目覚めるやいなやすぐに身支度をして、足早に朝食ビュッフェへ向かった。今日は昼にイタリアへ飛び、オリンピコで試合を観戦する、いわゆるハシゴ観戦が待ち受けている。2泊したホテルに少し愛着が沸き始めていて、周辺の土地勘もなんとなくついた頃なので後ろ髪がひかれる思いもないとは言えないが、それよりも憧れのイタリアでのサッカー、いやカルチョ観戦が本当に楽しみで、とにかく心が躍った。ただ昨日のCLチケット事件と同じくこちらのチケットもまだ手元にないので、それだけが不安要素なのだが、とりあえず空港に着いたらホテルに直行するのではなく、そのままチケットを受け渡してくれるはずの場所へ行こうということで落ち着き、僕らは2日前に降り立ったミュンヘン空港へ急いだ。
車窓からの田園風景ももう見納めかと思ってはいたが、その想いはアリタリア航空でローマ空港に降りる10分くらい前から消えていた。というのも、窓から見える景色がほとんど変わらないのだ。ヨーロッパってどこもこうなのかと思ったが、そんなことはローマはレオナルド・ダ・ヴィンチ空港に降り立った時にはすっかりどうでもよくなっていた。ついに足を踏み入れたイタリアの土地に上がるテンションと、それとは裏腹に見つからない電車のホーム。インフォメーションにイタリア語が多く、英語表記は探さなければないくらい(だったはず)で、あっちだこっちだと右往左往しながらアップダウンを繰り返してやっとのことで空港直結の駅にたどり着いた。
ここで普通ならホテルのあるローマの中心部、テルミニへ向かうのだが、今回は違う。そう、まず観戦チケットを手に入れなければならないのだ。事前に渡されていた書類によると、そのチケットを手渡してくれる場所がなんとコッパ・イタリアの決勝の舞台、オリンピコスタディオンの脇にあるチケットセンターだと書いてある。空港→オリンピコ→ホテル→オリンピコというルートはあまりに二度手間なのは百も承知だが、何よりも早くチケットをこの手に握りたいという気持ちはその二度手間の煩わしさをカンタンに吹き飛ばしていた。ただ20キロの荷物がかかっている右肩だけは若干その道順に難色を示してはいたが、ここはとりあえず今だけ我慢してもらって僕らは一路オリンピコスタディオンの最寄り駅、フラミニーオを目指した。落書きだらけの電車に乗り、落書きだらけの街並みを20ユーロ払ってまずはテルミニへ、そして地下鉄A線に乗り換えてフラミニーオに行く。イタリアの地下鉄のシステムは面白く、チケットがたったの4種類しかない。その内訳が、1回券(75分有効)、1日券、3日券、1週間券という感じだ。僕らは最初何も分からず、インフォメーションも見た感じ全てイタリア語だったために普通に1回券を買ってしまい、見事に行きだけで75分以上超えてしまってもう一度1日券を買い直すという失態を演じてしまった。そうこうしているうちにフラミニーオに到着し、そこからトラムに乗り換えてマンチーニ広場という名前の終点に行く。そしてここからがとにかく大変で、まず普通に歩いてオリンピコまで15分かかるのだが、そのチケットセンターの場所がどうやらオリンピコの裏にあたる場所で、なんせたださえ大きなオリンピコ(約83,000人収容)なのに辺り一帯が国立公園になっており、結局どうやってもその中を通ることが出来ずに迂回するしかなく、しかも雨まで降ってきてしまいこの旅一番の試練となってしまった。さらには重さ20キロの荷物が文字通り重くのしかかる様は正に苦行で、カタパッドに何度も「もう戻ろうよ」「タクシーを使うか」と連発していた僕だった。やっとの思いで到着したチケットセンターは既に行列が出来ており、ここに来てもまだローマの苦行は続くのかと肩を落としかけた。が、とりあえずダメもとで列の先頭のスタッフ然としたスーツを着た恰幅の良いオジサマに書類を見せると、僕らの姿を足元から頭まで見回したあとパスポートを見せろと要求し、名前と書類とを照らし合わせると「そこで待ってなさい」と言って少し顔を緩ませた。
