インタビュー・文=安田勇斗
今夏、オランダ1部のヘーレンフェーンに移籍した小林祐希を始め、モンテネグロからポーランド1部、ブルガリア1部に移籍した加藤恒平、日本出身でフィリピン代表という異色の経歴を持つ佐藤大介のルーマニアリーグ移籍など、様々なタイプの移籍を成立させてきた英国在住の代理人・宮原継享氏。
宮原氏は学生時代、サッカー選手を志しながら、大学卒業後に渡英し、ロンドン大学大学院バークベック校を卒業。その後、本場、イングランドのフットボールシーンに触れながら、指導者や選手の仲介人、代理人として、エージェント業を拡大していった。
その根底には、「日本のサッカーをもっと良くするためには、日本人がもっと海外に出たほうが良い」という、自らが続けてきたサッカーへの思いがあった。行き当たりばったりの人生だと笑う宮原氏は、留学自体がそうであるように、想像もできない未来へと向かって突き進み、何か問題が起きれば、その手で局面を打開し続けている。
宮原氏が歩んできた道と、その言葉には、代理人を志す人のみならず、「日本と世界をつなぐ」という未来を描く人にとって、決して小さくはないヒントが隠されている――。
インタビューの後編は、普段なかなか知ることのできない「エージェント」という仕事の実情やそのノウハウ、裏話とともに、この業界を目指す人への金言を届ける。
「興味を持ってもらう」という一歩が難しい
――代理人として現在、契約している選手はどれくらいいますか?
宮原継享 今は、小林祐希選手(ヘーレンフェーン/オランダ1部)、加藤恒平選手(PFCベロエ・スタラ・ザゴラ/ブルガリア1部)、松本光平選手(ホークスベイ・ユナイテッド/ニュージーランド)、佐藤大介選手(CSMストゥデンツェスク・ヤシ/ルーマニア1部)と専属契約を交わしていて、他にはブラジル人やナイジェリア人など、8選手ですね。それと、契約はしていないですが面倒を見ている選手もいます。
――代理人の方々は通常、どれくらいの人数の選手と契約しているものなのでしょうか?
宮原継享 本当に多い人だと、一人で30?40人と契約している人もいるようです。ただ、契約を交わすと、それこそ家族のように密になりますから、8人でも結構、大変です。
――「代理人」という仕事の意義や必要性はどのようなところにあると思いますか?
宮原継享 僕は、選手の就職をサポートする“斡旋会社”のようなイメージだと考えています。夢があり、ステップアップしたいという選手が、自分ではやりきれないことをお手伝いすることです。僕のように、イギリスに行きたい、世界に出たいと思った時に、時間とお金があれば誰でもチャレンジはできます。でも選手には仕事がありますし、プロであれば、毎週のように試合があるので、両立するのは簡単ではありません。まずは言語と、移籍に関わる仕組みを理解しないといけないですからね。
――移籍や交渉の現場で難しいことは何でしょうか?
宮原継享 一番難しいのは相手に興味を持ってもらうことです。クラブのトップカテゴリーにはだいたい25人前後の選手がいますが、移籍市場はその何倍もの選手で溢れています。以前、ある欧州のトップクラブから「センターバックがほしい」と言われて日本人選手を推しましたが、世界中に10人ほどの候補がいました。プレースタイルなども鑑みて選ぶ上で、日本人である必要性はどこにもないですよね。その時は残り2人までいきましたが、それ自体がすでに奇跡的であり、そういう奇跡に辿り着くまでのメンタルを維持するのはなかなかキツいですね(笑)。
――最初は書類や映像データを見てもらうところから始まるのですか?
宮原継享 ドイツのサッカー専門サイトの「トランスファーマーケット」というものなど、いわゆる“サッカーの人向けのウィキペディア”があるのですが、そこに選手情報などが掲載されています。Youtubeなどにアップされている選手の映像なども見てもらうのですが、まずは「興味を持ってもらう」という、その一歩が非常に難しいんです。
――その一歩のためのアプローチにはどのようなものがありますか?
宮原継享 クラブにメールを送ったり電話を掛けたりしますが、グイグイ行く時には、ドイツのクラブに車で直接向かったこともありますよ。「帰れ」と一蹴されましたけど(笑)。そうした、飛び込み営業のような“直接ノック系”は難易度が高いですね(苦笑)。スマートにやるのであれば、国や地域ごとに、精通している代理人がいるので、その人とつながり、「こういう選手がいますよ」と紹介します。もちろん、僕がリオネル・メッシの代理人であれば、ただ電話が鳴るのを待っているだけで良いんですけどね。
国や地域ごとに精通している代理人がいる
――日本のクラブと海外のクラブでは、交渉に向かう上で何か違うことはありますか?
宮原継享 日本の場合は特に、周囲にある既存の信頼関係を大事にしますね。クラブがよくやり取りをする代理人がいる場合もあるので、“イギリスの代理人”の話を聞いてもらえないこともあります。一方で、欧州の正確な情報を教えてほしいというスタンスで話を聞いてくれる方もいますが、実績は大事なのかなと感じます。
――日本の場合は比較的「ガードが固い」といった印象はありますか?
