EURO2016特集|UEFA欧州選手権
2016.01.25

圧倒的に素晴らしい市立吹田サッカースタジアムは、なぜ安価で建設できたのか? キーマンに聞く 建築秘話

アスリートとアスリートを応援する人のための知識データベースサイト

撮影:澤山大輔(以下すべて同じ)

「圧倒的」「壮観」「臨場感」「観るものを魅了する」「理想の」……

今年2月14日に名古屋グランパスとの試合でこけら落としされる、市立吹田サッカースタジアム。その内部を取材した人間として感想を述べるなら、このような言葉ばかりになる。まだ観客も入っていなければ、当然ながら試合も行なわれていない。いわば“主役”がまだ不在、メインイベントはこれからお目見えするはずのスタジアムにこれほど感嘆を覚えた経験は、少なくとも国内のスタジアムでは記憶にない。

あらゆる観点から、サッカーにおける試合の見やすさが追求されたスタジアム。客席の角度、タッチラインから客席最前列までわずか6メートルという距離感・臨場感、「スクラムを組む姿」をイメージされた屋根がもたらす凝集性、ピッチの下に設けられた通風口、階段を登ってもぎりを超えるとすぐ目の前がピッチという設計……まだこけら落とし前だというのに、国内有数の魅力を持つスタジアムであることは十分に伝わってくる。

「ここに、満員の観客が入ったらどうなるんだろう???」

それほどまでに、心が沸き立たせるスタジアムが、まもなくこけら落としされる。サッカー界のみならず、日本のスポーツ界において一つのエポックメイキングな事件になることは間違いないだろう。そんな市立吹田サッカースタジアムが、140億円という安価で、それも税金を使わず民間の寄付で建設されたことも、すでに多くの人が知るところだ。

しかし、「なぜ」140億円で収められたのかについては、それほど多くの情報はないように思う。また、市立吹田サッカースタジアムは大きな魅力を持つスタジアムである反面、ある意味“特例”だと思われている部分もあるのではないだろうか。

スポーツマーケティングナレッジ編集部は今回、前ガンバ大阪社長・金森喜久男氏のご紹介をいただき、同スタジアムの建設コンサルタントを担当した(株)安井建築設計事務所・常務執行役員の水川尚彦氏にお話を伺うことができた。

なお金森氏とは、東邦出版編集長・中林良輔氏の仲立ちをいただき著書『スポーツ事業マネジメントの基礎知識』(東邦出版刊)において編集長・澤山が仕事をご一緒させていただいた経緯がある。本インタビューは金森氏のご厚意、中林氏のご協力、ご多忙の中細部にわたる校正をいただいた水川氏、そして株式会社ガンバ大阪さまのご協力なしには成立しませんでした。この場をお借りし、各氏に篤く御礼を申し上げます。(インタビュー日:2015年12月3日、聞き手:澤山大輔[スポーツマーケティングナレッジ編集長])


金森喜久男氏(左)、水川尚彦氏
<目次>
■自治体に作ってもらう考えは最初からなかった
■全国のスタジアム建設のモデルケースに
■なぜ4万人収容に増やすことができたのか?
■工場で作り、現場ではめ込んでいく方式
■新国立競技場はオンリーワン、吹田は汎用
■故・下妻博さんによせて

自治体に作ってもらう考えは最初からなかった

――本日はよろしくお願いいたします。まず、水川さんが今回の市立吹田サッカースタジアム(以下「吹田スタジアム」)建設においてどのような関わりをされておられたのか、改めて伺えますでしょうか。

水川 われわれの世界では建築コンサル、具体的にいうとコンストラクション・マネジメントという言い方をしています。これはここ数年来の動きなのですが、設計者・施工者・発注者の3者が集まると建築プロジェクトは話が進んでいくわけですが、最近この仕組みをより効率的に進めるためにコンストラクション・マネジメントと言う仕事をする組織が出てきています。要は、発注者の側に建築の専門知識がないケースや、設計者や施工者をより合理的に活用したいというケースで、専門的な能力を持つ組織を雇う。そういう分野の仕事です。

大きなデベロッパーなどにはそういう専門の方がおられます。施設部や建設部というセクションがあるんですね。ですが普通の企業や団体の場合、建築プロジェクトはめったにない。総務の方が担当することもある。そういうケースで、マネジメントをきっちりやるための業態というのが、ここ数年日本でも出てくるようになりました。今回のスタートの時点ではまだ募金団体がなかったので、ガンバ大阪さんから声を掛けていただいて、プロジェクトに参画させていただくことになりました。

