2014.01.15

本田圭佑のメンタルはなぜブレないのか? 本田一族の根底に流れるサムライの気骨

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卒業文集に書いた夢を実現させた本田圭佑[写真]=Getty Images

 ファンの間ではよく知られた話ではあるが、本田圭佑はアスリート家系の出身だ。現在本田の代理人を務める実兄の弘幸氏は帝京高校出身の元プロサッカー選手で、かつてアルゼンチンでもプレーした経験がある。

 一方、父方の祖父、本田満氏の弟である大三郎氏(78歳)はオリンピアンだ。家庭の経済的理由から日本体育大学を中退したにも関わらず、トレーニングに励み、ハンドボールの国際大会にも出場したが、1964年の東京オリンピックでハンドボールが正式種目から外れると、カヌーに転向して出場を果たした強者である。また、その息子である多聞氏は、レスリングのフリースタイルで3大会連続五輪出場、全日本選手権は8度制した名レスラーとして知られる。

 圭佑と弘幸氏の兄弟は、両親の離婚に伴い、中学卒業まで大阪府摂津市にある祖父・満氏の家で育てられた。オリンピアンを輩出した家系の中で、本田圭佑はどう育てられたのか。現在神奈川でカヌースクールを経営する大三郎氏を訪ねた。
 
■アスリート家系の中で育まれた夢と気質
「あなたは圭佑のメンタルが本当に強いと思う?」
 取材がスタートするなり、大三郎氏はいたずらっぽく笑いながらそう言った。突然の逆質問に一瞬答えに窮していると、こう続けた。

「(ワールドカップの出場権獲得を決めた)オーストラリア戦で、圭佑がPKを入れたでしょ。そうしたら僕のところにもあちこちから電話が来てね、あなたのように聞いてくるんだよ。『あのメンタルの強さはどこから来ているのか教えてほしい』と。僕はその度に、あいつは本当に強いのかなと疑問に思った。子供の頃から、負けず嫌いなところがあるのは間違いないんだけど、強いというより、強がっているという感じだね。実はものすごく臆病なんだよ。臆病だから、トレーニングも人一倍やらないと、怖いし不安になる。それは僕も多聞もそうだった。これは本田家の血統と言ってもいいかもしれない」
 
 本田はメンタルが強いのではなく、弱い。そのパブリックイメージからは想像もつかないことだが、言われてみれば、あの痛々しいまでの努力の裏に「臆病だからこそ」という理由があったとしても納得できないことはない。では、血統というのはどういうことか。
 
「多聞と圭佑は22歳離れている。だから子供の頃に会ったことはないんだけど、おばあちゃんやおじいちゃんによく話を聞かされるわけだよね。五輪に出ているなんていうのは、子供からすれば雲の上の出来事みたいな感覚でしょう。だから、多聞に対する憧れというのはあったと思うし、これぐらい練習すれば、こういう結果を出せる、というようなことは、常日頃から聞かされていたんだ。それは大きいと思うね」

 家系の中に、オリンピアンが2人もいたという環境は、本田がプロサッカー選手になるという夢を抱くにあたって強い後押しになったことは想像に難くない。身近な成功例の存在が、本田少年の夢を加速させた。
 
「圭佑にサッカーの動機付けをしたのは、父親の司なんだけど、もう一つ大きかったのは、一緒に生活した2人の存在だね。兄の弘幸ともう一人、ヨウちゃんという子がいる。ヨウちゃんは司の姉の子で、圭佑と同い年なんだけど、3人で兄(満氏)の家で育てられたんだ。学校が終わると、いつも3人でサッカーをしていた。サッカーが上手くて、スター的な気質を持っていた弘幸とはタイプが違って、ヨウちゃんは気が優しくて、精神的にも圭佑の支えになっていたようなところがある。圭佑のほうがサッカーが上手いんだけど、ヨウちゃんはいつも練習相手になっていた。あの当時に培われたものは大きいと思うね。圭佑はヨウちゃんに感謝しなければならないよ。この間、僕の母の仏壇を作り替えた時に、本田家の人間が集まって会食をしたんだ。その時、弘幸と圭佑とヨウちゃんの3人が久しぶりに一緒になったんだけど、関係性は変わってなかったね。圭佑はグラウンドの中で表現する時と、家族の中で話をしたりする時とでは全然違うんだよね。外ではふてぶてしく見えるけれど、そんなに大胆なものは持っていない。気の小さい、人に気遣いする男だよ」

