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アフターコロナのサッカー業界がどうなるのか、サッカーキング元編集長・岩本義弘さんに聞いてきた。

2020.06.23

[写真]=野口岳彦

 このインタビューを読んで、この人はインタビュアーにタメ口を聞いているぞとか、取材者のツッコミはちょっと無礼じゃないかとか、そう感じる方がいるかもしれないので一応書いておく。岩本義弘さんは僕の元上司だ。なので、久しぶりに(オンラインで)話した元編集長と元編集部員の会話だと思っていただきたい。

 岩本さんが『サッカーキング』の統括編集長を辞してから3年。今では東京都1部リーグに所属する『南葛SC』のGMであり、『キャプテン翼』のライツ業務を扱う経営者であり、ウェブメディア『REAL SPORTS』の編集長でもあり……といった具合で、もはや肩書きが多すぎて何者かわからない人になっている。そこにまた一つ、「オンラインサロンのオーナー」という新しい肩書きが加わると耳にして、興味本位で取材を申し込んだ。

 興味本位と書いたのは半分は本当だが、もう半分には真面目な論点がある。新型コロナウイルスの影響で多くの業界が打撃を受け、それはスポーツ業界も例外ではない。社会全体が変化を迫られているなかで、「オンラインサロン」という形態は何かの解答、あるいはヒントを示すものではないか、という予感があった。サッカーメディアの大先輩は、“アフターコロナ時代”のスポーツビジネスをどう捉えているのだろうか。そしてこの『蹴球ゴールデン街』という、ふざけた名前のサロンで何を始めるつもりなのだろう?

オンラインで交流できる場に興味を持ってもらえた

岩本義弘

[写真]=野口岳彦

―――早速ですが、『蹴球ゴールデン街』は5月にスタートしてから順調に大きくなってるみたいですね。

岩本 こういうことが求められてたのかな、という手応えはあるね。ちょうど今はリモートワークで働いてる人も多いだろうから、オンラインで交流できる場所に興味を持ってもらえたのかもしれない。この時期に始めることになったのは全くの偶然なんだけど、タイミングが良かったとは思うよね。こんなに人が集まると思ってなかったから。

―――どういう方が会員になっているんですか?

岩本 それが想像以上にいろんな職種の方がいて。弁護士、公認会計士、一級建築士といったスペシャリストの人から、Jリーグクラブで働く人、企業でサッカーやスポーツの事業に携わっている人もいる。サッカー&スポーツが好きというだけで、こんなにさまざまな人たちが集まってくれるんだな、と驚かされた。それから、現役のJリーガーもけっこう入ってくれたのにもビックリしたし、メディアの人も多くて、普段はあまり触れ合う機会の少ないフリーランスの人もたくさんいる。もちろん、サッカーをもっと知りたいという純粋なサポーターの方もいて、ありがたいなと。

―――確かに「サッカー好き」という属性は職種関係ないですもんね。岩本さんは顔が広いから、もともとつながりがあった人も多そうです。

岩本 そうだね。もともと会社や所属組織に関係なく、いろんな人とつながるようなスタイルの働き方、ビジネスのやり方をしてきたから、それをこのサロンで可視化できた感覚はある。これまでサッカービジネスの業界で築いてきた人脈を、何か形あるものにして業界に還元したいという気持ちもあるしね。だから、このサロンの収益は一切自分のものにしないと公言してる。

―――本当ですか。ちょっと岩本さんの言葉とは思えないんですけど(笑)。

岩本 だって会費が月1000円だから、仮に会員が1000人いても月100万円。それが目的だなんてつまらないでしょ。自分はもっと大きいものをスポーツ界で生み出したいから、利益を受け取らないほうが目的が明確になって、関わる人も増えてくれると思った。それに100万円あったら、それを使ってサロンのみんなで何をしようかと考えるほうがずっとおもしろいし。とくにサッカー好きは熱い人が多くて団結力も強いから、人数が少なくてもパワーはあると思うんだよね。

見返りを求めないような仕事はやりにくくなっている

―――オンラインサロンっていろんなタイプがあるじゃないですか。『蹴球ゴールデン街』ではどんなことをしていこうと思っているんですか。

岩本 しばらくいろんなオンラインサロンに入って観察していて。一般的なのは会員に向けて、仕事や人生に役立つ情報、ノウハウや知識を毎日伝えていく投稿型。これは自分もやっていこうと思ってるんだけど。

―――はい。まあ得意なところですよね。

岩本 いや、最近はあんまり得意じゃない(笑)。毎日何かを書くってキツいからね。ただ、オンラインサロンのいいところは、サロンで受け取った情報を外部に出してはいけないと明文化されていること。極端に言えば、本来なら書けないことまで書けるわけ。実際、いろんなサロンに入ってみると世の中に出てはまずい情報もあるんだけど、本当に外に漏れないんだよね。そういう情報を漏らしてしまうような人はそもそも入ってこないのかもしれないけど。

