「僕はサッカー技術オタクだから。ほとんどの人にとってどうでもいいようなことについて、細かくこだわりたくなるんです」
筑波大学体育系教授の浅井武さんは、満面の笑みを浮かべて自分自身をそのように表現した。浅井さんは、力学的な側面からスポーツ運動を解明する『スポーツバイオメカニクス』の分野で20年以上活躍している。その中でもキックの動作やボールの軌道を中心に研究しており、「キックの専門家」としてテレビや新聞にもたびたび登場しているので、研究結果を目にしたことがある方もいるはずだ。
キック研究の第一人者として活躍する浅井さんは、研究する上で何を大切にしているのだろうか。
ターニングポイントは大学受験
浅井さんは愛知県名古屋市出身で、サッカーと出会ったのは小学校高学年の頃だったという。当時は野球が人気だったが、友達やサッカー部の先生から「やってみない?」と誘われたことがきっかけでサッカーを始め、大学まで選手として続けることとなった。
一方で、浅井さんが現在の研究に興味を持ったのは、高校時代のことだった。
「理科が好きで、その中でも特に物理が好きだった。運動のメカニズムに興味を持っていました」
大学受験では、第一志望で筑波大学の体育系の学部を、第二志望では教員になることを視野に入れ、他大学の教育学部の物理学科を受験した。結果、筑波大学に合格し、自分の好きな分野について学べることとなった。もし他の大学に進学し、教員としての人生を歩むことになっていれば、ブレ球のメカニズムは今なお解明されていなかったかもしれない。
計測機器の精度が上がり、新たな発見が
「キックが研究のベースにあって、最近はボールの軌道も研究対象になってきました。そうすると、飛んだボールの周囲の空気の流れとか、エアロダイナミクス(空気力学)に関心が出てくる。分からないことが多いから、基礎的なところからデータを取ったり、研究したりしています。でも、これは世界中のほとんどの人にとってどうでもいい話で、世界で2、3人しか関心を持たないデータだと思います」
現在の研究スタイルについて笑みを浮かべながらこう語った浅井さんは、研究の現状について次のように続ける。
「ボールの軌道は、まだ解明しきれていません。周りの空気の流れがあるから再現性が難しくて。飛行機がどう揺れるか、旗がどうはためくか、というのは証明しにくいじゃないですか。それと同じようなものです。それでも、計測機器の精度や映像の解像度が上がって、今まで見られなかったものが少しずつ見えてくるようになりました」
浅井さんによると、研究を始めた20年前と比較して、質の高いデータが取れるようになり、わずかな差をクローズアップできるようになったという。そして、この進歩によって、今後も新しいデータが収集できるのではないかと期待を寄せている。
解明されるまで、まだまだ多くの時間を要するというにもかかわらず、楽しそうに話す様子がとても印象的だ。
また、サッカー用具の進歩も、浅井さんの新たな研究テーマにつながっている。浅井さんは、スポーツ用品メーカーとの共同研究によって新しいボールやスパイクなどの開発にも携わることがあり、メーカー側が開発した商品の機能の測定などを行っている。例えば、本田圭佑選手のスパイクの開発に携わった時は、メーカーの担当者と共に本田選手のキックを高性能カメラで記録し、どういったボールを蹴りたいか、などについてヒアリングを行い、それを基に必要な機能を検討していったという。当時の本田選手の様子について、浅井さんはこう語っている。
「『ブレ球のFKは、ゴールまでの距離が遠いと効果的だけど、ヨーロッパの選手は大柄なので壁が高くなり、距離が近い時に同じように蹴るとクロスバーの上に行ってしまう。だから、壁を越えて落とすようなボールを蹴りたい』という話をしていました。そういった要望を聞いて、選手のリクエストに応えられるスパイクを開発していくことになります」
このように、選手の意見を聞き、動作を実際に見て、選手が望むプレーをするための機能を持つスパイクを生み出すべく、メーカーと一緒に試行錯誤していくのだ。
