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新スタジアム建築キーマン、二村弘志氏「サッカーを楽しむには素晴らしい“舞台”が必要」

今年3月、新たな球技専用スタジアムがグランドオープンを迎えた。ミクニワールドスタジアム北九州は、飛び出したボールが海に入ってしまうほど海に隣接した、国内でも非常に珍しい立地のスタジアムだ。ここを本拠地とするギラヴァンツ北九州常勤顧問の二村弘志氏から、建設に至る経緯や今後のスタジアム活用について話を聞いた。

インタビュー=小松春生
構成=池田敏明
写真=瀬藤尚美

――まず、二村様がギラヴァンツ北九州とどのような形で関わってきたのかについて教えていただけますでしょうか。

二村弘志 以前は百貨店の井筒屋に勤務しており、当時の井筒屋の社長がギラヴァンツ北九州の前身であるニューウェーブ北九州(NW北九州)の後援会長を務めていました。NW北九州が九州リーグを勝ち抜いてJFLに昇格した際に「Jリーグ昇格を目指したい」という希望があったんですが、NW北九州は当時、NPO法人だったため、Jリーグ入りするためには株式会社化しなければならない。そこで社長から「株式会社を作ってこい」という命を受けました。私はそのような経験もありませんでしたし、不安だらけでしたが、当時、NPO法人のGMをしていたのが旧知の間柄だった現社長の原憲一で、「原さんと一緒にやります」ということで2008年に株式会社化を目指し、同年10月に初代社長の横手氏と一緒に会社を設立しました。

――ゼロから立ち上げたわけですね。

二村弘志 最初は事務所も何もない状態だったので、しばらくは私の車を事務所にしていました。車内からTOTOさんや安川電機さんに電話をかけて、資金集めをしていました。

――現在はどのような形でクラブと関わられているのでしょうか。

二村弘志 会社創設以来、常務を務めてきたんですが、昨年、そろそろ卒業という話になりつつ、新スタジアム建設の件もありましたので、顧問という形で、クラブの営業力を養うべく走り回っています。実際には、常務の頃とあまり変わらないかもしれませんね(笑)。

――JFLからJリーグ加盟が認められ、J2に昇格し、今シーズンはJ3での戦いとなりましたが、クラブの歩みは順調でしょうか。

二村弘志 右肩上がりで何とか収入を伸ばしてきたこと、5年連続で黒字を続けていること、この二つについては、経営的な観点で言えば何とかやれてきたな、と感じています。

――その中で大きな事業として、スタジアム建設に踏み切られたと思いますが、どのような経緯があったのでしょうか。

二村弘志 北橋健治市長が、スポーツで街を明るくしたい、街に若者が集まる場所を作りたいという希望を持たれていました。一方で、スタジアムをどこに作るか、という難問もありました。北九州市は門司市、小倉市、戸畑市、八幡市、若松市の5市が対等合併してできた街なので、各地区が誘致合戦を繰り広げまして。最終的には北橋市長が「スタジアムは街の中心」という理念を貫き通されて、小倉駅に最も近い場所を建設地にされました。多少、敷地が狭く、道路を整備するなどいろいろな調整はしましたが、ここに決められたのは大英断だったと思います。

――昨年にはガンバ大阪の新本拠地である市立吹田スタジアムがオープンし、今年はミクニワールドスタジアムが完成しました。サッカー専用スタジアムが徐々に増えています。

二村弘志 サッカーを楽しむためには、陸上競技場ではなく素晴らしい「舞台」が必要です。その舞台が専用スタジアムだと思っています。青い芝生が整備され、屋根があって、できるだけ臨場感あふれるスタジアムでなければならない。私が2010年にヨーロッパに視察に行った時、ガンバさんも一緒だったんですが、一様に感動したのがこのVIPラウンジのような部屋でした。10日間で11カ所という強行スケジュールでスイスやドイツ、イギリスなどのスタジアムを巡ったのですが、やはり現地の方々は、スタジアム経営をするならVIPラウンジのような部屋がいくつか必要だと。いろいろな楽しみ方ができる席を準備することによって、スタジアムを真の意味で生かすことになる、街の方に喜んでいただけるとおっしゃっていたのには感銘しました。日本はプレーヤーファーストで競技場を作ろうとするんですが、ヨーロッパは観客を楽しませるためにスタジアムを作りますし、社交の場という側面も持ち合わせています。そこはガンバさんも我々も踏襲した部分だと思います。

