2015.11.08

上り詰めた初のJ1で見えた現実…松本山雅、J2降格の挫折を未来の一歩に

松本山雅FC
今季J1初参戦の松本山雅FC。わずか1年でのJ2降格が決まった [写真]=Getty Images
1978年生まれ、東京都出身。長野県内の新聞社で15年まで勤務し、現在はフリーライターとして松本山雅FCを中心に信州スポーツを幅広く取材。クラブ公式有料サイト「松本山雅FCプレミアム」編集長も務める。

 シンデレラストーリーは終焉を迎えた。松本山雅FCは7日に行われた明治安田生命J1リーグ・セカンドステージ第16節でヴィッセル神戸に1-2と逆転負けを喫し、わずか1年でJ2へと逆戻りすることになった。

 2009年に北信越リーグからJFLへ昇格した後、順調にカテゴリを上げた松本はクラブ創設50周年となる今季にJ1初参戦。サポーター動員数も予算も2008年から雪だるま式に増え続け、今季のホーム平均入場者数は前年比32パーセント増で過去最多となる1万6823人に上っていた。こうした中で迎えた今回の降格は、成功体験に包まれ続けたクラブと街が近年で初めて味わう「挫折」だと言えるだろう。

 そもそも2014年まで3年間のJ2時代も決して戦力に恵まれたチームではなかった。苦しい台所事情の中でJ2を勝ち抜くことができたのは、天井知らずの運動量をベースにした堅守速攻と、相手を徹底的にスカウティングした上で組み立てられたセットプレーが効力を発揮していたからだ。もちろんディフェンスに多少の穴が生じたところで相手の決定力不足に助けられた側面も否めなかった。

 だが、国内最高峰のリーグではスキを見逃してもらえず、ストロングポイントも前面に押し出せなかった。チームの総走行距離ではセカンドステージ第15節のサガン鳥栖戦を除く32試合で、スプリント回数では同第5節川崎フロンターレ戦を除いて同じく32試合でそれぞれ対戦相手を上回ったものの、どれだけ汗を流しても、ユニフォームを汚しても、なかなか勝ち点を積み重ねることができなかった。前線の選手も含めて勤勉にディフェンスに奔走し続けたが、一瞬のスキを突かれての失点に歯止めが掛からなかったのが痛かった。特に顕著なのは時間帯別の失点傾向だ。75分以降に許したゴール数19はリーグワースト。残留の可能性が消滅した神戸戦も85分以降に2点を失っての逆転負けだった。疲弊した終盤に見せてしまう“ほんの少し”のスキは、残酷なまでに大きな差となって表れた。

「J1はごまかしが利かない。何回も言ってはいるが、どうしてもスキが生まれてしまう」

 練習後の囲み取材で、あるいは試合後の記者会見で、反町康治監督が苦渋の表情でこう話すのを何度聞いただろうか。

 チームが長足の進歩を遂げてきた反面、J1の舞台ではクラブ全体として発展途上であることもあぶり出された。例えば今季開幕に際して反町監督が数人の選手と直接面会してオファーを出したが、その全員に断られたという。確かに松本にはアルウィンという専用球技場があり、熱狂的かつ温和なサポーターに支えられてはいる。今年4月からは優先的に使用できる松本市かりがねサッカー場(天然芝1面、人工芝1面、フットサルコート1面)が供用を開始し、8月には隣接した土地にクラブハウスが完成した。だがそれでもなお、クラブ間の競争力では後手を踏んでいるのだ。中には「田舎だから」という、クラブ単独ではどうしようもない理由もあったと伝え聞く。ならば自前で育てるのが最善策ではあるが、育成組織の強化も端緒に就いたばかり。トップチーム昇格の実績はこれまで1人もなく、U-18は高円宮杯リーグの所属カテゴリを毎年上げても、まだ長野県2部。2種登録で鍛えていこうという水準にある選手も輩出できていないのが実情だ。

