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【インタビュー】SC相模原のブラジル人MFトロ、超大物ボランチが挑むJ3でのチャレンジ

2014.10.28

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写真=兼子愼一郎 インタビュー・文=小谷紘友

 今年8月、突如として発表された移籍話が日本サッカー界を駆け巡った。J3のSC相模原に、ブラジル人MFトロが加入したのだ。

 ブラジル出身の28歳は名門フラメンゴ時代、2009年のブラジル全国選手権、2006年のコパ・ド・ブラジルを制覇。2007年から2009年まで、リオデジャネイロ州選手権で3連覇も果たしている。第一次ドゥンガ体制では、ブラジル代表にも選出されたボランチだ。

 圧倒的な実績なだけに、移籍は絶大なインパクトとともに、少なくない驚きを持って迎えられた。

 しかし、移籍実現には理由がある。トロ自身の日本への興味や代表を務める望月重良氏の情熱、新興クラブの挑戦。様々な思いが交差したことで、超大物の加入は成立に至った。

移籍の話があったときは『行きます』とすぐに返事をしました

――8月に加入しましたが、もう日本には慣れましたか?
「来日してまだ2カ月ぐらいですが、すごく過ごしやすいところで、環境も良いですね。大好きな日本でサッカーができて非常に光栄で、活躍することで日本サッカーを盛り上げたいです」

――日本が非常にお好きということですが、理由を教えてもらえますか?
「日本に移籍したブラジル人選手が帰国して一緒にプレーすると、『日本はすごく良く、過ごしやすいところで、良いサッカーもしている』と聞いたところから興味を持ち始めました。家族はまだ来日していませんが、サッカーだけではなくて日本の普段の礼儀正しさや人を尊敬することから、自分の娘に対してそういう点で教育できると思った部分も日本の良いところだと思いました」

――日本はブラジルの真裏にあたりますが、移籍を伝えた時のご家族の反応はいかがでしたか?
「家族はみんな、『嬉しい』と言ってくれましたよ。僕が海外でサッカーをやりたいと思っていたこともあり、家族は『頑張ってきて』とサポートしてくれました。妻や家族も日本が好きということもあり、すごく喜んでいましたね。来日自体も国外移籍も初めてですが、貧しかった小さい頃からチャレンジしてきたことで現在があるので、確かに日本はブラジルの真裏になりますが、移籍の話があったときは『行きます』とすぐに返事をしました」

――トロ選手のようなブラジルでトップクラスの選手が加入したことは、日本サッカー界で大きな話題になりました。
「移籍に関しては、ブラジルで仲のいい人物が代表の望月(重良)さんとコンタクトを取ったことがきっかけで、僕も望月代表と直接話をしました。相模原はまだ若く、非常に未来のあるチーム。3部所属ですがチャレンジになるという形で、『僕のチームに来てくれないか』という話がありました。僕も先ほど言ったようにチャレンジが好きだということもあり、移籍を決めました」

――望月代表との話で、心に残った言葉や移籍の決め手になった言葉はありますか?
「『日本サッカー界を盛り上げ、相模原が上に行くためのプロジェクトにはトロの力が必要だ』と。その『プロジェクト』という言葉は心に残っていますね。もちろん、3部ということも全然恥ずかしいことでもない。『プロジェクト』という言葉にすごく惹かれ、望月代表という素晴らしい人物とも出会えました。今は3部にいますが、今まで通りにやれれば道は開けていくので、3部ということにも抵抗はないですよ」

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――実際に日本でプレーをしてみて、印象はいかがですか?
「今までやってきたサッカーとは、違う部分はありますね。例えば、勝ちにこだわる部分で言えば、ブラジルの方が強いと思います。ブラジルで試合に負けた場合、試合当日や翌日に自分の車を壊されたりもします。文化の違いもあると思いますが日本では、例えば試合に負けてもサポーターからポジティブな反応があります。日本人は選手をリスペクトしてくれているとも言えますね」

――ブラジル時代にはフラメンゴに所属して、マラカナンスタジアムでプレーもされていました。世界的に有名なクラブで、満員の観衆の中プレーする感覚はどういうものでしたか?
「フラメンゴはビッグクラブですが、僕の愛するクラブでもあります。小さい頃から、ずっと愛していましたから、マラカナンのピッチに立つ時は、常に2つの夢が叶う瞬間でした。ひとつはマラカナンでプレーするという夢で、もうひとつは、自分の愛しているクラブのユニフォームを着て、クラブのために戦うという夢。2つの夢が叶っている中でプレーすることで、鳥肌が止まらなかったですね」

――夢が叶う喜びがある一方、負けたときの厳しさもあったのではないでしょうか?
「僕は良い時と悪い時も味わっています。マラカナンでブラジル全国選手権を優勝した時は、サポーターに胴上げしてもらう喜びもありました。しかし、8万人の観衆で埋まったマラカナンの試合で負けた時は、夜の10時に試合が終わったのにも関わらず、朝の4時に家に着いたこともあります。道路から何もかも壊され、サポーターから『選手達、出て来いよ』と批判を受けました。しかし、それがブラジル人のサッカーに対するパッションだとも思います」