おおお! と二人で声を上げて10分ほど待つと、奥にあるカウンターっぽい場所で若いお姉さんと雑談していたそのオジサマがちょいちょいと手を動かし、列の後ろの方にいる僕らを先に通してくれた。さすがのIさんのつてのパワーである。周りにいる関係者らしき人たちは誰だこのジャポネーゼはと言わんばかりの眼差しを浴びせてきたが、そこは負けてはいけないと思い、少しだけ姿勢をよくしながら堂々とチケットセンターに入っていった。ここでもパスポートを見せ、書類を確認したあと20個くらい並べてた封筒から一つを取り出し、僕らに手渡してくれた。実はここでもう気持ちは爆発寸前だったのだが、さすがにオフィシャルな雰囲気の場所だったし、何より怖そうなサポーターたちに絡まれても大変なことになるので、とりあえずその場所はあとにし、数十メートル離れた場所で二人でガッツポーズをしたのだった。CL決勝のチケットに比べたら待ち受ける関門は少なかったものの、肉体的な負担が大きかったためか、CL決勝の時にチケットの重みを痛いほど思い知ったからか、この時の嬉しさもまた格別だった。ただチケットをよく見ると「Tok”y”ta Shintaro」と書いてあって、パスポートチェックが2回もあったのによくOKが出たなと後になって不安になったりもした。
チケットを手に入れたのだからあとはホテルに戻って荷物を置き、再びオリンピコに戻って観戦するだけだ。そう思って歩き出したのだが、雨が止む気配は一向にない。チケットを手にするまではいろんなことに踏ん張って頑張ってきた僕ら(特にカタパッド)だったが、顔を見合わせた僕らの口から出た言葉は「じゃ、タクシー乗るかー」しかなかった。重い荷物に加えてこの雨だ。これくらい楽をしても真実の口のトリトーネは許してくれるだろう。心配なのはたまに噂に聞くタクシーのボッタクリさんだが、これも全く心配なく、しかもたったの8ユーロでフラミニーオまで来れてしまった。そのままその勢いでホテルまで急いで行き、ちょっと一息ついたあとお腹に何も入れてないことに気づき、せっかくだからとイタリア料理を食べにレストランに入った。もともとイタリア料理は好きなのだが、それは日本で食べるものだからひょっとしたら本場のものは違うかもしれないし、何より相場が全然わからないので多少不安もあったのだが、運ばれてきたカルボナーラやペンネアラビアータ、マルゲリータピッツァを食べたらそんなものは瞬間にトレヴィの泉に溶けて消えた。とにかくチーズの芳醇さが段違いなのだ。しかもそこそこに安い。日本でデリバリーなんか頼むよりも半額くらいで食ることが出来るのだ。一つ不満があったとすれば大好物のミネストローネがなかったことくらいだったが、それはきっと僕の発音が悪かったのだろう。もしくはイタリア版味噌汁と呼ばれるものだけに「そんなカンタンなもの置いてないよ!」というメッセージだったのかもしれない。とりあえず本場のミネストローネはまた次回来た時にでも食べよう、そう思って水球のテレビ中継が流れるレストランをあとにして、僕らは再びオリンピコに向かったのだった。
CL決勝の時は地元のバイエルンミュンヘンが勝ちあがったことで街中が大盛り上がりだったのだが、こっちのコッパでは地元のASローマや同じくオリンピコをホームとするラツィオも負けてしまい、決勝に残ったのはナポリと北のトリノをホームタウンとするユベントスが勝ち上がったためにローマ市街や電車の中ではコッパらしい香りはほとんど感じられなかったことが少々残念だった。それでもマンチーニ広場からスタジアムに向かう道では恐らく届出を出してはいないであろうグッズショップがいくつか立ち並び、この試合限定の新聞が無料で配られていたり(ページ数にして20ページほどの大ボリューム。もちろん全部イタリア語)、スポンサーのサムスンがすごい色かつすごい味のアイスキャンデーを配っていたりで、やっぱりスタジアム周辺は盛り上がっていてちょっと安心した。