この時、開発したスパイクは、ボールの回転数を多くさせることで、ボールの両側に圧力差を生み、それによる下方向への力を利用して落とすという「マグナス効果」を活用できるものであった。ボールを落とす原理について、浅井さんは次のように分析している。
「ボールの後ろにある空気の流れの渦が変化した時に、その反力で曲がることがあるんですよ。ボールが飛ぶ時、多くの場合は二つの渦が対になって回転して、飛行機の翼端渦と同じように揚力が生まれます。それができると、別にボールがグルグル回らなくてもヒューッと曲がってくれる。だから、あまり回転させなくても、渦をコントロールできれば、速くて落ちるボールを蹴れるんじゃないかな、と思う。イメージとしては、ハメス・ロドリゲスがブラジル・ワールドカップで見せたハーフボレーですね」
ボールの変化について分析する際、まずはマグナス効果による変化を疑うそうだが、それでは計算が合わない場合があるという。そうしたケースでは、ボールの周囲にある空気の流れの渦が位置を変えることで急激な変化を起こしている可能性が高い。元日本代表の三浦淳宏(現・淳寛)さんのFKも、この効果によって変化していたそうだ。
キック上達のコツは、「本物を見て体験すること」
浅井さんはキックの研究に20年以上の歳月を費やしてきた。これまでの研究を通して分かったキック上達のコツがあるという。
「まずは本物のいいキックをデモンストレーションで見て、その後、自分でしっかり体験すること。うまく当たった時、つまり、足のいいところに当たった時やいいスイングをした時は、グッドな感覚があるんですよね。そういう運動感覚を自分でつかみながら反復練習すること。あとはやっぱり、プロのプレーを生で見るのがいいですね。中村俊輔選手のFKをテレビで見るのと、目の前で蹴ってもらうのとでは全然違う。華奢な中村選手だけど、目の前で見るとキックの音がドンっていってギュっと曲がるから『これは入るだろうな』っていう感じがします。だから、試合会場に行って本物を見るのがいいと思います」
これまで多くのプロ選手のキックを分析してきた浅井さんの言葉は、とても重みがあり、説得力のあるものだった。子供たちを対象としたブレ球教室を行うこともあるそうで、キック上達を目指す子供たちへも、同様に「本物を見て体験すること」の重要性を伝えているのだろう。
「サッカーボールは、まだまだこれから進化していく」
サッカーボールは、これまで五角形12枚と六角形20枚、合計32枚のパネルを組み合わせたボールが主流であった。しかしながら、14枚のパネルで作られた2006年ドイツW杯の公式球『+チームガイスト』が発表されて以降、2010年南アフリカW杯では8枚のパネルで作られた『ジャブラニ』、2014年ブラジルW杯では6枚のパネルで作られた『ブラズーカ』と、少ないパネル数のボールが開発され、試合で使われている。こうした状況の中で、浅井さんはボールのデザインについても今後、研究したいという。
「どういうボールを作りたいのか、というところから始まった開発も面白いと思います。ただ、どういうボールが良いボールか、というのも難しい問題です。飛べばいいのか、選手にとって扱いやすいのが良いのかなど、いろいろな考え方がありますからね。個人的には、スピードが出て飛ぶボールが良いと思います。新しいボールが出てくるたびに新しいデザインが出てくるし、まだ改良の余地は山ほどあります。サッカーボールはまだまだこれから進化していくでしょう」
スパイクやボールに最先端の機能が採用されるにつれて、選手のプレーの質が向上する。そして、そのたびに新しいプレーが生まれ、サッカーファンを魅了していく。浅井さんは、今後も自身の好むオタク的な研究に励みつつ、サッカーファンを魅了するプレーについて、科学的に分析を続けていく。
インタビュー・文=大久保俊哉(サッカーキング・アカデミー)
写真=大澤智子
●サッカーキング・アカデミー「編集・ライター科」の受講生がインタビューと原稿執筆を担当しました。
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