2015.10.02

楢崎正剛、39歳――前人未到の600試合出場を控えた偉大なる守護神の心境に迫る

楢崎正剛
楢崎は3日の柏戦出場でJ1通算600試合出場を記録する [写真]=Getty Images
Jクラブや日本代表を中心に取材活動中

 J1リーグ戦600試合出場――。楢崎正剛にとっても、この数字は少々自分でも重たく感じるという。

「もう、気がつけばトップランナーになってしまっている。J1通算500試合出場を達成した時は、まだ僕より多い先輩選手が2人(伊東輝悦=現AC長野パルセイロ、山田暢久=元浦和レッズ)いたわけで。でも、今は一番先頭を走っている。これは荷が重い(笑)。先輩の後ろを頑張ってついていくほうが、ナンボか楽やから」

 そう本音を語るも、見せる表情はいつもどおりリラックスした雰囲気に満ちている。自然体で、泰然とした姿勢。約20年のプロ選手生活を送ってきた守護神は、いつだって変わらぬスタンスを貫くことができている。

 10月3日。明治安田生命J1リーグ2ndステージ第13節の柏レイソル対名古屋グランパスの一戦で、楢崎はJ1通算600試合出場を記録する予定だ。この前人未到の大台達成を前に、連日取材攻勢に追われる日々を過ごす。

「あまり忙しいのは好きやないけど、こうしてたまに注目してもらえるのも、プロ選手としてはありがたいことやね」

 世間が耳目を傾けるのは、もっぱら日本代表選手や欧州組に偏ってしまっているのが現状だ。そんな陽のあたる場所である代表を自らの意志で去ってから、もう5年の月日が流れていた。

 言わずと知れた日本を代表するGKだ。1995年に高卒ルーキーで横浜フリューゲルスに加入し、1年目からリーグ戦に出場。日本代表にも選出されると、そこから一学年上の川口能活(現FC岐阜)と日本代表で正守護神の座を争い続けた。

 1998シーズンに横浜Fの消滅という悲劇を経験した後も、移籍先の名古屋で活躍の度合いを日に日に増していく。2002年ワールドカップ日韓大会では母国開催の花舞台で日本代表の正GKとして堂々プレー。クラブでは2010年に念願のリーグ優勝を達成し、GKとして初めてJリーグ年間最優秀選手に輝くなど、これまで常に第一線で輝きを放ちながらプロ人生の道を歩んできた。

 そんなきらびやかなキャリアを送ってきた男の本性は、非常に地味である。ピッチを離れると、過度に自分自身を華やかに見せようとはしない。乗っている車もシックな装い。服装も派手さ知らずで、落ち着いたトーンばかりがワードローブに並ぶ。

「若い時はもうちょっと違ったけどね。でも、今の自分がもちろん本当の自分を映し出している」

 地味と表現したが、それは「渋い」という言葉に言い換えると合点がいくのかもしれない。明るい関西弁は若い頃から変わらないが、にじみ出るその渋みはGKという職人気質なポジションで戦い続けてきた人間そのものを、映し出しているようだ。

 なぜ、楢崎はここまで第一線で戦い続けられているのか。なぜ600試合という誰も踏み越えたことのない領域に辿り着くことができるのだろうか。

「それは……分からへん」

 予想どおり、ぶっきらぼうな関西弁が返ってきた。これは彼が込み入った話をする時の口癖であり、常套句である。プロの選手とて、偉大な名プレーヤーとて、日頃から一瞬一瞬で深く考察したり悩んだりしているわけではない。彼らもユニフォームという戦闘服を脱げば、ただの人間。楢崎が常に自然体でいる理由も、そういう力みの抜けた自分を大切にするからである。決して口数が多いタイプではないからこそ、本質をひけらかすことも語り広げることもしない。ただ、彼はしっかりと答えを持っている男。その思いを明かしてくれた。

「大きなけがもなかったし、丈夫な体に生んでもらえた。それは感謝しかない。ただ、GKというサッカーにおいて一人しかピッチに立てないポジションの選手は、一匹狼であり、一際こだわりが強い人間が多いと思う。もちろんこだわりは大事で、それが自分のプロとしての意地や自信を形作るもの。一本筋を通したものを持っていることは、GKにとっては大切やと思う。でも、その一方で俺はいろいろな監督や指導者と出会ってサッカーをやってきた中で、割と彼らのやり方を受け入れてプレーしてきたほうやと思う。もちろん、自分の考えの下で『こうしたらどうだろう』、『ああしたらどうだろう』といった意見をすることもあった。でも、サッカーは監督、指導者が決めるもの。俺はたくさんの経験をしてきて、いつも『また自分の引き出しが増えるな』と思ってきた。そりゃあ、(フィリップ・)トルシエに対して『ふざけんな』と思ったこともあったよ(笑)。それでも、あれも『ものすごくええ体験やった』と素直に思える。フラット3を敷いた最終ラインには批判的な声もあったけど、そのDF陣とどう連携していくかを考えながらプレーできたことで、間違いなくGKとしての幅が広がった。幅の広さ、引き出しの多さ。これは今の自分を支える大切なモノやと思っている。あとは、今でも自分が成長しているという実感を持てているかということ。この年齢でそう言うのは意地を張っているように聞こえるかもしれへんけど、そんなことはない。体力は別やけど、技術や器量という意味で、過去の自分よりも今の自分のほうが絶対に良いGK。それは胸を張って言えるから」

 酸いも甘いも経験をしてきた男の、自分に対するうそも濁りもない言葉たち。そこには説得力が満ちていた。もう、何も添える言葉などないだろう。

 季節は秋だが、陽が射す名古屋の午後はまだまだ暑い。手にするアイスコーヒーも、すでに2杯目。ゆったり美味しそうに飲む楢崎は、いつものように落ち着いている。

 最後に聞いた。

「まだ、辞めないですよね?」

「同じ20年を過ごすのは無理やから、確実に終わりは近づいてきている。いつかは誰にも辞める時は来る。ただ、おかげさまで体も心もまだその実感は全くない。だから、(引退は)まだまだやね。そんなことより、プレッシャーに思うことが一つある。これだけ取材をしてもらって、柏戦までの練習でけがをして試合に出られませんでしたとなったら、どないしようかって。みんな、ズッコけるやろうね(笑)」

 2015年10月3日。チームの結果にかかわらず、Jリーグ前人未到の大記録が日立台のピッチで達成される。

 楢崎正剛、39歳。ただでさえ照れ屋で強面な男は、必要以上に相好を崩すことはないに違いない。代わりにそこには、20年前よりもシワの増えた表情がある。それはまさに積み重ねてきた経験という年輪の深さそのもの。そして渋さ際立つ、偉大な守護神の20年間の勲章である。

文=西川結城

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