[写真]=野口岳彦
JFLでの1年目のシーズンを終えたFC今治。チームの運営会社「株式会社今治.夢スポーツ」の株式を元日本代表監督の岡田武史氏が取得したのは2014年11月のことだった。
フットボールでは将来的なJリーグ優勝を掲げる一方で、地域貢献活動や環境保護活動などにも積極的に取り組む岡田氏。2017年にはJ3昇格に必要な5000人収容のスタジアムが完成する一方で、J1昇格に必要な1万5000人収容のスタジアム建設にも着手している。
会社規模が着実に大きくなっている株式会社今治.夢スポーツだが、新シーズンを迎える前の現在、会員制転職サイト『ビズリーチ』内にて、執行役員を公募している。(2018年1月17日まで)
今回、なぜ執行役員という重要なポストを公募するに至ったか、その背景と岡田氏が考える企業人のありかた、3年間にわたって肌で感じた日本のスポーツビジネスの現状についてなどを聞いた。
インタビュー=小松春生
写真=野口岳彦
■夢や理念に共感してチャレンジできる人が大事
―――今回、FCを運営する株式会社今治.夢スポーツの執行役員を公募することとなりました。その経緯から教えてください。
岡田武史(以下、岡田) 僕は経営をやったことがなく、最初はままごとのような手探りのところから始め、いろいろな失敗をしながらも、何とか3年潰さずにやってきました。我々のようなスタートアップは5年以内に9割潰れると言われています。我々も3年やってきて、来年の予算は約7億円で、選手を除いて社員が50人弱の規模の会社になりました。だけど、ここまで全部僕が関わってやってきたんです。それこそ、捺印申請から稟議、給料設定もですね。ところが、規模が大きくなるにつれ、自分一人ではとても見切れない、詳細な部分が見えないことも出て、保てなくなってきたんです。要は個人企業から企業に変わっていかないといけないんだなと。
制度を作ったり給与体系を整えたり、労務管理もきっちりしないといけない。そうなった時に、どうしてもマネジメントできる人材が欲しかったんです。うちの社員は一流企業を辞めて、僕の夢のために給料を下げたり、リスクを冒してまで集まってきてくれています。でも、社長の矢野以外マネジメント経験があまりない。フットボール面は前監督の木村(孝洋)に任せ、クラブ事業本部に執行役員と兼務でやってもらえる人材が必要となり、今回はビズリーチさんにお願いして公募することにしました。できればスタートアップを立ち上げた経験がある人を求めています。
―――岡田さんには様々な人脈があると思いますが、公募を選択した理由は何でしょうか。
岡田 自分と何かつながりがある人間ではなく、もっとシビアな関係でいたいんです。例えば知り合いを起用すると、「ダメだけどこいつならしょうがないな」となってしまうけれど、そうではない、それもサッカーというものを通さない目を持った人材がいいなと。一度、そういう人材を公募してみるのもありかな、という気持ちでやっています。
―――サッカーという目線を持っていない人に限るといったことはありますか?
岡田 持っていても全く問題ないけど、持っていなくてもいい。サッカーを知っていようが、いまいが、そこは関係ないですね。人をマネジメントした実績が一番大事です。モチベートや管理した経験、できればスタートアップを立ち上げた人材。何よりも企業理念や僕の夢に共感できる人間でないと、厳しいと思います。うちに来て成功して、株を上場して大きな会社にしようということがモチベーションであれば、合わないと思います。リスクを冒してその夢にチャレンジできる人間。定年で引退した僕の同級生が、「手伝ってやるよ」って言うけど、それはいらない。絶対に合わないですから。夢や理念に共感してチャレンジできる人が大事です。
―――具体的にはどういったチャレンジでしょう。
岡田 16万の人口の街に、若者が集まって生き生きした街となる絵を描ける人です。現在建設を予定している1万5000人収容の複合型スタジアムが完成し、そこに人がたくさん来て、にぎやか応援している。そんな絵ですね。でも、言葉が踊るだけではダメで。「グローバル化して」とか、「地方創生して」と言っても、その絵が浮かんでなければ意味がない。浮かんだ情景を持ってきてほしいです。
例えば先日、2000人収容だったスタジアムから、5000人収容の新しいスタジアムをオープンしましたが、スタッフはグッズのTシャツをこれまで売れていた倍の数しか発注しなかったんです。「いや待て、ダメだ。俺の責任でいいから、さらに倍発注しろ」と指示しました。なぜか。5000人が倍だから単純に倍ということでしかないですよね。でも、5000人が満員になった絵が頭に描けていない。僕は、親子連れのお客さんや新しく来てくれた方たちが、どんどん買っていくイメージがあるぞと。実際にあっという間に売り切れたんです。そういったことが頭に描ける、そしてそれをワクワクしながら、人を引っ張っていけることが大事です。
■目に見えない信頼や共感といったものがお金に変わっていく社会にしないといけない
―――岡田さんは、設定した目標にどうやってアプローチしていくかを考えることの重要性について、よくお話されます。
岡田 目標を言うことは誰でもできるけど、そこから落とし込むことが非常に大事です。例えば「W杯でベスト4になる」と言うのであれば、ベスト4になるためにどういうチームにならないといけないか。そのために何をしないといけないか。1年前にどういうチームになっていないといけないか。半年後にどういうチームになっていているから、1カ月後はどうなっているか、今日何をするのか。そこまで落とし込んでいくということです。それができないと、夢や目標を言うだけ。それは誰だってできますから。僕は、大きなホラとも言えるような夢を語っているけど、それを落とし込んで考えています。そういう能力は絶対に必要ですね。
―――自分が描いているビジョンがありつつも、他の意見もしっかり吸収できるような人材?
