2016.11.22

【清水昇格記念】選手とサポーターをつなぐ絆…“勝ちロコ”に秘められた思い

©J.LEAGUE PHOTOS
サッカーキング編集部

 11月20日、静岡から遠く離れた徳島の地に4000人を超える清水エスパルスサポーターが駆けつけた。1年でのJ1復帰というクラブの歴史の一幕を見届けるためだ。

 クラブ史上初のJ2を戦った今シーズン、ホームにもアウェイにも大勢のエスパルスサポーターが足を運び続けたことは、選手たちに勇気を与え、勝利への後押しとなった。昇格が決まった試合後、キャプテンの大前元紀は改めて口にした。

「エスパルスは本当にJ1にいなければいけないチーム」

“サッカー王国・静岡”にあるクラブとしての誇り。それだけではない。良い時も困難な時も選手を、クラブを支え続けたサポーターの思いに応えるために、J1へ――。その目標は果たされた。

 エスパルスの選手とサポーターをつなぐ絆の証、そしてクラブの象徴である“勝ちロコ”。2016年10月24日発売の『Jリーグサッカーキング2016年12月号』に掲載した“勝ちロコ”にまつわるスペシャルストーリーを特別に掲載する。

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 歓喜の余韻が冷めやらぬIAIスタジアム日本平。急かすわけではない。しかし、わずかな時間が待ち遠しい――。

  そんな空気が漂い始めた頃、一度ロッカールームに引き上げた選手たちが再びピッチに姿を現す。間もなく太鼓の音に合わせて、スタンド、ピッチに立つ皆が隣の人と肩を組み、左へ右へと揺れ動いてサンバのリズムに歌声を乗せる。

 選手とサポーターが喜びを分かち合うお馴染みの“勝ちロコ”。清水エスパルスの代名詞的な存在とも言える“勝利の宴”に秘められた物語を追った。

* * *

 IAIスタジアム日本平に詰め掛けた人々にとっては、日常的な光景だった。清水エスパルスが後半アディショナルタイムの決勝点で劇的な逆転勝利を収めた2016明治安田生命J2リーグ第32節。水戸ホーリーホックを破った試合後、いつもと同じように《勝利の宴》が始まる。

 時を同じくして水戸のロッカールームでは一人の選手が惜敗した試合に悔しさを残す中、懐かしいメロディーとリズムにかつての記憶を蘇らせていた。

 そしてホームゴール裏のスタンドにはその選手の胸中を思いやる一人のエスパルスサポーターがいた。彼の名は渡辺悦朗。2013シーズンまでゴール裏スタンドでコールリーダーとして応援を統率していた人物だ。

 《勝ちロコ》という愛称で親しまれている勝利の儀式。今でこそ選手とサポーターがともに喜びを分かち合う時間を過ごせるようになったが、実は最初から今の形が成立していたわけではない。数々の紆余曲折を経て現在に至った《勝ちロコ》。そこに込められた人々の思いに迫る。

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(写真左)05年から10年まで在籍していた兵働[写真]=鈴木敏郎/(写真右)渡辺悦朗は「勝ちロコ」のスタートに尽力した

■4.12を変えたかったサポーターの思い

 2008シーズン、エスパルスの応援に「LOCO LOCO」という新曲が加わった。もともとはブラジルの名門・サンパウロFCが応援歌として使用している曲だ。当初は他の曲と同様に、試合中の応援歌の一つとして使われた。しかし、応援歌としては珍しく、曲中に「清水」や「エスパルス」といったフレーズが一度も出てこない。当初はスタジアムでもなかなか定着せず、歌詞の変更案も出た。だが、コールリーダーの渡辺は原曲のまま歌うことにこだわった。

「この歌の『ロコ』は、『めちゃめちゃ好きだ』という意味で、『メウ・カンピオン』は『私のチャンピオン』、『インデペンデンテ』は『独立した』を示している。日本サッカー界において静岡や清水は特別な場所だと考えて、そのまま使うことにしたんです。最初は全然受け入れられなかったけど、毎試合のように言葉の意味を説明した。絶対に成功させたかったから」

