[ワールドサッカーキング 0307号 掲載]
文=ジョナサン・ウィルソン
翻訳=阿部 浩 アレキサンダー
ワールドサッカーキング最新号では、プレミアリーグの冬の移籍マーケットにスポットを当てた現地記者によるコラムを掲載している。近年はビッグディールが相次いでいた冬のマーケットだが、今年は大きな移籍もなく、比較的平穏に幕を閉じた。それでも、QPRやニューカッスル、サンダーランドなど、興味深い動きを見せたクラブはいくつか存在する。彼らの補強の狙いとは? 新戦力がもたらすものとは? 各クラブの動きとともに、冬のマーケットを総括する。
悪態とともに帰国した愛すべきバッドボーイ
サッカーファンの中には、移籍期限終了間際のドタバタ劇を楽しみにしている人も多いだろう。確かに、マーケットが閉鎖される直前は、救急病院さながらの混雑状態となる。通信技術がこれほど進歩しているにもかかわらず、この世界の取り引きはいまだにFAXで行われているからだ。
この冬はいつになく静かに取り引きが進み、土壇場の駆け込み移籍も少なかった。アンディ・キャロルやフェルナンド・トーレスのような“ビッグトランスファー”は最後まで発生しなかったのである。その中で、唯一のサプライズは放出のニュースだった。マンチェスター・シティーが、ついに“悪名高き天才”マリオ・バロテッリを手放したのだ。
バロテッリと言えば、昨年12月に元恋人が娘を出産した際に全く関心を示さず、その無責任ぶりがクローズアップされたばかりだ。その他にも、これまでの悪行を数え挙げれば切りがない。しかし、実際に会って話をしてみると非常に人懐こく、魅力的でさえある。恐らく娘の一件は、自らが両親に捨てられた過去があり、それがトラウマになっているのではないかと推測できる。いずれにせよ、バロテッリは寝室で花火をしたり、女性刑務所を無許可で訪問したりと、いろいろな話題を提供して我々を楽しませてくれた。話題のほとんどは真実味に欠ける、馬鹿げたものばかりではあるが、彼にはそれが「真実かもしれない」と思わせるだけの強烈なキャラクターがあった。
また、プレーヤーとしての才能も間違いなく本物だ。昨夏のユーロ2012準決勝、ドイツ戦でのプレーはまさにセンセーショナルだった。シティーでも同様に素晴らしいプレーを――時々ではあるが――見せてくれた。昨シーズン、6-1で快勝したマンチェスター・ユナイテッドとのダービーマッチでも、大量点の口火を切ったのはバロテッリの先制点である。スピードとスキルがあり、フィジカルプレーも苦にしない。絶妙なタイミングで放つシュートは誰も止められない。
しかし、バロテッリは時として自分自身を“停滞”させることがある。昨シーズンのアーセナル戦が良い例だろう。0-1で敗れ、首位ユナイテッドに差を広げられてしまったこの試合、バロテッリは良いところが一つもなかった。90分を通して集中力に欠け、荒々しいプレーを繰り返すばかり。レッドカードを出されなかったのが不思議なぐらいだ。
これには、さすがのロベルト・マンチーニ監督もうんざりしたようで、試合後の記者会見では「バロテッリを二度と使わない」と断罪、怒りをあらわにしていた。これまでは、こうしたマンチーニの怒りが長続きすることはなく、数週間後にはあっさりとスタメン復帰というケースも多かったが、今年の始めにはトレーニング中に小競り合いするマンチーニとバロテッリの姿まで報じられた。相次ぐトラブルに、クラブ側が業を煮やしたのも当然だろう。
バロテッリの新天地は「子供の頃から憧れていた」というミラン。なじみ深いミラノへ舞い戻った彼は、食事、天候、女性、メディアなど、ありとあらゆる点で「不満だらけだった」と、イングランドバッシングを展開している。
バロテッリは現代サッカーが生み出した「金はあるが精神的に未熟な選手」の典型だろう。世間を知らない幼少期にスカウトされ、若くして取り巻きにちやほやされて育ったのだから無理もない。ただし、金や名声があるから何をやっても大きな問題にはならない、という考え方は子供じみている。同じような才能を持つ選手をいくらでも買えるシティーにとって、バロテッリはお荷物でしかなく、放出は正解だった。
後味の悪さを残したお粗末な茶番劇
その他で話題となったのは、ウェスト・ブロムウィッチのナイジェリア人FWピーター・オデムウィンギによる茶番劇だ。オデムウィンギは移籍期限の1週間前にトランスファーリクエストをクラブに提出、これを受けてQPRが獲得に興味を示していた。しかし、ウェスト・ブロムウィッチ側が放出を渋ったため交渉は停滞。すると、マーケット最終日、オデムウィンギはQPRと直接交渉するためにロフタス・ロードを訪れ、クラブ側の許可が下りたと言い張ったのだ。当然、ウェスト・ブロムウィッチ側はこれを否定。結局、オデムウィンギは門前払いを食らった。全くお粗末な話だ。
