2017.10.28

【ライターコラムfrom山形】監督の決断に応えた富居大樹…日々の準備で「信頼のポジション」を勝ち取る

富居大樹
定位置を掴んだ富居大樹 [写真]=J.LEAGUE
広告代理店等勤務を経てコピーライターとして独立。2006年からサッカー取材を始め、モンテディオ山形を中心にライティングを行っている。仙台市在住。将棋×サッカーコラボに傾倒する“観る将棋ファン”。

「僕は、キーパーというのは信頼のポジションだと思う」

 木山隆之監督が熱を込めてそう話したことがある。絶対にミスの許されない最後の砦。たとえ失点の原因がフィールドにあろうとも、その責任を一身に背負う。プレッシャーにさらされ続け、それでもなおゴールマウスに立つ。この特別な任務を任せるに値すると監督が認めたキーパーだけが、全幅の信頼を得て正GKの座を手にする。だから「僕は少々のことではキーパーを替えない」と。

 10月14日に行われた明治安田生命J2リーグ第37節横浜FC戦。開幕から第36節までリーグ戦全試合のゴールを守ってきた児玉剛に替り、メンバー表のトップには富居大樹の名があった。チームは9試合勝利から遠ざかり、前節の東京ヴェルディ戦では3失点を喫して敗戦。児玉自身のミスもあるにはあったが、決してそのために信頼が失われたわけではない。ただ、「なかなか勝てない中で、キーパーのところにも少し刺激が欲しい」と指揮官が考えた時、チームにはもう一人、信頼できるキーパーがいた。

「トミ(富居)がずっと粘り強くトレーニングしていたのも見ていた」という監督の、大きな決断だった。そして、富居はその信頼に応え、今季初出場であることを感じさせない落ち着きで確実なプレーを重ねていった。だから、横浜FCのシュートがクロスバーやゴールポストに弾かれる場面が2度3度とあっても、ヒヤリとしたというよりは、「富居、持ってる」を印象づけた。試合は阪野豊史と中村駿のゴールで2-0。NDソフトスタジアム山形はチームの10試合ぶりの勝利に沸いた。

 10月半ばのリーグ戦初出場。一昨年はザスパクサツ群馬で40試合に出場する正GKだった男が山形に移籍して、昨年は山岸範宏(ギラヴァンツ北九州)の、今年は児玉の“控え”としてまた一からポジション獲りに挑んでいる。しかし実は、富居はこの夏、絶好のアピールの機会を一度逃している。

 富居に今季初めて公式戦出場のチャンスが巡ってきたのは、6月に行われた天皇杯全日本サッカー選手権大会2回戦、V・ファーレン長崎との試合だった。連戦の中、フィールドも含めて選手を入れ替えて臨んだこの試合で、富居は120分間ゴールを許すことなく守り切り、1-0の勝利を味わった。そして駒を進めた天皇杯3回戦の相手はJ1王者・鹿島アントラーズ。これもまた水曜開催の日程で、富居がゴールを守るだろうと思われていた。というより、監督も富居本人も、そのつもりでいた。富居は群馬時代にも、天皇杯を足がかりにリーグ戦出場のチャンスをつかんだ経験がある。それだけに、期するものは大いにあったはずだ。しかし、その直前のリーグ戦で彼はミスをした。試合で、ではない。控えGKとして山口遠征に帯同したものの体調不良になり、メンバー入りすることなく先に山形に帰って来たのである。

「僕は、キーパーというのは信頼のポジションだと思う」

 実を言えば、冒頭で引用した木山監督の言葉は、その山口遠征の後に聞いたものである。先発出場が見込まれる鹿島との天皇杯を間近に控えた遠征で、体調不良で帰されるようなキーパーを、自分は信頼できない。そう言っているようなものだった。鹿島戦のゴールは児玉が守り、富居はサブにも入らなかった。

 セカンドキーパーにとって、巡ってくるはずだった出場機会を手放してしまったことの後悔と自責の念がどれほどのものか、想像してもたぶん正確には無理だろう。ただ、監督の目に「あの後、ちょっと精神的に落ちたなと思う時もあった」と映る程度には、ダメージがあったのは間違いない。あれから3カ月。その失策を富居はこう振り返る。「そこは自分のせいだし、切り替えてやるしかなかった。やることをやるしかないなと」。失ってしまったチャンスが再びやってくるのかどうかもわからない中で、それでも「大事なのは、その時にどういうプレーができるか。だから常に準備だけはしておこうと思いました」と神妙に話す。

 果たしてチャンスは与えられ、富居は堂々と山形の守護神として役目を全うし、勝利した。監督は「あそこで安定したプレーができるのは、日々準備しているから。日々自分に対して厳しくやっているからだと思う」と、富居の奮起を喜んだ。

富居大樹

自らの役割を全うし、勝利の立役者に [写真]=J.LEAGUE

 3カ月前のそんな経緯もあり、横浜FC戦の勝利の瞬間、富居がどんな顔をするのかが気になっていた。喜びを爆発させるのか、ホッとした表情を見せるのか。しかし、間違いなくこの日のヒーローの一人だった男の表情は、勝利の笛を聴いてもほとんど緩むことがなかった。DF陣が笑顔で駆け寄り、ハイタッチして抱きついた時、わずかに安堵の感情がよぎったように見えたが、気のせいだったのかもしれない。試合後のミックスゾーンで「もっと喜ぶかと思いましたが」と水を向けると、「いや、まだ5試合あるので」と引き締めた表情のままで答えた。あと5試合。つかんだチャンスを手放すことなくシーズンを終えるつもりなのだと思った。その決意は「1試合目はだいたいできると思うから、次が本当に大事」という言葉からも伝わってきた。1試合勝利だけでは、キーパー交替ブーストで終わってしまう。次も、また次も、これまで積み重ねてきた準備の成果を見せていかなければならない。監督にキーパーを替える理由を与えてしまえば、またすぐにセカンドキーパーに逆戻りしてしまう。それがわかっているから、喜びの表情は出て来ない。

 前節のカマタマーレ讃岐戦も続けて先発起用された富居は、安定感のある守備を見せた。激しい雨の中の難しいゲームだったが、讃岐の度重なるセットプレーでも得点を許すことなく、好判断の飛び出しでピンチを未然に防ぐ場面もあった。スコアレスドローに満足はしていないはずだが、無失点は悪くない結果だ。

 今季残るは4試合。もしもこのまま児玉の返り咲きを許さずに、最終節までゴールマウスを守ることができたとしたら、そして勝利を収めることができたらその時は、シーズンのほとんどをセカンドキーパーとして過ごした男の会心の笑顔を見ることができるだろうか。

文=頼野亜唯子

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