2014.06.11

ブラジルの英雄へ…ネイマールの大いなる挑戦

[ワールドサッカーキング1407号掲載]

かつてワールドカップの優勝をこれほど期待された代表と選手が存在しただろうか。セレソンの10番を背負うエースにして開催国にとっての唯一無二のアイドル――。関係者の証言と様々な要因から、ネイマールが成功する可能性について考察する。
ネイマール
文=セルヒオ・レビンスキー
翻訳=工藤 拓
写真=ゲッティ イメージズ

期待を一身に背負う王国のアイドル

 ブラジリアのナシオナル・スタジアム。ヘアスタイルを完璧に整えた若者が、ドレッシングルームを出てピッチへ向かう。冷たく殺風景なコンクリートの階段を半分ほど降りたところでふと立ち止まり、かがんでスパイクの紐を結び直し、左足のソックスを少し上げて右足の高さとそろえた。カメラが自らの一挙一動を映し出していることは承知の上だ。

 FIFAコンフェデレーションズカップ2013、ブラジル対日本の開幕戦が間もなく始まる。ピッチでは既に21人の選手が列を作っているが、彼に急ぐ気配はない。ブラジルフットボール界の期待を一身に背負う男が姿を現すと、6万7000人の観衆が大きくどよめいた。数々の伝説を生み出してきたユニフォームの襟は立っている。ネイマール・ジュニア、背番号10の登場だ。

 試合開始からわずか3分。センターフォワードのフレッジがマルセロからのパスを胸で落とすと、そのボールに一振りで合わせたのがネイマールだった。ペナルティーエリア手前から放たれた強烈なボレーシュートが、川島永嗣の守るゴールマウスに突き刺さる。ペレ、ジーコ、リヴァウドの後継者と見なされる男による、ゴールショーの幕開けだ。

 ネイマールはこの大会で決勝のスペイン戦までに4ゴールを記録し、記者投票による大会最優秀選手に選ばれた。ブラジル国民が信じて疑わなかったこと――ネイマールは世界を支配する選手になれる――が、ついに証明された瞬間だった。スペインの日刊紙『エル・ムンド・デポルティーボ』は、同大会を「ネイマールの戴冠式」と表現し、ブラジル戦のすべてに記者を送り込んで、バルセロナが5700万ユーロ(約74億円)をはたいて獲得したFWを徹底取材した。「ネイマールはカリスマ性溢れる選手。目の肥えた、そして期待に満ちたバルサのファンを既に虜にしている。彼がボールに触れると、地面が『走れ!』と合図を送る。ドリブルの天才と謳われる偉大な選手だけに聞こえる“神の声”だ。彼はファンにとってのチームメートとも言うべき、頼もしい存在になるだろう」

 その後、ワールドカップ(W杯)までの1年間を世界最大のクラブで過ごすことで、彼は屈強なヨーロッパのDFに慣れ、プレッシャーの中でのプレー経験を積み、大舞台への準備が完璧に整う……はずだった。しかし、2013年6月から今日に至るまで、状況は思うような展開を見せていない。進化を遂げることが期待されていたが、バルセロナへの移籍はネイマールにとってマイナスだったのではないか、とすら言われている。国際試合でこそ順調に結果を出していたものの、クラブでは好不調の波が激しく、移籍の合法性に関する問題まで浮上。悩みは尽きない状況だ。

 W杯開幕を目前に控えても、ネイマールの調子を不安視する声は絶えない。その不安はブラジル代表チーム全体にも当てはまる。準備不足で、十分な経験がなく、トップレベルのセンターフォワードが不在のチーム。そもそも、政治的調和の一部がサッカー熱で保たれているブラジルという国自体、W杯を主催するにふさわしいのかという疑問の声もある。

 開催国のプレッシャーは計り知れない。国民が愛するスター選手は期待に応えることができるのだろうか? すべての期待が22歳の双肩にかかっているのだとしたら、相手チームはネイマールを封印すれば、ブラジルを抑えることができるのではないか?

