2015.04.30

《スペシャル対談 前編》Jリーグの新しいあり方に向かって~戦略PRでJリーグの位置づけを変えるために~


取材=岩本義弘 写真=兼子愼一郎
Coverage by Yoshihiro IWAMOTO Photo by Shin-ichiro KANEKO

 1993年のスタートから今年で23シーズン目を迎えたJリーグ。世間を動かす一大ブームで始まった初のプロサッカーリーグは、日本サッカー界全体のレベルアップに大きく寄与してきたものの、その過程で開幕当初にリーグ全体が持っていたパワーやファン・サポーターとの関わり方がクラブごとへと分散。各クラブが新しい方向性やノウハウを手にする一方で一般的な注目度が低下し、メディアや時代の移り変わりに合わせてJリーグの新しいあり方、見せ方を模索しなければならない時期に差し掛かっている。

 では、なぜそういった状況になっているのか、Jリーグの内部では何を課題として考えているのか、そして今後に必要な取り組みや考え方は何なのだろうか。

 今シーズンから「戦略PR」で時代を動かしてきたブルーカレント・ジャパン株式会社の本田哲也代表取締役が新しくJリーグのマーケティング委員に就任。果たして本田氏はJリーグにいかなる気付きや方向性をもたらすのか。そしてJリーグは本田氏の経験と力を借りて、どこへ向かっていこうとしているのか。

 今回は本田氏とJリーグの中西大介常務理事の対談から、Jリーグが抱える問題点と現状分析、そして将来性について探っていくこととした。


今回、本田さんがJリーグのマーケティング委員になられました。こちらはどういった経緯があったんですか?

中西 簡単に言うと、僕がナンパしたんですよ(笑)。ワールドカップのブラジル大会の前後からJリーグが次のステップに進むための模索をしていたところで、サッカー界の中だけでなく、いろいろな業界の方から知恵をお借りしたいと思っていました。Jリーグが立ち上がってから20年以上が経過し、確実に成長してきてW杯にも出られるようになった。だけど、もうワンランク上へ成長していくためにはサッカー界やスポーツ界の中だけで考えていてはダメだと。そこでサッカー界のみならず、日本という国の課題をサッカーを通じて解決していこうとする姿勢を打ち出しました。そのためにはスポーツ界の枠を超えて様々な業界の最先端で活躍されている方の力が必要です。そうしてブラジルW杯以降にお声掛けをさせていただいたその第一号が本田さんだったわけです(笑)。

なるほど(笑)。中西さんはどんな思いで動かれていたのでしょうか。

中西 まず日本の最先端で活躍している人たちに、どうやったらサッカー界に協力してもらえるのかを考えました。興味を持っていただくだけではなく、主体的にサッカー界に関わっていただきたかった。そして我々が皆さんにお返しできることもたくさんあるのではないかとも思っていました。本当にいろいろな業界の人に声を掛けて、サッカー界の実情を説明したり、サッカー界がどれくらい夢のある世界かを説明したりしてきました。短期的にも長期的にもJリーグが抱えている課題があって、それを打破するためには、まずJリーグを取り巻く空気をチェンジしなければと思ったのです。実は本田さんの著書はずいぶん前から読んでいて、『戦略PR 空気をつくる。世論で売る。』をはじめ非常に感銘を受けていました。それから時代が少し変わってきて、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)がこれだけ普及してきて、世の中のコミュニケーションのあり方が明らかにチェンジした。アメリカのスポーツがそうなんですが、スポーツ界ってメディアの環境が変わった時にグッと成長しているんですよね。だから我々にも機会が到来しているんだと僕は捉えていました。本田さんにはその以前の印象が残っている中で新しい著書に出会って、時代に合わせて進化されていると感じました。「今こそお声掛けするタイミングだ」と思いナンパしました(笑)。

本田 声を掛けていただいたのは、ちょうど昨年の秋くらいでしたよね。

中西 そうですね。Jリーグが新しいシーズンを目指して準備しているタイミングで初めてお会いできました。そこで1時間たっぷりお時間をいただいた。お互いの考え方を交換する中で、本田さんにもサッカー界に興味を持っていただけたという手ごたえを感じました。

