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次はイニエスタの番か? Jリーグに挑戦した“W杯戦士”13名を選出

これまでJリーグに挑戦してきた名選手たち [写真]=Getty Images

 今シーズン限りでバルセロナを退団するスペイン代表MFアンドレス・イニエスタがヴィッセル神戸に加入するという報道が世界中を駆け巡っている。実現すれば、真のワールドクラスが日本にやってくることになるだろう。そこで今回は、“ワールドカップ経験者”にフォーカスして、過去にJリーグでプレーした13名のスター選手をピックアップしてみた。

■ミカエル・ラウドルップ
ヴィッセル神戸(1996-1997)
デンマーク代表(1986、98)

 弟のブライアンとともに、「ダニッシュ・ダイナマイト」と恐れられた1980年代のデンマークを象徴するスーパースター。バルセロナのOBであり、イニエスタも憧れた選手だった。1996年に当時JFLに在籍したヴィッセル神戸に移籍し、Jリーグ昇格に貢献。翌年にJリーグで3試合に出場したのち、アヤックスからのオファーを受けて退団した。ワールドカップには86年大会と98年大会の2度出場。98年大会では主将を務め、デンマークのベスト8進出に貢献した。同大会後に代表を引退するとともに現役生活にも別れを告げた。

■ギャリー・リネカー
名古屋グランパス(1992-1994)
イングランド代表(1986、90)

 1986年のワールドカップで得点王に輝いたほか、FW岡崎慎司の所属するレスターでも得点王を獲得した実績を持つイングランド出身の名ストライカー。1986年から3年間にわたりバルセロナに在籍したこともある。1993年、Jリーグ開幕に合わせて名古屋グランパスに加入。当時のJリーグ最高額となる3億円という年棒から大きな注目を集めた。だが、負傷もあってJリーグでは通算4得点しか挙げられず、翌年限りで現役に幕を下ろした。

■フリオ・サリナス
横浜マリノス(1997-1998)
スペイン代表(1986、90、94)

 90年代のスペインを代表する大型センターフォワード。86年大会から3度のワールドカップ出場を果たし、通算3ゴールを挙げた。出生地であるアスレティック・ビルバオのほか、バルセロナでもプレーし、ドリームチームの一員として1991-92シーズンのチャンピオンズカップ(現CL)優勝に貢献。1997年に横浜マリノスに入団すると、2年という短い在籍期間ながらリーグ戦47試合出場34得点を記録した。この時打ち立てた“8試合連続得点”は、今もなお破られていないJ1記録である。

■アイトール・ベギリスタイン
浦和レッドダイヤモンズ(1997-1999)
スペイン代表(1994)

 サリナスと共に、ドリームチームの一員としてバルセロナの黄金期を支えたレフトウイング。バスク語で「小さな」を意味する「チキ」の愛称を持つ。ワールドカップには94年大会にのみ出場した。1997年に浦和レッズに入団すると、翌年には大物ルーキーの小野伸二と共に中盤を形成。在籍3年間で61試合出場16得点の記録を残している。引退後は古巣バルセロナのディレクターに就任。現在はマンチェスター・Cのディレクターを務めている。

■フリスト・ストイチコフ
柏レイソル(1998-1999)
ブルガリア代表(1994、98)

 1994年のワールドカップで6得点を挙げて得点王を獲得。同年のバロンドールも受賞したブルガリア最大のスター選手。ストイチコフもまたバルセロナのドリームチームの一員であり、晩年に日本でプレーしたという共通点を持つ。1998年に柏レイソルへ加入すると、西野朗監督(現日本代表監督)のもとでJリーグ通算27試合に出場した。得点数は「12」とそれほど多くないが、セレッソ大阪戦で見せた弾丸FKは今も語り草となっている。

■ギド・ブッフバルト
浦和レッドダイヤモンズ(1994-1997)
ドイツ代表(1990、94)

 1980年代から90年代にかけて、ドイツ代表の守備の要として君臨したセンターバック。1990年のワールドカップではディエゴ・マラドーナを徹底マークで封じ込め、世界一に輝いた。4年後のワールドカップを最後に代表引退を決断。10シーズンにわたり在籍したシュトゥットガルトに別れを告げて浦和レッズに加入すると、1997年まで3年半にわたりプレーした。1995年と96年には2年連続でJリーグのベストイレブンに選出。また、2004年には監督として浦和に復帰し、Jリーグと天皇杯の二冠を達成している。

■ピエール・リトバルスキー
ジェフユナイテッド市原(1993-1994)
ブランメル仙台(1996-1997)
西ドイツ代表(1982、86、90)

