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中田浩二、笑顔の引退「鹿島以外でのプレーが想像できなかった」

数々のタイトル獲得に貢献してきた中田浩二 [写真]=Getty Images

 同期3選手をはじめとする仲間達に見守られながら、中田浩二が言葉を紡いだ。

「決断をするまでに様々な葛藤がありました。チームに貢献できない悔しさやもどかしさ、チャンスがあればまだまだやれるという自信があり、様々な選択肢の中で迷い悩みました。しかし、最終的には自分がアントラーズ以外のユニフォームを着てプレーしている姿が想像できなかったので、現役引退を決断しました」

 6日、今季のJ1が終わると同時に、中田の17年に及ぶプロサッカー選手としてのキャリアに幕が下りた。98年に帝京高校から鹿島アントラーズに加入すると、合計11個ものタイトル獲得に貢献し、フランスとスイスでもプレー。日本代表でも「黄金世代」の一員として、自国開催を含む2度のワールドカップ出場やシドニー・オリンピックでのベスト8、ワールドユース(現 U-20ワールドカップ)準優勝という輝かしい足跡を残してきた。華やかな経歴の陰には、2003年の左ひざじん帯断裂や契約制度の違いによる海外移籍の障害に見舞われるなど少なくない苦難もあったが、本人は「本当に素晴らしいキャリアを送れた」と振り返る。

 若返りを図るチーム事情もあり、今季のリーグ戦出場は3試合のみ。優勝の望みがあった最終戦のスタメン平均年齢は、25.45歳まで下がった。移籍決断の際、若いチームの中で今季もフル回転した同期の小笠原満男と曽ヶ端準には「怒られた」というが、「本当は彼らにも相談したかったけれど、チームが大事な時でしたし、最終的にはチームメートには誰にも相談せずに引退を決めました」と明かす。最後の最後までチームに配慮する姿勢は、今季から先発に定着して日本代表にも選出された21歳の昌子源が、「常に僕らに目を配ってくれた」という言葉の通り。

 試合前のチーム全体の円陣で、勝って送り出そうと声をかけた小笠原は「偉大な浩二の前で情けない試合をしてしまった」と勝利をはなむけにできずに悔しさをにじませながら、「ずっと一緒にやってきて、辛いこともいいこともあったけど、浩二と一緒にやれてよかった。本音で言えばもっとやりたかったし、今日のピッチにも立ってもらいたかった」と引退を惜しむ言葉を絞り出した。最終節の対戦相手だったサガン鳥栖に所属する同じ1979年生まれの播戸竜二も、中田のもとを訪れて涙を流したという。試合後の引退セレモニーでは、スタンドに残った鳥栖のサポーターも別れを見守った。

「満男、モト(本山雅志)、ソガ。この3人は、本当に素晴らしい友であり、ライバルでした。彼ら3人がいたから、僕は今まで頑張れたと思いますし、このような経験ができたと思います。一番最初に引退することはちょっとシャクですけども、本当に今までありがとう」という同期への感謝とともに、中田はセレモニー後の会見で13年半に渡って在籍したクラブへの愛着も語った。

「途中で海外移籍もしましたけど、それも鹿島での自分があったからこそ。本当に感謝しているし、鹿島は僕の全てだと思う」

 普段は寡黙な小笠原が感極まる中、自身は最後まで涙を見せなかった。鹿島と日本サッカーを黄金に彩ってきた功労者は、多くの人々に愛されながら笑顔でピッチに別れを告げた。

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