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ビジネスとしての現代フットボール…英誌がひも解く大富豪たちの投資

2013.04.19

Roman Abramovich celebrates with the cup after the UEFA Champions League final football match between FC Bayern Munich and Chelsea FC on May 19, 2012 at the Fussball Arena stadium in Munich. (Photo by VI Images via Getty Images)

[ワールドサッカーキング0502号掲載]
2003年、チェルシーを買収したロマン・アブラモヴィッチが注目を集めたのは、彼のようなオーナーがまだ珍しかったからだ。しかし、その10年後の現在、「アブラモヴィッチ的な」投資家が支配するクラブは、イングランドだけでも10を超える。フットボールの構造を変えつつある、新たな種類のオーナーたちの真意とは? 英国のフットボール専門誌『FourFourTwo』が、彼らの真相に鋭く迫る。
UEFA Champions League - Chelsea v Bayern Munich
文=ウォルター・ヘイル Text by Walter HALE 
翻訳=影山 祐 Translation by Yu KAGEYAMA
写真=ゲッティ イメージズ Photo by Getty Images

「オイルボール」と化した現代フットボール

「我々の目標はチャンピオンズリーグ(以下CL)のトロフィーを5年以内にメタリストにもたらすことだ」

 昨年末、フットボールクラブを買い取って新オーナーとなった28歳のウクライナ人実業家、セルヒイ・クルチェンコは自身の壮大な野望をこう語った。しかし、ハルキウに本拠地を置くメタリストにとって、その目標は少し高すぎるかもしれない。ウクライナのクラブはまだ一度も欧州王者になったことがないし、メタリストはヨーロッパリーグですらベスト16の壁を越えたことがない。

 チェルシーで同じ夢を実現するために、ロマン・アブラモヴィッチは9年の歳月と18億ポンド(約2340億円)以上の資金を費やした。最近ではマンチェスター・シティーやパリ・サンジェルマンといった、アラブの王族に買収されたクラブが全く同じ道を進むべく、紙吹雪のように札束をばらまき始めた。そのせいで、欧州制覇のハードルは年々高くなっているように見える。

 こうした話題は、フットボールとファイナンスを結びつけて考える習慣のなかったオールドファンにとっては退屈なものに違いない。本来ならフットボールの主役はチームと選手であり、ロシアの投資家やアラブの王族たちの出る幕はない。だが、ここ数年、まさに彼らの投資によって、フットボールシーンが大きく変容していることは紛れもない事実だ。

 フットボールはもはや「人々のスポーツ」ではなく、『ガーディアン』紙のバーニー・ロネイの言葉を借りれば「オイルボール」と呼ぶべきスポーツになった。そこでは不確実性が慎重に排除され、成功への道は投資額とその見返りによって計算される。そう、現代フットボールは良くも悪くも、億万長者たちのビジネスの論理に支配されつつある。

 もちろん、大金持ちがフットボールに投資するのは今に始まったことではない。イプスウィッチのコブボールド一族や、アンデルレヒトのヴァン・デン・ストック一族、インテルのモラッティ一族などは、古くから代々クラブを支えてきた名物オーナーとして知られている。彼らはいずれも地元社会との深いつながりを持ち、クラブをただの投資対象ではなく、大事に育てるべき公共の資産として扱ってきた。

 だが今、起こっているのは全く違う形の「投資ブーム」だ。この10年、フットボール界が経験した構造の変化は、新たな投資家たちの存在を抜きにして語れない。

クラブを買い漁る新しい種類の大富豪たち

 この種の新しい投資家たちには多くの共通点がある。まず、彼らのほとんどが石油、天然ガス、あるいは鉄鋼といった事業で成功を収めた実業家や投資家で、そのプロフィールには謎が多い。クラブの買収資金をどこから調達したのか、どういう経緯でクラブを買収したのかといったプロセスですら往々にして不明瞭だ。そして、彼らはオーナーに就任するや否やトロフィーを勝ち取る野望を高らかに公言し、それを実現するために有名な監督、あるいはスポーツディレクターを採用する。もちろん、選手補強にも資金は惜しまず、セルヒオ・アグエロやズラタン・イブラヒモヴィッチのような選手を大胆に獲得する。果てには、チームの半分がそっくり入れ替わるほど大量の選手を買ってしまう。

 これらの劇的な変化に掛かる費用はたいてい、新オーナーが所有する企業からの巨額のスポンサーシップによって賄われる。例えば2011年5月、カタール投資庁が子会社のQSI(カタール・スポーツ・インベストメンツ)を通じてパリSGを買収した時は、同じカタールの観光庁から8億ポンド(104億円)もの資金援助があった。

 こうした新種のオーナーの多くが「オリガルヒ」(ソ連時代の社会主義体制から、資本主義体制に移行する過程で形成されたロシアの新興財閥)と呼ばれる実業家だ。閉ざされた独占的な市場で莫大な富を築いた彼らは、誰に相談することも、組織的なチェックを受けることもなく、自由に資金を動かすことができる。その巨万の富のごく一部を使って、彼らは欧州のクラブを次々と買い漁っている。