 この「成功」という言葉に、彼の思いが込められている。同じ頃、湘南ベルマーレやFC東京など、勝利戦後に決まった喜びのパフォーマンスを行っていたクラブがいくつかあった。その影響を受け、エスパルスサポーターの間でも「試合後に勝利の喜びを分かち合う何かをしたい」という声が挙がっていた。そこで「LOCO LOCO」に合わせたラインダンスがスタートする。最初に実施したのは、2008年のJ1第2節、アウェイでのジェフユナイテッド千葉戦で、事情を知っていたごく一部のサポーターのみで行われた。これが現在に続く「勝ちロコ」の第一歩となった。

 その後も勝利後のお決まりとして続け、徐々に浸透度が高まっていくうちに、サポーターたちは選手と一緒にやりたいと考えるようになった。そしてサポーターを代表して渡辺がクラブに掛け合ったが、すぐに今のような形になったわけではなかった。

 当時のクラブとサポーターは、決していい関係性にあるとは言えない状況だった。2008年4月12日のJ1第6節で名古屋グランパスに敗れて16位に後退すると、試合後に一部のサポーターがバスの出入り口を封鎖。選手や監督、スタッフは約3時間もの間、軟禁状態となった。

「バスへの囲みもそうだし、負けたら罵声を浴びせたりしていた。当時の雰囲気はひどかった。もちろんブーイングが必要な時もあるけど、それには目的や限度がある。俺はバスを囲んだわけではないけど、(そういう人たちを)止められなかったことが悔しい。そういう状況だったから、選手との『勝ちロコ』を実現するのは難しいかなと思った」

 それでも渡辺は諦めなかった。

「難しい時期だったよ。でも、チームとサポーターの関係を変えたかった」

 彼はまずクラブとの信頼関係を取り戻すべく練習場に足繁く通い、クラブスタッフや選手に「一緒に戦おう」という気持ちを伝え続けた。

 その結果、2008シーズンはオフィシャルチアリーダーの「オレンジウェーブ」とクラブマスコットの「パルちゃん」、「こパルちゃん」が参加。そして決勝進出を果たしていたJリーグヤマザキナビスコカップでタイトルを獲得した暁には、クラブの協力を得て選手も参加することになっていた。しかし、チームは大分トリニータに0-2で惜敗。国立競技場で選手を巻き込んだ「勝ちロコ」が実現することはなかった。

 2009シーズンは前年の経緯もあってサポーター内で選手との「勝ちロコ」を望む声が大きくなっていく中、渡辺はクラブへのアプローチを強めていく。チームではこのシーズンから兵働昭弘(現水戸ホーリーホック)が、新キャプテンに就任。これが「勝ちロコ」にまつわる風向きを大きく変えることになる。

 渡辺はかねてから相談していたクラブ運営担当の森谷理(現広報担当)に、またも選手との「勝ちロコ」実施を相談する。森谷は選手とサポーターの間にクラブが無理やりに介入することを避け、あくまで「勝ちロコ」への参加を選手たちの判断に委ね、サポーター側へ選手と直接のコミュニケーションを促した。

 渡辺は三保グラウンドで選手数名に声を掛けた上、3月29日のナビスコ杯第2節京都サンガF.C.戦で半ば強引に「勝ちロコ」を敢行した。それまで選手がロッカールームに戻ってからスタートさせていたものを、試合後の場内あいさつでゴール裏スタンド前に到着した時に突然始めたのだ。しかし、選手たちはやや戸惑いの表情を見せただけで、一緒に踊ることはなかった。

「選手たちも乗ってくれると思って突発的にやったんだけど、やり方がちゃんと伝わっていなかったのかなと。これはもうキャプテンの力を借りるしかないと思った」

 後日、渡辺は再び三保を訪れ、キャプテンの兵働に協力を要請する。

「京都戦で見たと思うけど、ああいう喜び方をいつもやっているから、良かったら選手も一緒にやろうよ」

 兵働はその話を聞き、すぐに賛同した。

「コールリーダーの強い気持ちは伝わってきたし、選手とサポーターが一緒に喜べたら盛り上がるなと思ったから。ただ、自分一人の意見では決められないので、『選手に提案してみます』と答えました」