―――クローズドメディアの機能がある。

岩本 そう。あとは有名人のファンクラブのような形式もあるし、同じことに興味のある人が集まってイベントをやるサロンとか。それからカオス型というのかな、サロンのメンバーが勝手に動いて、交流しながらいろんなことをする、一つの町みたいになっているものもある。

―――人のつながりを作る、ネットワーキングの場ということですか。

岩本 自分が最終的に目指しているのはこの形で、サロンによって勝手にメンバー同士のつながりができて、そこから新しい仕事が生まれたり、一緒におもしろいことをやったり。そういう本当のコミュニティになるのが理想だと思う。今年3月に『ONE LOVE』という子供たち向けのフリーマガジンを制作したんだけど、あれは幻冬舎の箕輪厚介さんのオンラインサロンのメンバーと一緒に作ったんだよね。そのときに新鮮な驚きがあって。

―――休校中で外出を自粛している子供たちに向けたサッカー本ですよね。

岩本 サッカーの知識もなくて出版もほとんど素人のメンバーが、たった2週間で50ページぐらいの冊子を作った。編集のプロじゃないメンバーも多いんだよ。編集のことをやってみたい、デザインをやってみたいという若い人たちがメインで、だから最初の打ち合わせのときは「これは絶対に事故るな」と思ってたんだけど(苦笑)。

―――それがちゃんと本になったわけですか。

岩本 それを見ていて、若い人たちの取り組み方とか発想とかって、自分たちが培ってきた、先輩たちから教わってきたものと全く違うんだと実感して。だから自分がオンラインサロンをやるときには、業界の今後のためにも若い人が気軽に入れるものにしようと思った。それから、『ONE LOVE』のようなプロジェクトは本来ならサッカーメディア業界でやれるはずじゃないか、とも思った。だけどメディアをやっている企業は今どこもシビアだから、無駄なことを削ぎ落としてるよね。

―――意味がある仕事とわかっていても、数字にならなければ企画が通らないでしょうね。

岩本 どこも余裕がないから、結局は予算がどうのという話になる。その考えだったら『ONE LOVE』みたいな本は絶対できないよ。これに関わった人はみんな手弁当で動いてくれて、自分も自腹で取材に行った。だけどそれによって、この本を発行した株式会社SARCLEとの関係も深まったわけ。お互いにGIVEするからこそ、仕事でも信頼できる関係性が生まれるというか。だけど、今はメディアもクラブもシビアになっているから、見返りを求めないような仕事はどんどんやりにくくなっている。本来なら、フリーランスの編集者がパッと集まれば『ONE LOVE』のような本はすぐ作れるはずなんだよ。

―――なのに、それを可能にするような横のつながりがないと。

岩本 そうそう。だからこそ、いろんな人が連係する仕組みを作って、新しい稼ぎ方を模索していくべきだと思った。もちろんオンラインサロンだけでそれが可能とは思っていないけど、そのきっかけを作りたいなと。

遊び心がなかったら全然おもしろくない

岩本義弘

[写真]=野口岳彦


―――すごくいい話というか、岩本さんらしくないというか(笑)。本当はもっとこう、岩本さんがすごく得をする仕組みがあるんじゃないですか?

岩本 正直なところ、自分の仕事で組むパートナーを探したいというのはあるよね。今、自分の会社はあまり規模が大きくなくて、案件ごとに他の会社と組んでるわけ。この案件はこの会社、このプロフェッショナルと組みます、というほうが柔軟な動き方ができるから。その協力してくれる人、相談に乗ってくれる人をオンラインサロンで募ることは考えてる。普段から自分の仕事について発信していけば、自分のプロジェクトを理解してくれている人たちの集団ができるわけだから、話も早いだろうし。

―――それが岩本さん自身のメリットになるんですね。

岩本 だから目先のお金は追わない。仮に会員が1000人集まったとしても、それで月額100万円、年間1200万円を何に使おうかってみんなで話して、何かプロジェクトを立ち上げるとかね。そうしたら、そこに「遊び」が生まれる。サッカーはエンタメだから、サッカーの事業だって遊び心がなかったら全然おもしろくないと思うんだよ。

―――同感です。でも最近はコロナ禍のせいもあって、厳しい話をたくさん聞くじゃないですか。遊び心どころじゃないっていう。

岩本 知り合いも事業を縮小したり、お店をたたんだりしてるもんね。メディアだって、サッカークラブだってそう。いろんな業種がダメージを受けて、今後のビジネスを模索している時期なんじゃないかな。そうやって変わっていく社会で生き残るためには、やっぱり人のつながりだと思う。困ったときに一人で悩むんじゃなく、なるべく多くの人の知識、知見を頼って、みんなで考えたほうが絶対にいい答えが見つかるよね。だからそういう場所を誰かが作ってくれればいいなと思ってたんだけど、まさか自分自身で作るとは思ってなかった。わざわざ大変なことするなんてアホじゃないかと(苦笑)。

