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一森純、光った“予測”とチームを動かした“工夫”…「逃げずにトライ」する横浜FMの新守護神

2023.04.22

今季途中と加入と同時に正守護神の座を射止めた一森 [写真]=兼子愼一郎

 2023年4月15日の明治安田生命J1リーグ第8節、一森純横浜F・マリノスのGKとしてアウェイでの湘南ベルマーレ戦のピッチに立っていた。

 一森にとって、ここまでの今季序盤戦が例年にないほど慌ただしくなっていることは想像に難くない。横浜FMは新シーズン始動後の2月4日、昨季の明治安田生命J1リーグ全34試合に出場し、Jリーグベストイレブンも受賞して優勝に貢献した“絶対的守護神”の高丘陽平が、MLS(メジャーリーグ・サッカー)のバンクーバー・ホワイトキャップス移籍のためにチームを離脱した。クラブは自分たちのスタイルに適した後釜の確保に急ぎ、第1節の川崎フロンターレ戦を終えた後の2月21日に一森の期限付き移籍加入を発表。3月2日に登録が発表されると、翌日の3日には第3節のサンフレッチェ広島戦でゴールマウスを守っていた。


 JリーグYBCルヴァンカップも含めると、湘南戦は一森にとって横浜FMの公式戦でゴールマウスを守る8試合目。この試合の以前から、一森は“予測”に優れたGKだと感じていたが、湘南戦では特に一森の長所に目が奪われた。例えば開始11分に自陣でボールを奪われたところから湘南の決定機となったシーンでは、タリクにボールが渡った直前に1歩ほど間合いを詰めている。59分には敵陣に押し込んだ状態でのボールロストで湘南がカウンターのチャンスを迎えたものの、当たり前のように背後のスペースをケア。64分にも湘南の最終ラインでボールを持った杉岡大暉が背後のスペースへロングフィードを狙ったが、カバーリングした一森がダイレクトで味方へとパスを付け、チーム全体を前のめりに留めさせた。

 徐々に横浜FMのスタイルに馴染んできたことを印象付けている中、一森は周囲の選手との“信頼関係”が適応へのカギだと感じている。シーズン途中での加入となり、キャンプで周囲の選手との連携を深めていけなかったため、擦り合わせの場は日々のトレーニングや公式戦だ。「シン(畠中槙之輔)とかツノ(角田涼太朗)とか最終ラインの選手も、僕がいきなり入ってきて『どれだけ前に出られるか』を瞬時に理解するのは難しい」と話した一森は、自身の立ち位置の1つがチーム全体に影響を与えることを理解している。「彼ら自身もすごく勇気を持ってラインを上げている。ただ、そこで2〜3メートル下がってしまうと、僕も予測しづらいですし、相手もやりやすいですし、シンたちも後ろに引っ張られながら前に行かなきゃいけなくなる」と語った後、「僕が勇気を出して行くことで、あいつらが前に集中できるように。DFラインが上げてくれると僕も行きやすいですし、僕が出るから向こうも(ラインを)上げられる。そこは今後もお互いに詰めていかなければならない部分だと思います」と今後を見据えた。

 横浜FMがボールを握っている時にも一森は輝いていた。前半立ち上がりから湘南の前線4枚によるプレッシングに苦しめられる中、一森を中心に横浜FMの最終ラインは相手を引き付ける“工夫”を怠らなかった。確かにその出来は未だ完成形ではないのかもしれない。一方で、最終ラインから中央を経由した前進でチャンスを作ったことは事実だ。例えば17分、ゴールキックから自陣深い位置で細かくボールを繋いだ後、畠中からのリターンパスを受けた一森が相手の門を通すボールを供給したことで攻撃がスタート。渡辺皓太アンデルソン・ロペスを経由して右ワイドに張っていた水沼宏太にボールが渡ると、クロスボールが直接ゴール方向へと向かいクロスバーに直撃した。

 一森は「(相手を)引き付けて前に広大なスペースを与えるということをやっていかないと、ビッグチャンスは作れないと思っています。逃げずにトライして行きたいです」と言い切る。このような考えがチーム全体に浸透しているからこそ、前半やや劣勢と見られてもおかしくない展開を強いられても慌てる様子を見せなかったのだろう。そして、最後尾から“引き付ける”ための試行錯誤を繰り返していた存在こそが一森だ。だが、本人の評価は決して高くない。「前半から相手が前から来るというのはわかっていた中で、マリノスとしてはボールを保持していくことを目指していました。何回かそこで剥がせてゴール前まで行けたシーンは良かったですが、逆に何回か奪われてしまうシーンもありました」と振り返った上で「もっともっと良くしていきたい」とさらなる向上を誓っている。

 一方で、一森は「一本で相手を裏返すことも大事で、できるならできるに越したことはない」とも認めている。実際、湘南戦のピッチ上では一森が一本のパスで局面を打開するシーンも見られた。40分、湘南のコーナーキックによる攻撃を凌ぎ切った後、一森は前線のスペースへ走っていたエウベルを見逃さず、パントキック一本でボールを届ける。エウベルのシュートは湘南のGKソン・ボムグンのファインセーブに阻まれたものの、一森の言う通り「一本で相手を裏返す」プレーだった。

 この試合、結果は1-1のドローで終了。65分に相手のミスからアンデルソン・ロペスが先制弾を叩き込んだものの、81分に途中出場の鈴木章斗に同点ゴールを許し、横浜FMはJ1連勝を逃す形となっていた。一森は“守備の人”として「あの失点シーンでは、ボールホルダーにもっとしっかり寄せないと良いボールが来てしまう。どれだけ良いオーガナイズができていても、点と点で合わせられてしまうとなかなか難しい状況になってしまいます」と悔しさを滲ませたが、個人としては決して悪いパフォーマンスだったとは思えなかった。「後ろの選手としてあの失点シーンをどう防げたか、そしてもっともっと良い形でチャンスを作ってあげられるか。そのような部分を意識してやっていきたいです」。一森自身の長所がチームの長所へと昇華した時、今季の横浜FMは更なる高みに辿り着けるのかもしれない。

 横浜FMは次節、現在J1で首位を走るヴィッセル神戸とのアウェイ戦に臨む。昨季のJ1王者にとって今季の行く末を占う“大一番”と呼べる一戦だろう。日々成長を続ける一森は、その“予測”と“工夫”で最後尾からチームを動かす存在となるはずだ。

取材・文=榊原拓海

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