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【サッカーに生きる人たち】チームとサポーターをつなぐ声|朝井夏海(浦和レッズ場内MC)

 場内MCなのだから、話すのが仕事だ。だが、一度だけ黙ってしまったことがある。状況からして、しゃべる必要がないと感じた。

 1999年、浦和レッズは年間順位で16チーム中15位に沈み、J2への降格が決まった。その年の残留争いは最終節までもつれ込んだ。浦和はサンフレッチェ広島を相手に90分間で勝利を決めればJ1への残留が決まる。だが、90分で勝ち点3は手繰り寄せられなかった。他会場の結果で勝ち点を上回るチームが現れ、延長戦に入る前にチームもサポーターも降格が決定したことがわかっていた。

「最後の試合、延長戦の末に勝ったことは勝ったんですよ。でも、どう言えばいいのかなっていう……『ご覧いただきましたように』と言っても、もうJ2に落ちているのはみんなわかっているので、言わなくていいと思ったんです」

 Jリーグの開幕当初から浦和レッズの場内MCを担当してきた朝井夏海(あさい・なつみ)さんは、クラブの絶望の瞬間にも歓喜の瞬間にも立ち会ってきた。何も話さない、という道を選択したのは、後にも先にも、J 2降格が決まった後の、ほとんど意味をなさない勝利を収めたこの時だけしかない。99年11月27日は「特別なこと」をせざるを得ない一日だった。

サポーターがつくる雰囲気を大切にしたい

 場内MCとして、試合開始のキックオフに向けて場内の雰囲気づくりを行うのが基本的な業務だ。ホームゲームの時は、その日のチーム状況やサポーターの様子に合わせて、周りのスタッフとともにスタジアムで流す曲を選んでいく。

「たとえば平日、ミッドウィークのナイトゲームなどは働いている方もいますし、お客さんの出だしの入りが少ないので最初から激しい曲はかけないですね。お天気がいい日は、まずはさわやかな曲をかけたりとか、サポーターの皆さんと同じ感じでだんだん盛り上がっていけるようにスタッフのみんなと一緒に考えています」
 
 場内MCと並行して、ピッチリポーターとしての役割も担っている。チーム状況を中継で伝えたり、選手へのインタビューを行ったりするなかで意識していることは「客観的な立場」に自分を置くことだ。今まで選手やサポーターと様々な場面をともに過ごし、それぞれの思いを肌で感じてきたからこそ、「どうすればより相手に伝わるか」を常に意識している。

「ずっと近くで見てきた選手が試合に出て結果を出した時なんかは『良かったな』と思うんですけど、常に冷静な自分もいなくちゃいけないと思っていて。どこかでブレーキをかけている自分がいて、冷静にしていないと皆さんにきちんとした言葉や情報がお届けできないと思っているんです」

サポーターやスタッフと歩んできた25年

 Jリーグの開幕から浦和の場内MCを担当し、気がついたら25年。朝井さんはクラブの成長を家族のように例えて話す。

「一番最初の頃はお兄さんみたいな選手がたくさんいたんですけど、だんだん同級生みたいな人が活躍して、弟みたいな人が活躍して、今はもう反対に息子みたいな人が活躍していますからね」

 それでも違和感なく仕事ができるのは、スタッフやサポーターが変わらないからだ。浦和だったからこの仕事をずっとやらせてもらえていると話す。
   
「もちろん、新しい技術の方とか新しい人も入ってくるんですけど、要となるしゃべり手さんや携わっている記者の方などは割と昔のままの方が多いので。それと、サポーターの皆さんも同じで、『ゴール裏は引退して今はスタンドで見てるけど気持ちはおんなじなんだよ』という60代の方がいたりとかで、『ああ、みんなと一緒にレッズとともに年月を重ねて楽しい時間を過ごさせてもらっているな』と思います」

 浦和というクラブは当初から、スタッフはなるべく同じメンバーで磨きをかけていく、誰もがそれぞれのポジションで上をめざしていく、という形を重視してきた。その考え方は朝井さんたちの場内を担当するチームにも浸透している。それぞれの積み重ねが今の浦和をつくり上げている。

「ここにいたからできたことがあった」

 現在の仕事は、昔から特別にめざしていたものではなかったという。大学時代は音大に通い、ドラマなどの選曲を手がける仕事を夢見ていた。

 まずはいろんな音楽を知るべきだろうと考え、DJのアルバイトを始める。その後、アルバイト先の知人の紹介で芸能関係の事務所に入り、今の仕事に就いた。テレビの仕事や野球の仕事など、幅広いジャンルの仕事があったなかで、『いよいよJリーグが開幕する』という話を偶然耳にした。

「サッカーのことは全然知らなかったんですけど、新しいことをやってみたいなと思ったんです。場内MCを担当するチームの希望を聞かれた時も、わからないから家から近いところがいいなと思ったぐらいで。そしたら、『あなたに担当してもらうチームは浦和レッズです』と。それからずっとですね」

 与えられた環境で25年間、チームとサポーターをつなぐ役目として、仕事を続けてきた。ただ、場内MCの仕事を始めてから3年がたった頃、実は一度だけ今の現場から離れることも考えたという。