宮原継享 それは実際、どの国も同じだとは思いますが、日本には日本のルールがあるので、日本のルールを知らずにアプローチして門前払いされることはあります。その壁を取り払えるほど足しげく日本には通えないですしね。かつては、がむしゃらに様々な国に行ってコンタクトを図ってきましたが、今は、僕はイギリスが拠点ですから、国や地域ごとに精通している代理人とつながり、その人に任せるのが良いと思っています。
――今夏、オランダ1部のSCヘーレンフェーンに小林祐希選手が移籍しましたが、どのようなプロセスだったのでしょうか?
宮原継享 最初は、僕自身がオランダに行って別のクラブとつながりのある知り合いのスカウトに売り込んでいました。ただそのクラブの監督が交替することになり、それと同じタイミングくらいで、ヘーレンフェーンが興味を持ってくれているというところが始まりです。他にも、ロシアなどの選択肢はあったのですが、彼自身も「最初にオファーが来たチームに決める」と話していましたし、オランダに移籍したことがある、日本代表選手にも話を聞いて、「最初のステップとしてオランダはめちゃくちゃ良い」ときいていたこともあり、本人も乗り気でした。そこから契約までいくつかのハードルはあったのですが、ようやく決まりました。
――他にも、モンテネグロからポーランド1部、ブルガリア1部へと移籍した加藤恒平選手など、これまで様々な移籍に携わっています。
宮原継享 加藤選手のポーランド移籍に際しては、彼の素晴らしい人間性によってもたらされた、それこそ奇跡のようなエピソードがあるのですが、少し長くなるので、サッカーキング・アカデミーのセミナーでお話しさせていただきますね(笑)。
日本人選手が活躍する場所を提供できる
――代理人という仕事をされてきて、どのような時にやりがいを感じますか?
宮原継享 もちろん、選手の契約が決まった時や正式なオファーが出た時はやりがいを感じます。ですが、その確率が極めて低い仕事です。日本の営業職よりも厳しい世界だとも思うのですが、そこに挑む際に、他の代理人の方とも作戦を立てながら、お互いを励まし合うように語る時間は替え難いものがあります。昼夜を問わず電話が掛かって来るような仕事ですが、そこで話題に上る選手の情報や移籍にまつわる手法やエピソードなど、情報交換をしていくことで仲間意識を感じることもできますし、損得勘定を抜きにして楽しいですね。信頼できる代理人が増えると、全く関係のない仕事にも派生しますし、いろんな可能性が見えますからね。それともう一つ、「日本を世界に認めてもらえる」ということは大きなやりがいというか、気持ち良さを感じます。
――「日本と世界をつなぐ」ことの価値は大きいですよね。
宮原継享 あらゆる分野にも共通していますが、日本の良いところを世界に発信して、認めてもらい、その価値に対して相応の対価が支払われるのは素晴らしいことです。代理人としては、外国人枠に日本人選手が入って活躍する場所を提供できるということは、すごくやりがいのある仕事だと感じています。
――最後に、代理人を志す人に必要な資質とはどういったことが挙げられますか?
宮原継享 端的に言うならば、「人間力」ではないかと思います。ノウハウや情報があっても使い方が分からなければダメですし、計算や駆け引きも必要ですが、結局は「おまえが言うんだったら」というところに持っていくのは、その人が持っているパワーだと思います。それを噛み砕いて言うと、グイグイ押していったり、ある意味で空気を読まないで入り込んでいくようなコミュニケーション能力であったり、問題を解決する能力、そして最後には、あきらめない忍耐力といったところが必要になってくると思います。
<英国在住代理人・宮原継享が語る「エージェント」という仕事「“行き当たりばったりの人生”で、英国永住権を取得してフットボールに携わる」/前編>
ユーロプラス専属契約代理人
宮原継享(みやはら ひでゆき)
1980年9月21日生まれ。岡山県出身。高知大学時代には、総理大臣杯3位や、中国・四国代表として大学選抜大会デンソーカップにも出場。大学卒業後、2004年に渡英し、ロンドン大学大学院バークベック校で欧州サッカークラブの経営やアメリカの多様なスポーツビジネスを学ぶ。06年からロンドン最大規模の日系サッカークラブLondon Japanese Junior FCに勤務し、イングランドサッカー協会の指導者ライセンスF.A Level 2を取得。13年には現職のJapan at UK limitedでFootball Samurai Academyを創設した。指導者や選手の留学をサポートする代理人としてもトップレベルで活動し、今夏オランダ1部ヘーレンフェーンに移籍した小林祐希、モンテネグロからポーランド1部、ブルガリア1部に移籍した加藤恒平、日本出身でフィリピン代表という異色の経歴を持つ佐藤大介のルーマニアリーグ移籍など、様々なタイプの移籍を成立させてきた。
By サッカーキング編集部
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