しかし実際スタジアムに入る段階になって一番驚いたのは両チームのサポーターの温度感で、昨日のアリアンツとは全く比べ物にならないくらいの切迫感というか、何かとてつもないものを背負ってるような、そんな鬼気迫るコールをしながら皆がスタジアムに入場していくのだ。歌の内容は理解出来なくてちょっと残念だったが、突き上げるその拳は鋭く、はためくゲーフラは天高く、揃ったコールの声は灰色の雲にこだまするようで、昨日のアリアンツで感じた一種のお祭り的な盛り上がりはそこにはほとんどなかった。ひょっとしたらそれはスタジアムの見た目も手伝っているのかもしれない。というのも、アリアンツアレナは見た目もさながらアートのようで、とにかくポップな印象だ。オリンピコはというと、1953年に竣工したということで出来てから60年経っているのもあって、とても無骨で言うなれば博物館にある近代芸術のようなのだ。近づくとさらにその雰囲気は増してきて、階段などの壁はツタに覆われ、屋根を釣る鉄柱もところどころが剥げ落ちて金属が露出しており、男と男が戦うそれこそ闘技場=コロッセオのようであった。
到着すると既にスタメンの発表が始まっていたのだが、まだゲートをくぐっただけなのにそのコールとともに発炎筒が投げ込まれたり爆発物が鳴ったりしてるのがわかり、これから始まる試合、というより決闘の重さを何倍にも感じさせてくれた。アリアンツのとこで書いた、ピッチが目の前に一面に広がるのが好きという僕の楽しみも、ここに来るとそんな甘っちょろいことは言ってられないような気がして、それはさながら夢を描いて入社したフレッシュマンが最初の研修で現実を見せられ一気にカルチャーショックを受けるような感覚に近いのかもしれない。もちろんオリンピコの空気を感じられることは最高に嬉しいのだが、それ以上にサポーター同士の盛り上がりがすごくて、違った意味でしばらく心臓がドキドキしていた。
肝心の僕らの席はというと、さすがにゴール裏のいわゆるクルバではなくメインスタンドの12列目という昨日とは全く正反対の場所での観戦になるのだが、それにしてもその古さからかオリンピコの席はとにかく見つけ辛かったりする。だいたいスタジアムの席というのはブロックや列などをチケットと照らし合わせて探すのが普通なのだが、ここの場合は普段壁や席に書いてあるはずのアルファベットや数字が消えていたりするのだ。しかもピッチで選手がアップしている時も基本的に立っていたり席の背もたれの上に座っているためになかなかに探すのが苦労する。さらには座る席も小さいために人がひしめき合っており、それも自分の席を探す苦労をより手伝っているような気がした。そんなこんなで席に着くと既に選手のアップはクライマックスにきており、カバーニのデカさやラベッシの俊敏さはもちろん、ピルロの常に冷静で一切顔色を変えない表情やデルピエロの伊達男さに加えてハムシクの芸術的なフォルムのモヒカンを生で堪能しつつ(マジで凄かった)、僕らはキックオフの時間を半ばドキドキしながら待った。
ヨーロッパの最強を決めるCLとは違ってコッパのセレモニーはかなり簡素なもので、女性アーティストの方が恐らく国歌を歌ったと思われるのだが、完全に雰囲気に飲まれてしまい実はあまり覚えてはいない。その後の選手の整列中にお互いのサポーターがおそらく相手を挑発するような歌を歌いあってスタジアムは完全に一触即発ムードになり、発炎筒の煙にオリンピコが沈みそうな中で、ついにキックオフの笛が鳴り響いた。アリアンツではこの瞬間はサッカーを観戦できることの幸せを感じながらの充足感に満ちた雰囲気だったのに対し、コッパではもはやヒリヒリというか、空気中に常に火花が散っているかのようなものすごい緊張感だったのを今でもよく覚えている。心臓の鼓動は間違いなく早かったはずだ。それだからなのか、試合時間が過ぎていくのが本当に早くて、この試合を持って退団するデルピエロや元ミランのピルロを目で追っていたらあっという間にハーフタイムになってしまった。