2016.06.14

【サッカーに生きる人たち】「日本サッカーが強くなるためにこの仕事をしている」田邊伸明(株式会社ジェブエンターテイメント代表取締役/サッカー選手代理人)

編集者、サッカーライター、スポーツカメラマンを目指す人のためのアカデミー

「自分が言ったビジョンを選手がそのとおりに表現してくれる。それがすごく楽しいですよね」

 そうにこやかに話すのは株式会社ジェブエンターテイメントの代表取締役を務める田邊伸明さんだ。確かな実績を持つエージェントとして活躍している。日本代表でもプレーした北澤豪や中田浩二の代理人を経験し、大久保嘉人や槙野智章といった日本サッカーの第一線で躍動する選手たちのサポートを手がけてきた。

 自社と契約する選手がサッカーにのみ集中できる環境を整えるために、クラブとの契約や移籍交渉などを通してプレーヤーを陰から支える――それが田邊さんらエージェントの仕事だ。

北澤豪との出会い

 大学卒業後の1988年、株式会社ジエブに入社し「国際スポーツフェア」というイベントに携わる。そこで当時読売クラブに所属していた武田修宏や藤吉信次と知り合い、親交を深めるようになった。

「それで、紹介で紹介という形でいろんな選手と知り合うようになったんです。たとえば、今富山で監督をやってる三浦康年から、『今度ブラジルから弟が帰ってくるから』と誘われて弟の三浦知良と会ってご飯を食べに行ったりしましたね。それで、カズが北澤を紹介してくれて、北澤と知り合いになりました」

 時を同じくして北澤の所属する読売クラブ(現:東京ヴェルディ)が日本サッカーリーグで優勝を果たした。北澤、カズ、ラモス瑠偉と武田の4人が注目を浴びる。

 一躍ブレークした読売クラブの4選手には、当然のごとく取材の依頼が殺到した。当時マネジメントがついていなかった北澤は、以前から不動産屋や車屋などを紹介してもらっていた田邊さんにマネジメント業を依頼。ここから田邊さんのサッカー選手をサポートする人生が始まった。

 その後、Jリーグの開幕、93年のアジアカップなどをきっかけに、Jリーグと日本代表の人気は急騰する。選手を支える業務に翻弄される日々となった。94年には、自身で株式会社ジェブエンターテイメントを立ち上げた。

マネジメントからエージェントへ

 98年、カズやラモスなど主力選手がチームを去り、ヴェルディ川崎(現:東京ヴェルディ)に“変革期”が訪れる。

 しかし、北澤だけがチームに残ることを決意。その時初めて選手の契約に関する相談を北澤から受けた。選手人生をより良いものにし、プレーヤーをより近くで支えようという思いが、田邊さんをエージェントへと転身させるきっかけになった。

「それまではテレビやコマーシャルのマネジメントをやってきたんですよ。でもそれはサッカー選手にとっては主たるものではない。やはり選手にとっては選手としての契約が主たるものだと思いましたし、その重要性とそこに寄り添うことのほうが選手にとっては必要なことなんじゃないかなと思い代理人の試験を受けようと決意しました」

 代理人に転身して15年あまり。エージェントの仕事は多忙を極める。田邊さんは毎朝、仕事のメールをチェックし、11時に出勤する。会社では週末に行われる試合の分析に励む。

 まずは自分たちと契約する約60人分の試合映像を見る。そして戦況からインターセプト数に至るまで、細かく分類された選手たちのデータを専用のフォーマットにまとめていく。次の試合までに、一週間かけて社員全員で手分けして作業に取り組むのだ。

 現在のパフォーマンス状態については、選手の性格に応じて適切に伝えることが大切だという。そのためには選手の人となりに加え、親御さんが何をしているのかを把握する必要もある。いわく「良い選手はやはり良い教育を受けている」のだ。性格的に難しいと感じた場合は、契約を断ることもある。
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代理人としてのやりがい

 代理人には“移籍交渉”という仕事もある。田邊さんは選手の移籍の際、「相手のチームがなぜその選手を必要としているか」を重要視している。

「たとえば今年なら水沼宏太がサガン鳥栖からFC東京に移籍しましたが、そうなると、なぜFC東京は水沼宏太を必要としているのかというのと、監督が彼のことをどれくらい知っていて、どう使おうとしているかを知りたい。だから会えなくても監督からは必ず話を聞くようにしています。それが、この選手にはこうしたほうが良いな、ああしたほうが良いなという判断材料の一つになる。だから監督の言葉はとても大事にしています」

 エージェントの仕事で一番難しいこと。それは、戦力外通告されてもなお「もっとサッカーをしたい」と訴える選手のチームを決める作業だという。

「これが僕らの力量が問われるところだと思う。戦力外になった選手だから、大変なんですよ。だからそこは徹底的にやらなきゃいけないんです。その選手のチームを決めることは一番大事で、選手がまだ続けたいという時にその環境を与ることができると、本当にうれしいです」

 だから選手人生が終わる時は心が痛む。まして、正真正銘の人生の終わりに直面した時は狼狽した。

「まだやれるところがあるんじゃないかと思っても、選手が辞めると決めた時はつらい。あとやっぱり、松田直樹とも契約していたんだけど、選手が自分より先に亡くなった時はやっぱり本当にショックだった。自分より年齢も若いわけで、契約選手の死なんて予測したこともなかったから、それはすごくショックだった」

日本サッカーを強くするため、良くするために

 ドーハの悲劇の時、日本サッカーが強くなるために、自分に貢献できることはないかと思いエージェントのライセンスを取った。そのため、根底には「日本サッカーのためになるのか」という考えがある。物事を決める時の最終基準は「それで日本サッカーが強くなるかどうか」と話す。

「選手が海外に移籍するのかしないのかを決める時に、もちろん決めるのは選手なんだけど、僕の中では『この選手は海外に行ったほうが日本サッカーのためになるのか?』というのが最後の物差しとしてある。だからすごく偉そうな言い方になるけど、日本サッカーが強くなるためにこの仕事をしていると思っています」

 2015年、FIFAの公認代理人制度が廃止された。新たに仲介人制度が導入され、ライセンスなしで誰もが代理人になれるようになった。

 仕組みが変わった今、田邊さんは、日本サッカーをよくするためにも新しく仲介人になった人たちの質を上げていきたいと考えている。

「仲介人制度が変わってどんどん登録する人が増えていくと、もっといろんな問題点やトラブルが出てくると思います。だから、選手の支え方を伝えたり、知識をもっと共有したり、仲介人になった人たちの質を上げていくプログラムを作りたいなと思っています」

 仲介人全体の底上げを図る。そして各々が考え、競い合い、工夫することでよりクリエイティブな発想が生まれる。結果、今まで以上に選手に幸せを届けられるのでは、という思いがある。

 エージェントの競争力を上げるのは、日本サッカー界をさらなる成長に導くため――その信念を胸に、田邊さんはこれからも選手たちの人生と向き合い続ける。
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株式会社ジェブエンターテイメント

インタビュー・文=舞野隼大(サッカーキング・アカデミー/現フロムワン・スポーツ・アカデミー

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