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【インタビュー】中村憲剛 “聖地”に築いたモニュメントで伝える、今を生きる学生たちへのメッセージ

2021.11.20

 2021年10月、“アマチュアサッカーの聖地”と呼ばれる静岡県御殿場市『時之栖(ときのすみか)スポーツセンター』に、一つのフットボールアートが誕生した。ミズノとアート集団OVER ALLsが手がけた“円陣”をテーマにした巨大ウォールアートだ。

 今回、企画に携わった元サッカー日本代表の中村憲剛氏に制作の裏側を聞いた。同氏が語る、アートに込めた思い、学生時代の後悔と学び、そして今を生きる子供たちへのメッセージとは。

インタビュー=篠﨑友耶

■ミズノ×OVER  ALLs時之栖ウォールアートとは

学生から社会人、プロチームまで、全国各地のサッカーチームが合宿を行う静岡県御殿場市のスポーツ施設『時之栖スポーツセンター』に、コンテナ2台分の巨大ウォールアートを制作。コロナ禍で日々サッカーに励む学生たちに応援メッセージを届けることを目的としている。作品では“円陣”を組むプレイヤーの表情がアップで描かれ、瞳のなかにはチームメイト、指導者、マネージャーなどが映る。同地を訪れたプレイヤーたちを中心に、一大フォトスポットとして人気を博している。詳しくは、制作の裏側を追ったドキュメント動画『サッカー×アート “ENGINE=円陣”~君はいま、ちゃんと未来に向かっている~』(下の動画)を参照。

世代を超えて人々の心を一つにしてくれるモニュメント

―――ミズノとOVER ALLsによるウォールアート制作の企画を聞いて、どのような意義を感じましたか?

中村 サッカー×アートという異色の組み合わせに、とてもワクワクしたことを覚えています。“円陣”をテーマにしたアートの完成イメージを見て、「コロナ禍で苦しむ人々の心をサッカーを通じて一つにしてくれる作品」だと感じました。
 制作の舞台となった時之栖スポーツセンターは、学生時代の僕を含め、これまで何世代にもわたって子供や学生たちがサッカーに情熱を注ぎ巣立っていった場所です。たくさんの人の思いが詰まった歴史あるこの場所に、日本サッカーの新たなモニュメントができることは、大きな価値があると思いました。

―――企画への参加に込めた思いを教えてください。

中村 この企画を通して、お世話になった日本のサッカー界や時之栖への恩返しができればと思いました。
 僕が一選手としてここまで来られたのは、決して自分だけの力ではなく、色々な方々の応援やサポートがあったからです。それだけに「今度は自分が日本サッカーの未来を担う子供や学生たちの力になりたい」という思いはずっとありました。
 サッカーへの思い、人への思い、場所への思い……様々な思いを込めて、人々を勇気づけるアートとしてこの場所に残す。そのお手伝いをできることがうれしかったです。今回の企画は、選手だけでなく、彼らをサポートする指導者やマネージャーといった人々も応援している点が、とても良いと思います。

―――ウォールアートのテーマである“円陣”について、どのように感じましたか? 現役時代の思い出などあれば教えてください。

中村 現役時代には、それこそ何回したか分かりません(笑)。身も心も引き締まって、チーム全体が一つになれる。そんな円陣の時間が、僕は好きでした。
 選手にとって円陣とは、何も考えなくてもみんながまとまれる儀式のようなものなんです。僕はキャプテンとして、仲間一人ひとりと目を合わせ声をかけながら「みんなで勝つぞ!」という思いをいつも伝えていました。チームを団結させ、勝利への原動力を生み出すあの雰囲気は、円陣ならではですよね。
 その円陣を描いた今回のウォールアートには、見る人の背中を押してくれる前向きなエネルギーが込められていると思います。

―――制作現場で、中村さんは下描き制作の一部を手がけられました。その感想を聞かせてください。

中村 実はペインティングに挑戦するのは初めてだったので、とにかく緊張しました。思った以上に、スプレーが勢いよくサーッと出て焦ってしまって……(笑)。
 それでも、自分なりに一生懸命に思いを込めて取り組み、うまく形にすることができたと思っています。

―――様々な人々の思いが形になった今回のウォールアートが、今後どのような存在になってほしいと考えていますか?

中村 時之栖がそうであるように、世代を超えて人々をつなぐ存在になってほしいですね。今この場所でプレーしている学生たちが大人になって、プロになって、指導者になって……いつか母校を率いてこの地に戻ってきたとき、「俺が学生時代に練習したときも、このモニュメントがあったんだよ」「辛いときもこの絵を見て頑張れたんだ」と、子供たちに伝えていく。これって、すごく素敵なことじゃないですか。
 日本サッカーの歴史を表す一つの証として、いつまでも受け継がれていってほしいと思いますね。

後悔から学んだ、今を生きる学生たちへのアドバイス

―――中村さんにとって、“学生時代の部活”が持つ意味を教えてください。

中村 みんなで取り組んだキツい練習や集団行動、試合に勝ったり負けたりした経験を通して、人間的に大きく成長させてくれたのが部活でした。チームメイト、監督やコーチ、マネージャー、そして家族。色々な人たちと関わる毎日は、刺激と学びにあふれていましたね。
 一つ上の学年になれば、先輩が卒業し、後輩もでき、自分ができることやチーム内での影響力も大きく変わります。環境の変化をいかに自分の成長の糧とするかを、よく考えていました。このときの経験が土台となって、その後のサッカー人生を支えてくれたと感じています。

―――学生時代は、どのような思いでサッカーに取り組んでいたのですか?