本田 先ほど中西さんが20年前のお話をされていましたが、ちょうどJリーグが開幕した当時、私は学生でした。それこそカズさん(三浦知良/横浜FC)を中心にJリーグが盛り上がっていた頃ですよね。あの時はサッカーファンやコアなスポーツファン層以外も盛り上がっていました。そこをリアルタイムで経験していたので、個人的には思い入れがありました。そこで中西さんと1時間たっぷり話して、友人や同僚との日常のコミュニティにおいてJリーグの存在感が薄れていることに気付きました。確かに日本代表の話は出ても、Jリーグの話題はほとんどしなくなっていたんですよ。そこで中西さんにナンパしていただいて(笑)、「力を貸していただけないか」という話をいただいて非常に興味を持ちました。過去にもアディダスさんなどとお仕事をしてきている中で見ていくと、欧米のプロスポーツは我々のようなPR会社が動いたりして、すごくダイナミックなプロモーションをしている。日本はまだスポーツマーケティングというか、スポーツというカテゴリーを盛り上げていくやり方が少し遅れているとは思っていたんですよ。我々も通常だとクライアントのPRが業務の範疇なので、もう少し広げたところで貢献したいという思いがあったんです。非常にいいタイミングでお声掛けいただいたなと思いましたね。

それで今回、マーケティング委員会のメンバーに加わっていただくことになったわけですね。

中西 本田さんにはサッカー界で様々にご活躍いただける場があると思っていました。その中で、まずはJリーグのマーケティング委員会で我々のブレーンとしてアイデアをいただくことから始めれば入っていただきやすいのではと考え、まずは一年間という期間でお願いし、ご快諾いただけました。

もう少し具体的にお聞きしていくと、中西さんは本田さんのお仕事をどのようにご覧になり、魅力に感じられていたのでしょうか。

中西 本田さんの本を読むと分かるのですが、例えばオムツを売りたいと考えた時に、オムツそのものをPRするのではなくて、赤ちゃんの深くて良い睡眠環境を世の中に提案し売ろうとされています。赤ちゃんにはそれが必要であることを世の中に示した上で、オムツのマーケットの話になる。そしてJリーグに関しては、開幕当時の成功にはブームがあり、定着していく過程で試合観戦を直接的に呼び掛けずに地域性を出していったクラブが成功していると分析されていました。僕らが各地域にもう一段階深く根差した文化としてのJリーグを作っていく際には、単なるブームではなく、そこに必要な空気を醸成していくことが必要だと考えていました。ですから本田さんのお仕事にはすごく類似性や再現性があって、僕らにとっての喫緊の課題につながっていると思ったんですよ。

本田 私としてもJリーグに類似性は感じていたんですよ。ただ、かつての勢いがないとおぼろげながらに思っていたものの、地域密着というJリーグの戦略が松本山雅FCのように成功していることを全部は把握していなかったんですね。改めて実際の流れが我々の考えに似ていて、各地域でJリーグが成功してきていることが分かったわけです。対照的に全体的に勢いが鈍化している部分に取り組むことはいいチャレンジ。最初は面白い話だなと思って、本当に貢献できるのかを考えて、現状を聞いて再現性があるのではないかと自分でも思いました。

各クラブは結果を残し始めていますが、Jリーグ全体として働き掛けるところが課題なのではないかと思います。

中西 まさにそこなんです。先日、今シーズンの第1回マーケティング委員会を開いた際にも、本田さんの再現性ある手法をどこで使うかという話になりました。リーグ全体に使うべきか、それとも各クラブに対して使うほうが再現性があるのか。今はまだ議論している段階です。

本田 そうですね。非常に建設的な議論でしたし、Jリーグという組織構造に関してもすごく勉強になりました。J1、J2、J3の各リーグが存在し、それぞれのクラブと各地域との密着がある。そんなに単純ではないと思います。そこに選手とファンがいる。何となく私たちのやり方がお役に立てるのではないかという気持ちは持っていたものの、それを具体的にどこへ導入していくべきかはJリーグさんが目指していく方向性を含めて判断していかなければという感じがありましたね。

任期は残り約10カ月です。まずどこから着手するかもポイントになりますね。

中西 それが大議論でしたね。Jリーグというブランドが持っている空気や響き自体が弱くなっていることに起因するのか。例えば主要クラブを強化するとリーグ全体の価値が上がるのか。より再現性のある地方クラブに本田さんの手法を用い、それを成功モデルを足し上げていけばリーグ全体の価値が上がるのか。いろいろと議論に上がりましたよね。

でも、どちらも不正解ではないし、どちらかだけを選ぶものではないですよね。

中西 そうです。どれか一つを選ぶのではなく、着手する順番が大事だと考えます。最終的には、一時的なブームを作り出すのではなく、長期的に文化として定着させていくためのきっかけとして何から着手するか。それからJリーグが社会に必要なものであることを世の中に分かってもらうために、何をどうやって作っていくか。切り込み方はいろいろありますよね。

本田 我々の仕事は、分かりやすく言うとブームやムーブメントを作り出すことなんですよね。ただ、そう聞くと一過性のものに思われがちなんですが、本質的にはそうじゃない。例えば、5年ほど前に「ハイボール」のPRを担当したことがあるんですが、一時的なブームではなくて今は完全にに定着していますよね。そこで本質的に重要になるのが、多くの人がそれぞれの視点で「いいね」と思ったり、「自分に関係があるな」という状態を作って定着させるという仕事なんですよ。

