2017.02.06

【インタビュー】小野伸二(札幌/MF) 「“ボール”から離れる自分を想像したことがない」

サッカー総合情報サイト

 日本サッカー界における「天才」と言えば、この人を置いて他にいない。

 北海道コンサドーレ札幌に所属するMF小野伸二。遠藤保仁や稲本潤一、小笠原満男や高原直泰らビッグネームが名を連ねる1979年度生まれの「ゴールデンエイジ」においても、突出した才能として早くから脚光を浴び続け、日本を代表するタレントとして世界を舞台に活躍してきた。

 現在37歳。昨シーズンはケガで出遅れたものの、シーズン後半からピッチに戻り、札幌のJ1昇格に貢献した。ピッチで異彩を放つテクニック、チームを力強く牽引するリーダーシップが健在であることは、そのプレーを見れば明らか。今シーズンは戦いの舞台を自身5年ぶりとなるJ1に移すことになるが、もちろん、そのパフォーマンスを楽しみに待っているファンは決して少なくない。

 観る人を魅了する小野伸二のプレー、創造性豊かな唯一無二のサッカーセンスはどのようにして培われたのか。まずは育成年代を振り返りながら、頭の中で形成されている独自のサッカー観に触れ、“今の小野伸二”を探る。

インタビュー・文=細江 克弥
写真=佐藤 真、ゲッティ イメージズ

自らの技術の源流について「子供の頃はリフティングばかりやっていた」と語る

自らの技術の源流について「子供の頃はリフティングばかりやっていた」と語る

眠っていた潜在能力が、弾けた瞬間

今回は「あの頃の自分があったから、今の自分がある」というテーマで、主に10代の頃のお話を聞きたいと思います。ちなみに、サッカー選手としての自分の素地を作ったと言える、子供の頃によくやった練習はありますか?

小野伸二(以下、小野) う~ん、どうだろう……。ボール感覚の部分で言えば、毎日、ずっとリフティングをやっていましたね。ボール扱いやトラップの感覚は、それによって培われたものだと思います。それから、両足とも同じくらいの精度で蹴りたいという思いもあったので、利き足の右だけじゃなく、左足もかなり練習しました。高校生の頃に、左足だけで練習したこともありましたね。自分で考えて、いろいろと工夫しました。

技術の源流は、リフティングにあるんですね。

小野 子供の頃は「リフティングしかやってない」と言えるくらい、リフティングばかりやっていました(笑)。とにかく自分の最高記録を更新するのが楽しくて、誰かと一緒にやっていたわけではなく、ライバルは“自分の記録”。それを超えることができたら、また楽しみが増えるという感じだった気がします。

小野選手は、一人のプレーヤーとして子供の頃からかなり注目されていました。本人として、その自覚はありました?

小野 たぶん、感じていなくはなかったと思います。ただ、その地域で注目される存在だったとしても、自分の生まれ育った町を出れば静岡県内にはもっともっとうまい選手がいますよね。そういう意味では、「自分だけが注目されている」とは思っていなかったかもしれません。

それでも、13歳の時にU-16日本代表に名を連ねたということは、すでに全国的な知名度があったことを意味していると思います。

小野 たぶん、僕自身に同じ学年だけを見て実力を比べるという習慣がなかったんだと思います。1つ上の学年の静岡県選抜に入れば「うまいな」と思える選手がいましたし、日本代表に入れば「すごいな」と思える選手がもっとたくさんいましたから。

競争心は強かった?

小野 それはありました。「誰にも負けたくない」という思いは、かなり強く持っていた気がします。ただ、自分に対する自信を持ち切れていなかったということは、特に子供の頃はあったと思いますね。

さっき言われたとおり、小野選手から見ても「うまい」とか、「すごい」と思える選手はたくさんいたと思うんです。でも、プロになることを一つの“ゴール”とすると、結果的には競争に敗れて、それを成し遂げられなかった人もたくさんいる。そういう選手たちとの“差”は、どこにあったと思いますか?

小野 「何を目指すか」という思いを、自分の中ではっきり持っているかどうかの違いじゃないかと思うんです。僕自身は「プロになりたい」「世界一の選手になりたい」という明確な思いを小さい頃から持っていましたし、中学2年生の時にJリーグが開幕して、そういう思いが一層明確になった。「なりたい!」という気持ちは、かなり強く持っていた気がします。

そうした目標に向かうために、さきほど言っていた「自信を持ち切れていなかった自分」から脱却した瞬間はありますか?