異国リーグ同士がぶつかることが当たり前のCLなどでは最初の時間帯は様子見が主になり、そのままうまく試合に入れずに前半が終わってしまうことがあるが、コッパでは全く趣の異なる理由、とてつもない緊張感と重圧感に包まれたままいつものプレーが出来ないような雰囲気で前半が終わった。ラベッシ、カバーニ、ハムシクの破壊力抜群の3トップもいまいち機能せず、ピルロのパスもあまり冴えない。だが、後半に入ったところから試合は動き始め、60分過ぎのカバーニのPKで一気に試合はヒートアップし、ついには盛り上がったナポリのサポーターがユーベのサポーターを挑発し、僕の前に座っていた巨漢のユーべサポーターが中指を立てながら10メートルくらいは離れてるであろうナポリサポーターに食って掛かり周りの人たちに止められるというあわやの事件も起きた。しかし、サポーターの応援は日本とは本当に違う。日本では勝ってても負けてても歌をうたっているのに対し、こちらのサポーターは歌はうたっているものの、点を入れた方はさらに盛り上がって、入れられた方は途端に意気消沈する。そこからサポーターの声援で選手を鼓舞するという概念はあまりないようだ。ただ、審判に対するブーイングに関しては日本よりもとても敏感で、完全に怒りをもって声を出しているようにみえて、でもそれに関してもドイツとイタリアとで度合いに違いが見られたりする。例えるならば、ドイツでは応援しているチームの選手はおそらく友達くらいのレベルだろう。でもイタリアではほとんど家族の扱いで、言葉は聞き取れないものの、相当キツイ言葉を浴びせているような気がする。そんなことを考えながら数分に一度聞こえる爆発物にビクッとしつつ、ついに80分過ぎにナポリの2点目がハムシクの足から生まれた。これで一気に足が止まってしまったユーべはこの後も為す術なく、結局デルピエロの花道も用意できずにまるでいいところもなく敗れてしまい、これでシーズン無敗記録も途絶えてしまった。今シーズンのユベントスの強さは本当にすさまじく、他のチームがあれやこれやといろいろと対策を立てるものの、そのどれもをいなしてスクデッドを獲ったわけだが、そこでどうやら完全に集中が切れてしまっていたようだ。ナポリはというと、マラドーナ時代以来のタイトル獲得のチャンスに加えて移籍がほとんど決まっていると言われているエース、ラベッシの想いなどもあって勢いは間違いなく持っていた。それが見事に結果に反映されてしまい、改めてスポーツはメンタルケアが大切なのだなと痛感したゲームでもあった。しかし、感心している時間は僕らにはあまりない。しかも座っている場所はユベントスサポーターの真っ只中なのだ。日本人を見たらひょっとしたらつっかかってくることもあるかもしれない。そういうわけで僕らはまたしても試合終了の笛と同時に席を立ち、狭い通路を無理やりこじ開けながら雨のオリンピコを出ることにした。そしてスタジアムを離れてフラミニーオの駅に着くころには既にコッパの香りはほとんど感じられず、少し物悲しい気持ちになったりもした。
せっかくだからホテルに戻ったらどこかでピザでもと思っていたが、実際到着してみると今の僕たちにはそんな力は全く残っていなかった。移動疲れとともに旅特有のハイテンションでロクに眠れていないのだから当たり前の話ではあるのだが、集中力も途切れ途切れでついにはコーラをベッドの上にこぼすという失態もやらかしてしまった。明日は日本に帰国するのだが、帰りたくない気持ちしかなかった今朝あたりのマインドに対して、今では日本に帰れる嬉しさも加わっていることを自分でも感じていた。というより、期待していた本場のカルチョに実際に接してみて自分が想像していたものよりももっと現実的というか、サッカーが本当の意味での生活の一部になっていて、そして精神的にも相当な部分を担っていることへのカルチャーショックがよけいに僕をそういう気分にさせているのかもしれない。出来れば帰国後すぐにでもJリーグを見に行って肌の違いを改めて感じてみたいとすら思っていた。僕らは、いや、少なくとも僕はサッカーに対しての意識が甘かったのだと、そう痛切に思うしかなかったイタリアの夜だった。