――工費も100億円弱とかなり抑えられました。

二村弘志 道路の移設工事等も含めてほぼ100億円程度ですね。東日本大震災や東京オリンピックの決定などの社会的な要因によって資材費、人件費が高騰する中、何とか資材と人材を確保することができたそうです。17年3月にオープンさせるというのがJリーグと北九州市の約束でしたので、最終的には20億円近い補正予算も組まれて完成に至りました。もちろんスポーツくじの収益による30億円の助成金も大きかったと思います。約30%という割合の高さからもお分かりのとおり、それがなければスタジアム建設は大変難しかったのではないでしょうか。市の担当者の方々も審査基準をクリアするためにいろいろと模索されていました。スポーツくじを購入されている方々には、私どもも感謝の一言ですね。

――いろいろな方の努力によって、オープンにこぎつけました。

二村弘志 携わって下さった市の関係者の方々の努力には頭が下がります。異動で担当を替わられた方もいらっしゃいますが、スタジアム整備等PFI事業を受注された特別目的会社さん含めて、皆さんの血と汗の結晶だと思っています。議員の方々も徐々にご理解を示されて、街のためになるものはみんなで作らなければならない、ということで、率先して応援団を作ってくださった方もいらっしゃいました。

――改めて、建設に際して力を入れたポイントを教えていただけますか。

二村弘志 いろいろな楽しみ方ができる席を用意する、というのは理念に入っていると思います。熱狂的なファンが集う場所は絶対に作っていただきたかったですし、臨場感を味わえるスタジアムにしていただきたかった。主目的は試合なので、その試合を楽しめなければスタジアムの意味はない。そのためにはどうすればいいかというと、できるだけピッチの近くに席があって、見やすく、みんなが楽しめるようにする。ゴール裏が見にくいという定例はありますが、ここのゴール裏は見やすいです。すべてのスタジアムの中で一番、見やすいと自慢に思っています。将来構想的にはバックスタンドにも屋根がついて、VIPラウンジから海が見えなくなってしまうかもしれませんが、現在の海を見ながら試合観戦できるというのは、世界的にも稀だと思います。特別な日にVIPラウンジで観戦できる機会も提供したいと考えていましたので、運用方法を考えながら一般の方にも開放する予定です。

――日本にはエンターテインメントが多く、他の娯楽との競合や共生という問題もあります。

二村弘志 サッカーも楽しめるし、他のことを楽しめる環境がすぐ近くにある、というのも、このスタジアムの大きな特徴だと思います。展示場があり、子供向けの大きな遊び場や芝生の公園もあり、散策や買い物、飲食とすべてのニーズに応えられる場所で、その中にこのスタジアムがあります。そこは本当に、世界に誇れる環境だと思っています。

――将来的な展望についてもお伺いします。まず、ギラヴァンツ北九州をどのようなクラブにしていきたいですか?

二村弘志 Jリーグ100年構想に共鳴して立ち上げたクラブですので、街になくてはならない存在になっていく必要があります。街をスポーツで元気にするのがクラブの使命だと思っていますので、いろいろなスポーツとコラボレーションしながら、街を明るくするのが第一の目的です。それによって共鳴する方々がスポーツを楽しみ、やるスポーツから見るスポーツへと楽しみ方をシフトチェンジして、スタジアムが常に満員になって席が足りないぐらいにしていきたいですね。収容が2万人を超えれば国際大会を開催することもできます。もちろんチームが強くなって、代表に呼ばれるような選手が常にいる状態にしていかなければならないと思っています。

――このVIPラウンジは交流の場としての利用価値もあると思います。そこで様々な意見交換をすれば、新たなものを生み出せる可能性も高まりますね。

二村弘志 試合当日だけでなく、日常的に使えるようになれば、スタジアム経営もうまくいくと思います。セミナーや料理の試食会などに各部屋を貸し出すこともできますし、すでにいろいろな予約が入っていると聞いています。試合を見た方から「VIPラウンジは使えるのか?」という問い合わせもありました。その点は我々がヨーロッパで学んだとおりですね。会議をしていてふと外に目をやると、緑の芝生と青い海が見える。すごく気持ちいいと思います。

――最後に、今後の展望をお聞かせください。

二村弘志 街の方々の意見を聞きながら、一緒に歩んでいくことが大切だと思っています。クラブだけが先走っても空回りしてしまいますので、ともに歩んでいく。一緒にやって“みんなで創造したもの”にならないと、本当の意味でのスタジアムの強さは出てこないと思っています。

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