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【コラム】屈辱を乗り越えてJ3制覇の大分…片野坂監督に求められた相反する二つのタスクとは

片野坂知宏監督のもと、J3優勝を果たした大分トリニータ [写真]=J.LEAGUE PHOTOS

 J1に在籍したことのあるチームが初めて臨むJ3――。屈辱と原点回帰を胸に、大分トリニータは新監督にクラブOBの片野坂知宏氏を指名した。サンフレッチェ広島やガンバ大阪ではコーチとし数々のタイトルを手にしたが、監督としては“ルーキー”。しかし、チームは不安視する周囲の声をものともしなかった。長い時間をかけて構築したパスサッカーをベースに、苦しみながらも「J3優勝」という最高の形で新体制一年目のシーズンを締めくくったのだ。

 今季はチーム編成から困難の道を余儀なくされた。ようやく主力に成長した生え抜きの為田大貴がアビスパ福岡へ、安川有が松本山雅FCへ、若狭大志がジェフユナイテッド千葉へ移籍するなど、戦力は大幅にダウン。新たなメンバーを加えようにも、「J3ということで同じ金額を提示しても断られた」(西山哲平強化育成部長)という厳しい状況だった。

 最初から分かってはいた。この現実を受け止め、西山強化育成部長は割り切って育成と強化の両立を目指すことを決断する。スタート当初から7、8割程度の戦力しか整っていなかったこともあり、「残りの2、3割は選手の成長でシーズン中に100パーセントにする」と明言した。大分にはこれまで日本代表の中心選手となった西川周作(浦和レッズ)や清武弘嗣(セビージャ)らアカデミー出身選手がトップチームの根幹を担う成功例はあった。しかし、今季は期待値の高い選手により実戦経験を積ませ、急成長を見込んだのが、これまでとは異なる点だ。

 “結果”と“育成”の相反するタスクを託された片野坂監督は「全員が戦力」と言い続けてきた。それは決して上辺だけのものでも、競争意欲の喚起にとどまるものでもない。選手の個性を伸ばして、いかにチームの武器に落とし込むかを考えてきた。

「何が選手にとってベストなのか考えて、変化をつけるようにした。誰だって選手の力を伸ばしながら勝ちたいと思っている。だから、選手を成長する上で絶対に外してはいけないタイミングで言うべきことを言う。やるべきことをやる。そこは考えていた」

 3月13日、AC長野パルセイロとの明治安田生命J3リーグ開幕戦にアカデミー出身のルーキー岩田智輝、吉平翼が名を連ねたのは、対戦相手を分析した上で誰が攻略に適した人材かという戦術的視点によるもの。そして、大舞台での経験が後の成長を加速するという点も加味してのメンバー選考だった。実際に岩田は開幕戦を機にレギュラーの座を射止め、昨年飛躍した4年目の松本昌也、2年目の鈴木義宜には中心選手としての役割と責任を与えることで、チームにとって欠かせない存在へと成長させた。

 彼らの活躍が刺激となり、さらにプロ2年目の二人が大きな成長を遂げる。第6節福島ユナイテッド戦でダニエルの負傷を受けて先発出場のチャンスを得た福森直也はセンターバックとして開花し、第20節福島戦で汗かき役のボランチとして配置された姫野宥弥は、その試合をきっかけに出場機会を獲得し続けた。片野坂監督はこうしてシーズン中に若い選手に場数を踏ませ、主力と言えるまでに引き上げていく。それが開幕前に足りていなかった戦力を埋めるものとなった。

 J2昇格争いが現実味を帯びてきた終盤戦は、主導権を握るサッカーを心がけながらも、相手のストロングポイントを抑えて失点をしない“相手対策”の意識がいつの間にか強くなっていた。第25節で長野に敗れ、残り5試合で首位との勝ち点差が6に開いた時、J2・J3入れ替え戦を視野に入れた戦い方が片野坂監督の脳裏によぎったのは間違いない。ただ、指揮官は選手たちの判断と質の向上を感じていた。そして目の前の勝利にこだわる姿勢に立ち返ろうと、戦い方を明確にした。点を取りにいくための守備の大切さとともに、ラインを上げてボールを奪いに行く開幕時の戦い方を選手たちと再確認したのだ。

 浮上のきっかけを確信したのは、第27節ブラウブリッツ秋田戦だった。前半に退場者を出して一人少ない状況下でも、リスクを背負ったチャレンジを続け、積極的に意図を持った攻撃を仕掛けることで勝利を手にした。プレッシャーから首位の栃木SCが思うように勝ち点を伸ばせなかったことも手伝い、ついに第29節で首位に躍り出て、最終戦での優勝にこぎつけるのだ。

「一試合一試合が苦しい戦いだった。そこをブレずに乗り切っていこうという気持ちで臨んだ」

 シーズン終盤をそう振り返った片野坂監督。口癖のように練習から試合まで「最大値を出すこと」と徹底し、大輪の花を咲かせた指揮官の手腕は見事というほかない。そしてまた、クライマックスの激闘を制した選手たちのたくましさが際立ったJ3優勝だった。

 最後に、今季の大分を語る上でもう一つ欠かせないのが“ミスタートリニータ”高松大樹の引退である。大分で16年間にわたってプレーし、今季限りでスパイクを脱ぐ高松は、創設23年目となるクラブ史上、生え抜きで最も長くプレーした選手だ。

 ホームラストマッチとなった第29節Y.S.C.C.横浜戦。サポーターは途中出場する高松がピッチに出る前からチャントを歌うと、それは試合終了までの約10分間、途切れることなくスタジアムに響き続けた。片野坂監督は「彼がいなければ間違いなく優勝はできなかった。プロフェッショナルな姿勢をずっと見せ続けてくれた。目に見えない貢献度は凄く高いと思っている」と高松の功績を称えた。

 クラブの栄光と経営危機の時期を知る唯一の選手が去り、チームは来季から若く、将来有望な選手に期待を掛けることになる。高松が加入した頃のチームはJ1昇格を目指し、即戦力選手と実力のある外国籍選手を中心にチームを作っていた。だが、彼らに依存するあまり、若手選手が伸び悩み、なかなかJ1昇格の壁を乗り越えることができなかった。その反省からクラブは補強に頼らず、アカデミーや生え抜きの若い選手で土台を固める“育成”に力を入れるようになった。それが花開いたのが、2000年代後半の栄光期だった。

 来季はJ2に戦いの場を戻すが、チームが還るべき場所はJ1である。育成は一朝一夕に結果が出るものではなく、継続していくことが何よりも重要となる。再びJ1の舞台で光り輝くために、大分トリニータがクラブ、スタッフの一貫したビジョンの下で走り続ける。

文=柚野真也

リーガ・エスパニョーラ

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