「『他のチームだったら場内放送とは別に、中継の仕事もできるよ』と言われたんです。中継の仕事にも魅力を感じていたし、ちょっと揺らいだことは事実ですね。でも、一回違うチームに行くとかやめるきっかけがあった時に、私を育ててくれた方が『レッズで続けなさい』と言ってくれたんです」

 それから10年がたち、スカパー!で浦和の中継を任されるようになった。浦和に残った選択は間違っていなかった。10年前の自分に言い聞かせるように、朝井さんは穏やかな表情でこう続けた。

「やりたかったことが、ちょっと時間はたったけど、ここにいたからできたんだって思いましたね。あの頃の自分には、『ここにいればいいことあるよ、間違いないよ』って言いたいです。その時にもし目先のことだけ考えてどこかに行っていたら……多分もうサッカーには携わってなかったかもしれない。そんな気がします」

「いつもどおり」を基本に雰囲気に任せていく

「場内MCでは、あまりしゃべることが多くならないようには心がけています。割とさらっといこうかなという感じでやっていますね」

 そう話すのは、浦和にはJリーグの中でも上位を争う熱いサポーターの応援があるからだ。

「浦和レッズの場合は、もとからサポーターの方がすごく応援してくださるので、こちらが無理に盛り上げる必要がないんですよね。この曲がかかったらいよいよ選手紹介だとわかってくれていますし、サポーターの皆さんは割と言葉よりも音でキックオフに向けて準備しているというのを聞いていて……。だから基本はいつもどおりです。良い時はちょっと乗っかったりだとか、わざと落ち着かせたりだとかして、声のトーンを少し変えています」

 サポーターがどこで乗ってくるか、そのタイミングは特別にこちらから仕掛けていくのではなく、雰囲気に任せていく。チームが連敗していて空気が良くない時もあえて盛り上げたりはしない。朝井さんは「ダメな時もいつもどおりです」と強調する。どんな時でも通常運転を続ける姿勢がサポーターにも伝わり、信頼につながっている。

「私たちは進行表しかなくて、台本がないんです。スタジアムの雰囲気に合わせてすぐに変えられるように、曲もなるべくその日に決めたりだとか、とにかくスタジアムの空気を大切にしていきたいんです」

 しばらく考えるようにして話を止め、朝井さんは再び口を開いた。

「皆さんが心地よく日常を忘れてレッズに没頭できるように、しゃしゃり出ないようにやっていくのがいいのかな」

 ほほえみながらそう話す姿は、試合前のスタジアムに続々と集まるサポーターの姿を想像しているかのようだった。

選手本人の言葉を引き出し、伝えていく

 浦和とともに四半世紀を過ごしてきた。印象に残っているシーンはやはりクラブの歴史に残るような場面や出来事だという。

「やっぱりある選手の記念の試合とか、2016年シーズンで言うと阿部勇樹選手の500試合出場は忘れられないですね。言葉数が多くない人が一生懸命サポーターに向けてしゃべっている時は感じるものがあります。あとは記念のゴールを決めた選手だったり、古巣と対戦した選手だったりは絶対にテンションが上がっているし、一生懸命しゃべっている姿が印象に残ります。というか、そういう感情的な姿が好きなんです」

 選手にインタビューをする際は、その人に合わせた聞き方を心がけている。そのうえで、どんな時でもサポーターの姿を頭に浮かべている。

「試合前に『こうしたい』と言っていたことをなるべく聞けるようにとか、きっかけを与えて、なるべく選手本人にしゃべってもらえるようにしていますね。そして、サポーターの皆さんがこの人の何を一番聞きたいかというのも意識するようにしています」

たくさんのサポーターと優勝を味わいたい

 浦和は2012年から優勝を逃し続けている。朝井さんはその状況をいつもスタジアムで見届けてきた。他のチームが優勝に喜ぶシーンを言葉で伝えるーーそこには悔しさしかない。

 浦和が戴冠に歓喜する瞬間に立ち会い、あらん限りの喜びを選手とサポーターと分かち合う。それが朝井さんの夢だ。

「割と長くやってますけど、中継的に浦和の優勝インタビューというのをやったことがないので、それはやりたいと思っています。レッズの人っていうのは結果を知らせるアナウンスがあるまで喜ぶのを待っていてくれるんです。コールしてから「わー!!」ってみんなで一緒になって喜んでくれるんですよ。ふふ。今まで我慢していたぶんね、一回でも多く皆さんと一緒に歓喜したいですね。レッズにかかわる人に、この雰囲気っていいな、ああまたここに来たいなと思ってもらえるような手伝いができればいいなと思います。」

 そして握っていた手の力を抜くようにこう続けた。

「だからと言って特別何かをするっていうわけではなくて、普段どおりなんですけどね」

 特別なことをしない。その信念が、サポーターの気持ちに寄り添い、チームを支えてきた朝井さんの25年間を後押ししてきた。これからもその声でチームとサポータにとって心地よいスタジアムをつくり上げていく。

インタビュー・文=秋山香織(サッカーキング・アカデミー/現フロムワン・スポーツ・アカデミー
写真=兼子愼一郎

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