――なるほど、例えばITの分野でも、発注者側に専門知識がない場合は双方に不利益が生じるケースが多々ありますね。そういう不利益を回避し、よりメリットを高めるためのコンストラクション・マネジメントなのですね。

水川 そういうことですね。従来のサッカースタジアムは行政に作ってもらうのが通例だと思うのです。これまでのサッカースタジアムはすべてそうですから。ただ、今回は行政の側にお金がないということで、ガンバ大阪さん含め自分たちで頑張ってみようということになって、それで募金団体という形式をお考えになったと思うのですけど、そうなった時に「建築の専門家がいない」という問題があったのではないでしょうか。

また、募金でやる以上は第三者の目でコストがきちんと管理されているということを、対外的にもアピールする必要があったのではないかと思います。人々の貴重なお金を、無駄なく使えているかどうか、そこに専門家が入ってコストを見る必要がある。そういうご判断だったのではないかと。

――そのご判断は、当時ガンバ大阪さんの社長であった金森さんがされたのですね。  

金森 そうです。我々としては自治体に作ってもらうという考えは初めからありませんでした。それは諸先輩方、私より前の社長さんたちが何回もトライをして失敗していることと大阪府傘下の自治体はどこも赤字体質で余力はないとみていました。寄付で集めようという考え方がまとまり、桑原志郎常務が、いろんな考えを提案していました。桑原さんの紹介で、ヒアリングの席で初めて水川さんとお会いしたと記憶しています。

水川 そうですね。何社かにを声をかけられて「こんなことをやりますよ」というご提案をいたしました。ヒアリングでいろいろご説明をさせていただいて、最終的にわれわれ(安井建築設計事務所)を選んでいただいたのがスタートでしたね。

――金森さんが、安井建築設計事務所さんを選ばれた理由はどのあたりにあったのですか? 

金森 安井建築設計事務所さんの考えが、明確だったんですね。安井建築設計事務所さんが提案された内容が「私どもはこういうことをやります」「施主側はこういう役目です」と、明確でしたね。そして二つめに松下電器には施設管財部というのがあり、そこは松下グループが工場や建物を建設する際の統括部署なのです。その施設管財部の責任者に相談したら、提案書やヒアリング内容を見て「安井建築設計事務所がいいぞ」とアドバイスを受けたことです。

全国のスタジアム建設のモデルケースに


――ご提案の中には、「最終的な予算規模としてこれくらい」といった内容まであったのですか? 

水川 そこまではなかったと思います。そのときご提案したのは、募金でやるということは、目標金額に達しないケースもある。その場合、こういうやり方もありますよ、ということをご提案した覚えがありますね。例えばこの部分は外せますよ、という計画の仕方を考えたほうがいい、とか。例えば、屋根を一つ作らないようにする。そういったことが、予算の規模に応じて柔軟に対応できるような構造にしておこうと。

それも含め、この前、金森さんや川淵さんにも改めて申し上げたのですが、本当によくぞ募金で作っていただきましたと。民間で作っていただいたことが一番、今回の成功の要因だと思います。やはり行政だったら、途中で屋根を無くしたり、当初3万2千人だった収容人数を4万人に増やすとかね、ありえないですから。当初決めたことは絶対に動かせない。それが、募金団体にしたことでいろいろな決断を非常にスピーディに行なっていただけた。それが一番大きいかもしれないですね。

金森 それは確かに大きいですね!本の中でそれをもう少し書いておけばよかったかもしれないね(笑)。

水川 では、第二弾で書いておいてください(笑)。そしてね、最後に建物が吹田市に寄付されましたよね。これは新しい公共建築の整備の手法ですよ。今回は寄付ですが、たとえば民間が効率的に公共施設を作って行政が買うということは、これからの仕組みとしてありなんじゃないかと思いますよ。そういう意味で、根源的に僕は成功の要因について募金団体、つまり民間団体が発注主になったことが成功の一番の要因だと思っていて、そこをご決断いただけたのはすごいことだなと思います。

――なるほど、ありがとうございます。各論といいますか、スタジアム本体のお話を伺いたいのですけど、友人に一級建築士の人間がおりまして、彼が個人的に近くで仕事があった帰りに吹田スタジアムを見て驚嘆していまして。「いろいろな所がすごいけど、まず安く作るコンセンサスを取ったところが本当にすごい」と言っていました。僕は建築の素人なのですごさが今ひとつわかっていないところがあるんですけど、根本的にこれだけの規模の建物を140億円で建てるのはやはりとてつもなくすごいことなのでしょうか。

