2012.11.01

欧州王者チェルシーFCが築いた歴史…発足から1980年代

チェルシー 文=クリス・ヘザラル Text by Chris HATHERALL 翻訳=田島 大 Translation by Dai TAJIMA 写真=Getty Images

 今でこそチェルシーFCは世界的なサッカークラブの一つとして知られているが、今の彼らがあるのは“噛み付く犬”、そして地元のライバルクラブ「フルアム」のおかげだったことはあまり知られていない。

 現欧州王者の興味深い歴史は1905年、ある一人のビジネスマン、ヘンリー・オーガスタス・ミアーズが、古い陸上競技場をサッカースタジアムに改築する案を練ったところから始まる。当時、ロンドンには既にいくつもサッカークラブが存在した。フルアム(1879年発足)、QPR(1882年発足)、トッテナム(1882発足)、アーセナル(1886年発足)など、先輩クラブは多々あった。

 チェルシーの設立について、語り草になっていることがある。ミアーズのペットの犬が、チェルシー誕生のきっかけとなったというのだ。当初、ミアーズは現在スタンフォード・ブリッジがある土地を他の開発業者に売却しようと考えていた。しかし、サッカー狂の友人フレデリック・パーカーにサッカーのために土地を使うように頼まれたという。ミアーズは友人の言葉に耳を貸すつもりはなかったが、その時、ミアーズが連れていた犬がパーカーに噛み付いたのだ。しかし、パーカーは血を流しながらも怒ることなく、ただ笑顔を見せた。友人の態度に感銘を受けたミアーズは、この事件をきっかけに土地の利用法を再検討することにしたのだという。

 とはいえ、その出来事が起きてすぐにチェルシーが設立されたわけではない。ミアーズは改築をした際に、そのスタジアムをフルアムの本拠地として使用してもらおうと考えていた。しかし、フルアムは現在も使用しているクレイヴン・コテージからの移転を拒否。そこでようやくミアーズは、サッカークラブを作る決断に至った。1905年3月10日、スタジアムの目の前にあるパブ「The Butcher’s Hook」(肉屋のフック)での話し合いによって正式にクラブが誕生。“ブルーズ”の長い冒険は、そこから始まった。

 産声を上げたチェルシーは、フットボールリーグ2部への加盟が認められた。最初の公式戦は1905年9月2日に行われた敵地でのストックポート(現在5部)戦。結果は0-1の敗戦に終わったものの、クラブは発足当初から人気を博し、1年目から6万人を越える観客を集めた。当時ゴールマウスを守っていたウィリアム・フォーク、通称“デブっちょフォーク”は、140キロ以上の巨漢ですぐさま人気者となったという。

 順風満帆に見えたチェルシーも、初タイトルを手にするまでにはクラブ創設から半世紀もの年月を要した。1954-55シーズン、当時8シーズン連続でチーム内得点王に輝いていたロイ・ベントリーの活躍もあり、チェルシーはテド・ドレイク監督の下でついに悲願のリーグ初制覇を果たしたのである。

 当時、チェルシーはイングランドで最も魅力のあるクラブの一つと評された。1965年にはクラブ歴代最多ゴール記録を持つボビー・タンブリングを擁してリーグカップを制し、初めて欧州カップ戦に出場。1967年にはクラブ史上初めてFAカップで決勝に進出した。1970年代に入ると、スタンフォード・ブリッジにはセレブが足を運ぶようになり、デイヴ・セクストン監督の下でさらに栄光を積み重ねた。1970年にFAカップ初優勝を飾ると、翌年にはカップウィナーズ・カップ決勝でレアル・マドリードを下して欧州タイトルを獲得。現在、銅像が建てられているピーター・オズグッドなど、クラブの英雄となった選手たちが当時の主力を担っていた。

 しかし、オズグッドらがチームを離れると、チェルシーはタイトルから遠ざかるだけでなく1部からの降格も経験した。そして1982年、破産の危機に瀕していたクラブをビジネスマンのケン・ベイツがわずか1ポンドで買い取り、新しい時代へと歩み始めることになる。80年代に降格と昇格を繰り返し、クラブがようやく輝きを取り戻すことになるのは90年代に入ってからのことだ。

>>欧州王者チェルシーFCが築いた歴史…国際化の1990年代

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