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みんなの考えが大きく、夢を持てば、クラブも大きくなっていくはず

――情熱溢れるブラジルですが、今夏のワールドカップの準決勝でブラジル代表が大敗した際はどのように感じたのでしょうか?
「国民の悔しさは、非常に大きかったですね。個人的にも、代表には友達もいるので悔しかった。若い選手もいて、新しい代表ということでみんなが期待していていましたが、開催国でああいう結果になったのは悔しい。ドイツ代表も良い選手が多くいましたが、ピッチに入る時はブラジルが有利だと期待していました。しかし、大敗を喫したことは代表も国民も勉強になったと思いますよ。ドイツは国際大会で何大会に渡って準決勝まで進んでいましたが、最後まで勝てていませんでした。それでも諦めずに戦い、今回で優勝したということは、ブラジルにとっても勉強になりましたね」

――フラメンゴの大先輩にあたるジーコさんも日本でプレーしましたが、アドバイスは受けましたか?
「ジーコのことはもちろん知っていますが、僕は息子さんとの仲が良いんですよ。彼と話をすると、ジーコが話した『日本はすごい良いところだった』ということなどを、彼を経由して聞いたことはあります。(加入後に)ひざをけがしてブラジルに帰国した際も彼とは会って、『活躍すれば、日本人は何年も敬意を持ってくれ、長く住むこともできる』というアドバイスは受けました。日本のことについては他にも、アトレチコ・ミネイロでチームメートだったヴィッセル神戸のマルキーニョスと、浦和レッズに在籍していたエメルソンからも聞いていました。日本で活躍した選手から、日本の良い話を多く聞いていたことは良かったですね」

――相模原は2008年に誕生したチームですが、フラメンゴのように世界的なクラブに成長するために必要なポイントはどういう点でしょうか?

「相模原はまだ若いクラブですが、望月代表は素晴らしい方で、選手経験もあります。望月代表は物事を大きく考えますが、それが非常に大事なことで、必ず日本サッカー界ではビッグクラブになると思います。スタッフや選手も含めて、クラブに関わっている全ての人間が物事を小さく考えた場合はクラブも小さくなってしまう。みんなの考えが大きくなり、大きな夢を持つ場合、クラブも大きくなっていくはずです」

――ちなみに、トロという名前はニックネームだと聞きました。
「今は正式に名前にしましたが、元々はニックネームでした。下部組織時代、ボランチに転向する前はトップ下など攻撃的なポジションでプレーしていて、多くのゴールを重ねていました。トロはポルトガル語で嵐や雨という意味で、雨のように多くのゴールを決めたことがニックネームの由来ですね」

――現在はボランチですが、雨のようにゴールを決めていた頃のポジションに戻りたい思いもありますか?
「もちろん、懐かしいですよ。良いポジションですし、結果を数字で見ることもできます。しかし、神様がボランチにしてくれたので。それに当時のポジションだとしたら、もしかしたら優勝する経験もできなかったかもしれませんし、ポジション変更があったからこそ、優勝をはじめ、多くの経験ができたと思っています」

――背番号「50」には、愛着などはありますか?
「腕にもタトゥーを入れているように、本当は21番が好きなのですが、既に埋まっていたので、望月代表から50番を勧められたことで着けています。21番は今まで勝ち取った優勝など、幸せな瞬間に背負っていました。幸せな時に一緒にいるということは家族にも言えて、妻や父、母、娘との幸せな時間も沢山ありますが、21番も僕の幸せな瞬間に一緒に背中にいました。そういう意味で、21番はすごくスペシャルな背番号ですね」

――相模原はプロ選手とアマチュア選手が混在していますが、加入の際にプレー以外でプロフェッショナルとしての姿勢などを伝えて欲しいという要求はされましたか?
「加入時にそういう話はしましたね。プロ選手もアマチュア選手もいるという話など、全てのクラブ情報は望月代表から聞いていました。僕はブラジル全国選手権でも優勝していることもあり、若い選手達にプロフェッショナルな部分を見せてくれと言われましたね。僕自身もまだ若いとは思っていますが、ビッグクラブにも在籍していたこともあるので、ピッチ内外で誰かのために見本になるという思いで、取り組んでいきたいですね。今も、例えば、練習で手を抜かない姿勢や常に100パーセントでプレーすることはもちろん、ピッチ外でも食生活について若い選手にアドバイスはしています」


 ブラジル人らしいフレンドリーさは、もちろんある。ところが、インタビューが始まるや否や、その陽気さは真摯な姿勢に一転した。僅かな時間でも垣間見せたプロフェッショナルな姿からでも、彼の言葉に偽りがないことが窺い知れる。

 望月氏は獲得の際、「彼がSC相模原というチームをより高いステージに上げてくれる事を信じている」と期待をかけた。王国で酸いも甘いも噛み分けた助っ人は、クラブの水先案内人として、しっかりとその役割を果たしてくれるはずだ。

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