2013.09.11

「草の根が育む、日本サッカーの未来」 トム・バイヤー(U-12 サッカーコーチ)

トム・バイヤー

トム・バイヤー

「グラスルーツ」(草の根)という言葉をご存じだろうか。サッカーでは、子供や地域レベルでの活動を指す。トム・バイヤーさんはその最前線で20年以上にわたり、日本の子供たちの技術向上に注力してきた。

 トムさんが来日したのは80年代後半。ハンス・オフト元日本代表監督とのつながりで、当時のJSL(日本サッカーリーグ)日立でプレーした後、育成事業に携わるようになった。日本をはじめ、アジア各国を中心に現在までに指導した子供の数は50万人以上にも及ぶ。

 来日当時と現在との子供たちの変化を、トムさんはこう語る。

「日本に来たのは20年以上前になるけど、その時代の、日本の子供のレベルはすごく高かったね。でも、すごく上手な子供が少なかった。今はその数が増えたと思う。だから、なぜ日本がすごく強くなったかというと、一番上手な子と一番下手な子のギャップが小さくなったからなんだ」

 では、どこでその差は縮まったのだろうか。

「技術ね。技術。いろんな意見があるけど、93年に僕は、オランダの技術プログラム(クーバー・コーチング)を日本に紹介したんだ。そして、その技術を広げたかったから、テレビ番組の『おはスタ』(テレビ東京系列)で、技術を教えるコーナーを月曜日から金曜日まで13年間毎日やって、『コロコロコミック』でも毎月2ページの連載をしてたんだ。それから、47都道府県でサッカー教室をやって、サッカースクールも設立して、キャンプ、イベント、テレビ、雑誌、DVD……ほとんどみんな、どこかでウチの取り組みに接していると思う」

 自身が長年積み重ねてきた、地道な活動の影響が大きいとトムさんは考える。現日本代表の香川真司も、少年時代にトムさんの指導を受けたという。
 

すべては技術があるからこそ。育成世代に必要なこと

「子供一人にボール一つ」を基本に、トムさんは指導している。そして、マニピュレイション=操作、という言葉を何度も口にし、技術へのこだわりを話してくれた。

「一人の子供がボールをコントロールする技術を、僕らはマニピュレイションと呼んでいるんだけど、その技術は3歳くらいから習得し始める必要がある。もし、その技術が身に付いていなければ、優秀なコーチが来ても彼らは何も教えられないし、選手も学ぶことができない。戦術やシステムを教えても、技術がなければ実践することはできないんだ」

 また、「ボールを蹴る」のではなく「ボールは自分のもの」という意識づけが、必要だという。

「一度蹴ってしまうと、体が大きな子供や足が速い子供に取られてしまうでしょ? それだったら、サッカーはつまらないよね。諦めるか、やりたくなくなっちゃう」

 まずは、子供たちがボールは渡さない、という意識を持つ。そして、ボールを操作する技術を身に付け、楽しみ、続けることが重要なのだ。

「12歳までの子供に必要なのは、技術トレーニングが一番で、それを何度も何度も繰り返すこと。そして、一対一に強くなるということを教えるのはとても重要だね。一対一が強くなれば、自信が得られる。なぜ自信を持てるかというと、それだけの技術を持っているから。トップの選手になるには、ボール扱いの達人にならないと」

 初めは日本語で穏やかに話してくれていたトムさんだったが、いつの間にかほとんど英語になり、その語り口調は熱を帯びてきた。ボールを自由自在に操る技術を身に付けた子供が増えれば、選手間の実力差は縮まり、全体のレベルが上がる。その押し上げがあるからこそ、日本のレベルは向上してきた。そして、それは代表チームでも同じことが言える。アジア各国のレベルアップが、同時に日本のレベルも押し上げるのだ。