水川 これはいろんな建築雑誌にも紹介されたんですが、1席あたりの値段が非常に安いんですね。140億円で4万席ですから、1席あたり35万円です。一般的に、行政が作った建物は1席50万、60万は簡単にいきます。この前『日経アーキテクチュア』という建築雑誌に載ったんですけど、吹田スタジアムだけずば抜けてコストが安いと。

――それこそ、国内の他スタジアムとは比較にならないくらい。

水川 それくらい安かったんですね。ただ、ネットを見ていると「新国立競技場の値段で、ガンバのスタジアムが10個できるじゃないか」云々ということが書かれたりしていますが、個人的にそれはちょっと違うと思っていて。われわれが今回のスタジアムを作ったのは、日本全国にサッカースタジアムを作るためのモデルケースとしたいという気持ちがあるんです。

金森 それは川淵さんも、下妻(博、前関経連会長)さんも、初めから言われていました。

水川 作り方や事業の仕組みを含めて、1つのモデルだと。でも、新国立競技場は日本に1つしかないでしょう。ちょっと、作り方が違うんです。こちらは、汎用モデル的になるようなことができないかなと。日本にこれからいろんなサッカースタジアムができるでしょうけど、数をたくさん作るためのモデルにならないかというのが意識にあります。

――そうなんですね。それは、サッカーファンとしては鳥肌が立つ思いです。そういう思いがあったとは。

水川 もうちょっとはっきり言うと、僕らはそんなにサッカースタジアムの実績を持っているわけではない。他の会社のほうがあるんです。しかしだからこそ、今までと違った目で見られるんじゃないかなという思いがありました。僕らもいろいろなサッカースタジアムを見させてもらいましたけど、「これは高くつくわな」というものが多いですよ。非常にわかりやすくあえて象徴的に言うと、曲線が多いですよね。

――なるほど、曲線にすると加工する分だけでもコストがかかると。

水川 そうですね。非常にデザイン性がある部分とか。そこは工夫次第で安くなるよね、と。吹田スタジアムは、曲線が全然ないと思います。

金森 さらに、導線がシンプルでしたね。

水川 そうですね。結果的にコンパクトになっている。

――今回は入れませんでしたが階段があって、上ったらチケットゲートがあって、くぐったら目の前に座席そしてピッチが見える。入口から座席までの導線がとてもシンプルですね。

水川 どっちが先かという部分はあるんですけど、安く済ませるために竹中工務店さんとしても、こうしたやり方を選ばざるを得なかったというのはありますね。工夫をせざるを得なかったし、工夫できるパワーを持っておられた。でも逆に、工夫をしたら出来るというところ、ギリギリのところのせめぎあい。そのラインをどこら辺に置くか、というところだったと思いますよ。

金森 私が『いくらお金を集められますか』という質問を受けて、140億までなら集めますと答えていました。それ以上は難しいです、と。その140億の内訳は別として、「コストにこれ以上はかけられない、これ以上のお金は難しいと感じていました」という決め方が140億でしたね。ただ、松下電器の中村会長が言われたのは、「関西の役に立つのなら」ということでした。建設後スタジアムをしっかりと運営して、関西に多くの大会を招致し、関西を元気にする。このためにやりますという大義について確認をされました。

水川 そういえば、ガンバさんのヒアリングのとき『安井さんのところは大阪出身ですよね』と確認されましたね。当社は大阪が本社なんです。そういった意味もあって、選んでいただいたのかもしれません。関西を元気づけようというところで。

金森 安井建築設計事務所さんは大阪で、錚々たる建物を作っている。当時私も理解していませんでしたが、コンペをやる前に実は調べさせもらいました。今でも残っているシックな、歴史に残るものを多く作られていました。

水川 創業者は安井武雄という建築家なんです。安井武雄が、大阪でいうと大阪倶楽部や大阪ガスビルとかを残し、そのあとサントリー山崎蒸留所・大阪国際空港ターミナルビル・大阪駅ビルなどと続きます。オーナーの方々はみなさん大事に建物を使っておられるので、われわれも関西には思い入れが強いんですね。そういう会社としての風土があるんですよね。

金森 実は、安井建築設計事務所さんには今回すごくやすい費用でやってもらってるんですよ。水川さんがあれだけ働いてくれて、あの金額は本当に感謝しています……。