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【ファインダーを覗いて…ピッチサイドからの考察】日本代表、これから目指すものは…

2015.02.01
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釈明会見でのアギーレ監督 [写真]=Kazuhito Yamada/Kaz Photography

 1月23日のアジアカップ準々決勝、日本対UAE。圧倒的にボールを支配しても、サッカーではそれが勝つこととイコールではないことを改めて知らされた試合だった。

 前回の2011年カタール大会。私は準決勝、決勝を取材する予定で日程を組み、2022年のワールドカップを開催するカタールという国が、「ドーハの悲劇」以来どのように変わったのかを自ら知るために訪れた。

 今大会が開催されているオーストラリアの地を初めて踏んだのは1987年だった。第1回のラグビーワールドカップがオーストラリアとニュージーランドで行われたときのことだ。当時は飛行機の国内線に乗り遅れそうだと慌てて空港へ向かい、出発5分前にチェックインデスクの担当者が「大丈夫、間に合いますよ」と笑顔を見せてくれたことを覚えている。荷物を預けたらデスクのすぐ裏側に飛行機が止まっていて、タラップが見えた。裏庭に飛行機が止まっている感覚だった。それが、ブリスベン。

 次にオーストラリアに行ったのは、2000年のシドニーオリンピック。高橋尚子が女子マラソンで金メダルを獲得したが、ゴールの瞬間にQちゃんのホッとした瞬間をレンズに納めることができた。しかし、オーストラリアから帰国すると、現地にはもういない日付で私のクレジットカードで買い物をしたという請求が届いた。スキミング被害の最初だった。

 あれから、15年。オーストラリアがどのように変貌したかを見る機会は消えてしまった。カタール大会同様、準決勝から撮影に行くつもりでビザやチケットを準備していたら、取材するべき日本代表は準々決勝でUAEにPK戦の末、負けてしまったからだ。

 TV観戦していたUAE戦は不思議な試合だった。開始早々に簡単にDFラインの背後を取られて失点。相手のFWは1人、日本陣内に残っていたDFは3人だ。森重真人が相手FWに寄せて、その後ろから吉田麻也がカバーリング。しかし、ロングパスを受けたマブフートが見事なトラップからボレーシュートを放つと、ボールは川島永嗣が飛んだ手の先を掠めるようにネットに刺さった。

 TVで見ていても吉田のカバーリングは遅れていて、ボール保持者とゴールを結ぶ線上にいなかった。すぐに打たれるとは思わなかったのだろうか。DFの基本、ボールとゴールの延長線に位置して相手のシュートコースを防ぐことができていなかった。

 たった一つのミスだったが、1点を奪われた。日本は70%のボールポゼッションを記録した。しかし、UAEは日本にボールをコントロールされることが前提であるかのようにゆっくりと、大事な場面では体を張ってきっちりと守ってきた。

 サッカーは総合力では劣っても、戦術やチャンスを活かすかどうかで弱いほうが勝つ可能性がある。その意味では他のスポーツより弱者にチャンスがあるといえるだろう。プレミアリーグで、スペインリーグで、チャンピオンズリーグで勝つべきチームが足元をすくわれるのを何回見てきたことか。力が拮抗していても、片方が3度の決定機を全て決め、もう一方のチームが1つもゴールに結び付けなければ、0-3の完敗だ。試合内容で勝っていても、勝利には結びつかない。

 前回チャンピオン、過去4回のアジアカップ優勝を果たしている日本代表は、1992年の第10回大会からの6大会中、4回優勝と最近の成績は突出している。今大会では現チャンピオンの証であるエンブレムをユニホームに付けていた。

 しかし、ブラジルW杯のコートジボワール戦でもわかったように、相手が日本のことを十二分に研究してきているのに、日本は横綱相撲で自分たちのプレースタイルに徹している。相手によって戦い方を変えるというチャレンジャー精神に欠けているのではないだろうか。

 対戦する相手のレベルが低かったグループリーグで、同じメンバーで3試合戦う必要があったのだろうか。W杯でさえも、上位に進むチームは余力を残してトーナメントに進んでいる。W杯で4強を目指すと言うのであれば、日本も世界の強豪国と同じように余力を残してグループリーグを突破できなければならない。

 これからの日本代表はどうするべきか。所属クラブで活躍できていない選手が代表で先発するのを許さない競争と若手の台頭があるべきではないだろうか。そしてチームとして相手に応じて戦い方を変える柔軟性も必要なのでは。

山田一仁(やまだ・かずひと)。1957年、岐阜県生まれ。大学卒業後、1981年から(株)文藝春秋写真部にスタッフカメラマンとして在籍。1989年にイギリスへと渡り、1990年からフリーカメラマンとして活動を始める。2007年に(有)Kaz Photographyを設立。日本人フリーランスカメラマンとして、プレミアリーグの撮影ライセンスを所持し、現在は年間の半分近くをロンドンを拠点として、主にプレミアリーグ、チャンピオンズリーグ、海外で活躍する日本人選手を中心に取材している。

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