 渡辺からの相談を受けた兵働がチームメートに経緯を伝えると、反対する者はいなかったという。

 そして渡辺はクラブとの約束ごとを決めた。「選手に参加強制はしない。アウェイは挑発になるからやらない。選手に迷惑や負担が掛からないようにする」と。

 クラブは試合当日の運営面で補助をする以外、一切介入することはなかった。そこに森谷の考えがある。

「クラブが間に入ってしまうと、選手とサポーターの意思ではなく、クラブが指示した《イベント》になってしまう」

 この考え方は今も変わっていない。選手が勝ちロコをやらないことを希望した場合──例えば、災害に遭ったばかりの地域をホームタウンとするチームとの対戦時など──には、いつも「勝ちロコ」が終わってからスタジアム内に流しているクラブ公式応援歌『王者の旗』をタイミングを早めて響かせることで、サポーターに合図を送る。クラブ側のスタンスは、当初の意義=サポーターと選手が自発的に一緒に喜び合うこと=を目的に、あくまで運営協力のみにとどめているわけだ。

 兵働に声を掛け、クラブとの話し合いを経て迎えた初の公式戦は、2009年4月12日のJ1第5節川崎フロンターレ戦。渡辺にはどうしてもこの日に選手との「勝ちロコ」を成功させたい理由があった。

「2008年4月12日が、選手バスを囲んだ日だった。すごく悔しかったし、悲しかった。だから《4・12》の記憶を塗り替えたかった」

 彼の思いは報われ、試合は岡崎慎司(現レスター・シティ)のゴールで1-0で勝利。しかし、試合中に思わぬアクシデントが発生した。兵働が負傷交代してしまったのだ。しかし、彼から話を聞いていた副キャプテンの児玉新(現ガンバ大阪コーチ)と岡崎がリードし、一度ロッカールームに引き上げた選手が再びピッチに姿を現した。参加メンバーは計9人。90分間の激闘を戦い終えた体で、不慣れながらも両足で左右に跳んだ。スタンドも選手たちも、みんなが笑顔に包まれていた。そして無事に復帰を果たした兵働は後日、自身初の「勝ちロコ」を経験した感想をこう振り返っている。

「ピッチから2階席をグッと見渡すと、みんなが肩を組んで喜んでいた。最高の景色でしたよ。本当に(勝ちロコを)やって良かったと思いました」

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ゴール裏スタンド2階席を見上げる瞬間は「最高の景色」だという [写真]=兼子愼一郎

■「勝ちロコ」はクラブの革命。やがてエスパルスの象徴に

 2009年の川崎戦以降、選手が参加する「勝ちロコ」はホームでの勝利後にほぼ行われているが、実はその裏側でキャプテン兵働が参加者を増やすべく声を掛け続けていた。試合直後のロッカールームでは、こんなやり取りがあったと明かす。

「試合に勝ったままのテンションで、みんなに『よし、行こう!』と声を掛けて。中には『今日は足が痛いんだよな~』と冗談で言ってくる選手もいましたけど、『いいから行くぞ』と引っ張っていったりもしました。みんな恥ずかしがって遠慮するような雰囲気を出してましたけど、内心はウェルカムなんですよ(笑)。フローデ(ヨンセン)、(マルコス)パウロというノリがいい選手もいましたし、僕とか(太田)宏介(現フィテッセ)、カズキ(原一樹/現ギラヴァンツ北九州)なんかは、ちょっとふざけながらパフォーマンスを加えたりして。途中からは選手たちが積極的に楽しんでいたのが印象的ですね」

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兵働や藤本淳吾、太田宏介らが率先して盛り上げた [写真]=足立雅史