岡田 そうですね。
―――改めて岡田さんの夢や理念を教えてください。例えば会社名(株式会社今治.夢スポーツ)には『夢』という言葉が入っていますし、掲げている「フットボールパーク構想」には『心』という言葉がたくさん出てきます。
岡田 我々のビジョンとして、「10年後にJ1優勝」などがあります。ただ、もっと根本的なことを言えば、企業理念として「次世代のため物の豊かさよりも心の豊かさを大切にする社会を作ることに貢献する」ことを挙げています。心の豊かさを大切にするということは、目に見えない資本を意味します。目に見える売り上げやGDPなどではなく、目に見えない信頼や共感といったものがお金に変わっていく社会にしないと、今の貨幣金融経済は必ず終わりを迎えます。今は行き着くところまで来ていて、必ずどこかで行き詰まると思っています。そういう時に目に見えない資本を大切にする社会が生まれればと。
例えばA社とB社は同じものを売っているけど、A社との契約は少し値が張る。でも、みんなが笑顔で挨拶してくれる。B社は安いけど、ノルマを求められていて、人材どんどん辞めている。そうなった時、目に見えない信頼も加味して、A社と契約をする。そういう社会が来ないと行き詰まると思っていますし、そういう社会を作りたいという思いでやっています。
僕はFC今治以外にも環境教育や野外体験教育をやっていますけど、根っこは全部一緒です。僕は戦争のない高度成長という最高の時代を生きてきて、自分の子どもたちにどういう社会を残すんだと考えたんです。1000兆円を越える財政赤字、年金崩壊危機、隣国との緊張、環境破壊。本当にこのままでいいんだろうかと。我々の時代はまだ大丈夫。でも、自分たちの子ども、孫の時代が大変なことになる。地球とは、ご先祖様から受け継いだものではなく、子孫から借りているものなんです。借りているものは壊したり汚したり傷つけてはいけない。ネイティブアメリカンに今でも伝わっていることです。ところが文明人と言われる我々は今日の株価、今の経済ばかりを考える。「子どもたちの時代のために」と考えれば、いろいろなものが解決するんです。我々は「子どもたちにどういう社会を残すのか」という思いで様々な活動をやっている。そこに共感してもらえることが大事です。
■欧米と同じビジネスモデルでは絶対にダメ
―――人間性や性格はどういった人材を求めていますか?
岡田 それはもう明るい人間ですよ。マストです。個人的に暗い人間ダメだし(笑)。明るく、周りとうまくやっていくけど、厳しく言う時は厳しい。「こいつならしょうがないな」と思われるくらいにポジティブな人が好きですね。3年間やって、「経営は人」だなと、よく言われていたことだけど、実感しました。やり方やシステムも大事なことですが、最後は自分の社員がどれだけ成長していけるか。そしてどれだけ彼らが幸せになるか。ワクワクして言っているから人にも伝わるし、本人がワクワクしないで夢を語ったところで絶対に伝わらないですから。そういう人をマネジメントするということが一番大切なことですね。
―――株式会社今治.夢スポーツは、サッカーだけでなく、いろいろな事業をやられています。特に今力を入れている部門や、やってみたいことはありますか?
岡田 スポーツをもっとビジネスとして真剣に考えていこうと考えています。日本のスポーツ界は多くが教育、体育から来ているので、お金のことを言ってはいけない風潮があります。でもお金がないとやっていけない。体育でよければ粛々とやっていればいいんです。だけど、我々はプロのチームとしてやっていくので、きちんとビジネスになることを考えていかないといけない。
今まで日本のスポーツクラブというのはタニマチ探しで、例えばサッカー好きなオーナーがいたらやるよと。でもそれでは維持できない。その時に何を考えるか。ヨーロッパやアメリカにも、もちろんスポーツビジネスがあるけど、どっちも日本に当てはめてはダメなんです。ヨーロッパは宗教上、週末は商店などほとんどが休みで、サッカーをやる、見る以外に選択肢がないです。でも、日本は買い物も外食も娯楽も何でもできる。
アメリカは大半がカントリーサイドに住んでいて、テレビを見る率が高い。つまり日本と放映権料を比較できない。地理的にも、1日のうちにディズニーランドへ行って帰ってくることができないけど、日本はほとんどの場所から行き来できてしまう。つまり、同じビジネスモデルでは絶対にダメなんです。
1000万人の人口があり、その10分の1がサッカー好き、さらにその1%がスタジアムに足を運んでくれて、1万人集められるのなら、まだいい。でもそれだけでは16万人の街や日本の大半の街は、スポーツビジネスを成り立たせるのは無理です。そのためには、スポーツとエンターテイメントを一緒にした“フットボールパーク”というものを考えなければいけません。
サッカーはよくわからないけど、楽しい。サッカーの試合に負けても、楽しんで帰ってもらえる。小さなワクワクをいっぱい散りばめたようなことを展開していかないと、スポーツビジネスとして、我々は生き残っていけないと思っています。それとともに、いろいろな意味で稼ぐ手立て、横展開をしていく発想も必要です。例えば、我々は『岡田メソッド』を掲げていますが、これを横展開して、中国で契約をしています。収入をあげられるものも考えていかないと。「いいサッカーを見せますよ」だけだと絶対に発展していきません。でも、従業員の給料は上がっていくわけです。J1に上がったら、選手の給料も上がっていきます。つまり、どこかで絶対にやっていけなくなるわけです。トータルで様々なことを考えて、今までにない新しい会社のモデルを考えています。
―――極端な話、サッカーに紐づかなくてもいいということですか?