それをJリーグに当てはめていくと……。

本田 もう一度、以前のようなJリーグブームを作ることが目標ではないです。それにファン層も変わってきていますよね。それはサッカーが変わったというよりも、一般の皆さんにとってスポーツ以外のエンターテインメントが増えたり、メディアとの関わり方が変化したわけです。20年前はスマートフォンもソーシャルメディアもなかった。そういった環境がサッカーとは関係ない部分で変わった時に、これからのJリーグと新しい環境との関わり方を再定義していかなければいけない。そうしなければ新しい定着はないと思いますから。

中西 開幕して20数年経つ中で、関わる人たちの数だけJリーグとの新しい関わり方がうまれているはずです。先日、ドイツへ行った時に、ブンデスリーガのマーケティング責任者から「ブンデスリーガはライフステージのどこで入ってきても楽しめるコンテンツに仕立て上げている」と聞きました。例えば、子供が両親と一緒に行く席はあるのか。子供がお小遣いで見る席はどうなのか。彼女と一緒に行く席、友達と行くとしたら。就職して見に行く場合、自分が家庭を持ったり、あるいは社会的な成功者になったりした際もそう。ブンデスリーガにはそれぞれのライフステージやポジションに合わせた場所があると打ち出しているわけです。今、Jリーグに求められているのはそういうことだと思います。いろいろな生活があって、様々な関わり方がある。それがどういう空気の下で成り立っているのか、本田さんと一緒に研究していきたいと思っています。

Jリーグが持っているものではありながら、明確にしていなかった見せ方の問題や気付きの部分ということなのでしょうか。

中西 それもありますね。中にいる者たちにとっては分かっていることでも、外部の方から「えっ、Jリーグってそうだったの?」と言われることがよくありますから。

そこでプロモーションが必要になるわけですね。今までJリーグになかったものを作るのではなく、例えば松本のようなクラブにあるものをしっかり伝えていくと。

本田 そうです。我々の仕事って「全く新しいものを作りましょう」というよりも、「あるんだけど、今一つ伝わっていない」とか、「その言い方じゃ分からないんじゃないですか」という部分を数値にしたり、翻訳してあげたりするわけです。言い方を変えると急に自分に関係があるように感じたりするものですから。「Jリーグ離れ」とまでは言わないですが、少し関わりを持つようになって調査をしてみたら、Jリーグが昔ほど自分に関係なくなっているという印象があるんですよね。でも、その一方でコアなファンの方がいらっしゃるし、地方で盛り上がっていることはすごくいいと思うんです。ただ、それがコアになればなるほど、離れる層がいるわけです。日本代表の試合になると渋谷のスクランブル交差点で盛り上がるような人まで出てくる。極端に二極化してしまっていて、その間が抜けている。実はその間を意味付けしていかないと、ブンデスリーガのようにJリーグがライフスタイルとして入っていくことは難しいわけです。

中西 ウイスキーをソーダ水で割る手法も紙オムツも昔からあった。それぞれ素晴らしい商品ですが、本田さんはさらに世の中に対する意味付けがうまく変えられれば、その商品自体がもう一度、あるいはさらに世の中に受け入れられるというお仕事をされてきた。Jリーグも世界の誇れる素晴らしいものを持っていて、世間の人たちがJリーグに対して捉えている意味付けを少し変えることでもっとたくさんの人たちに楽しんでいただけるものになるのではないかと思っています。そういうきっかけを本田さんと探していきたいですね。

後編に続く
中西大介(なかにし・だいすけ)
1965年8月14日生まれ。神戸商船大学卒業後、一般企業を経て1997年にJリーグへ。以降、企画部や事業部マネージャーなどを歴任し、2010年に事業戦略室長に就任。翌2011年には競技・事業統括本部長となり、2014年からは公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)常務理事を務める。Jリーグではマーケティング委員会などの各種委員にも名を連ねており、Jリーグの根幹と実務を支える存在の一人と言える。

本田哲也(ほんだ・てつや)
1970年8月7日生まれ。ブルーカレント・ジャパン株式会社代表取締役。米フライシュマン・ヒラード上級副社長兼シニアパートナー。戦略PRプランナー。1999年に世界最大規模のPR会社フライシュマンヒラード日本法人に入社。2006年にスピンオフの形でブルーカレント・ジャパンを設立して代表に就任。クライアントは国内外で多岐にわたり、大手メーカーなどを中心に多くの戦略PR実績を誇る。『広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。』など著作多数。「空気」を作って消費者を動かし、爆発的な売り上げを狙う「戦略PR」の第一人者として活躍中。今シーズンからJリーグのマーケティング委員に就任。