 今日まで数々の歓喜を分かち合ってきた中で特に印象深いものが、2009年J1第23節の“静岡ダービー”での「勝ちロコ」だ。宿敵のジュビロ磐田に5-1と圧勝を収めた試合後、それまで「勝ちロコ」に参加したことがなかった枝村匠馬や伊東輝悦(現ブラウブリッツ秋田)が列に加わると、サポーターからの「ケンタ」コールに応じる形で長谷川健太監督(現ガンバ大阪監督)もピッチへ飛び出し、ベンチ入りメンバーと監督の全員が初めてそろった。あの喜びを記憶しているサポーターは多いだろう。

 2010シーズン限りで兵働がチームを離れた後も、「勝ちロコ」は変わらずに受け継がれていく。2009シーズンのスタート当時、そして現在もチームに在籍する大前元紀は、サポーターの思いを汲む。

「お金と時間を使って僕たちのために来てくれているサポーターにいい試合を見せることはもちろんだけど、みんなを喜ばせるのが僕たちプロの仕事。中には『勝ちロコ』をやりたくてスタジアムに来ている人もいると思う。勝利の喜びを共有できるのはすごくいいことだし、みんなの笑顔があれだけ見られると、僕たちも改めて『勝って良かった』と思えますから」

Shimizu S-Pulse v Vegalta Sendai - J.League 2013

13年J1第13節仙台戦では海外移籍中の大前も顔を出した [写真]=Getty Images

 一時期、鹿島アントラーズでプレーしていた本田拓也は、エスパルスへの復帰後初となる「勝ちロコ」を振り返って、「やっぱり気持ち良かったし、エスパルスの伝統になっていると感じた」と話す。

 近年では、熱狂的なサポーターが集うゴール裏スタンド2階だけでなく、ゴール裏の1階やメイン、バックスタンドに位置するファン・サポーターも一緒に踊る光景が見られるようになった。初めての観戦者が多いという席への浸透は、選手たちと一緒に喜ぶ楽しさを感じてもらえている証。「勝ちロコ」が新しいファン・サポーターの増加に一役買う存在となってきた。

「勝ちロコ」の始まりは、エスパルスにとって革命的だった。選手とサポーターの距離は明らかに縮まり、スタジアムの名物にもなった。観戦時の魅力としてファン層拡大にも貢献していると言っていい。

 功労者の兵働は「僕は何もしてないですよ。サポーターの提案に乗っかっただけですから」と謙虚に話すが、彼の人格なくして「勝ちロコ」の定着が実現することはなかっただろう。

 エスパルスを離れてから6年目。対戦相手として初めて足を踏み入れた日本平で敗れた悔しさを胸に秘めながら、兵働はロッカールームで聞いた「勝ちロコ」に郷愁を覚えていた。かつて在籍した古巣を大切に思う気持ちは今も変わらない。

「ロッカーの中で『勝ちロコ』が聞こえてきて、『今、みんなで喜んでるんだな』と思いましたよ。選手として試合に負けた悔しさはあったけど、継続してくれていることがうれしかったし、これからも続いていけばいいなと思います」

 渡辺は水戸戦での「勝ちロコ」が特別なものだと感じていた。

「兵働はこのチームに大事なものを残してくれた。『勝ちロコ』のおかげで、たくさんの人が幸せになれたと思う。もちろんクラブスタッフ、オレンジウェーブ、歴代の監督や選手の理解と協力があってエスパルスは変わることができた。それは本当に感謝しています」

■いつの日かサンパウロ戦で……。思いは未来へ受け継がれていく

 2014年のJ1最終節、エスパルスはヴァンフォーレ甲府とスコアレスで引き分けてJ1残留を決めた。白星ではなかったが、苦しい戦いを経て残留を死守できたことに報いる形で「残留ロコ」は行われた。

 しかし、翌2015シーズンはホームゲーム20試合中3試合でしか「勝ちロコ」をすることができず、リーグ戦は年間17位でシーズンが終了。2016シーズンはクラブ創設25年目にして初のJ2に主戦場を移すことになってしまった。

 J2で「勝ちロコ」をすることに意味はあるのか──。現在、エスパルスの応援を統率するメンバーの一人である石橋祐大は疑問を抱いていた。

「昨年はJ1で全然『勝ちロコ』ができなかった。そして今年、J2に落ちてしまったことで『勝ちロコ』ができるようになった。それってどうなんだろうと考えて、最初は仲間内に『個人的にはやりたくない』と伝えたんです。でも、全体では『やりたい』という意見が多かったので、続けることにしたんです」