中村 学生時代もプロになってからも、僕の心にあったのは「もっとサッカーがうまくなりたい」という純粋な思いでした。今日できないプレーがあれば、明日こそはできるようになる。明日できなければ、明後日。その思いと毎日の積み重ねが夢をかなえてくれると信じて、練習に励んでいました。
 学生時代のキャリアは、必ずしも順風満帆ではありませんでしたが、それでも「自分はプロにはなれない」とは全く考えていなかったんです。ひたむきに一つずつ努力して成長を続ければ、何かが起きる。そう信じていました。
 自分の未来なんて、誰にも分からないじゃないですか。僕がここまで来られるなんて、自分も周りも全く思っていなかったですから(笑)。大事なのは、自分にフォーカスして向上し続けることだと学びました。周囲の否定的な言葉なんて全く関係ないし、気にしても意味がないんです。周りの目を気にしていては、何事も突き抜けることはできません。そこに気づいて行動できた人が、より早くより先へ進めるのだと思います。

―――サッカー以外に、意識して取り組んでいたことはありましたか?

中村 サッカーに情熱を注ぐ一方で、勉強もおろそかにしないよう意識していました。100点をとる必要はありませんが、サッカーと学業は両立しなければいけないものだと思っています。
 両方にきちんと取り組むことで、生活にメリハリが生まれますし、勉強を通じて物事を考える習慣が身につきます。サッカーは、10人の味方と11人の相手が複雑に絡み合うスポーツです。そのなかの一瞬で最適なプレーを判断するためには、常に頭を働かせ考え続けなくてはいけません。だからこそ、日々の勉強で考える癖をつけることが必要なんです。学生のみなさんには「勉強もサッカーと同じくらい大事だよ」とアドバイスしたいですね(笑)。

―――学生時代の経験を振り返って、今の学生たちに伝えておきたいことはありますか?

中村 声を大にして言いたいのは「一日一日を真剣に取り組んでほしい」ということです。と、偉そうに言っていますが、僕も学生時代には怠けてしまう日がありました(笑)。
 だから高校からプロにいけなかったし、大学でもトッププレイヤーにはなれなかった。この苦い経験があるので、プロ生活では毎日をしっかりマネジメントして、時間を有意義に過ごせるよう心がけていました。サッカーは、自分がやったこと、やらなかったことが、結果として跳ね返ってくる世界です。
 40歳を過ぎた今でも、その一日をもっと有意義に過ごせていたら人生は変わっていたかもしれないと思っているので、学生のみなさんには、ぜひ一日一日を大切にしてほしいと思います。

―――どうしても上手くいかないときや結果が出ないときなど、苦しい場面をどのように乗り越えていましたか?

中村 思い通りにプレーができなかったり、試合に出られなかったりと、僕もこれまでのサッカー人生で様々な困難に何度も何度も直面しました。その度に「辛いときこそ成長へのチャンス」というマインドで臨んできました。
 挫折や困難は必ずしも悪いことではありません。むしろ学生時代にこそ、苦しい体験や悔しい体験をしておくべきだと僕は考えています。それは、常に物事が上手くいく状態に慣れてしまうと、リバウンドメンタリティ(逆境に打ち勝つ精神力)が養われないからです。現役時代に、プロになってはじめて挫折しなかなかそこから抜け出せずに苦しむ選手をたくさん見てきました。
 だから学生のみなさんには、困難や失敗を恐れずに、良いときもそうでないときも「どうしたらより良い自分になれるか」を考えて挑戦し続けてほしいです。

今だからこそ、学生だからこそ、できることがある

―――最後に、困難な状況のなか日々サッカーに励む学生たちにメッセージをお願いします。

中村 日常生活が制限され、大好きなサッカーも満足にできないみなさんのことを思うと、本当に胸が痛いです。ただ、厳しいことを言うようですが、今、誰もが大変な状況なんです。そしてみなさんは、この状況にも立ち向かっていかなくてはいけません。
 大切なのは「この状況で学生である自分は何ができるのか?」と考え行動することです。満足に練習ができない、物事が上手くいかない。それを「◉◉だから仕方ない」と考えて諦めるのか。それとも、夢をかなえるために限られた現状のなかできることを探して取り組むのか。この差が、未来を分けると僕は思っています。
 そしてもう一つお伝えしたいのは、「みなさんにしかできないことがある」ということ。学生だからこそみなさんが持っている若さや青さ、それは僕らのような大人にはないものです。みなさんが、中学や高校や大学、それぞれの舞台で一生懸命に輝く姿を見せ、多くの人に勇気を与えること。それはほかの誰にも真似のできないことです。みなさんには、それだけの価値があることを知ってほしいなと思います。
 僕はみなさんと同じ立場にはいないので、簡単に「頑張れ」とは言えません。それでも僕は、今の自分にやれることを探して実践しようとしています。その姿を見せることで、メッセージを伝えたいと考えているからです。同じように、多くの大人たちがそれぞれの立場で頑張っていること、そしてみなさんを応援していることは、覚えておいてください。
 それでも「どうしても頑張れない」「心が辛い」ということもあると思います。そんなときには、この時之栖のウォールアートを、“円陣”を思い出してください。必ず、前に一歩踏み出す元気をくれるはずです。たくさんの人の思いを込めてつくられたウォールアートが、みなさんの心を支え一つにしてくれることを願っています。そしてぜひ、この場所で思い切りサッカーを楽しんでほしいと思います。

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