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ドルトムントを成功に導く育成法とは―クロップの“魔法”に迫る

2013.02.21

ワールドサッカーキング 0307号 掲載]

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文=トーマス・ゼー
翻訳=阿部 浩 アレクサンダー

 

 ワールドサッカーキング最新号では、ドルトムントを率いるユルゲン・クロップの育成手腕にクローズアップ。次々と新たな才能を生み出しているブンデスリーガの中でも、ドルトムントは特別な存在だ。若手中心のチームでリーグ2連覇を達成したクロップ監督の“魔法”の秘密を解き明かす。

 

市場価値を高めるドルトムントの選手

 

 サッカーにおいて、成功は常に危険と隣り合わせだ。チーム強化に投資が不可欠なことは誰もが理解しているが、過剰な出資は破滅を招く。中堅クラブが地道な努力で成功を手にしても、資金がなければ中心選手をビッグクラブに引き抜かれてしまう。だから、ロシアの石油王やアラブの王族が経営に参画していないクラブは―ほとんどすべて、ということだが―選手という「財産」をうまくやり繰りしながら、身の丈に合った陣容で戦うことを強いられる。

 

 その点を考慮すれば、昨シーズン、リーグ連覇を果たしたドルトムントの偉業は、もっと称賛されてしかるべきだろう。株式上場が裏目に出て1億5000万ユーロ(約180億円)もの莫大な負債を抱え、破産寸前の危機に直面したのは2005年。わずか8年前の話だ。その後、ドルトムントは徹底した緊縮財政を進めて高額選手を売り払い、無名の若手をそろえることでチーム再建を図った。

 

 DFのネヴェン・スボティッチは08年、450万ユーロ(約5億4000万円)の移籍金でマインツから加入した。同時期にバイエルンからやって来たマッツ・フンメルスは、レンタル契約で1年プレーした後、420万ユーロ(約5億円)でドルトムントの一員となった。同様に、今やドイツ代表の常連となったイルカイ・ギュンドアンは550万ユーロ(約6億6000万円)、不動のエースに成長したロベルト・レヴァンドフスキは480万ユーロ(約5億8000万円)で買い取った選手だ。現在の彼らを獲得するなら、当時の4~5倍の移籍金を準備しなければならないだろう。

 

 FWのルーカス・バリオスは09年、420万ユーロ(約5億円)で加入した時は全くの無名だったが、その3年後に中国の広州恒大へ放出した時には850万ユーロ(約10億2000万円)の値がついた。極めつきはわずか35万ユーロ(約4000万円)で獲得した香川真司。昨夏、マンチェスター・ユナイテッドは、この日本人MFの獲得に1600万ユーロ(19億2000万円)を費やした。市場価値は実に、46倍に跳ね上がったことになる。

 

 

知性を重視する指導とメンタル面のケア

 

 ドルトムントの成功は、優れたスカウト力と育成力の成果と言える。その最大の功労者は、08年にこのクラブに就任したユルゲン・クロップ監督だ。GMのミヒャエル・ツォルクは誇らしげに言う。

 

「クロップを連れてきたことこそ、私がした最高の仕事だよ」

 

 激しく髪をかきむしり、怒りのあまりペットボトルを蹴飛ばし、審判の判定に大声を上げて抗議する。ピッチサイドで見せる大げさなアクションから、クロップは「短気な激情家」というイメージを持たれているが、実際は全くそうではない。選手を「子供たち」と呼ぶ彼は、「チームと一体になって戦う」タイプの監督である。

 

 例えば、彼は一度信頼を置いた選手を徹底して守る。レヴァンドフスキは移籍当初、バリオスの控えに回り、更には同時期に加入した香川の活躍に隠れてほとんどインパクトを残せなかった。だが、「移籍は失敗だった」という批判が上がるたび、クロップは必ず反論し、自ら防波堤となった。そして出場機会を少しずつ増やしていき、機が熟したと判断するや、バリオスの放出に踏み切った。

 

 天才と名高いマリオ・ゲッツェの成長も、クロップの存在抜きには語れない。ゲッツェは09-10シーズン、17歳にしてリーグデビューを果たした。地元出身の若者に周囲の期待は大きかったが、クロップは彼のコンディションを見極めながら慎重に起用し、自信を失わせないように少しずつトップチームに適応させていった。

