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「“ロストフの奇跡”を起こせるように…」 W杯出場を目指す橋本拳人の挑戦

2020.07.20

「心の底から大好きなFC東京を離れ、ロシアのFCロストフへ移籍することになりました。小学生の時から17年間過ごして、FC東京を優勝させてから海外に行くという約束を破ってしまい、申し訳ありません」

 18日に味の素スタジアムで行われた浦和レッズ戦。FC東京が16年ぶりに因縁の相手を本拠地で撃破した直後、背番号18をつけてキャプテンマークを巻いた橋本拳人は、4705人のサポーターに惜別の挨拶をした。偉大な番号を譲ってくれた石川直宏クラブコミュニケーター(CC)から涙ながらに花束を受け取り、ゆっくりと場内を一周。見慣れたスタンドの光景を今一度、目に焼き付けた。


橋本拳人

[写真]=清原茂樹

「いつもサポーターの顔を見ながら一周してましたけど、もうこうやって歩けないんだなと……。(コロナ感染リスクがあって)声を出せないので声援は聞こえなかったけど、すごく応援してくれているのを感じたので、頑張ろうと思いました。昔から海外へ行ってみたいという気持ちはありましたけど、代表に入って海外組に刺激を受け、自分も厳しい環境に身を置かなないといけないと感じました。FC東京にいれば、家族や指導者も近くにいて、幸せを感じられるけど、もっとタフな選手になるためには困難が必要だと思います。それを乗り越えて強くなります」。一夜明けた19日、橋本は報道陣を前に新たな決意を口にした。

 FCロストフは間もなく最終節を迎える今シーズンのロシア・プレミアリーグで5位につけるクラブ。2002年日韓ワールドカップの日本戦に出ていた元ロシア代表のヴァレリー・カルピンが指揮を執り、かつてCSKAモスクワで本田圭佑と同僚だったパヴェル・ママエフらが主軸を担っている。橋本は「コミュニケーションが大事」と繰り返し強調していたが、アイスランドやスウェーデン、フィンランドなど北欧出身者も数人いるため、英語の意思疎通ができればピッチ上では当面、何とかなりそうだ。

 ただ、「少し試合を見ましたけど、体が大きい選手が沢山いる。ロシアはフィジカル的に厳しいし、激しいリーグ」と話すように、新天地では屈強な男たちと互角に渡り合いながら、自身の地位を勝ち得ていく必要がある。とりわけ、ボランチというポジションは「サイズの大きさ」が重視されがちだ。ドイツ・ハノーファーでの挑戦に臨み、短期間でJリーグに復帰した山口蛍もそのあたりの難しさを吐露したことがある。

 実際、欧州でボランチとしてある程度の評価を得たのは、長谷部誠、細貝萌、遠藤航など数えるほどしかいない。橋本にとっての日本代表のライバル・遠藤航も、ベルギーのシントトロイデンという適応しやすいクラブからスタートして、ブンデスリーガ2部へとステップアップ。ようやく1部への挑戦権をつかんだばかりだ。日本代表で絶対的ボランチに君臨する柴崎岳でさえ、リーガ・エスパニョーラ(ラ・リーガ)2部で降格危機に瀕するなど苦しんでいる。ドイツやスペイン以上にフィジカル色の強いロシアで絶対的な存在を勝ち取るのは、本当に大変なことなのだ。

「自分は、今やっているプレーを評価してもらってオファーをいただいた。プレースタイルはだんだん確立されてきたし、生きる道も分かってきたつもりです。でも、海外に行ったら役割も変わる。まず何より監督が求めるプレーをすることが大事だと思います。そのうえで、フィジカルの強い相手に対して、日本人のよさである頭を使って機敏に動くこと、読みの鋭さで勝負したいと考えてます」

 こう語気を強める橋本は、ロアッソ熊本、FC東京で積んだプロ8年半の経験値を駆使して幅広い仕事をこなしつつ、日本人の優位性を前面に押し出すつもりだ。

橋本拳人

[写真]=清原茂樹

 当面は単身赴任で現地入りするということで、孤独との戦いもつきまとう。日本人選手の多いオランダやベルギー、ドイツ組はしばしば仲間と会って励まし合っているが、ロストフでは難しい。その分、メンタル的にも強くならなければならず、本当に乗り越えるべきハードルは多い。

 そういう環境でもコンスタントに試合に出続けてチームをリーグ上位へ導けば、チャンピオンズリーグ(CL)やヨーロッパリーグ(EL)参戦の道も開けてくる。同じロシアで戦った本田はCLでセビージャ相手にゴールを奪って知名度を上げ、南野拓実も昨年10月のCLでのゴールがリヴァプール入りの大きなきっかけになった。欧州の舞台に立てば、予想もつかない未来が待っている可能性がある。橋本はそのチャンスを貪欲につかみに行くべきだ。

「オファーが来た時、ロストフが2018年ロシアワールドカップのベルギー戦の場所だったんだと改めて感じました。日本人としてすごく悔しい思いをした場所で借りを返すことができるのを嬉しく思います。“ロストフの奇跡”を起こせるように頑張ります」

 こう宣言した橋本が見据えるのは、もちろん2022年カタールワールドカップ出場だ。これまで年代別世界大会に出たことは一度もないが、日本サッカー協会の反町康治新技術委員長も、彼のことを田中碧とともに「期待のボランチ」に挙げていた。大舞台行きの可能性は決して少なくない。それを今一度、自覚してほしい。

 FC東京から海外に羽ばたいた長友佑都、武藤嘉紀、久保建英と橋本の4人が、2年後の11月21日に開幕するカタール大会に揃って参戦するとなれば、送り出した側の青赤サポーターも感無量だろう。そういう人々のためにも、橋本は異国で全力を注いでサッカーと向き合うはずだ。8月開幕予定の新シーズンが今から待ち遠しい。

文=元川悦子


By 元川悦子

94年からサッカーを取材し続けるアグレッシブなサッカーライター。W杯は94年アメリカ大会から毎大会取材しており、普段はJリーグ、日本代表などを精力的に取材。

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