様々な論争を呼んだネイマールの移籍

 ネイマールはストリートサッカーの申し子だ。ひ弱な少年は、ブラジルの期待の星に、そしてフットボール市場で最も多くの札束を動かすスター選手へと成長した。2011年のある時期には、ブラジルで10本のテレビCMに出演していたほどだ。

 ネイマールは決して金銭的に恵まれた家庭に生まれたとは言えない。ブラジルの下層リーグでプレーしていた父親のネイマール・シニアは、生活のために機械工として働いていたこともある。人生の様々な岐路で判断ミスも犯した。だが、「子供には恵まれた」という彼の言葉は本音だろう。

 家族は類まれな才能の持ち主だった息子の成功に賭けた。カンピオナート・パウリスタ、コパ・ド・ブラジル、そしてコパ・リベルタドーレスの優勝に貢献したネイマール・ジュニアは、2013年を迎える頃にはサントスを卒業し、母国を後にする準備ができていた。同時に、傲慢で生意気になったとの批判も増えた。2010年にはPKのキッカーを巡って当時の監督ドリバル・ジュニオールと口論になり、指揮官を解任に追いやるという騒動もあった。

 ネイマールの次なる舞台はバルセロナだった。「彼は進化を遂げる必要がある。よりビッグな試合や大会に出場することによって、世界最高の選手に上り詰めることができると思う」。そう話すのは1970年W杯で世界制覇を成し遂げたセレソンのストライカー、トスタンだ。

 数字だけを見れば、ネイマールのバルセロナでの初年度は悪くないものだった。公式戦で15ゴール11アシストを記録。当たりが激しいヨーロッパのDFに対応するために体重を増やすよう指示されてはいるが、加入したばかりの成績としては十分だ。

 ネイマールは数多くの試合でマン・オブ・ザ・マッチにも選出されたが、最も活躍したのはシーズン最初のクラシコだろう。「札束の対決」と呼ばれたこの一戦。ファンの注目はネイマールと、やはり高額移籍で話題になったギャレス・ベイルに集まった。スペインの日刊紙『マルカ』は「スター饗宴のクラシコ。使われた金額も半端ではない」と報じたが、この試合で主役を演じたのはネイマールだった。1ゴールを挙げて2-1の勝利に貢献、リオネル・メッシの存在すら霞む圧巻のパフォーマンスだった。

『エル・ムンド・デポルティーボ』紙には、「ネイマールがベイルを食う」という強烈な見出しが躍った。「バルセロナの11番は『正しい選択』を意味する。まさに違いを生み出す存在だ。1億100万ユーロの男(ベイル)は張り子の虎だった。ネイマールに払った5700万ユーロも決して安くはないが、それに異論を唱える者は誰もいないだろう」

 しかし、実際の舞台裏は異論だらけだった。移籍金の支払先が不透明だったのである。ソシオ会員であり薬剤師のジョルディ・カセスは、クラブ側に説明を求めた。

 バルセロナが回答に手間取る中、本件は検察当局の知るところとなり、裁判所での聴聞会が予定されるに至った。このような状況の中、クラブは入団時のボーナスや父親への手数料、サントスの移籍候補選手を探す費用を含む移籍金が実際は8600万ユーロ(当時のレートで約112億円)だったことを認めた。クラブは最終的に、スペインの租税条約を満たすべく1350万ユーロ(約19億円)を自主的に納税。サンドロ・ロセイ会長はこの一件の責任をとって辞任している。

 このようなゴタゴタの中、ネイマールの調子は目に見えて落ち始めた。小さなケガが続き、ゴールの数は減少。攻撃の推進力となることができず、以前は皆を興奮させたドリブルも攻撃をペースダウンさせるものに見えた。ヘラルド・マルティーノ監督は楽観的なコメントを続けたが、ネイマールの進化がスローダウンしているのは明らかだった。今年3月に行われた2度目のクラシコについて『マルカ』紙は、「ネイマールのパフォーマンスには何も見るものがなかった」と報じている。

 ネイマールの調子が最悪だった頃、バルセロナで選手と監督を務めたヨハン・クライフが論争に割って入った。「論理的に考えて、バルセロナは間違いを犯している。高額年俸で21歳の選手を雇ったが、勝利に貢献しているのは年俸の低い選手たちだ。その年齢で“神”になれる人間は存在しない。まだ学習途上のはずだ」

 このコメントに、1970年W杯の優勝メンバーであるカルロス・アウベウトが反応した。「バルサへの移籍についてはかなりの議論があった。ブラジルはネイマールを守らなければならない。W杯でのネイマールのパフォーマンスに影響する可能性がある」

 しかしそれ以降、ネイマールは復調を遂げた。アトレティコ・マドリーに敗れ、チームがチャンピオンズリーグから敗退するのを食い止めることはできなかったものの、よりゴールに近い位置でプレーすることでメッシとのコンビも機能し始めた。ブラジル代表としても順調にゴールを量産。そのほとんどが親善試合とはいえ、国際Aマッチ48試合で31ゴールという数字は驚異的だ。

コンフェデ杯優勝の陰でくすぶる幾つかの問題

 ブラジル代表を率いるルイス・フェリーペ・スコラーリは、ネイマールの移籍金騒動についてのコメントを拒否している。「この件については今までも、そしてこれからも発言しない。既に解決済みだ。ネイマールも口を開かなくて正解だ。今は問題もなくなり、のびのびとプレーしている」

 今シーズン、ネイマールを巡って発生した様々な問題は、W杯を戦う上で役立つかもしれないとの意見もある。ヨーロッパ屈指の名門クラブに移籍した途端に、会長の辞任や移籍活動の禁止処分を経験する。これ以上のプレッシャーを体験する機会があるだろうか?