―――本当ですよ(笑)。でも話を聞けば聞くほど、岩本さんらしいプロジェクトのような気もしてきました。

岩本 そうだね。やってみて向いてるなとは思った。もともと人とのコミュニケーションが好きだし。

―――僕の意見ですけど、岩本さんって大人数が集まった飲み会で、場を回すのが天才的にうまい人なんですよ。

岩本 場数踏んでるからね(笑)。

―――だから『蹴球ゴールデン街』っていう名前を見て浮かんだのはそのイメージなんです(笑)。

岩本 コロナの騒ぎになるまで、(新宿)ゴールデン街は自分がほぼ毎日通っていた場所なんだけど、ゴールデン街がどうして好きかというとね、だいたい300店舗あるんだけど、本当に多種多様なんだよ。店の形式も、食べられるものも店ごとに全く違う。客層も、常連さんもいれば新しい人もいて、最近は女性や外国人、観光客の人も増えてきた。すごくダイバーシティなわけ。そのイメージを自分のサロンに重ねたかった。条件はサッカーが好き、スポーツが好き、それだけでいいから、いろんな人に入ってほしいと思って。

本気で取り組まないと失敗したときに後悔する

―――我々は一応サッカーメディアなんで、南葛SCの話も聞いておきたいんですが。現状はどうなんですか。

岩本 都リーグが7月に再開すると決まってホッとしてるところかな。東京都1部リーグ3年目だから、さすがに今年は関東2部に昇格したい。ただ、運もあるからこればかりはわからないけど。

―――GMとしては3年目ですよね。GMで学んだことはなんですか?

岩本 本気で取り組まないと失敗したときにめちゃくちゃ後悔するってことかな。今は南葛SCのためにお金も時間も投じて本気でコミットしてるんだけど、そこまでやらないと絶対に後悔すると思ってるからやってる。中途半端が嫌いな性格だから、外から口だけ出すような仕事はやりたくないし。たぶんこのまま、Jリーグに上がるメドがつくところまではやるんじゃないかな。ただ経営的にはコロナ禍のダメージもあって、正直、厳しい。

―――ただ、オンラインサロンが軌道に乗ってきたら、南葛とも連係していろんなことができる期待感はあります。

岩本 南葛SCの内側をどんどん見せることで、南葛SCをもっと知ってほしい、そしてファンになってほしいという気持ちはあるかな。南葛SCって夢だけはどのクラブよりもすごいから。サロンの会員さんのなかに、20年後に日本がワールドカップで優勝するのが夢だという人がいるんだけど、その可能性はもちろんあると思うし、優勝した日本代表のなかに南葛SCの選手がいる可能性だってあると思うんだよ。

―――南葛SCがすごいと思うのは、日本中、世界中にファンができる可能性があるじゃないですか。キャプテン翼の知名度を利用できる。コンセプトとしてすごく優れていると思うんです。

岩本 グローバルは強い。でもローカルも大事なんだよ。そこは両方必要で、葛飾区ってすごく地元愛が強い土地柄だから、地域に根づいたクラブにしないと意味がないよね。しかも葛飾区の人口は46万人いて、周りの区も含めるとあの辺りのエリアだけで200万人以上が住んでるんだよ。

―――200万ってすごいですね。僕の出身地、群馬県と同じくらいですよ。

岩本 人口を考えると、もっと規模を大きくできるポテンシャルがあるってことだよね。しかも他の東京の地域より地元を応援したいという気持ちが強い。そういう意味で南葛SCはすごく可能性があるから、オンラインサロンも含めていろんな人にこのクラブに関わってほしいと思ってる。

―――今の本業はGMってことになるんですか。

岩本 本業……とは言えないんじゃない? 何が本業かは自分でもわかんないけど(笑)。

―――いろいろありすぎなんですよ(笑)。でもオンラインサロンは、その「いろいろ」がプラスに働く場所になる可能性がありますね。

岩本 そうだね。これが定員の500人ぐらいまで増えたら、500人というのは結構なサッカーコミュニティだよ。メンバーの知見を共有するだけでもすごい価値になる。繰り返しになるけど、サッカー業界ってすごいパワーがあると思ってるから、それを引き出せる場所にしていきたいよね。

 最後に補足しておく。この記事をまとめるとき、全部で2万字もあったインタビューの大半を削る羽目になった。真っ当なサッカーメディア(一応、我々のことです)ではとても出せない裏話ばかりだったので……。

 『蹴球ゴールデン街』はすでに500人の定員が満員になっていたが、このたび、定員枠を撤廃して、再びメンバーを募集したとのこと。興味がある方はこちらまでどうぞ。僕が削った裏話が聞けるかもしれません。

オンラインサロン:『蹴球ゴールデン街』

By 坂本 聡

雑誌版SOCCER KINGの元編集長。前身の『ワールドサッカーキング』ではプレミアリーグやブンデスリーガを担当し、現在はJリーグが主戦場。心のクラブはサンダーランドと名古屋グランパス。

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