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ビッグイヤー獲得の“ラストピース”に…新怪物・ハーランドの足跡を振り返る

2023.07.15

[写真]=Getty Images

 天は二物を与えず――という格言がこの人の辞書には存在しない。高い、強い、速い、そのうえ上手い。これだけの要素をことごとく兼ね備えたハイスペックのフットボーラーなどそうはいない。しかも、これらの強みが点を取ることに特化され、信じがたいゴールラッシュを演じている。アーリング・ハーランドが《新たなる怪物》と呼ばれる所以だろう。

 2022年の夏、彼を獲得したマンチェスター・シティがあっさりUEFAチャンピオンズリーグの覇権を手にしたのも、おそらく偶然ではない。いわゆる『リアル9』(本格派ストライカー)の不在に悩まされてきたマンチェスター・シティにとって、まるで息を吸うようにゴールネットを揺らし続ける若者こそ、念願のタイトルをたぐり寄せるラストピースだった。

 フットボールの大国が世に送り出した傑作ではない。国籍は北欧の小国ノルウェーだ。実父のアルフ・インゲ・ハーランドも元プロ選手。現役時代はイングランドのリーズやマンチェスター・シティなどで活躍し、ノルウェー代表の一員として1998年アメリカ・ワールドカップに出場している。フットボーラーの血がそのまま息子に受け継がれた格好だ。もっとも、息子の蔵する才能に限れば、父のそれとはケタが違った。

 生まれはリーズだが、育ちは祖国ノルウェーだ。ブリンFKのアカデミーを経て、17歳の時にモルデFKと契約。そこでマンチェスター・ユナイテッドなどでも活躍した英雄オレ・グンナー・スールシャール監督の薫陶を受け、点取り屋としての作法を習得していった。そして、18歳の時に人材発掘に優れたオーストリアの強豪ザルツブルクに引き抜かれ、ブレイクの足掛かりをつかむ。それが加入2年目の2019-2020シーズンだ。初めて出場したCLのグループステージ、ヘンク戦でハットトリックを演じる。19歳58日での達成は大会史上3番目に若い年齢による記録となった。ちなみに、当時のチームでトップ下から彼の仕事を支えていたのが南野拓実である。

 CLでのパフォーマンスがその値打ちを一気に引き上げ、シーズンの終了待たず、冬の移籍市場でドイツの強豪ドルトムントに活躍の場を移す。2020年1月、デビュー戦で途中出場しながらもハットトリックを達成したのを皮切りにゴール量産機と化して、不動の地位を確立。その後も2シーズンに渡ってクラブの得点源となり、在籍期間中の公式戦89試合で計86ゴールという破格の決定力を世に知らしめた。

 当然、その存在は引く手あまたとなり、昨夏にCL制覇の野望を抱くマンチェスター・シティが射止める形となった。加入が決まった当初、指揮官ペップ・グアルディオラの志すフットボールに適応するのか否か、一部の専門家の間で懐疑的な見方があったのも事実。だが、フタを開けてみれば、やはりケタ外れの怪物だった。

 適応が求められたのはむしろ、チームのほうだったかもしれない。ペップは基本構造を維持しつつ、攻撃面で《怪物仕様》の戦術ツールを上乗せしている。その1つが前線のハーランドをターゲットに使ったロングボールだ。「相手がマンツーマンのハイプレスを仕掛けてくるならば、彼を使わぬ手はないだろう」とはペップの弁。実際、プレス回避と攻撃の拠点作りが叶う一石二鳥が見込めるのだから、プレスの網にからめ取られるリスクを冒してまでパスをつながなくてもいい、というわけである。

 こうした《ペップらしからぬ》実用主義は、守から攻へと転じるポジティブ・トランジションの局面でも見て取れた。一気に敵のゴールへ迫るカウンターアタックがそれだ。従来と比べて、その発動率が高まったのも鋭くライン裏に走り抜け、したたかにフィニッシュへ持ち込むハーランドの強みを最大限に生かす狙いがあったからにほかならない。とりわけ、押し引きが繰り返される強豪クラブとの一戦において、その効果は絶大だった。

 かくして怪物は本領を発揮し、期待に違わぬ数字を残す。まず、国内では36ゴールを積み上げ、プレミアリーグのシーズン最多得点記録を更新。また、CLでもライプツィヒ戦での1試合5ゴールを含む12ゴールを量産し、同大会で二度目の得点王に輝いた。数字もさることながら、中身のほうも充実。得点パターンはバラエティーに富んだ。得意の左足から放つ豪快なショットは言うに及ばず、右足、ヘッドと自由自在。そのうえ、軽やかに宙を舞うアクロバットな一撃でネットを射抜き、見る者たちの度肝を抜いた。なかでも、CLのグループステージにおける古巣ドルトムントとの一戦でやってのけた“カンフーショット”は、まさに圧巻の一語。およそ巨体に似合わぬ軽業を決められては、相手もお手上げだった。

 シーズンの最終盤こそやや鳴りを潜めたが、新加入のハンディをものともしない堂々たる活躍ぶり。プレミアリーグ選定のシーズンMVPから得点王に至るまで、個人タイトルを総ナメにした。まだ22歳という若さにも関わらず、である。いったい、この先、どんな進化を遂げることになるのか。現時点では想像もつかない。この項で書き記してきた足跡も成功物語の序章に過ぎないのだから――。

文=北條聡

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