 もう一つ、本田少年の芯を形作った要因として、離婚により母親と離れて暮らしたというのも大きいのではないか。大三郎氏は続ける。
 
「それはあるだろうね。だけど圭佑は誰にも言わない。家族にも言わない。でも、ないのがおかしいよね。やっぱり実の母親だからね。子供の頃、家の人に内緒で、兄弟でお小遣いを貯めて、岡山で暮らしていた母親に会いに行ったりしたこともあったみたいだ。これは僕の勝手な想像だけど、今まで頑張ってきているのも、有名になって母親に知ってもらいたい、見てもらいたい、というような想いがあるんじゃないかな」
 
■言ったことに責任を取る 本田が抱く武士の心
 インターネット上で大きな話題になった画像がある。本田が書いた小学校の「卒業文集」の作文で、そこには、日本代表選手になること、W杯で有名になること、そのために人一倍練習すること、そしてセリエAに移籍すること、といった夢が明確に、順を追って書かれている。そのとおり、夢を確実に実現していっている様が、多くの人の驚嘆を誘ったが、大三郎氏はうれしそうに笑いながら言う。

「ウチの家の裏にね、なんでもないドブ川がある。そこには小さな橋が架かっているんだけど、多聞が高校進学に際して親元を離れる際、いつものようにその橋を渡った。その時、『次にこの橋を渡るのはレスリングで日本一になってから。結果が出るまでは渡らない』と言ったんだ。圭佑もそれに似たようなところがあってね、大阪から石川の星稜高校に進学した時、兄貴(満氏)と司が送っていった。兄貴に圭佑の表情はどうだった? と聞いたら、寂しそうと言えば寂しそうだけど、『よう分からん』と言っていたけどね、あの時、ものにならなければ大阪には帰れないと、そういう想いを持っていたんじゃないかな。だから文集にああいうことを書いて、それを実現していっているというのも、一回書いた夢をね、実現できなかったら恥ずかしいと。書いたこと、言ったことには責任を取らなければならない。そうじゃなきゃカッコが悪いと。そういう気質があるんだよね。だから大きなことを公衆の面前で言うのも、強がって、カッコつけてるんだよ。でも言った代わりに、隠れてでも練習しなければならない。それによって、人よりも多く練習することになるんだ」
 
 武士は食わねど高楊枝、という言葉がある。名誉を重んじる武士は、貧しくて食事が取れない時でも満腹を装って爪楊枝を使うことを比喩したことわざだが、大三郎氏が語る本田の少年期と、現在の本田の言動を重ね合わせると、そうした古き良き日本男児の精神が透けて見えてくる気がする。
 
「僕も兄貴もね、熊本の生まれなんだ。肥後のサムライたちは、刀を抜けなかった時代、ツカに大層な装飾をつけて競い合っていた。そうやって見栄を張って、自分を強く見せる。だけど見栄を張った手前、言ったこと、やっていることには責任を取らなければならない。圭佑は大阪で育ったとはいえ、熊本人に育てられたんだから、そういう気質があるのは間違いない。本田の男はみんなそうだよ。臆病者の集まりで、大胆な人間や、天才的な素材を持っている人間はいない。臆病だから強がって、下手くそだから練習する。それをあきらめないで続ける。今の圭佑があるのは、とにかくグラウンドにいた時間が長く、誰よりも練習したからだと思うね」
 
「W杯で優勝する」と、究極の大言を口にしている本田は、日本中の期待を自ら進んで浴び、時にそれを背負い込み過ぎているのではないかと思えるほどの悲壮感を漂わせながら、ピッチに立っている。家系から授かった武士の気骨。楊枝を咥えながら、あえて茨の道を進みゆく姪孫にかける言葉は何か。
 
「圭佑は、追い込まないといけない。追い込まないと新しいものが生まれない男だ。だからうんと背負えばいいと思う。大胆な発言も、もっとやればいい。日本中が敵に回るくらいの発言をすればいい。ケガをして苦しむのも無駄ではない。どんどん苦しめ。人は流した涙の数だけ強くなる。忠義に生きた尼子氏の長、山中鹿介(戦国時代の武将)も『願わくば我に七難八苦をあたえたまえ』と月に祈った。追い込んで、耐えて、練習して、それを乗り越えていく。それが本田の男よ」(了)

文=田中亮平(編集部)
2013年9月取材 サムライサッカーキング vol.013掲載

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