 石橋はJ2降格の責任が「サポーターにもある」と考えていた。

「僕は応援の力を信じているし、(J2降格は)僕らにも責任があると思いたい。そうじゃないと、応援している意味がなくなってしまうから。もちろん全試合、すべてのプレーに影響しているとは言わないし、ほとんどは選手や監督の力。でも、1パーセントくらいは僕らが勝敗に関われる部分はあるんじゃないかと思う。一年にたった1、2試合でも、僕らの後押しによって最後の最後に点が入ったり、最後までゴールを守り切れた試合があれば、僕たちの存在意義がある。そういう雰囲気をもっと作ることができていたら、結果は変わっていたと思うんです」

 J2降格はサポーターにも責任がある。もしそう考えたサポーターが今シーズン、本当に「勝ちロコ」の実施を自粛したとしたら──。

 近年の低迷で自信を失ってしまったチームもサポーターも、本当に勝利に飢えていた。開幕を控えた段階で本拠地アイスタでは昨年の5月30日以来、一年近く白星を手にしておらず、相手チームを圧倒するような“ホームの利”を作り出すこともできていなかった。

 その中で「勝ちロコ」は継続された。この判断が正しかったのかどうかは分からない。だが、ともに勝利を分かち合うことで選手とサポーターが心を通わせ、アイスタに再びホームらしい雰囲気が戻ってきたのは間違いないだろう。

 今シーズンのエスパルスは、第35節までに4試合も後半アディショナルタイムに劇的な勝ち越し弾を奪っている。これに選手とサポーターの距離感が関係していることは否定できない。石橋は「今シーズンは『勝ちロコ』を続けたことで手繰り寄せられた勝利があったはず。みんながニコニコして『勝ちロコ』をやっているのを見ると、続けることも正しい判断だったのかなと思う」と開幕前の話し合いに思いを馳せる。

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今季、J2第10節金沢戦で335日ぶりのホーム戦勝利を飾った [写真]=平柳麻衣

 もちろんより高いレベルの試合で「勝ちロコ」をすることが一番の願いだ。石橋は壮大な夢を語る。

「強い相手に勝って『勝ちロコ』をやりたいのが本心だし、やっぱり《優勝ロコ》が一番。いつかはFIFAクラブワールドカップに出て、サンパウロのサポーターの前でやりたいですよね。ブラジルの人たちにエスパルスの文化を見せたいです」

 クラブの文化となった「勝ちロコ」は、次世代にも確実に受け継がれている。アカデミー出身の北川航也は、トップチームの「勝ちロコ」にあこがれて育った一人だ。

「ジュニアユースの時からトップチームが『勝ちロコ』をやっているのを見ていて、すごく楽しそうだった。トップに上がって初めてやった『勝ちロコ』は、ユースの時よりもサポーターが多くて、喜びが倍みたいになったし、サポーターに勝利を届けられて良かったと思えた瞬間でした」

 クラブ愛溢れるストライカーは、熱い思いを秘めて、こう続けた。

「やはり『勝ちロコ=エスパルス』だと思うので、一試合でも多くやりたい。自分のゴールで勝った時の『勝ちロコ』は、さらに喜びが増しますよね」

「勝ちロコ」がクラブの象徴、そしてアカデミー選手の憧れであり続けることが、未来のエスパルスを強くする。

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J2第42節徳島戦に勝利し、“昇格ロコ”で喜びを表す [写真]=平柳麻衣

 エスパルスが好きで好きでたまらないという思いで溢れたスタンドが、勝利の喜びで揺れる。そしてともに激闘を制した選手がピッチで列をなし、誇らしげにスタンドを見上げる。

 サッカー王国静岡・清水にある、俺たちのチャンピオン。その夢を一丸となって実現させるための象徴として──。「勝ちロコ」は何度も繰り返され、歴史は紡がれていく。エスパルスの勝利とともに。

文=平柳麻衣

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