 こうした事情を背景に、今季は主に野心的なJ2の主力級が集まる編成となった。だが、今季の新戦力で開幕当初から継続的に試合に絡んでいる日本人選手は前田直輝と酒井隆介の2人だけ。ブラジル人は4人が出入りしたが、及第点を与えられるのはオビナのみ。それも4本のPKを含む6ゴールでは助っ人として物足りないと言われても仕方がないだろう。シーズン途中にはサンフレッチェ広島から工藤浩平、セレッソ大阪から安藤淳、そしてウィガン(イングランド)から元韓国代表MFキム・ボギョンを獲得。3人のテクニシャンを加えたことで攻撃面のバリエーションは増えたものの、工藤とキム・ボギョンがケガがちでフル稼働できず。徐々に手詰まりの感が強まり、気が付けばJ2降格の崖っぷちに立たされていた。

 それでも救いはある。黒星先行の苦しいシーズンだったにも関わらず、チーム内の不和や雑音は極めて少なく、サポーターの熱気も冷めなかったことだ。指揮官は身の丈に合ったスタイルを一貫し、会見では常に敗戦の責任を一身に背負った。選手たちはそれに応えようと、強度の高い練習にも愚痴をこぼさず取り組んだ。勝ち点は拾えずとも、ピッチ内での気迫はおそらく観客席に届いたのだろう。無残な敗戦の後にも浴びせられる罵詈雑言は少なく、拍手とコールがスタジアムを包んだ。プロである以上は結果が肝心ではあるが、その前提に疑義を差し挟みたくなるほどポジティブな空間がそこにはあった。ともに苦汁をなめ続けたことで、サポーターとチームの信頼関係はより強まったのかもしれない。

「背番号12の力が試されると思う」

「山雅が好きだから、勝っても負けても応援し続ける」

 実際にシーズン中の取材で、緑色のユニフォームをまとったサポーターから聞かれるのは、こうした声がほとんどだった。

 選手にも当然、その熱は伝わっている。松本市出身の田中隼磨はシーズン中盤、インタビューに対して「いくら連敗をしている中でもブーイングひとつせず、前向きな声援をくれる。そんなサポーターは世界中どこを探してもいないと思う」と語ってくれたことがある。だからこそ自らの人生を賭して戻ってきた松本の地で、小さな街の未来を背負いながら、持てる力は出し切ったはずだ。だが現実は無情だった。「日本のトップ15入り」という目標は叶わず、J2へ逆戻りすることになった。選手たちの「サポーターに対する感謝の思いが、必ず結果に結び付くと信じている」という言葉を残して。

 特異とも言える右肩上がりの成長曲線にはひとまず区切りがついた。とはいえ、わずか10年前には満足に照明もない学校の校庭などで練習をしていたことを考えれば、驚異的な進歩であることは間違いない。そして今季、嫌と言うほど味わうことになった苦い経験をどう糧にするのかが肝要だ。反町監督は言う。

「J1に来てみなければ分からないこともあり、学ぶことが多い1年だった。我々のクラブはまだアカデミーからトップチームに選手を輩出していないし、サッカー界を見渡しても長野県、松本市出身者として脚光を浴びている選手も多くない。これは全体的なレベルが高くないわけで、そういう部分から見直していかないと強豪相手には手が届かないと思う。今後は現場サイドからのエネルギーをもうちょっと上げていかないと、恒久的にクラブは持たない。まだまだ整備しなければいけない部分がたくさんあり、そこを無視してその場しのぎでやっていくとクラブは繁栄しない。サッカーの神様が『もう一度顔を洗って出直してこいよ』と言っている気するので、顔を洗いたいと思う。それは私にしても、クラブにしても」

 この降格も歴史の中の1ページであり、前へ進んでいくための一歩にしなければならない。株式会社松本山雅の神田文之社長は降格が決まった神戸戦後、来季も反町監督に続投してもらいたい意向を表明した。指揮官の去就はまだ不明だが、再びJ2で仕切り直す来季こそ、クラブとして「厚み」を蓄える時ではないだろうか。これからも続いていくであろう物語の行く末を、今まで以上に幸せなものとするために。

文=大枝令

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