「リティ」の愛称で親しまれた、ドイツが世界に誇る名ドリブラー。西ドイツ代表として3度のワールドカップ出場を果たすと、90年大会で優勝、82年、86年大会でともに準優勝に輝いた。Jリーグが発足した1993年にジェフユナイテッド市原へ移籍すると、中心選手としてチームをけん引。ベガルタ仙台の前身であるブランメル仙台と合わせて、日本で4年間にわたってプレーした。また、横浜FCの初代監督を務めたほか、アビスパ福岡の指揮官も務めた。

■レオナルド
鹿島アントラーズ(1994-1996)
ブラジル代表(1994、98)

 母国の先輩ジーコからの誘いを受けて、1994年のワールドカップで優勝を果たした直後に鹿島アントラーズ入り。現役のブラジル代表選手がJリーグでのプレーを選んだとして大きな話題となった。翌年の横浜フリューゲルス戦では、リフティングからのボレーシュートでゴールをマーク。このゴールは2013年のJリーグ20周年企画「Jクロニクルベスト」において、過去20年のベストゴール第1位に選出された。端正なルックスから「貴公子」や「レオ様」と呼ばれ、ファンの間で高い人気を誇った。

■ドゥンガ
ジュビロ磐田(1995-1998)
ブラジル代表(1990、94、98)

 ワールドカップに3度出場し、94年大会ではキャプテンとして母国を世界王者に導いた“闘将”。2006年から2010年までと、2014年から2016年までの2度にわたってセレソンの監督も務めた。1995年からジュビロ磐田でプレーすると、在籍4年間で公式戦123試合に出場。若いチームに“勝者のメンタリティー”を植え付けると、1997年には年間総合優勝を果たすとともに、JリーグMVPにも輝いた。その後到来する“黄金時代”の礎を作ったと言われている。

■ドラガン・ストイコヴィッチ
名古屋グランパス(1994-2001)
ユーゴスラヴィア代表(1990、98)

 セルビア生まれのファンタジスタで、「ピクシー(妖精)」の愛称で親しまれた。1990年のワールドカップでは、決勝トーナメント1回戦でスペイン相手に2得点をマーク。ベスト8進出の立役者となり、当時、ユーゴスラヴィア代表を率いていたイビチャ・オシム氏(元日本代表監督)と共に、その名を世界にとどろかせた。1994年に名古屋グランパスに加入すると、アーセン・ヴェンゲル監督(現アーセナル)の指導のもとで数々のスーパープレーを披露。7年間に及ぶ在籍中には、2度の天皇杯優勝に貢献し、1995年のリーグMVPにも輝いた。監督としても、2010年に名古屋を優勝に導き、Jリーグ史上初の「最優秀選手」と「最優秀監督」の両方の受賞者となった。

■パトリック・エムボマ
ガンバ大阪(1997-1998)
東京ヴェルディ1969(2003-2004)
ヴィッセル神戸(2004-2005)
カメルーン代表(1998、02)

 圧倒的な身体能力で、規格外のゴールを連発したカメルーンの英雄。1997年にガンバ大阪に加入すると、28試合出場25得点を記録してJリーグ得点王に輝いた。その活躍ぶりに「浪速の黒豹」という愛称がついた。1998年のフランス大会でワールドカップに初出場。2000年には、シドニー五輪にオーバーエイジ枠で出場し金メダルを獲得した。2002年の日韓ワールドカップに出場した後、東京ヴェルディ1969やヴィッセル神戸でもプレー。Jリーグ通算成績は、79試合出場48得点。

■フレドリック・ユングベリ
清水エスパルス(2011-2012)
スウェーデン代表(2002、06)

 2度のワールドカップと3度のユーロに出場した2000年代を代表するスウェーデンのアタッカー。クラブレベルでも、2001-02シーズンにプレミアリーグとFAカップの2冠達成したアーセナルの主軸を担った。アメリカやスコットランドを転戦したあと、2011年9月に清水エスパルスに入団。「2002年のワールドカップで訪れて以来、ここに戻ってサッカーがしたいと思っていた」と抱負を述べたが、負傷もあって公式戦11試合に出場したのみで退団が決定。日本滞在はわずか4カ月だった。

■ディエゴ・フォルラン
セレッソ大阪(2014-2015)
ウルグアイ代表(2002、10)

 両足からの正確なシュートでゴールを量産してきたウルグアイの万能ストライカー。2010年の南アフリカ・ワールドカップでは、大会最多タイの5得点を挙げて得点王となり、さらに大会MVPにも輝いた。2014年にセレッソ大阪と契約締結。リネカーを上回る推定6億円の年棒を受け取り、久々に日本にやってきたビッグネームとして大きな期待を集めた。ただ、監督が次々と入れ替わってしまうチーム事情などもあり、1年半の在籍期間で公式戦17ゴールに終わった。

(記事/Footmedia)

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