんじゃないかなと思いましたね」

 シンガポール、ドバイ(UAE)、ベトナムの都市部など、落合氏たちの話をあまり聞かない子供たちがいたことも事実だ。だが落合氏は、こう続ける。

「今は気が付かなかったとしてもいい。でも、誰かが何か言わないと、何も残らないもんね。だから、伝え続けていくことが大事なんじゃないかと思っていますよ」

水たまりができたグラウンドでボールを蹴るミャンマーの子供たち [写真]=浦和レッズ

日本の子供たちに伝えたいこと

 落合氏はこれまでにアジア各地を訪れてきた中で、多くのことを学んできたという。その中でも特に日本の子供に伝えたいことは何だろうか?

 その一つが、ミャンマーのぐちゃぐちゃのグラウンドで、はだしの子供たちが楽しそうに笑顔で駆け回っている姿だ。

「日本の子供たちにこの時の写真を見せて、こう言います。『君たちはこんなグラウンドでもやるか?』『そんなところでやってらんねえやって言わないか?』と。今の子供たちはいろんな情報を持っているから、やる前から自分に合う、合わないを決めてしまいがちです。でもまずは、『ちょっとでもいいから、トライしてみろ』と。実際に自分でやってみた感覚で、自分が自分の判断の主体となることで、個性が豊かになり、人として成長する。そして、『やるからには笑顔でやれよ』とも言います。ミャンマーの子供たちは本当にすごい笑顔ですよね。こういう写真を見て何を感じるか。『向こうの人たちはこんな環境でも楽しんでいるのか』『自分は負けちゃうかもしれないな』と、自分なりに感じることが大事なんだと思います」

 もう一つは、ブータンで子供たちが片足だけシューズを履いてサッカーをしている姿だ。

「なんで片足だけと思うでしょ? シューズを持っている子が、持っていない子に片方を貸しているから。『わざわざ浦和レッズが来てくれているんだから、本当はちゃんと両足履いて頑張りたい』『でもそれはみんなも同じはず。仲間だし、貸してあげよう』と。本当に優しい子供たちだよ。だからブータンは世界一幸せな国と言われるんだと思います」

 この2つのエピソードには、ハートフルクラブがどこに行っても伝えている『一生懸命やろう』、『楽しもう』、『思いやりを持とう』の3つのメッセージが凝縮されている。落合氏の言葉がさらに熱を帯びる。

「これはオーストラリアのブリスベンの写真だけど、ここのグラウンドは天然芝でものすごく整備されていたし、みんな両足にシューズを履いて、きれいな格好をしていた。みんな笑顔でしょ? ここが大事なんだよ。

 世界にはいろんな環境がある。でもその中でみんな、一生懸命に楽しみ、思いやりを持っている。どんな環境だろうと大事なことは変わらないし、全部、自分次第。環境は関係ないんだよ。そういったことをこれからも日本の子供たちに伝えていきたいですね」

[写真]=浦和レッズ

By サッカーキング編集部

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