年齢に似合わぬ冷静沈着なプレーで代表に定着。飛躍の1年を過ごした [写真]=三浦彩乃
ゴールまでの距離はほぼ同じ。ともにペナルティーエリアのやや外側から右足を振り抜き、相手ゴールの右上を射抜いた。21歳の若さで、ハリルジャパンの中で絶対的な居場所を築きつつあるMF井手口陽介(ガンバ大阪)は、A代表初ゴールと2点目を胸のすくようなミドルシュートで決めている。
しかし、形としては同じでも、プロセスは対照的だった。例えるなら、あらん限りの情熱を解き放った末に生まれたのが1点目ならば、井手口だけが時の止まったような状態の中にいて、冷静沈着に思考回路を働かせた末に叩き込んだのが2点目だった。
1点目は8月31日。オーストラリア代表とのアジア最終予選の82分に、FW原口元気(ヘルタ・ベルリン)が突っかけ、奪ったボールを拾って左サイドからドリブルでカットイン。右へ、右へとスライドして大柄な相手選手をかわしながら、わずかな隙を見つけた。
「ゴールの枠に入ればいいかな、と思って蹴りました。それで上手く力が抜けたんじゃないかと。嬉しかったですけど、すぐに頭の中が真っ白になってしまったというか」
6大会連続6度目の世界大会出場がかかる大一番で、日本の勝利を決定づける2点目は鋭い弧を描く豪快な軌道とともに、日本中に井手口の名前を知らしめる衝撃的な一発となった。
翻って、まだ記憶に新しい9日の一撃はどうか。東アジアの王者を決める、2年に1度の国際大会の初戦。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)代表のゴールをこじ開けられないまま突入した、後半のアディショナルタイムも残りわずかとなっても、井手口は心憎いまでにクールだった。
「ふかさないことだけを意識しました。もう最後やったし、すごくいいボールをコンさん(今野泰幸)が落としてくれたので、枠の中へ、ふかさないようにだけ意識して蹴りました」
自陣から仕掛けたカウンター。左サイドに開いたFW川又堅碁(ジュビロ磐田)がファーサイドへ送ったクロスを、攻め上がってきたG大阪の先輩、MF今野が頭で落とす。飛び込んできたのは井手口。無我夢中で足を振り抜いてもおかしくない場面で、右足をかぶせるようなインサイドキックから、意図的に抑えた弾道を突き刺した。
北朝鮮戦では今野とダブルボランチを組んでいた。中盤のフィルター役となる2人がそろって相手ゴール前に上がれば、それだけカウンターを食らうリスクも高まる。今野が上がっていく姿を見ながら、井手口はここでも冷静かつ緻密な計算から残り時間まで把握していた。
「やめようかなと思ったけど、最後(のワンプレー)だから自分も上がっていいかなと」
6月のシリア代表との国際親善試合でA代表デビューを果たしたばかり。先月のヨーロッパ遠征も含めて、わずか半年の間に積み重ねた濃密な経験が、G大阪の育成年代から「怪物」と呼ばれた井手口をさらに覚醒させる。ヴァイッド・ハリルホジッチ監督が送る指示も、171センチ、69キロの小さな体から放たれるマグマのような熱を氷に変えるべく、新たなステージへと突入している。
「非常に質の高い選手だが、右にも左にも、前にも後ろにも行って頑張ろうとするので、少し落ち着かせるべき部分があるだろう」
ピッチを離れれば寡黙で、シャイな21歳に様変わりする。それでも一度だけ、自身の現在地を冷静に見極めながらもロシアへの思いを語ったことがある。
「あの舞台は僕にとって、小さな頃からの夢のような場所。そこへ行くためには、改善すべきところがまだまだある」
どんなに大活躍を演じても浮かれることなく、それでいて存在感を一戦ずつ大きくしながら、井手口はロシアとの距離を確実に縮めていく。
文=藤江直人
By 藤江直人