日本サッカー界への警鐘。正しい理解がさらなる発展へ

トム・バイヤー

 ここで、トムさんが「正直に言うと、僕はストレスを感じていたんだ」と打ち明けてくれた。日本では、グラスルーツに関する深い話が表に出るのはまれだという。

「僕が思うに、その理由はなぜかというと、一番はグラスルーツがサッカーにおいて、最も理解されにくい部分での活動であること。視線が注がれるのは代表やJリーグばかりで、草の根の活動にはあまり触れないね」

 トムさんの言葉どおり、メディアが主に取り上げるのは日の当たる場所だ。しかし、考えてみれば、いきなりトップレベルの選手が生まれるわけではない。スタート地点があり、そこから何年も努力を積み重ねたその先にこそある未来だ。だとすれば、メディアはグラスルーツの重要性を発信すべきであり、我々はそれについて理解を深める必要がある。日本人が自国のサッカーを、草の根レベルから知るべきだ。

 さらにトムさんは、今後の日本サッカーについての懸念も教えてくれた。

「僕は日本について、とても心配していることがあるんだ。日本のサッカー界全体がグラスルーツの重要性を本当に理解しないまま、独り善がりで進んできている部分があるんじゃないかって思う。なぜ、ここまで日本のレベルが上がったのか、どんなバックアップがあって押し上げられたのかが理解されていない。こういう草の根の活動は、たいてい結果が10年、15年、20年で出てくる。時間がかかる。でも、同じ時間でやったことすべてを無にすることもできるんだ」

 本来、深く結びついているはずのトップレベルとグラスルーツが、遠く切り離されているとトムさんは強く感じている。草の根活動が置き去りになれば、日本のサッカーは再びゼロからのスタートになり得る。サッカーに関わるすべての人々が、その危険性を認識し互いの関係性を確立すれば、Jリーグや代表のさらなる発展につながるだろう。

子供たちの成長を手助けできたことを誇りに。未来への、新たな挑戦は続く

 最近トムさんの元には、ツイッターやフェイスブックなどを通じてかつての教え子をはじめ、多くのメッセージが届くという。サッカークリニックを開いてほしい、子供の頃にトムさんのサッカー教室に参加した、などといった声だ。中には、なでしこジャパンの大儀見優季のように、現在トップで活躍している選手からのものもあるという。

「そういうことが僕のとてもうれしいこと。でも、重要なのは僕が教えた子供たちが、必ずしもプロサッカー選手になることじゃないんだ。大切なのは、子供たちの成長を少しでも手助けできたこと。そして、彼らの年代に必要な技術を日本各地に広められたこと。だからプロにならなくても、子供たちに与えた影響は結構大きいと思う。それもすごく誇りを持ってる」

 自分は、小さなきっかけを作ったに過ぎないという。しかし、そこから子供たちが自分自身で学び、成長したことがトムさんにとって大きな喜びとなっている。
 
 現在、中国サッカー協会のテクニカル・アドバイザーも務め、アジアを中心に精力的に活動するトムさん。

「これからチャレンジしたいのは、他の国でも日本でやってきたようなことができるかどうか。そして、僕はそれができると信じてる。それも、もっと短い期間でね。なぜなら、僕はグラスルーツ・フットボールのビジネスをよく理解しているからね」

 今後もトムさんには多くのアイデアがある。サッカースクールの増設、ファンとのコミュニケーションイベント、技術ライセンスの発行なども考えているそうだ。また、トムさんの指導するテクニックを学べるアプリケーションも、すでに発表している。
 
 グラスルーツの世界に約24年身を置き、その重要性を誰よりも熟知している。そんなトムさんの挑戦は続く。10年後、15年後、トムさんが根づかせた草の根が、日本で、そして世界で、新たな可能性をきっと私たちに見せてくれるに違いない。

>>>トム・バイヤー公式サイトはこちらから<<<

インタビュー・文=神田りさ(サッカーキング・アカデミー
写真=犬飼尚子(サッカージャーナリスト養成講座

●サッカーキング・アカデミー「編集・ライター科」の受講生がインタビューと原稿執筆を、「カメラマン科」の受講生が撮影を担当しました。
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