2016.08.17

「技術がなければ、何も始まらない」アカデミーヘッドマスターが明かす“クーバーの教え”

サッカー総合情報サイト

幼稚園生~小学生を指導するサッカースクール「クーバー・コーチング」は、現在、30カ国以上で展開されている世界最大規模のサッカースクールである。1993年の本格展開以降、その指導法は日本でも着実に浸透し、数多くのプロ選手を輩出してきた。世界中で評価されるその指導法や考え方は、どのようなものなのか。指導者を育成する「クーバー・アカデミー・オブ・コーチング」でヘッドマスターを務める中川英治さんに、クーバー・コーチングの“哲学”について聞いた。

技術的、戦術的、メンタル的な個性の育成

――まずは、クーバー・コーチングの概要について教えてください。

中川英治 オランダ人のウィール・クーバーさんという指導者、彼はフェイエノールトで1973-1974シーズンのUEFA杯(現ヨーロッパ・リーグ)を制した人のですが、彼が提唱した指導法が「クーバー・コーチング」の始まりです。クーバーさんは、ブラジルのペレ、オランダのヨハン・クライフ、西ドイツのフランツ・ベッケンバウアー、そしてアルゼンチンのディエゴ・マラドーナといった当時のスーパースターのプレーを誰でも身につけられるように、そのプレーを映像で分析し、解析して分かりやすく説明しました。当時は「クライフ・ターン」や「エラシコ」といったフェイントはスーパースターだけができるテクニックで、その修得の仕方を一般に広く紹介したというのがこの指導法のスタートだったんです。

――つまり、当初は“1対1”の指導法にフォーカスした指導法だったのですね。

中川英治 そのとおりです。そこから、サッカーで言う“技術”とは1対1の局面で相手選手を抜くことだけでなく、個人は組織の上に成り立っているという考え方から、個人からグループ、グループからチームという組織の中で活かされる総合的な技術を指すという考え方に発展し、「組織の中で活かされる個人の技術を磨こう」という現在の指導法に発展しました。

――日本に導入されたのは1993年とお聞きしました。

中川英治 実は、それ以前からクーバーさんは何度か来日していて、帝京高校や筑波大学でクリニックをやったり、翻訳本を出版したりと、指導法が評価されたことで普及活動を続けていました。

――“個”に特化した指導法から、“組織やゲームの中で生きる個の技術”の向上を目的とする指導法に変化したのは、いつ頃からなのでしょうか?

中川英治 ウィール・クーバーさんが最初にクーバー・メソッドを考案した当時は、“サッカー界のビジネス化”が進行し、世界のトップシーンでは守備的な戦術が最先端とされる傾向にありました。ただ、クーバーさんはそういう時代だからこそ攻撃的なメンタリティーを持った選手を育成しなければならないと考え、よく「パーソナリティー(個性)」という言葉を口にしていました。つまり、サッカーの流行にかかわらず、ピッチの上で“個性”を発揮できる選手を育成することが使命であると考えていたのです。そして、クーバー・コーチング共同創始者である、アルフレッド・ガルスティアンとチャーリー・クックがウィール・クーバーさんの指導法を発展させて、現在の我々のカリキュラムである「プレーヤー育成ピラミッド」を作ったことで大きく変わりました。

――“個性”というのは、具体的にどういう意味を持つ言葉なのでしょう。

中川英治 技術的にも、戦術的にも、メンタル的にも、ゲームでイニシアチブ(主導権)を握れる選手ということを意味しています。ただ、戦術的、メンタル的なイニシアチブを握るためには、やはりまず、技術的なイニシアチブを取る必要がある。だからそこを強化しようというのが、私たちの考え方なのです。

――おそらく発足当初の印象から、「クーバー・コーチング」について「足元の技術に特化した指導法」であるというイメージを強く持っている人も多いと思うのですが、考え方としては“特化”というと誤解が生まれてしまいますね。

中川英治 私たちの指導法が、まずは技術的なパーソナリティーを強化しようとするものであることは間違いありません。ただ、根底には、技術的に向上することで、戦術的な思考をめぐらせることができる、さらに、メンタル的にも余裕が生まれ、自信を持つことができるという考え方があります。技術的なパーソナリティーを磨くことに特化しているわけではなく、それによって生まれる戦術的、メンタル的なパーソナリティーを強化することで、総合的に強い個性を持った選手を育成したいと考えています。

――なるほど。「クーバー・コーチング」の指導法を理解する上で、その点はとても重要ですね。

中川英治 今の私たちの言う「技術」とは、かつて指導法として実戦していた「切り出した技術」ではありません。味方がいて、相手がいて、スペースがあって、その中で発揮させるものが「技術」であり、キレのあるフェイントを覚えることやリフティングの回数を増やすことではなく、ゲームの中で生きる、つまり戦術的な要素を含んだものを「技術」と定義しているのです。これまでの私たちが主に「技術」という言葉にフォーカスして活動してきたこともあり、その言葉が一人歩きしてしまって、少し誤解されているところもあるかなという気がしているんです(笑)。

最大の特徴は、1年間の指導者育成システム

――そうしたポリシーをお聞きすると、U-23日本代表のキャプテンである遠藤航(浦和レッズ)や同代表の南野拓実(ザルツブルク)、鹿島アントラーズの三竿健斗のような選手がクーバー・コーチングの出身であるということもよく理解できます。