岡田 でも、我々が絶対に踏み外してはいけない一線はあります。それは、我々の企業理念、ミッションステートメントの中にあること以外は絶対にやらないということ。例えば、財テクのようなことでお金を儲けようとは思わないわけです。我々はあくまでも、我々のフィールドの中でどういうことができるかを考えてやっていく。我々はお金儲けだけのためにやっているわけではないので。さっき言ったように、次世代にモノの豊かさより、心の豊かさを大切にする社会を残すためにやっているので、その範疇の中でしか絶対に動きません。それを、スポーツを通して、ということで始めているので、そこはブレません。
■Jリーグのクラブも自立しないと厳しい
―――今の日本のスポーツビジネスについて、岡田さんはどう感じていますか?
岡田 先ほど言ったように今はスポーツビジネスがビジネスになっていない。タニマチ探しですから。そうではなく、ビジネスとして成り立つスキームを考えないといけません。ビジネスとしてスポーツを捉えていかないのであれば、精神性だけで粛々と規模を広げずにやりたい人がやっていればいいんです。みんなに広げて、みんなを幸せにしようという思いがあるのであれば、どうしてもビジネスを見つめないといけません。日本はそれを避けてきました。体育は教育だからお金のことを言ってはいけないかもしれないけど、お金がないと回らないわけで、どうやってビジネスとして成り立たせるかが、ものすごく大事なことだと思います。
―――プロ野球で言えば、広島東洋カープや横浜DeNAベイスターズ、Jリーグでは川崎フロンターレなどが周囲を巻き込んで、面白いことをするという点を含め、頑張っていると思います。
岡田 そうですね。DeNAさんとかは、ものすごく考えてやっています。それでも損失補填がかなりあるので、それが広告になっていると言えばそれまでだけど、その事業だけである程度の利益を出していけるようにならないといけないと思います。
トヨタ自動車という世界企業だって「トヨタ」という会社が存続できるかどうかわからないと、(社長の豊田)章男さんはものすごく危機感を持っている。ガソリンから電気に燃料が変われば、複雑な機能がいらなくなり、下請けを必要としない簡単な組み立てで完成するようになり、家で充電される…。これが主流となれば、自動車会社の存在感は劇的になくなりますから。これだけ時代が速く動く時に、固い発想の会社はダメになっていくと思いますよ。サッカーにおいてもスポンサーにおんぶに抱っこではダメ。Jリーグのクラブも自立しないと厳しいと思います。何が起こるかわからない時代ですから。
―――自分でエネルギーを生み出していけるような人と一緒にやりたいですか?
岡田 例えばファジアーノ岡山の木村(正明代表)さん。彼は東大からゴールドマンサックスに進んで、すごく頭もいいし素晴らしい人物です。その彼が岡山で10年やって頑張って、今クラブの年間予算は14〜15億円です。岡山の人口は今治の10倍ですが、僕は10年間でFC今治を30億円規模にすると言っています。それを実現するには、「他でこうやっています」といったものは何も役に立たないですよ。あの木村さんが考えてもそこまでなんですから。僕はそれの倍だと言っている。そう考えたら前例だ、なんだではなく、とにかくいろいろな発想やチャレンジが必要です。ともかくやってみて、ダメだったらやり直す。その繰り返しです。本当にどうなるかわからないですけど、この3年間は何とか達成してきているし、今後もおそらく達成できるのでは、と思っていますけどね。
―――最後に、メッセージをお願いします。
岡田 今の世の中、これだけ時代が加速度的に変化していき、安定なんてないに等しいと言えます。それなら、非常にリスクはあるかもしれないけれど、チャレンジをしてみる。僕自身もこの歳になって、こんなことしなくても食べていけるのに、なんでこんなことを始めたんだろうと思いますよ。カミさんにも、財産をすべてつぎ込むんじゃないかと思われて、「家の名義は半分変えてください」と言われて(笑)。でも、この歳でこんなにワクワクして過ごさせてもらっているのは幸せだと思っています。うちの社員はリスクを背負ってチャレンジしています。チャレンジする気持ちを持って来てくれる方をぜひ求めています。
By 小松春生
Web『サッカーキング』編集長