
文=馬見新拓郎 Text by Takuro MAMISHIN
写真=ゲッティ イメージズ Photo by Getty Images
4年前、当時、世界の頂点に君臨していたアメリカ女子代表との激戦は、延長戦の末にPK方式で優勝国を決めることとなった。
同ランキング4位だった、なでしこジャパンの4人目のキッカーを任された20歳のDF熊谷紗希は、ピッチに転がるボールに歩いて近付き、両手で拾い上げる。そして、そのまま両手でペナルティスポットにボールを置き、ゆっくりと後ろに下がる。両手を腰に当て、少し上を見て小さく呼吸を整える。ドイツ人のシュタインハウス主審が鳴らした笛を確認すると、熊谷は間髪入れずにボールに向かって駆け出し、右足を振り抜いた。ボールは勢いよくゴール正面に向かって飛ぶ。女子サッカー界最高峰との呼び声が高かったGKであるアメリカのホープ・ソロは、右方向に跳んでセーブを試みたが、次の瞬間には勢いよくゴールネットが揺れていた。なでしこジャパンが、初めて世界の頂点に立った瞬間だった。

熊谷は熱狂の女子W杯直後、選手としての拠点をドイツのフランクフルトに移してプレーを続けた。日本サッカー界にとって間違いなく歴史的な一戦が行われたフランクフルトは、熊谷のホームタウンとなった。
海外で挑戦する道を選んだ熊谷は、そこから着実に力をつけ、2013年にはフランスのオリンピック・リヨンに移籍。特筆すべきはフランクフルトもリヨンも、ドイツやフランスをはじめとした強豪国の主力選手が所属するチームでありながら、熊谷は加入1年目からシーズンを通して試合出場を果たし、レギュラーを守り続けていることだ。2013年には、FIFAバロンドールの最終候補10選手にノミネートされ、彼女の名は世界中に知られることとなった。
「海外でプレーしてみると、どんな体勢でもシュートを打ってゴールを決める選手を目の当たりにしたし、追いつきそうもないボールに追いついてしまう選手がいることを知った。こういった選手は、日本にはいない」
サッカーのことを真剣に考えているからこそ、報道陣の前でも熊谷の言葉はまっすぐで熱い。
「でも、周りの味方の特徴を考えた上で、思いやりのあるパスができるのは、日本の良さだと本当に実感します。そこはチームの強みとして生かしていくべきところ」

熊谷は敵を知ったことで、日本の良さをより強く感じていた。真面目な性格らしく、発する言葉の一つひとつに力を込めて、なでしこジャパンの進むべき道に考えを巡らせた。
綿密なコミュニケーションで、誰とでもスムーズな連係を作り出す。その順応性が熊谷の一番の武器と言える。練習場ではプレー中でも給水時間でも、常にチームメイトと意見を交わし合う。その言葉一つひとつが、次の試合におけるチームのパフォーマンス向上に直結することを知っているからだ。
「やっぱり4年前の女子W杯前と比べると、気持ちの持ちようが違う自覚はありますね。何も知らないと言ってもいいくらいの状態で、必死に食らいついていたのが4年前でした」
世界有数のクラブチームに迎えられ、そして研鑽した熊谷の4年間の経験値は、なでしこジャパンにとっても大きな財産である。4つ歳を重ねて24歳になった熊谷の目の前に、今再び新たな価値を示す大会が待ち受けている。