[サムライサッカーキング3月号掲載]
『ナリキン!』という作品をご存知だろうか。サッカーと将棋の共通点を軸に描き、その両者の特性が実に鮮やかに絡み合う、新感覚のサッカー漫画だ。将棋とサッカー。9×9=81のマス目と、芝のピッチ。果たしてこの奥深きテーマは、どのように描かれているのだろうか。
インタビュー・文=田中亮平 写真=藤巻祐介、足立雅史、Getty Images
ベッカム戦法? チャビ戦法? サッカーの試合からイメージ
漫画『ナリキン!』の監修を務める野月浩貴氏は、日本将棋連盟に所属するプロ棋士だ。将棋同様にもともとサッカーが好きだったという野月氏は、サッカーから着想した戦法を自身の将棋に投影したりするなど、まさに「将棋とサッカー」を地で行く棋士である。将棋とサッカーのどこに共通点があって、それを劇中でどのように表現しているのか。その奥深い思考の一端を明かした。
──監修をされる前から、「将棋とサッカー」については考えていたのですか?
野月(以下N) 将棋を始めたのが小学1年生頃、サッカーを好きになったのは小学6年生頃ですが、当時から似ているなあというのは子供ながらに思っていました。今では、テレビ中継やスタジアム観戦を合わせて、年間300試合から500試合くらいサッカーを見ているのですが、見終わった後に、可能な限り頭の中でもう一回再生するんですね。録画を見るとかではなくて、記憶を振り返る。そうすると、今まで将棋で考えてきたことと違う何かが生まれたりする。それが楽しくて、いつからか僕の中で将棋の研究方法の一部になりました。
──サッカーを研究方法に取り入れているなんて珍しいのではないですか?
N いや、そんなことないですよ。僕の場合は分かりやすくサッカーでしたけど、他の棋士の方々も、何か違うものからイメージを得ていたりしています。例えばアメフトなんかは、サッカーよりも将棋に近かったりします。
──なるほど。サッカーから着想した面白いイメージを将棋に落とし込んだもので、具体的に言えるものはありますか?
N 僕がプロになった直後、1997年頃に大流行した戦法の一つに「横歩取り△8五飛」というものがあります。僕が多用して、流行したんです。ちょうどイングランドで(デイヴィッド・)ベッカムが大活躍をし始めた頃で、彼のプレーをずっと見ていて、ピンポイントで合わせるクロスがすごいなと。そこからイメージしていきましたね(図1参照)。最近だと、こんなようなことを言っても理解してもらえますが、その頃は、話題にはされても、「何言ってるんだコイツ」っていう扱いでしたが(笑)。
──それはそうでしょうね。でも、今聞くと鳥肌が立つほど面白い話ですよ。
N もう一つ、僕が得意としている戦法で、「相掛かり」というものがあります。この戦法自体は、それこそ江戸時代からある歴史の古いものですが、僕の「相掛かり」はバルセロナのチャビをイメージして作っています。
──と言うと?
N 中盤のやや右から真ん中に配置した「銀」をチャビのように動かすのです。前にちょこっと出たり、引いてみたり。チャビがくるくると動くことによって、相手のバランスを崩すんですね。そして、気が付いたら局面が優位になっているんです(図2参照)。
精神力と勝負度胸、岡田監督は将棋に向いている!?
──いつもそういうものをイメージしながらサッカーを見ているのですか?
N いや、そうではないですよ。最初は、純粋にサッカーを楽しみたいですから。見終わった後の、将棋で言ういわゆる「感想戦」になると、将棋へのフィードバックを考えます。だから、テレビで見るよりスタジアムで見た後のほうが、将棋には役立つんですね。テレビには映らない、ボールのないところの選手の動きでも、感じるところはあります。
──野月さんがサッカーの監督をしたら面白そうですね。そしてその逆も然り。
N サッカーの監督で将棋を指せば強そうだなと思うのは、岡田武史さんとかですかね。将棋って、対戦相手とものすごく近い位置で、かなりの長時間対峙するんですね。ですから単純な上手い下手だけではなく、それこそスポーツ選手と同じくらい身体のコンディションも大切ですし、精神的な強さも必要なんです。その辺も考えると、岡田監督には勝負度胸みたいなものを感じますね。
──選手ではどうでしょう?
N 将棋では、一つの局面に対して次にどうするかと言われたら、プロもアマも思いつく手はだいたい同じなんですね。ただしプロ棋士がアマと違うのは、その何十手も前から、その局面になることをイメージして指しているということなんです。二手先、三手先をイメージして戦うと。これはサッカー選手も同じですよね。前もってそのプレーになるための準備、イメージができる選手。そういう意味では、本田圭佑選手とか、遠藤保仁選手とかはまさにそのタイプでしょうね。
──本田と遠藤の一騎打ち。面白そうですね。ありがとうございました!
日本代表はこう戦え!? 「角換わり腰掛け銀」戦法
N ザックジャパンは、大味なサッカーをしていませんよね。足元やパスの技術を生かして、コンパクトにまとまって局面局面の攻防を繰り返しながら攻めるというイメージです。
かつての日本代表であれば、サイドはこの人、守備的中盤はこの人、というように役割がもっと明確だったと思います。将棋の駒にも分かりやすく置き換えられたかもしれません。でも、現代サッカーは更に進化して、一人の選手が一つの駒の役割をするだけではダメですよね。1試合を通して、例えば香車の役割しかできないサイドバックでは、世界で通用しない。だから長友佑都選手も、時には香車、時には銀、というように局面に応じてプレーを変化させていると思います。
一人の選手が、2つ3つの駒の役割を果たし、それぞれの能力を100%出す。フォーメーションにとらわれず、それぞれがいろいろなポジションをカバーする。 そういう戦い方を将棋で表すとすれば、一つ思いつくのが「角換わり腰掛け銀」という戦法です。「角換わり」とは対局開始間もなく、攻撃力の強い角を互いに交換することで、「腰掛け銀」とは▲5六銀が▲5七歩の上に腰を掛けているように見えることから表現された呼び名です。角交換をして、定跡どおり指していくと、上の図のように双方全く同じ形になります。もう昭和の初めくらいから、この形は研究されています。
ここからの攻め方が、現在のザックジャパンにイメージ的に近しいと感じています。守備は守備でしっかりしているけれど、いろんな種類の駒を効率よく使ってうまく攻めていく。バラエティーに富んだ駒たちが、個々のプレーをするのではなく、一つの目的を持ってゴールに向かう。コンビネーションを駆使して、相手の一点を崩しにかかる。ブラジルのような強国と対峙する場合、とにかく守備を固めてカウンター、というのも戦い方の一つだと思いますが、自分たちが主導権を握って攻める、「角換わり腰掛け銀」のようなイメージで戦ってほしいですね。