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あなたのお気に入りは? 英誌選出「最も象徴的な10のユニフォームスポンサー」

ユニフォームの印象に大きな影響を与える胸スポンサー [写真]=Getty Images

 イタリアメディア『カルチョメルカート』は1日、インテルのユニフォームの胸スポンサーであるイタリアの大手タイヤメーカー・ピレリ社のロゴ掲載が、今シーズン限りで終了になりそうだと報じた。長年インテルのユニフォームの象徴的な存在となっていた『PIRELLI』のマークが見られなくなる現実に、多くのサッカーファンが衝撃を受けたことだろう。

 イギリス誌『Four Four Two』は4日、「これまでで最も象徴的な10のユニフォームスポンサー」を選出。現在も掲載されているものから短命に終わったものまで、様々なロゴが名を連ねている。

■10位 バイエルンと『T-Mobile(T-モバイル)』

[写真]=Getty Images

掲載年数:2002年~現在

ドイツの“絶対王者”は、長年『T-Mobile(T-モバイル)』がプリントされたユニフォームを使用してきた。その間、バイエルンはブンデスリーガで13回、チャンピオンズリーグ(CL)で2回優勝を経験している。元ドイツ代表のバスティアン・シュヴァインシュタイガー氏やフィリップ・ラーム氏、ミヒャエル・バラック氏、元オランダ代表FWアリエン・ロッベン、元フランス代表MFフランク・リベリー、ポーランド代表FWロベルト・レヴァンドフスキらが、このユニフォームに袖を通している。

■9位 ボカ・ジュニアーズと『Quilmes(キルメス)』

[写真]=Getty Images

掲載年数:1995年~2001年

1995年、ボカ・ジュニアーズはブエノスアイレス州で醸造されたアルゼンチンビールの醸造所であるキルメス・ビールとスポンサー契約を結んだ。伝統の青と黄色のユニフォームの前面に走り書きのようなタッチで施された『Quilmes』の文字は、多くの人の印象に残っている。元アルゼンチン代表のフアン・ロマン・リケルメ氏が若かりし頃に着用していたことでも知られている。

■8位 PSVと『PHILIPS(フィリップス)』

[写真]=Getty Images

掲載年数:1981年~2016年

1980年代と1990年代は、オランダサッカー界の黄金時代だった。PSVには、元オランダ代表のフィリップ・コクー氏やルート・ファン・ニステルローイ氏などが在籍。後にヨーロッパのビッグクラブで活躍することになる名選手たちが数多く揃っていた。フィリップスの名前は、今も本拠地『フィリップス・スタディオン』に残ってはいるが、ユニフォームの胸部分には掲載されていない。『Four Four Two』は『PHILIPS』の文字について「完全にユニフォームと一体化していると思えるほどだった」と、その馴染み具合を評している。

■7位 ニューカッスルと『NEWCASTLE BROWN ALE(ニューカッスルブラウンエール)』

[写真]=Getty Images

掲載年数:1994年~2000年

ニューカッスルブラウンエールは間違いなく、イングランド北東部で最も愛され、認知されているブランドだ。掲載年数は1994年~2000年と決して長くはなかったが、その期間はニューカッスルにとって実に濃密な時間だったといえる。元イングランド代表のアラン・シアラー氏やレス・ファーディナンド氏、元コロンビア代表のファウスティーノ・アスプリージャ氏、元フランス代表のダヴィド・ジノラ氏など、クセのある面々が『NEWCASTLE BROWN ALE』のロゴとともに戦った。

■6位 アヤックスと『ABN-AMRO(ABNアムロ銀行)』

[写真]=Getty Images

掲載年数:1991年~2008年

ABNアムロ銀行は、オランダ・アムステルダムに本拠を置く大手投資銀行である。『Four Four Two』曰く「アヤックスのユニフォームの伝統的なスタイル、つまり中央に赤、その両側に白のブロックが走っていることを考えると、文字を垂直にするという決定は非常に理にかなっている」とのこと。1990年代はアヤックスが旋風を巻き起こした時代で、元オランダ代表のパトリック・クライファート氏やラファエル・ファン・デル・ファールト氏、元スウェーデン代表FWズラタン・イブラヒモヴィッチら錚々たるメンバーが『ABN-AMRO』を胸にプレーしている。