そのQPRは、早々に元ポーツマスのタル・ベン・ハイムを獲得。また、マルセイユからロイク・レミ、アンジからクリストファー・サンバと即戦力を獲得して戦力を整えた。ライアン・ネルセンが突如として現役引退を表明したことを考えると、ブラックバーン時代にプレミアリーグで実績があるサンバの補強は極めて適切だったと言える。
更にマーケット終盤、ハリー・レドナップ監督は古巣のトッテナムからジャーメイン・ジーナスとアンドロス・タウンゼンドを獲得した。しかし、人員過多なMF陣をいたずらに増やしたことは全く理解できない。降格を免れるためとはいえ、そもそもここまで出費して補強する必要はあったのか。選手の給料総額が危険なまでに膨れ上がり、クラブ予算を圧迫している現状では、降格した場合の悲惨な末路が容易に予想できる。2010年2月、経営破たんして2部に降格したポーツマスは、過剰出費がいかに危険なものかを身をもって教えてくれたはずだ。現在のQPRは、彼らの二の舞になる危険性をはらんでいる。
不振のチームを救ったフランス人5人衆
ニューカッスルも降格を恐れて補強に力を入れたクラブの一つである。フランス人プレーヤー発掘のスペシャリストとして知られるスカウトのグラハム・カーの下、マチュー・ドゥビュシー、ヨアン・グフラン、マプ・ヤンガ・エムビワ、マサディオ・アイダラ、ムサ・シソコと、5人のフランス人選手を次々と獲得している。
この5人のフランス人選手は全員が20代前半で、契約期間はそれぞれ5~6年。将来性を考えると非常に経済的だ。個人的には、これほど多くの選手を一度に獲得する必要があったのかと納得できない部分もあるが、補強後の結果を見る限り、その答えは「イエス」だったのだろう。
昨シーズンのニューカッスルは5位でフィニッシュと大健闘。ところが、今シーズンは運に見放されたかのようにハテム・ベン・アルファやヨアン・カバイェといった主力が相次いで負傷離脱。エース格のパピス・シセは極度のスランプに陥り、昨シーズンのレベルがキープできていなかった。加えて、孤軍奮闘していたデンバ・バをチェルシーに引き抜かれてしまった。残留のため、大量補強に踏み切ったのもある意味で当然だろう。
そして、今のところ補強の効果は絶大だったようだ。昨年11月以降、リーグ戦14試合で10敗と降格へまっしぐらだったチームは、1月29日のアストン・ヴィラ戦でアウェーゲーム初勝利、更にホームのチェルシー戦も新戦力のシソコが2ゴールを奪って3-2の逆転勝利を収めている。続くトッテナム戦には1-2で競り負けたが、個々のパフォーマンス、試合内容ともに復調は明らかだ。
一方、ニューカッスルを離れたバも、チェルシーの一員として好スタートを切った。対戦相手にとっては、安定感に欠けるフェルナンド・トーレスよりもはるかに厄介な存在だろう。ちなみに、トーレスは現代のサッカー選手がぶち当たる典型的な問題に直面している。つまり、自分の進むべき方向性を見いだせていないのだ。もう少しリヴァプールでプレーしていれば、こんなことにはならなかったはずだ。
経済的な現実を踏まえた身の丈に合った補強
リヴァプールはインテルから20歳のブラジル人アタッカー、コウチーニョを獲得した。彼がプレミアリーグでどれだけやれるかは未知数だが、クラブは「将来性豊かな若手を獲得し、戦力になるよう育成する」という近年のスタンスを崩していない。
サンダーランドは、フランス人MFアルフレッド・エンディアイェ、セネガル人DFカデル・マンガネ、更にはスウォンジーからFWダニー・グレアムを獲得。ウェストハムを3-0で一蹴した1月12日の試合では、エンディアイェが早くもポテンシャルの高さを見せつけた。これまでイングランド人選手の獲得をポリシーとしていたマーティン・オニール監督にとっては少々意外だったが、結果としてエンディアイェの補強は大成功に終わりそうだ。
トッテナムはシャルケからルイス・ホルトビーを獲得し、クリエイティブ面の強化を図った。将来有望な若手であることを考えると約2億円という移籍金は破格だったと言える。また、ウェストハムは自由移籍でジョー・コールを獲得。長い間、不遇を味わってきた天才は、自らが育った古巣での完全復活に燃えている。
1月の移籍マーケットでは、QPRを除くほぼすべてのクラブが経済的な現実を踏まえ、慎重な動きに終始した。そうした戦略が吉と出るか凶と出るか、シーズン後半戦のそれぞれの戦いぶりに注目しようではないか。
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