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原爆投下から77年…サンフレッチェ広島、平和発信への思い「被爆地にあるクラブの使命」

2022.08.15

[写真]=湊昂大

 8月6日、広島は77回目の原爆の日を迎えた。原子爆弾が投下された時刻の午前8時15分、サンフレッチェ広島は今年もSNSにメッセージを掲載した。

「サッカーができる喜び、スポーツができる喜び、この街で生活できる喜びをかみしめ、この当たり前の平和が永遠に続くことを心より祈念いたします」


 サンフレッチェ広島は、これまでもサッカーを通じて平和の大切さを伝えてきた。それは、被爆地に本拠地を置くクラブとしての「使命」だという。

 今年は平和の尊さを改めて感じる年となった。特に2月、ロシアによるウクライナ侵攻が始まり、核兵器を使用する可能性さえも示唆された。当たり前の日常が簡単に壊され、核兵器による大惨事がいつでも起こりうる世界であるという強烈な現実を突きつけられた。

 不安が募る国際情勢の中で、サンフレッチェ広島は平和の声を上げた。SNSで「深い悲しみや苦しみ、消えない傷を知っているからこそ、平和への願いを世界に伝えたい。一刻も早く平穏な日々が訪れますよう願って。One Ball. One World. スポーツができる平和を」とつづり、動画を投稿して平和を願った。

 この投稿は軍事侵攻開始から4日後のこと。時事的な問題に反応し、日本語と英語で広島の思いを世界へと発信した。そのメッセージ性はもちろんのこと、ニュースを見て無力感を感じたり、言葉にならない感情を抱いたりした人たちの思いを代弁するような投稿にもなったのではないだろうか。

 クラブの広報部は、「広島のクラブだからこそ、このメッセージを発信し続けないといけないと常日頃から考えています。一刻も早く世界中に平和な日々が訪れる事を願って発信しました」と投稿の経緯を説明した。動画では国名などの具体的な言及はなかったが、「『One Ball. One World.』の思いの通り、『世界は1つ』のメッセージの重要性をシンプルに伝えたかった」と、平和の大切さを一貫して伝える姿勢だという。

[写真]=湊昂大

 広島だから伝えなければいけないこと。77年前、1発の原爆によって街は一瞬で破壊され、推計で約14万人が亡くなった。今年8月6日までに、広島の原爆死没者名簿に記されたのは33万3907人。被爆後の後遺症や差別によって心身の痛みに苦しんできた人たちが今もいる。原爆の惨禍を経験したからこそ、戦争の恐ろしさや平和の大切さを伝えなければいけない。

 全国の被爆者数(被爆者健康手帳所持者数)は11万8935人(今年3月時点)で、広島市だけで最多の3万9590人が暮らしている。被爆地に生きてきた人たちの思いを平和へとつなげるために、広島を代表するサッカークラブとして声を上げる責任があるという。クラブ広報部は平和発信の意義をこう説明する。

「1945年8月6日、広島市は原子爆弾の投下により、一瞬にして廃虚と化し数多くの尊い命が奪われました。戦後77年が経過した現在でも、多くの被爆した市民が放射線による後障害や精神的な苦しみと闘っておられます。このような原子爆弾による悲劇が二度と地球上で繰り返されることのないよう、被爆地で活動するクラブチームとして、サッカーを通じて核兵器の廃絶と世界恒久平和の実現を全世界に発信していく使命があると考えています」

[写真]=湊昂大

 7月25日、創設2年目のサンフレッチェ広島レジーナは昨年に続いて、平和記念公園の原爆死没者慰霊碑に献花、参拝を行った。MF近賀ゆかりは、「当たり前のようにサッカーをしていたけど、最近はそれが当たり前じゃないと思うので、より感謝と世界中で(平和な)日常が戻ることを強く願っています」と祈りを込めた。

 広島出身のMF齋原みず稀は、「8月6日は広島県民にとって特別な日なので、こうやって毎年献花に来られて非常に光栄です」と胸を張った。広島では子供の頃から平和や原爆について学ぶ機会が多く、特に原爆の日についての意識が高い人は多い。

