2019.10.17

韓国メディアは取材できず、スタンドは無人…歴史的な“南北対決”で起きた数々の異常事態

[写真]=Getty Images
1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮大学校外国語学部卒業後に朝鮮新報社記者として、社会、スポーツ分野のほか、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)・平壌での取材など幅広い分野で取材を展開。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本側から初めて平壌で取材することに成功(『Number』に寄稿)。現在は日韓両国でサッカーやゴルフなどのスポーツを中心に取材し、週刊誌やWEBで執筆中。

 10月15日に行われた2022 FIFAワールドカップ カタール・アジア2次予選で朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)代表と韓国代表が対戦し、0-0で引き分けた。

 今もなお分断国家である北朝鮮と韓国。互いの国を自由に行き来できる状態でないことからも、この試合が通常の国際試合とは違う雰囲気の中で行われることはある程度、想像できるだろう。

 なにせ“南北対決”が平壌で行われるのは、1990年の「南北統一サッカー大会」以来29年ぶりのこと。

 今回の引き分けで、韓国と北朝鮮は共にグループHで2勝1分の勝ち点7。得失点差で韓国がグループ首位となったが、アジアの強豪を相手にドローに持ち込んだ北朝鮮としては満足いく結果だったかもしれない。

 しかし、この試合はあまりにも想像していなかった出来事が起きすぎていた。

韓国メディアを完全シャットアウト

北朝鮮vs韓国

29年ぶりに北朝鮮と韓国が対戦したが…[写真]=Getty Images

 実は筆者もこの歴史的な一戦を現地で取材しようと準備を進めていた。だが、出発2週間前あたりから現地に入れないことが判明した。このタイミングと同じく、韓国の記者団も10社ほど入る予定だったが、それも許可が下りず、韓国テレビ局も最後まで生中継の交渉をしていたが、現地入りはとん挫した。

 もちろん、韓国からの応援団が入ることも要請していたが、それも当然のように叶わなかった。また、日本に北朝鮮の旅行ツアーを扱う会社が数社あるが、当初募集していたアジア予選観戦ツアーも「試合だけ観戦できない」ことになった。

 つまり、現地からの試合の様子を生で知る要素がなくなってしまったわけだ。

 北朝鮮側がここまでの措置をとった理由は明らかになっていない。一連の流れが“アウェーの洗礼”と言ってしまえばそれまでだが、それにしても通常の国際試合とは完全に違う様子に困惑しない方がおかしいだろう。

 明確なのは政治的な背景がからんでいるのは言うまでもない。現在の南北関係を象徴するかのような殺伐とした雰囲気が試合前から感じ取れていた。

 驚いたことはまだある。

 韓国代表は仁川空港から北京経由で14日の午後4時ごろ、平壌に到着。そのまま金日成競技場に向かい、前日会見と練習を行った。

 ただ、アジアサッカー連盟(AFC)から送られてきた公式会見の写真には北朝鮮の記者が5人しかいなかった。韓国メディアが入れなかったので当然のことだが、それにしても寂しい光景だ。

 会見には韓国代表のパウロ・ベント監督とDFイ・ヨン(全北現代)が会見に出席したが、もちろん彼らが何を話したのかもすぐには分からなかった。時間差はあったが現地入りした大韓サッカー協会(KFA)スタッフからのメール連絡があり、韓国メディアはその内容を基に記事を書くしかなかった。

歴史的一戦で無人だった観客席

韓国代表、北朝鮮代表

地でも大注目となったはずの一戦だったが、スタジアムのスタンドには…… [写真]=Getty Images

 そして最も驚いたのは、5万人は入ると言われている金日成競技場の客席に誰もいなかったことだった。無観客のまま試合が行われたのだ。疑問なのは“完全アウェー”の状況を作れたはずなのに、なぜ国民を誰一人いれなかったのかということ。

 元々はこの試合の観戦チケットも用意されていたと聞いている。だが、急きょ観客を入れない事情が発生したのだろうか。北朝鮮でもサッカーは人気スポーツの1つで、熱烈なファンがいる。楽しみにしていた国民もたくさんいたはずなのだが、こうした状況は残念で仕方がない。

 それにこの試合のリアルな様子を知るには、AFCのサイトや韓国メディアの文字中継しかなく、それも警告、選手交代、スコアしか知ることができないという状況だった。

 肝心の試合内容も伝えられたのは限定的だ。

韓国代表FWソン・フンミン(トッテナム)を筆頭に、JリーグでもプレーしたFWファン・ウィジョ(ボルドー)、DFキム・ヨングォン(ガンバ大阪)、GKキム・スンギュ(蔚山現代)らが先発に名を連ねた。

北朝鮮代表で日本でも名が知られているのはFWハン・グァンソン(ユヴェントス)、MF李栄直(東京ヴェルディ)だろうが、詳しいプレーの状況はまったく分からない。

 ただ、「試合途中に一触即発のシーンがあった」と韓国の『スターニュース』が伝えているが、「選手たちが集まりそれを審判が止めていたが、最後はソン・フンミンと李栄直が話し合って事なきを得た」と伝えている。かなり緊張感が漂う試合だったのは間違いない。

KFAのスタッフが平壌から韓国メディア各社に試合後のベント監督の会見コメントを送っているが、その内容はこうだ。

「主審が試合を何度も止めて中断した時間が多かった。通常の試合とは違う形で進んだ。とても残念で、求めていた結果を得られなかった。現在、グループ1位だが、これからも首位を守るという目標に向かって進んでいきたい」

 共同取材エリア(ミックスゾーン)も用意されず、選手のコメントが発信されることなく試合は終わったという。

FIFAの会長も一連の事態を問題視

インファンティーノ会長

試合を観戦したFIFAのインファンティーノ会長は「観客が誰一人もいないので失望した」とコメント [写真]=Getty Images

 また、国際サッカー連盟(FIFA)の公式サイトには、この試合をFIFAのジャンニ・インファンティーノ会長が観戦していたこと、平壌国際サッカー学校(アカデミー)を訪問した様子を写真入りで伝えている。訪朝の理由について、「2023年に女子W杯を韓国と北朝鮮で共同開催したい」との意向があると明らかにしている。

 しかし、試合を観戦したインファンティーノ会長は「歴史的な試合のために超満員のスタジアムが見られると期待していたが、観客が誰一人もいないので失望した」と語っている。

 さらに、「この試合の生中継や海外メディアが入れなかったことについて驚いていた」とも語ったうえで、「報道の自由と言論の自由は最優先事項。一方で、一瞬にして我々が世界を変えられると考えれば、難しいことではない。これらの問題を協会に提起した」と話し、FIFAが今後も北朝鮮に対し働きかけることを約束していた。

 一筋縄ではいかない南北戦。今回は北朝鮮で予想もしない状況のなかで試合が行われたが、政治的な問題を抜きにして、もう少し北側には度量を持ってもらいたかったと思うのが率直な意見だ。来年の6月4日の韓国ホームではフェアな環境で、南北戦が行われることを期待したい。

文=金明昱

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