「ブラジル代表については楽観視している。困難を乗り越えて、成功を収めるのがセレソンの常だからね」。そう語るのは、ブラジル代表の歴代最多キャップを誇るカフーだ。「そういうことが何度もあった。98年大会ではロナウドも相当なプレッシャーにさらされていた。ネイマールは特別な存在だ。今回の代表には経験が少ない選手も多いが、その分ホームでのサポートがあるからね」

 ホームの利については実に様々な意見が存在する。近年のチームと比較して、現在の代表チームは選手間やファンとの間に強い結びつきを感じさせる。それが顕著になったのは、昨年のコンフェデ杯を制してからだ。セレソンは以前にもこの大会で優勝したことがあるが、ホームでのタイトルは初めてだ。FIFAランキングで史上最悪の22位に沈む中、大会前は前例がないほど国民が無関心だった。しかし、この大会でセレソンが残した成績は、ブラジル国内で起きていたW杯反対活動の終息をももたらした。

 予行演習的な性質を持つコンフェデ杯の結果は、W杯の成功に向けて希望を抱かせるものだった。低所得者層が火をつけたW杯反対活動は、社会保障やサービス向上を求める声を大量発生させていたが、その活動は下火になった。もっともペレは「ブラジルが優勝しなければ抗議活動は戻ってくるよ」と心配しているが……。

 スタジアムの建設状況と安全面については疑問が残る。建設作業中に7人の作業員が亡くなり、サンパウロとクリチーバのスタジアムは5月時点でいまだ完成していない。また、2002年W杯の優勝メンバーであるロベルト・カルロスは、今年の初めにこう語っていた。「スタジアム建設には多額のお金が使われているが、国民は病院を増やしたり、学校をよくしてほしいと思っている。W杯期間中は何も問題は起こらないだろう。しかし、その後の状況はすべて政府の対応に懸かっている。ブラジルがより良い国となるため、お金を有効に使うことは政府の仕事だ」

 しかし、サッカー自体に話を戻すと、元代表の中にはコンフェデ杯の優勝は「早すぎた」という意見もある。優勝が決まった時、トスタンはこう語った。「もしスペイン戦が辛勝だったら、選手はそれほど楽観視しなかったと思う。でも圧勝を収めてしまったから、どことやっても同じことができると考えてしまうかもしれない。スコラーリは、選手の気持ちを引き締めるのに苦労するだろう」

 94年W杯の優勝メンバーであるマウロ・シウヴァも同意する。「コンフェデでは勝ったが、それで油断しないことが肝心だ。私は楽観的な人間だから、コンフェデ杯の1カ月後にW杯が開催されていたとしたら心配しなかったと思う。でも、実際は1年が経過している。状況が変わるには十分な時間だ。ブラジルがどう戦うか、どこも研究済みだろう」

 しかしそれは、さほど大きな悩みではない。ブラジルの最大の懸念はピッチ上に存在する。第一に経験不足。2010年のW杯を経験しているのは、ジュリオ・セザル、ダニエウ・アウヴェス、チアーゴ・シウヴァの3人しかいない。そして、コンフェデ杯後に行われた親善試合の相手はオーストラリア、韓国、ザンビアなど、ほとんどが強豪とは呼べない国だ。

 ブラジル代表のレジェンド、C・アウベルトも、最近こう語っていた。「1958年W杯での優勝は、前回大会からの4年間の経験がモノをいった。主力のほとんどが26歳から28歳という、サッカー選手のピークといえる年齢になっていた。それがW杯の歴史だ。できたばかりのチームで優勝を収めた国はない。まあ、2018年には無敵のチームになっていると思うがね」

 C・アウベルトの発言には説得力がある。ロシアでW杯が行われる時、ネイマールは26歳。キャリアのピークを迎えていると考えていいだろう。

自国開催となるW杯で優勝候補筆頭とされながらも、少なくない懸念材料を抱えるブラジル代表。さらに、同代表には根の深い問題も存在する……。続きは12日発売のワールドサッカーキング1407号でチェック!