 

 では、クロップは新たな戦力をチームに組み込む際、どこに判断基準を置いているのだろうか。関係者によると、それは「インテリジェンス」(知性)なのだという。クールな戦術家としての一面を持つ彼は、自身のきめ細かい指導や戦術の指示がどこまで選手に浸透するか、という部分を重視している。つまり、知性の高い選手ほど、彼の下で実力を伸ばす余地が高いということになる。

 

 更に、メンタル面のケアにもクロップ独特の方法がある。彼は一体感のある組織を求めて、「子供たち」にまるで父親のように接する。親密な関係ゆえのなれ合いは絶対に許さないが、「言いたいことはすべて言ってくれ。ただしチームメートだけは悪く言うな。我々は一つのファミリーだ」と繰り返し選手に教え聞かせる。

 

 ドルトムントが他のクラブにありがちな内紛やスキャンダルと無縁でいられるのは、決して偶然ではない。実際、これほど選手から信頼され、愛される指導者が他にいるだろうか。スヴェン・ベンダーの次の言葉からも明らかだ。

 

「監督のためだったら、僕は火の中だって歩ける。監督を失望させるのは耐えられないんだ」

 

 

チームを成功に導く育成の方法論とは

 

 クロップが就任して以降、ドルトムントは「走るサッカー」で結果を残し、タイトルを手に入れた。クロップが何度も強調するコンセプト「ゲーゲンプレッシング」とは、彼によれば「相手がボールを持ったらスズメバチの群れのように襲いかかり、一分の隙もない強力なプレスを掛け続ける」というものである。ハイプレスを掛け続けるサッカーは体力をとことん消耗するため、90分間持続できるチームは少ない。だが、ドルトムントは時に1試合で総走行距離120キロに到達する驚異の運動量でこれをクリアした。

 

 これだけ圧倒的な運動量があれば、サッカーというスポーツにおいては強烈なアドバンテージになる。多少のミスやテクニック不足は余分に走ることでカバーできるだろうし、守備の局面でも、相手に自由を与えないことがもたらすメリットは大きい。この運動量が、ドルトムントの成功を支えるベースとなった。

 

 ここで忘れてはならないのは、なぜこんなスタイルが可能になったのか、ということだ。テクニックはあっても守備のために走らない選手、持久力やスピードに欠けるタイプの選手、身体能力が衰え始めたベテラン選手……。こうした選手をチームの中軸に据えていたら、クロップのサッカーは破綻してしまうだろう。

 

 だが、ドルトムントにそんな選手は一人もいない。見事なまでに、若くスタミナのある選手、スピードに自信のある選手、体を張って守れる選手がそろっている。なぜなら、クロップがそういうタイプの選手を集めてきたからだ。

 

 ここに重要なポイントがある。クロップはただ優れた選手を集め、それからサッカーのスタイルを考えたのではない。まず目標とするスタイルがあり、そこに適応する選手をリストアップしていったのだ。その基準に合致しているのであれば、無名であっても構わない。自らの求めるサッカーに適した人材を追求した結果、ドルトムントには若くて走れる(そして移籍金が安い)選手が集まった。

 

 スカウトにおいて本当に重要なことは、選手の才能を見抜く「目利き」の力ではない。チームのコンセプトを明確に定め、一貫した基準でそのスタイルに必要な人材をそろえることだ。ドルトムントが(付け加えればバルセロナやアーセナルのようなクラブが)行っているのは、そういったスカウトであり、育成であると言える。

 

 今シーズン、香川の退団とマルコ・ロイスの加入によって、ドルトムントのシステムと戦術には微修正が加えられた。だが、クロップは誰を起用しようと基本となるコンセプトは変えず、選手同士の組み合わせを変更しながら最適なバランスを見いだしている。

 

 長期的な視野に立ち、効率的に資金を使い、明確な哲学の下に理想のサッカーを追求する――。ドルトムントを成功に導いたクロップは「魔法使い」と評価されている。だが、それは「魔法」などではなく、むしろ最も確実にチームを強化できる手法なのだ。

 

 

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