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本作は間違いなくフットボールの「歴史映画」と言える/宇都宮徹壱

2016.02.09

 2011年にスタートし、年に一度サッカー&映画ファンが集う一大イベントに成長、今年も2月11日(木・祝)~14日(日)の4日間で11作品を上映する「ヨコハマ・フットボール映画祭2016」。さらに全国12都市で映画を上映するジャパンツアーも開催されます。

 そこでサッカーキングでは映画祭の開催を記念し、豪華執筆陣による各作品の映画評を順次ご紹介。

 今回は国内外で「文化としてのフットボール」をカメラと文章で切り取る写真家・ノンフィクションライター宇都宮徹壱さんに、ユーゴスラビアサッカーのルーツがわかる大河ドラマ『モンテビデオの奇跡』についての映画評を寄稿いただきました。

本作は間違いなくフットボールの「歴史映画」と言える/宇都宮徹壱

 1930年にウルグアイ(というかモンテビデオ)で開催された、第1回ワールドカップに出場したユーゴスラビア代表(当時は王国だった)の活躍を描いた作品。YFFFで2012年に上映された『モンテビデオ-夢のワールドカップ-』の続編でもある(この2作品の間に、ウルグアイに向かう道中を描いたTVドラマもあるらしいが未見)。

 ジャンルとしては「歴史映画」ということになるだろう。が、この作品と向き合うにはいささか注意が必要だ。というのも、私のようなサッカーの歴史オタクが見ると、どうにも気になるシーンがいくつか出てくるからだ。

 たとえば、ブラジル代表のユニフォームが白ではなくカナリア色をしていたこと(ブラジルのユニフォームが現在の色になったのは、50年大会の『マラカナンの悲劇』以降のこと)。ユーゴを含めて4カ国しか出場していなかった欧州勢のうち、ベルギーがまったく描かれていなかったこと。そして大会がノックアウト方式のように描かれていること(実際にはグループリーグ+準決勝・決勝)。

 このことについて、昨年来日したドラガン・ピエログルリッチ監督に直接疑問をぶつける機会はあった(通訳は千田善さんが務めてくれた)。ドラガン監督の答えは、以下のとおり。

「ブラジルといえば、やっぱりカナリア色だろう(笑)。ベルギーについては、単に描く余裕がなかったからだ。大会のフォーマットについては、もちろん理解はしていたけれど、ストーリーを盛り上げるためにあのように描いた。そもそも映画というのは、お伽話のようなものだから、史実ばかりを気にしていても仕方がない、というのが私の考え。それに、観客の中に『歴史家』は少なかったね」

 ということなので、私のように理屈っぽく見るのではなく、純粋なエンターテイメントとして愉しむほうが正解である。では、この映画がまったく歴史を無視しているかというと、そんなことはない。それぞれのゲームのスコアは正確だし、ウルグアイとユーゴによる準決勝で露骨なホームアドバンテージが行われ、ウルグアイのゴールに呼応してスタンドから銃声が鳴り響いたのも事実のようだ。また、イバン・ベック、アレクサンダル・ティルナニッチ(ティルケ)、ブラゴイェ・マリヤノビッチ(モシャ)といった、当時のユーゴ代表のメンバーはいずれも実在した人物である。再び、ドラガン監督へのインタビューから引く。

「実はこの映画が上映されるまで、セルビアの多くの人々は自分たちの祖国が3位になったことを知らなかったんだよ(苦笑)。ある意味、自分たちのサッカーの誇らしい歴史が、この映画によって知られるようになったと言えるだろうね。(作品を発表して)選手たちの遺族から、さまざまな手紙やメッセージをいただいた。『歴史に埋もれていた祖父を蘇らせてくれてありがとう』とね。これは個人的にもうれしい反響だったよ」

 第1回ワールドカップに出場したのは、わずかに13チーム。そのうち、ヨーロッパからの出場国は、フランス、ベルギー、ルーマニア、そしてユーゴのわずか4チームであった(フットボールの母国である英国4協会は、当時FIFAから脱退していた)。この大会の9年後に第二次世界大戦が勃発。ヨーロッパは軒並み戦禍に見舞われたが、ユーゴについては90年代に入ってからも内戦によって隣人同士が殺し合い、連邦国家が解体するという悲劇に見舞われている。

 思うに、ユーゴスラビアの後継国家である現代のセルビアの人々にとって、1930年のワールドカップの快挙は「忘却の彼方の出来事」であったのだろう。それから80余年(!)、かつてのユーゴスラビア王国時代の代表チームが、初めて開催されたワールドカップにおいて3位という快挙を成し遂げたことを、21世紀のセルビアの人々が再認識したことは少なからぬ意義があったと言えるのではないか。その一方でドラガン監督が、本作のテーマを「サッカーがまだ若かった時代」と定義しているのも興味深い。

 ユーゴスラビアが王国だった時代の民族の偉業、そして「サッカーがまだ若かった時代」の記憶。それらが体感できるという意味においても、本作は間違いなくフットボールの「歴史映画」と言えるだろう。

宇都宮徹壱(うつのみや・てついち)
1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)、『松本山雅劇場 松田直樹がいたシーズン』(カンゼン)、『フットボール百景』(東邦出版)など著書多数。『フットボールの犬 欧羅巴1999-2009』(東邦出版)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。有料メールマガジン「徹マガ」(http://tetsumaga.com/)も配信中。

【映画詳細】
『モンテビデオの奇跡』
セルビア/ドラマ/139分
監督:ドラガン・ビエログルリッチ
協力:SKIPシティ国際Dシネマ映画祭

【ヨコハマ・フットボール映画祭について】
世界の優れたサッカー映画を集めて、2016年も横浜のブリリア ショートショート シアター(みなとみらい線・みなとみらい駅から徒歩6分)にて2月11日(木・祝)、12日(金)、13日(土)、14日(日)の4日間開催!全国ツアーの日程も含め、詳細は公式サイト(http://2016.yfff.org/)にて。

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