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中村憲剛の美しき“引き際”…引退後も川崎と日本サッカー界を支える存在に

多摩川クラシコで決勝点を挙げた翌日、中村憲剛は引退を発表した [写真]=金田慎平

「私、中村憲剛は今シーズン限りで川崎フロンターレを引退します」

 10月31日の40歳の誕生日に自らバースデー決勝弾を叩き出し、FC東京との多摩川クラシコ勝利の原動力となり、チーム連勝記録を12に伸ばすという大仕事をした翌日の電撃発表。これには日本中に激震が走った。

 本人は35歳を過ぎた時点から40歳で現役生活に区切りをつけることを決めていたという。「残り5年」と明確なリミットを設定して走り続ける中、2016年にJリーグMVPを受賞。2017年に悲願のJ1初優勝を達成し、2018年にリーグ連覇、2019年YBCルヴァンカップ優勝と数々の栄冠を手にした。その直後の昨年11月2日のサンフレッチェ広島戦で左ひざ前十字じん帯損傷という重傷を負った。

「40歳で区切りをつける」と考えているのなら、普通はここでキャリアを終える決断をしてもおかしくないはず。しかし、憲剛は「復活した姿を見せてから引退する」という意志を貫いた。コロナ禍での辛いリハビリを乗り越えて、8月29日の清水エスパルス戦で復帰。その試合で華麗なループを決めるという華々しい復活劇。さらには今回のバースデー弾。「等々力に神様いるなと思った」と感慨深くコメントした翌日に引退発表と、あまりにもシナリオが出来すぎている。この引き際の美学こそが中村憲剛の生き様なのだろう。

 とはいえ、周囲の人間たちの喪失感はやはり大きい。同じ80年生まれで2010年南アフリカワールドカップで共闘した玉田圭司は「突然のことでビックリしたけど、こればかりは周りが決めることではないからね。すごく寂しい。同世代の選手が活躍すると自分のことのように嬉しいし、刺激をもらえるからホント残念だね」と複雑な心境を露わにしていた。

 イビチャ・オシム監督時代の2006年に憲剛とともに日本代表入りした田中隼磨も「40歳でやめるって決めていたんですね……。彼は一緒にプレーする選手の性格とか言動をよく見ていました。そういう洞察力がすごかった。自分が松本山雅に移籍した時も『お前らしい選択だな』と言ってくれました。去年久しぶりに対戦した時には『まだまだ若い奴には負けないで頑張ろう』という話をしたのに……。近い年の人が引退していく姿を見ると、もっと自分は戦わないといけないんだと強く思えてきます」と自らを奮い立たせた。

 2006~2010年にかけて憲剛と共闘した鄭大世(新潟)に至っては「僕のキャリアは憲剛さんの怒鳴り声からスタートした」と語気を強める。「どんなに怒られたか分からないけど、彼のタテパスから多くのゴールを奪った。その鋭いパスが普通には出せないことを、何度か移籍を繰り返すことで痛感した。今も憲剛さんの幻影に悩まされているといってもいいくらいです」と想像を絶するほど大きな影響を受けたと明かした。

 小林悠にしても大久保嘉人にしてもそうだろうが、パスを受けたすべてのFWが憲剛の鋭く正確な判断力や針の穴を通すようなパスの正確性には舌を巻いたはず。2010年南アフリカワールドカップの切符を獲得した2009年6月のウズベキスタン戦(タシケント)での岡崎慎司もそうだろう。あの決勝弾も憲剛の必殺スルーパスがなければ生まれていなかった。Jリーグでの輝かしい栄光がクローズアップされがちだが、日本代表での68試合6ゴールという数字と要所要所での活躍はもっともっと評価されていいはずだ。

 とりわけ印象深いのが、南アでの彼の存在価値である。最終予選ではレギュラー格だった憲剛だが、本大会では4-3-3への布陣変更や阿部勇樹の台頭などもあって控えに回った。それでも、彼は若い世代を伸び伸びとプレーさせるために細かいところまで気を使った。

 特に大きかったのが、カメルーン戦前に本田圭佑に「ゴールしたらベンチに走って来いよ」と声をかけたこと。当時24歳の本田には周りのことを見渡す精神的余裕はなかったが、憲剛の一言を思い出してゴールパフォーマンスもせずベンチへ一目散に走り、控えに回るベテランたちと喜びを分かち合った。あの歓喜の輪を機にチームに強固な結束が生まれ、日本は16強まで勝ち上がれた。憲剛自身はパラグアイ戦の後半途中からピッチに立つにとどまったが、彼の献身がなかったら、南アの成功もなかった。そこは改めて強調しておきたい点だ。

「出れない悔しさはもちろんありましたけど、日本が予選リーグで敗退した方がよっぽど悔しい。せめて選手がまとまって戦って3戦全敗だったらまだしも、まとまらなかったら悔いが残るじゃないですか。俺はそういうのは絶対に嫌だった。悔いを残したくなかったんです」

 南アから戻った2010年8月。川崎・麻生グランドで彼は語気を強めた。本当は自分自身の力を世界の大舞台で思う存分試してみたかっただろうが、そういうエゴを出さずにフォア・ザ・チームに徹するのが人格者である彼の素晴らしさだ。2014年ブラジルワールドカップ落選を余儀なくされた時も同様で、「もう区切りはつけたから」とキッパリ言い切った。つねに全力で1つ1つの物事に向き合い、後悔しないサッカー人生を送ってきた。だからこそ、ベストな状態に近い今、潔くピッチを離れられるのだろう。

 傍目から見れば本当に残念でしかないが、彼自身の思いを尊重しつつ、今は偉大なMFの一挙手一投足をしっかりと脳裏に焼き付けることが、我々に託された役割だ。残り2カ月間は1秒たりともムダにせず、中村憲剛の老獪なパフォーマンスに集中したい。そして彼には今季を走り切った後、川崎と日本サッカーを力強く支える存在になってほしい。

文=元川悦子

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