中川英治 クーバー・メソッドが創設された34年前から変わらないポリシーとして持ち続けているのは、「1人で局面を打開できる選手」、そして「チームメイトと協力して局面を打開できる選手」を育てるということです。もちろん、遠藤選手や南野選手、三竿選手には多くの指導者が関わっていますから、私たちの指導によってのみ育ったとは思いません。ただ、特に遠藤選手や三竿選手は、「チームメイトと協力して局面を打開する」という能力に長けていますし、南野選手は「1人で局面を打開できる選手」でもありますよね。私たちがその両面に力を入れて指導していることは、彼らのプレースタイルによってもお分かりいただけるのではないかと思います。

――確かに彼らは、それぞれの環境で、多くの指導者に関わることで育った選手ですが、その“通過点”として、クーバー・コーチングが果たした役割は大きかったのではないかと思います。

中川英治 そう言っていただけると嬉しいですし、そういう意味では、育成においてとても大事な少年期を預かる立場として、強い責任を持って指導にあたっています。

――つまり、選手をクーバー・コーチングの指導法に落とし込んで“理想の選手”を育てるのではなく、その指導法に触れることでバラエティー豊かな“個性”が育つという考え方なのですね。

中川英治 そのとおりです。“金太郎飴理論”になぞらえて「同じような選手が育つのではないか」と誤解されることがあるのですが、決してそうではありません。私たちの仕事はサッカー選手としての土台を作ってあげること。どんなチーム、どんな戦術、どんなシステムのチームであっても、それを構成しているのは“個人”ですよね。そのクオリティーを高めることが私たちの目標とするところですし、組織の中で生きる“個人”にさまざまなタイプが存在するのは当然のことなんです。

――現在、クーバー・コーチングは全国に138校あります。指導メソッドや哲学を実践する上で、コーチングスタッフを育成することは非常に重要な課題であると思うのですが、それについてはどのように取り組まれているのでしょうか?

中川英治 すべてのコーチは、「クーバー・アカデミー」というコーチングスタッフの育成機関で1年間の勉強をしてから実際の指導にあたります。そこで指導メソッドや哲学を学ぶことはもちろん、それ以外にもメンタルトレーニングやコーチング論、栄養学、生理学などを1年間かけてじっくり勉強するので、その点については非常に力を入れています。「指導者の育成」についてはどこにも負けないクーバー・コーチングの強みだと思っていますし、例えば、元Jリーガーの選手やなでしこリーグの選手であっても、いきなりメインコーチとして指導にあたることはありません。やはり、サッカーをやるスキルと、サッカーを教えるスキルは異なります。“教えるスキル”を1年間かけて磨くということは、とても大事なことなのではないかと考えています。

技術がなければ、何も始まらない

――育成年代の選手を預かることは、未来の日本サッカーを作るという意味でも大きな役割を担っていると思います。クーバー・コーチングとして、どのような選手を育てたいと考えていますか?

中川英治 これまでの指導実績から“いい選手”の共通項として挙げられるのは、スポーツ心理学で言うところの「内的統制」ができることです。つまり、誰かと比較して「あの子より上手い」と考えるのではなく、今日の自分は、昨日の自分より上手くなったかと考える能力。そうした能力を持つ子は、例えば、自分のミスを「グラウンドの悪さ」のせいにしたり、「新しいスパイク」のせいにしたりしません。そういう考え方を持って自らと向き合う子は、どんどん伸びるという傾向にあることは間違いありませんし、やがてプロになるような選手は、ほぼ例外なくそういう資質を持っている気がします。

――常に、“自分”に目が向けられている。

中川英治 はい。つまり、自分自身に責任を持てるということですよね。ボールを奪われたら奪い返す。パスをミスしたら「自分のコントロールが悪かったのではないか」と考える。だから、自分に足りないところを補おう、こういうところをもっと強化しようと考えて、トレーニングにも自発的に取り組むことができる。私たちが育てたいと考えている技術的、戦術的、メンタル的な“個性”とは、まさにそういうものを意味しているんです。

――まずは“自分”に目が向けられている選手は、やがて“組織”にも目が向かう気がします。それが、戦術的、メンタル的な個性に発展する。

中川英治 まさにそのとおりで、始まりは、自分がボールを奪われたら自分で奪い返すこと。その重要性を理解すると、チームメイトがボールを奪われた時にも、その選手のせいにせず、自分で奪い返そうとする気持ちが生まれるんです。それはまさに、組織の一員とする上で求められる戦術的、メンタル的な個性ですよね。だからこそ、まずはすべての発端となるボールを奪われない、またはボールを奪うという技術的な個性を磨くことが大事であると考えていて、そこに力を入れているのです。

――最初におっしゃられたとおり、技術的な個性を備えることが、実はサッカー選手としてのすべての能力を高めることに直結していると。

中川英治 はい。“山の登り方”ですよね。例えばバルセロナというチームは、戦術という入り口から山を登ろうとするイメージがあります。でも、私たちは技術という入り口から同じ山を登ろうとする。両者のゴールは、もちろん同じです。技術を入り口としてサッカーのすべてにアプローチするのが、クーバー・コーチングの方法論である。

――分かりました。最後に、改めてクーバー・コーチングとしての姿勢について教えてください。

中川英治 技術がなければ、何も始まらないというのが、私たちの考え方です。技術が身につけば、サッカーをもっと楽しめる。それが戦術的、メンタル的な向上にもつながり、やがて組織の中で生きる“個性”として成長していく。そうした普遍的な考え方を軸としながら、これからも、サッカー少年少女の育成に努めていきたいと思います。

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