■5位 リヴァプールと『Carlsberg(カールスバーグ)』

[写真]=Getty Images

掲載年数:1992年~2010年

カールスバーグは、デンマークのビール醸造会社。18年にもおよぶ契約期間は、プレミアリーグのクラブが一つのブランドと取り交わしたスポンサー契約としては最長だ。『Four Four Two』は「カールスバーグは、リヴァプールがプレミアリーグのタイトルを獲得するのを見たいという切実な希望を持って、長い間契約を結んでいた可能性がある。悲しいかな、デンマークのビールブランドは2010年にその夢を諦めてしまったが」と推測している。ただ、リヴァプールは2004-05シーズンのCL決勝で、ミランを下してビッグイヤーを獲得。表彰台に立つ選手たちのユニフォームには、たしかに『Carlsberg』の文字があった。

■4位 ミランと『Opel(オペル)』

[写真]=Getty Images

掲載年数:1994年~2006年

ドイツの自動車メーカーであるオペルといえば、自然と1990年代から2000年代にかけてのミランを思い出すことができるだろう。1994年~2006年といえば、イタリアサッカー界が大きな成功を収め、また悲嘆に暮れた時期でもあった。オペルとのスポンサー契約を結んでいた12年間で、ミランは4つのスクデット、1つのコッパ・イタリア、2つのCLを獲得。元イタリア代表のフランコ・バレージ氏、パオロ・マルディーニ氏、アレッサンドロ・ネスタ氏、アンドレア・ピルロ氏、元ブラジル代表のカフー氏、カカ氏、元ウクライナ代表のシェフチェンコ氏、元オランダ代表のクラレンス・セードルフ氏、ヤープ・スタム氏――。彼らが築いた栄光は、胸に輝く『Opel』とともにあった。

■3位 マンチェスター・Uと『SHARP(シャープ)』

[写真]=Getty Images

掲載年数:1982年~2001年

アレックス・ファーガソン監督に率いられた“赤い悪魔”が、『カンプ・ノウ』で行われた1998-99シーズンのCL決勝でバイエルンを下してビッグイヤーを獲得した時、ユニフォームにはたしかに『SHARP』の文字があった。『Four Four Two』はこのスポンサー契約について「1970年代に、日本の電子機器会社がマンチェスターのニュートン・ヒース地域に工場を作った時から、その関係性が始まった」と紹介している。元アイルランド代表のロイ・キーン氏、元イングランド代表のデビッド・ベッカム氏、ポール・スコールズ氏、元フランス代表のエリック・カントナ氏、元ウェールズ代表のライアン・ギグス氏、元デンマーク代表のピーター・シュマイケル氏――。『SHARP』の文字を胸につけて戦った選手たちの豪華さは、他の追随を許さない。

■2位 フィオレンティーナと『Nintendo(任天堂)』

[写真]=Getty Images

掲載年数:1997年~1999年

もう一つの日本企業スポンサーが、2位にランクイン。特筆すべきは、その掲載年数の短さだ。フィオレンティーナのユニフォームの胸部分に『Nintendo』の文字があったのは、1997年~1999年にかけてのわずか2年間。『Four Four Two』は「とても短かったが、ああ、何て甘美な記憶だ!」と、このパートナーシップを興奮気味に評している。また同誌は、「FILAによって製造されたフィオレンティーナのアシッドパープルのキットは、サッカー界で最もクールなものだった。約10年間で劇的にゲーム性を変えたコンピューター・コンソールが胸スポンサーに加わることで、ユニフォームはさらに素晴らしいものになった」としている。このユニフォームを見れば、元アルゼンチン代表のガブリエル・バティストゥータ氏の“バティゴール”がすぐさま目に浮かぶことだろう。

■1位 インテルと『PIRELLI(ピレリ)』

[写真]=Getty Images

掲載年数:1995年~現在

ピレリがインテルとのスポンサー契約を今シーズン限りで終了すると発表した時、サッカー界には複雑な感情の波が押し寄せた。人々の反応は、ますます金銭が重要視されるようになっている業界への反発を表している。インテルとピレリは、1995年以来切っても切れない“デュオ”である。スポンサー契約が結ばれてから、“ネラッズーロ”では元イングランド代表のポール・インス氏、元アルゼンチン代表のハビエル・サネッティ氏、元イタリア代表のフランチェスコ・トルド氏、元オランダ代表のヴェスレイ・スナイデル氏、そして元ブラジル代表のロナウド氏やアドリアーノ氏らが『PIRELLI』を胸に掲げてプレーしてきた。現在は、ベルギー代表FWロメル・ルカクやアルゼンチン代表FWラウタロ・マルティネスら現代サッカーを代表する選手たちが『PIRELLI』とともに歩んでいる。

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