小野 高校1年生の時ですね。静岡県のインターハイ(全国高校総合体育大会)予選の決勝で、高校生になって公式戦での初ゴールを決めたんです。そこから、一気に変わりました。それまで眠っていた潜在能力みたいなものが、バン! と弾けたような感覚があって、自分の中では、それが大きなターニングポイントになった気がするんです。

そのゴールのこと、今でも鮮明に覚えています?

小野 かなりはっきりと、鮮明に覚えています。今でもたまに映像を見ることがあるんですが、「こんなゴールができるんだ!」とちょっと感心してしまうんですよ(笑)。あのゴールは、僕にとってすごく大事なゴールですね。

ちょうどその頃、アンダー世代の日本代表としては、数々の海外遠征も経験されました。

小野 僕らの世代は本当にたくさんの海外経験を積ませてもらって、いろいろな国で、いろいろな環境を見ることができました。サッカーだけじゃなく、生活面においてもいろいろなことを学ばせてもらったので、どこに行っても驚かなくなりましたし、どんな環境でも受け入れられるようになりました。その経験は、チームとしても、個人としてもすごく大きかった気がします。

若い頃から“世界”を経験する中で、それまで持っていたイメージとのギャップを感じたことはありますか?

小野 ギャップというより、自分たちの“現在地”を知ることができた気がします。ただ、正直、10代の頃であれば、日本代表はどんなチームとやっても負けないと思っていました。

「ゴールデンエイジ」と呼ばれる1979年度生まれのチームには、日本を代表するタレントが集まりました。

小野 今振り返っても、すごいメンバーだったと思いますね。本当にやりやすかったし、楽しかった。そういう意味では、海外のどのチームと対戦してもあまり“手応え”は感じなかったんですよ。試合をやれば、どことやっても勝てるという自信があったので。

その強さは、1999年のワールドユース(現U-20W)準優勝という結果でも証明されました。

小野 そうですね。ただ、後になって知ったのは、海外では、同世代で飛び抜けた選手がもっと上の世代でプレーしているということ。だから、本当の意味では、僕たちもそういう選手たちと戦えていなかったんです。そのことは、自分が海外でプレーするようになってよく分かりました。向こうでは、若くて才能のある選手はどんどん引き上げられて上のカテゴリーでプレーする。そういう部分で、日本は少し遅れているなとも感じました。

海外で感じた“世界との差”を埋めるために小野が実践したことは「考えること」だった

海外で感じた“世界との差”を埋めるために小野が実践したことは「考えること」だった

アイツを超えたい。そのために必要なこと

高校1年生のインターハイ予選で決めたゴールで本当の意味での“自信”を掴んで、それ以降の成長についてはどのように感じますか?

小野 順調だったと思います。シドニー五輪の予選で大ケガをするまでは、サッカーが「簡単」とは言わないまでも、自分の思いどおりのプレーをすることができていましたから。僕の場合、高校時代も、プロになってからも、すごく環境に恵まれていたと思うんですよ。

当時の清水市商高(現)は、高校サッカー界における名門中の名門でしたね。

小野 そうですね。1年生の頃には、2年生と3年生にその世代のトップレベルの選手がたくさんいて、もちろん日々の練習でも揉まれました。静岡県選抜に選ばれればまたすごい選手が集まっていて、日本代表に選ばれればさらに上の選手たちがいる。「この人を抜かないと上に行けないんだ」という目標を簡単に見つけることができたので、そこに挑むことの繰り返しだった気がします。

高校を卒業してプロの世界に足を踏み入れる中で、子供の頃に思い描いていた「世界一の選手になる」という目標に変化はなかった?

小野 やっぱり、年齢を重ねることで“現実”に近づきますよね。それによって、「世界」は子供の頃の自分が想像していたものとは違うということに気づく。つまり、「世界」には、想像よりもはるかに多く、自分よりうまい選手がたくさんいるということが分かるんです。ただ、それによって目標が変わったわけではなく、むしろ、さらにやる気が出てきたという感覚はありました。

日本代表として、あるいはオランダやドイツでプレーして感じた“世界との差”はどこにあると感じますか?