 その一方で、被爆地を離れると、平和や原爆について温度差があるのも事実だ。昨年から広島に所属する近賀は、「今まで(平和について)それほど考えていなかったけど、この地でサッカーをすることで、より自分自身で考えるきっかけになった。この広島の地に来たことは大きな意味があると思っています」と意識の変化を語った。

 齋原は前所属の愛媛FCレディース時代を振り返り、「広島だと8月6日は(平和記念式典が)必ずテレビで放映されるけど、愛媛では放映されてなくて、私はYouTubeで見ました」と他県との違いを明かし、「スポーツを通じて平和を伝える方法はあると思う。そういう違う方向からアプローチしていくのは非常にいいかなと思います」と発信の重要性を口にした。

©J.LEAGUE

 サッカークラブだからこそ、日本や世界へと発信する方法がある。広島から平和や核廃絶を訴える声は多くある中で、サンフレッチェ広島はサッカーを通じて平和を伝える取り組みとして、ピースマッチを開催している。ピースマッチは、もう1つの被爆地に本拠地を置くV・ファーレン長崎が初めてJ1に昇格した2018年に実現した。それから毎年、サンフレッチェ広島は8月6日前後のホームゲームをピースマッチと位置付けている。

 5年目の今年は7月30日に行われた明治安田生命J1リーグ第23節のFC東京戦がピースマッチとして開催された。試合前には「平和の鐘」の響きとともに黙祷が行われ、広島に所属するGK大迫敬介とFC東京に所属する広島出身のDF森重真人がそれぞれ平和宣言をした。

©J.LEAGUE

「サッカーができる平和に感謝し、これからも多くの人に勇気や感動を与えることができるよう、平和への思いを胸にプレーすることを、ここに宣言します」(森重)

「広島のチームでプレーする者として平和への思いを受け継ぎ、これからもサッカーを通じて、日本そして世界へと、その思いを発信し続けていくことを、ここに宣言します」(大迫)

 試合は広島が先制したものの、終了間際に逆転を許して1-2で敗れた。先発出場した広島出身のMF川村拓夢は、「小さい頃からこのクラブで育ってきたので、こういう注目される試合で勝って終わりたかった」と悔しさを見せつつ、「これからもこういう試合を大事にしていきたい。広島県民としては、(原爆の日は)忘れてはいけないことなので、もっと注目してもらえるように頑張っていきたい」と決意を新たにした。

 広島に加入したばかりの元スイス代表FWナッシム・ベン・カリファは、「スイスでも全世代が広島で起こったことを教わる。広島は世界の人にとって平和のシンボルだ。だから、この試合(ピースマッチ)でプレーできてよかった」と話し、続けて「広島では平和記念資料館にも行ったし、街を歩いていたら至る所に記念碑がある。広島で生活することは特別なことだ」と平和についてより身近に感じているようだった。

©J.LEAGUE

 サッカーを通じて、平和について考えるきっかけを作っていく。クラブの広報部は、ピースマッチの意義について、「我々の思いに賛同いただいたビジターチームの皆様や、ビジターのファンやサポーター、その地域の方々にも改めて、広島の思いを感じていただけると思っています」と説明した。

 今年のピースマッチで「広島の思い」はどれだけ届いただろうか。FC東京のアルベル・プッチ・オルトネダ監督は、試合後の記者会見の終わりに「(会見場に)広島出身の方々も多いと思います」と自ら切り出し、「今日、平和公園や原爆ドームを訪れました。色々と多くのものを感じさせていただきましたし、広島は素晴らしい街だと思いました。ありがとうございます」と丁寧に語った。

©J.LEAGUE

 原爆投下から77年。広島にはスポーツを楽しめる日常がある。だが、世界では戦争が起き、街を一瞬で破壊する兵器が当然のように存在する。だからこそ、被爆地から声を上げ、世界の人々へと平和への思いを共有し続けることが大事なはずだ。

 2月に掲載した平和のメッセージ動画には、国内外からポジティブな反応や賛同が多かったという。「改めて今後も広島のクラブとして伝え続けなければならないと再認識させられました」。サンフレッチェ広島は被爆地の思いを背負い、サッカーを通じた平和発信という使命を担っていく。

取材・文=湊昂大

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