2017.05.01

【コラム】古巣相手に進化を示した高萩洋次郎が送った広島へのメッセージ

今季から3年ぶりにJリーグに復帰した高萩は試合後に古巣・広島への想いを語った [写真]=J.LEAGUE PHOTOS
スポーツ報道を主戦場とするノンフィクションライター。

 今しかない。味の素スタジアムのピッチに入場して挨拶を行い、先発する11人による記念撮影を終えた直後だった。FC東京のMF高萩洋次郎が、おもむろにベンチへ向けて走り出した。

 それも自軍ではなく、対峙するサンフレッチェ広島のベンチへ全力で駆ける。4月30日の明治安田生命J1リーグ第9節。キックオフ直前のわずかな時間を利用して、今シーズンから3年ぶりにJリーグでプレーしている30歳は、古巣を率いる森保一監督らと握手を交わした。

「挨拶をしていなかったので。(サッカーの試合は)あまり時間がないじゃないですか。なので、試合の前とか後というのは、特に関係ないですね」

 キックオフ前に対戦相手のロッカールームを訪ねるわけにはいかない。試合前の練習では、何よりもまず集中力を高めたい。試合後はどんな状況になっているか分からない。タイミング的にもキックオフ直前の数秒間しかなかった。

 右足親指の付け根付近を骨折して、約3年8ヶ月ぶりに招集された日本代表を離脱したのが3月下旬。治療とリハビリを経て、前節のアルビレックス新潟戦の途中出場、4月26日のジュビロ磐田とのYBCルヴァンカップでの先発と段階を踏み、満を持して先発として帰還したJ1の舞台。運命に導かれたかのように、相手は下部組織時代から心技体を育ててくれた広島だった。

「特に意識はしていませんでした。ただ勝ちたかっただけですよ」

 移籍が多いサッカー界では、古巣との対戦は珍しくない。高萩自身もFCソウル時代の昨年3月1日、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)のグループリーグで広島と対戦して4‐1で勝利している。それでも、J1の舞台で古巣を敵に回すと特別な思いが込みあげてきたのか。

クールに聞こえる言葉とは対照的な、自身の内側に脈打つ熱い血潮が、キックオフ前に相手ベンチへ走らせる珍しい光景を生み出した。実際に試合が始まってからは、広島時代にシャドーで魅せた「上手さ」だけでなく、2015シーズンからの2年間の海外挑戦で身につけた、ボランチとしての「強さ」も見せつけた。

 広島はマイボールになると、システムを「5‐4‐1」から「4‐1‐5」に変える。ボランチの野上結貴が3バックで組む最終ラインに下がり、もう一人のボランチ、キャプテンの青山敏弘が前線とのリンクマン的な「1」を担って攻撃を差配する。

 両サイドへの展開、あるいは1トップの工藤壮人や、アンデルソン・ロペスと柴崎晃誠のシャドーへ楔のパスを入れるにしても、ほとんどが青山を経由する。2012、13シーズンとJ1を連覇した時の武器がFC東京にとっての脅威になると熟知していたからこそ、ボールを持つ青山と何度も対峙した。

「ボールホルダーにできるだけいかないと。自由にさせないことが大事だったので、そこは意識しました」

 攻撃に絡みたい思いを抑えて攻守のバランスを司り、激しく、泥臭いプレーで青山を封じ込めた。中盤で奮闘する高萩の姿を何度も前方にとらえた90分間に、DF千葉和彦は広島時代からの変化を感じていた。

「よくディフェンスをするようになりましたよね。ボランチというポジションもあると思いますけど、守備の部分は韓国に行ってかなり変わったのかなと。自分たちがどのようにビルドアップしていくかが分かっているので、攻守が切り替わった直後には、守備でのコーチングもよく出していた」

 千葉の指摘通りに、昨年に何度か韓国へ足を運び、FCソウルを視察したFC東京の立石敬之GMは、高萩のプレースタイルの変化を確認した上で獲得を決めている。

「広島時代の彼に持っているイメージからすれば、いわゆる天才肌的な選手だったんですけどね。今はゲームを落ち着かせられるし、少し大人になっていろいろなものが見えていると思います」

 試合は1‐0でFC東京が勝利した。68分に獲得した左CKから、DF丸山祐市が決めたJ1初ゴールをチーム一丸となって死守。首位の浦和レッズに勝ち点3差の4位に浮上した。

広島戦でボランチとして出場した高萩は攻守のバランスを司り、激しく、泥臭いプレーを披露した [写真]=Getty Images

 対照的に広島は開幕からわずか1勝にとどまり、最下位の大宮アルディージャと勝ち点わずか1差の16位に低迷している。無得点試合が半分以上の5を数える苦境が、どのように映っていたのか。「ひとつだけ言えるとしたら」と慎重に言葉を選びながら、高萩は古巣の変化を指摘した。

「ボールをつなぐところで、単純なミスが多いかなと感じました。あれだと相手に余裕を与えてしまうのではないかと。もうちょっと連動性というか、僕がやっていた時は楽しんでいたと思う」

 3度目のJ1制覇を果たし、強豪の仲間入りを果たしたのがわずか2年前。広島の選手たちは「こんなはずでは」と焦りにも近い思いを抱いているかもしれないし、だからこそ高萩も「楽しんでいた」と過去形を用いたのだろう。

 もっとも、古巣への“檄”とも受け取れる言葉はここまで。「そこを直されちゃうと(次に戦う時に)困るので」と苦笑いしながら、トラップ時に微妙にボールが流れる、あるいは足元に入り過ぎるという感覚的な部分で、けがをする前の状態には戻っていないと高萩は表情を引き締める。

「まだまだですけど、運動量の部分が戻ってきたことが一番大きい。今は結果を出すことがまず重要。そこから自分の良さを出すというか、チームのために献身的にプレーしていくことが大事。1点差のゲームをものにできるのがこのチームの良さ。0‐0の展開が続いても、セットプレーというストロングポイントがあるし、自信を持って戦えたのが良かった」

 5つの白星はすべて完封勝利。いずれも試合終了の笛が鳴った時に、高萩がピッチの上にいた。昨シーズンまでにない「泥臭さ」を身にまといつつあるFC東京の中心に、慣れ親しんだ広島からオーストラリア、そして韓国へ自らの意思で飛び出し、たくましく変貌を遂げた高萩がいる。

文=藤江直人

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