 この動きに対し、各クラブは既に素早く反応している。リヨンのジャン・ミシェル・オラス会長はアブダビやドバイを新たな資金源と見なし、積極的にスポンサー企業を探しているし、インテルは成長著しいアジア市場を狙い、中国の鉄道建設会社に株式の15パーセントを売却した。マンチェスター・ユナイテッドを買収するというカタールからのオファーのうわさも絶えない。

 ここで当然のように浮かび上がる疑問、それが今回のテーマだ。つまり、大富豪たちはなぜ競うようにフットボールクラブに投資したがっているのだろうか? 「オリガルヒ」やアラブの王族がフットボールの世界に参入する動機は? それによって、彼らは何を得ようとしているのだろうか?

フットボールを愛しているのか?

「フットボールを愛しているから」という、最もシンプルな動機を排除する必要はない。アブラモヴィッチの派手な投資を快く思わない者でも、彼のフットボールへの情熱を否定することはできないだろう。

 アブラモヴィッチが03年にチェルシーを買収した真の理由は、恐らく、当時のウラジーミル・プーチン政権が「オリガルヒ」たちに厳しい圧力を掛けていたことと無関係ではない。アブラモヴィッチは巨額の資産を国外に移したかったのか、あるいは、命の危険を感じて人々の注目を集めておきたかったのだろう。だが、それだけが理由であれば、投資対象はフットボールクラブでなくても構わなかったはずだ。更に言えば、彼はチェルシーを買収する前に、トッテナムを手に入れようと動いていたこともある。

 チェルシーのオーナーとなってからおよそ10年、アブラモヴィッチは多くの批判を受け、罵声を浴びせられながらも、このクラブを手放さずにCL初制覇という偉業を成し遂げた。彼の経歴にはいまだに謎が多いが、少なくとも熱心なフットボールファンであることは間違いない。

 2011年にアンジを買収した投資家のスレイマン・ケリモフも、フットボールへの情熱においてはアブラモヴィッチに劣らない。彼は1億2600万ポンド(約164億円)も投じてロベルト・カルロスやサミュエル・エトオを獲得し、人々を驚かせた。その目的はカタルーニャ地方におけるバルセロナのように、ダゲスタン共和国の人々に誇りをもたらすことだと彼は言う。「スター選手というのはどのクラブにもいるわけではない。だが、見ろ。アンジ・マハチカラにはスターがいるのだよ!」

 しかし、実際のところ、ケリモフの野望はその他の「オリガルヒ」たちよりもかなり控えめだ。彼はCLにすぐ参加できるとは思っていないし、ましてや欧州王者の座など考えてもいない。昨シーズン、CLで優勝したチェルシーは総額5000万ポンド(約65億円)の賞金を獲得したが、ケリモフのような大富豪にとっては「はした金」でしかない。

 フットボールで得られる栄光にも利益にも興味がないとしたら、ケリモフはなぜフットボールクラブを手に入れたのだろう? ここに、「オリガルヒ」たちの真実が隠されている。

フットボール界はオリガルヒの「社交場」

「オリガルヒ」たちの利権は複雑に絡み合っている上に、公表されている情報も少ない。だが、その関係性をひも解いてみると、驚くほど多くのフットボール関係者に行き当たることが分かる。例えば、アーセナルの株式の25パーセントを所有する大富豪アリシェル・ウスマノフは、ニッケルやパラジウムの企業をアブラモヴィッチと共同経営している。アブラモヴィッチと共同で鉄鋼・採掘企業に投資しているグループには、ウクライナのフットボールクラブ、ドニプロの実質的なオーナーを務めるイゴール・コロモイスキがいる。04年、コロモイスキはウクライナの採掘プラントを買収しようとしたが、シャフタール・ドネツクの会長を務めるリナト・アフメトフに阻止された。そのアフメトフは製鉄所のオークションで、ミタル一族に競り負けた。ミタル一族はQPRの株式の20パーセントを所有していて、彼らの投資パートナーにはF1界の支配者と呼ばれるバーニー・エクレストンがいる。エクレストンは03年、どこからともなくアブラモヴィッチが登場する前に、チェルシーを買収する寸前だった。

 原稿を書いているこちらがめまいを覚えるような内容だが、そのすべてを理解する必要はない。私が理解してほしいのは、フットボールが巨大なグローバル産業のように見えて、実は組合のように狭い世界だということだ。フットボールクラブを所有する億万長者と仕事をしたい? それなら、自分のクラブを所有するといいだろう。フットボール界で1、2人を間に介せば、冗談でも誇張でもなく、誰でもアブラモヴィッチとコンタクトを取ることができる。

