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開幕戦で実子・新保海鈴とのマッチアップを熱望する田中隼磨「サッカー界の明るいニュースに」

2021.02.15

 2020年は1年でのJ1復帰を目指しながら、波乱が続いた松本山雅FC。布啓一郎監督がシーズン途中に解任され、9月に後を引き継いだ柴田峡監督が立て直して最終的に13位で終わったものの、J1昇格争いには一度も参戦できずじまいだった。

「不甲斐ないシーズンになってしまって本当に申し訳ない」


 右ひざのケガも重なり18試合出場にとどまった背番号3・田中隼磨も悔しさをにじませるしかなかった。苦境に瀕するチームを救い、3度目のJ1昇格へと導くために、38歳の大ベテランは強い闘志と覚悟を胸に2021年をスタートさせている。

 例年、オフシーズンは尊敬するカズ(三浦知良)らとともにグアムキャンプに赴くのが恒例だが、今年は新型コロナウイルスの影響を考えて断念。地元・松本に残り、芝生のある公園などで走ったり、筋トレをするなど地道な自主トレを積み重ねたという。

 その甲斐あって、今年はここまで順調にコンディションが上がっている。チームは御殿場・静岡・鹿児島でキャンプを重ねてきたが、新戦力の平川怜が「同じピッチに立ってハユさんがこの年齢まで試合に出続ける理由がよく分かった。練習から手を抜かないし、走りも一番。そういう積み重ねがすべてだと思います」と神妙な面持ちで言うほど、高度なプロ意識を前面に押し出しているのだ。

 しかしながら、2月6日のサンフレッチェ広島、9日の清水エスパルス戦は主力組主体の1・2本目ではなく、若手とともに3・4本目に出る形だった。柴田監督は「隼磨の実力はよく分かっている。今はあえて別の選手を試している」と説明していたが、本人も複雑な思いはあるだろう。

 それでも、チーム最年長プレーヤーとして自身の立ち位置を冷静に見極めることも肝心だ。経験不足の若手を要所要所で鼓舞し、守備の立ち位置やボールを奪う位置を的確にコーチングをするなど、今はできることをすべてやり切ろうとしている。それこそが「真のプロ」だという自覚が本人の中にあるからだ。

「自分は周りから一番、見られる存在。もちろん主力組に入れてもらえればモチベーションは上がりますけど、1回1回の練習試合での扱いに一喜一憂することなく、全力で取り組むことが大事。監督に『俺を使わなきゃダメだ』って思わせるようなパフォーマンスを続けしかないですね」と田中隼磨は自らに言い聞かせるように語っていた。

 2月28日のJ2初戦・レノファ山口FC戦まで2週間。今季の松本は20人以上の新戦力が加わったこともあり、まだまだチーム作りの途中段階だ。フォーメーションも4バックと3バックを併用していて、どちらを軸に据えるかも固まっていない。「レギュラーが確定している選手は1人もいない」と平川も話すように、開幕時点で誰がピッチに立っているか予想がつかない部分も多い。

 新戦力の浜崎拓磨や左右のサイドをこなせる下川陽太、中盤を主戦場とするマルチ型の前貴之らと熾烈な右サイドバック争いを繰り広げている田中隼磨がこれまで通り、定位置をつかんでいる可能性も少なくない。そうなれば、彼にとっては理想的なシナリオと言っていい。

 そのうえで「親子対決」が実現すれば、日本サッカー界全体が盛り上がる。山口にはセレッソ大阪U-18から今季加入した実子・新保海鈴が在籍するのだ。

 レフティの新保はユース時代は3-5-2の左ウイングバックを主戦場としていたが、渡邉晋監督率いる今季の山口では左サイドバックで起用されている。2月初旬の鹿児島キャンプ時点では石川啓人らより序列的に下だったが、若い選手は予想もつかない劇的な成長曲線を辿るケースもある。彼が指揮官の信頼をつかみ、出番を得ることになれば、「Jリーグ史上初の親子マッチアップ」が叶う可能性は一気に高まる。

新保海鈴

山口に所属する新保海鈴[写真]=元川悦子

 過去には高木琢也(大宮アルディージャ前監督)と松本の高木利弥のように、「指導者と選手の親子対決」はいくつかあったが、選手同士の激突というのは非常に価値あることなのだ。

 それが現実になることを、2人は揃って心待ちにしている。

「海鈴がプロサッカー選手になったのは嬉しいし、対戦できたら本当に喜ばしいこと。僕自身もいいモチベーションになっています。日本サッカー界にとっても明るいニュースになると思いますね。僕自身も昨季痛めた右ひざが完治し、90分フル稼働できる状態になっている。自信は大いにあります」

 清々しい表情を見せた田中隼磨に対し、新保も率直な感情を吐露した。

「(田中隼磨選手が)すごい人だっていうのは、キャンプで同部屋だった小松蓮選手を筆頭にいろんな人から聞いてます。本物のプロフェッショナルだと頭で理解していますし、心から尊敬しています。開幕戦でマッチアップというのも1つの大きな夢ですね。でも僕のゴールはそこじゃない。得点に絡めるサイドバックを目指して1日1日を大事にしていきたいと思っています」

 サッカーという強い絆で結ばれる2人がピッチ上で邂逅を果たす時は本当に訪れるのか。プロ21年目の第一歩となる公式戦のピッチで田中隼磨は一体、何を示してくれるのか。彼にとって1つの節目になるであろう2週間後の開幕戦が今から待ち遠しい限りだ。

文=元川悦子

By 元川悦子

94年からサッカーを取材し続けるアグレッシブなサッカーライター。W杯は94年アメリカ大会から毎大会取材しており、普段はJリーグ、日本代表などを精力的に取材。

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