小野 身体能力だけは持って生まれたものだと思うので、単純に身体の大きさやリーチの長さについては、どうにもならないと感じました。ただ、自分より足の速い選手に勝たなければならないのなら、判断を0.5秒速くすればいい。200メートル走って競争するわけではないので、その一瞬の判断スピードで上回れればいいんです。自分より身体の大きい選手と空中戦で競り合うためには、少しでも早くいいポジションに入って、相手がジャンプできないようにする。自分に足りないものを、他の部分で補う。そういう考え方をして解決策を見つけることは、僕自身、得意だったと思うんです。海外でプレーして感じたのは、「考えること」の重要性でした。それを極めることができれば、どんどん上に行けると思っていました。

「サッカーのうまさ」というのは、まさにその点にあるような気がします。

小野 そう思いますね。いわゆる「頭がいい選手」。しっかりとした状況判断ができる選手のことを「サッカーがうまい選手」と言う気がします。

小野選手の場合、改めて振り返ると、子供の頃から無意識のうちに「考えてサッカーをする」という習慣が染み付いていたのでは?

小野 どうだろう……。でも、子供の頃はガムシャラに、目の前のライバルを見つけては、どうしたらその選手より上に行けるかを考えていたし、周りからの“評価”をかなり気にしていた気がします。ライバルが目立てば悔しいし、「いつか超えてやる」ということばかり考えていたんじゃないかなと思いますね。

“チーム”に対しては、どのように考えていました? 例えば、小学生の頃、チームの中にみんなよりうまくない子がいたとして、その子が試合に出てしまうと負けてしまうかもしれない。その時、チームの一員としてどう考えるかということは、すごく重要だと思うんです。

小野 僕自身、今まさに自分のサッカースクールで教えている子たちがいるんですけど、やっぱりそういう状況は起こりますよね。ゲーム形式の練習をすると、「あの子と同じチームになりたくない」ということを表情に出す子もいるし、口に出す子もいる。でも、僕自身が小さい頃は、そういう子がチームにいたら「どうすれば負けないか」を考えていました。もしその子がミスをして失点してしまったとしても、自分が2点取ればチームは勝てるんです。だから、その試合に負けても、「その子のせいで」と考えるのではなく、「自分の力が足りなかった」と考える。特に小さい頃は、そういう考え方をする子がどんどん伸びると思うんですよ。勝ちたいんだったら、自分で何とかする。そのために考える。そういうクセをつけることも、大事だと思います。

37歳になった今でも「サッカーに対する情熱は昔と何も変わっていない」と語る

37歳になった今でも「サッカーに対する情熱は昔と何も変わっていない」と語る

サッカーに対する変わらない思い

現在37歳。18歳で出場したフランスW杯から20年近くもの時間が経過しました。あの頃の自分と今の自分、何か違うところはありますか?

小野 もともと先のことを考えないタイプなので、昔の自分と今の自分を比べるようなことはありません。ただ、37歳になった今、20歳離れた17歳の選手と一緒に練習してもサッカーに対する思いというか、情熱というか、意識というか、そういう部分は昔と何も変わっていない気がします。逆に、「負けたくない」という気持ちは強くなっているかもしれませんね。

現在のサッカー選手としての自分を客観視すると、どういう選手になったと思います?

小野 難しいですね……。どういう選手になったんだろう……。自分ではよく分からないけど、今持っているのは、「こんなに長くサッカーができるなんて幸せだな」という思いだけ。本当に、それについては恵まれているなと。

経験を積み重ねてきたことで、ピッチ上で見せる景色も変わってきていますか?

小野 いや、経験を積むことでサッカーがうまくなるということではないと思うんです。経験というより、自信ですよね。自信があれば、何歳でも、何をやってもうまくいく。自信があるということは、余裕があるということでもありますから。だから、ピッチ上でもいろいろなものが見える。大切なのは、年齢による経験じゃなく、自信を持てるかどうかだと思うんですよ。

難しい質問ですが、“自信”はどうやって備えられるものなんでしょう。

小野 僕自身もそうですけど、やっぱり、日本人はどうしてもミスを恐れてしまうところがありますよね。その気持ちから解放されるというか、「ミスがあって当たり前」と思えることが強みになる。もちろんミスはしちゃいけなんだけど、それを恐れていたら、自分の持っているものを出せないまま試合が終わってしまう。そういう意味では、意識を変えるだけで自信を持てるし、自信を持てれば、今の自分よりうまくなれる気がします。

サッカーをやっている限り、自分に自信を持つことへの挑戦を続けることになりますね。

小野 それが楽しいんでしょうね。それがあるから、自分を追い込める。

今、「未来の自分」についてはどのように考えていますか?

小野 全く分からないというのが、正直なところです。でも“ボール”から離れる自分を想像したことがないし、サッカーがなくなっちゃったら、自分がいなくなっちゃうという気持ちでいる。それはずっと、子供の頃から変わりません。もちろん、これからもずっと同じだと思いますよ。

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