 もう一度言っておくが、巨万の富を築き上げた彼らにとって、フットボールがもたらす富など些さ細さいなものにすぎない。だから、「オルガリヒ」の集団が黒幕となり、欧州フットボールをコントロールしているのだ、というような、よく聞かれる陰謀論はさすがに勘ぐりすぎだ。

 むしろ、若き実業家たちにとってクラブを買うのは、ワンランク上の社交クラブに参加するようなものだろう。フットボールは彼らにとって、本業のビジネスをスムーズに進めるための「会員証」なのである。

中東の王族たちの壮大なブランド戦略

「オリガルヒ」たちのクラブと異なり、パリSGやマンチェスター・Cは、間違いなく本気でタイトルの栄光を夢見ているはずだ。両クラブを買収したカタールやUAEの王族たちにとっては、賞金や売上よりも栄光にこそ価値がある。彼らはその栄光を関連企業や放送業界に還元し、ファンを増やし、自分たちの名声と評判をできるだけ高めたいと考えている。

 アラブの首長たちのプロジェクトは壮大なものだ。彼らは石油資源が底をつく数十年後に備えて、莫大な資金とリソースをつぎ込み、「中東のラスベガス」とも言える巨大な観光都市を作り出す構想を練っている。仮にパリSGがCLを勝ち取ったなら、それはオーナーであるカタール王族の真の目的、つまり、「ラスベガス化計画」を推進するためのブランド戦略がもう一歩、先に進んだことを意味するのだ。「スポーツと観光が結びついたスポーツ・ツーリズムには、ビジネスとしての巨大なポテンシャルがある」と、カタール・オリンピック委員会のサウード・ビン・アブドゥラフマーン・アル・サーニ理事は言う。「我々は年間30のスポーツイベントを企画している。その経済効果は大きいだろう」。

 彼が言う「大きい」という表現はかなり控えめだ。何しろ、カタールは2022年のワールドカップ(以下W杯)に向けて、410億ポンド(約5兆2000億円)を費やす予定なのだから。

 全世界にアピールできる唯一のスポーツであるフットボールは、カタールの戦略に最適な存在だった。カタールの首長であるシェイク・ハマド・ビン・ハリーファ・アル・サーニが、若い頃からアーセナルを応援し続けてきたフットボールファンであることも大きかった。そして、彼らはFIFAランキング100位前後に位置するカタール代表がW杯に出場する唯一の方法として、W杯を開催する権利を勝ち取った。

 パリSGの買収に伴い、リーグ・アンの放映権は今やカタールの放送局「アル・ジャジーラ」のものになっている。カタールは2022年に向けて国家規模でステイタスを向上させつつ、フットボールを利用したマーケティングのノウハウを急速に学んでいる。

彼らはフットボールを破壊する存在なのか?

 ビジネスの論理に染まった「オリガルヒ」やカタールの戦略は、多くの論者が指摘するように、フットボールを食い物にする悪しき行為だろうか? その点に結論を出す前に、我々は歴史から学ぶべきだろう。

 1934年のイタリアW杯、78年のアルゼンチンW杯はともに両国の軍事独裁政権のイメージ戦略に利用されたし、スペインにおけるフランコ独裁政権下のレアル・マドリーや、旧共産圏のクラブも似たような役割を背負っていた。フットボールはビジネスと結びつく前に、政治と深く結びつき、権力者が人気を得るための道具として利用されていた。

 94年5月、ミランがバルセロナを4-0で下して5回目の欧州王者となった時、イタリアではシルヴィオ・ベルルスコーニによる最初の政権が発足した。彼は「フォルツァ・イタリア」(頑張れ、イタリア)という政党を組織し、党員は「アッズーリ」と呼ばれた。公約は「イタリアをミランのようにする」というもので、スピーチでは何度もフットボールを引き合いに出し、相手の候補者に「君は何回タイトルを勝ち取ったのかね?」と質問した。

 これらすべては、政治を真剣に考える者にとっては知性を馬鹿にされたように感じる内容だっただろう。だが、ベルルスコーニはその手法で国民の支持を得たのだ。

 今となっては信じ難いことだが、80年代に衰退していたミランを復活させた手腕によって、当時のベルルスコーニは経営の天才、生まれながらのリーダーと見なされ、それが最終的に何百万もの票へと変わった。言うまでもなく、その20年後、数限りない汚職とスキャンダルにまみれて退陣することになるわけだが……。

 だから、結論を言えば、恐らく我々は心配しすぎなのだ。「オリガルヒ」やアラブの王族は、少なくともベルルスコーニより良心的だ。彼らは政治権力を手に入れるためにクラブを買収したのではないし、過剰な投資でクラブの財政を苦しめるような展開もおよそ考えにくい。むしろ、億万長者たちの投資は経営を好転させる。

 政治は人々の生活に直結するが、フットボールはただのフットボールだ。少なくとも人々は「オイルボール」のせいで失業したりはしない。パリSGの経営陣についてあれこれ批判するくらいなら、パリSGの試合を見て、イブラヒモヴィッチのプレーを楽しむほうがずっといい。

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