2012.12.14

「サッカーが好きだから」―現役にこだわり続ける37歳の“貴公子”ベッカムの挑戦

ワールドサッカーキング 1220号 掲載]
ベッカム
インタビュー・文=ピーター・クラーク 翻訳=阿部 浩 アレクサンダー

 37歳にして、なお人を惹きつける。やはり、デイヴィッド・ベッカムは“永遠のスター”だ。

「最後の挑戦をしたかった」

 MLS(メジャーリーグサッカー)カップ決勝を目前に控えたタイミングでの退団宣言。12月1日のホームでの“ラストマッチ”を前に、そこが「別れの舞台」であることをサポーターに伝える粋な心遣い。彼に魅了された人々は、“別れの準備”を整えることができたはずだ。

「引退を決断してもおかしくない年齢」という、少しばかり攻撃的なこちらの言葉にも、ジョークを交えながらスマートに切り返す。現役にこだわる理由はただ一つ、「サッカーが好きだから」だ。

 この夏、パリ・サンジェルマンを新天地に選んだズラタン・イブラヒモヴィッチは言う。「世界中からたくさんのオファーが彼の元に届くだろうね」と。

 インタビューでベッカム自身が語るように、イングランドの「ベストクラブ」で「最高のスタート」を切り、そこで「数多くのタイトルを獲得」し、スペインで「世界一有名なクラブ」の一員となり、イタリアで「戦術の重要性」を学んだ彼は、「アメリカサッカー界とMLSを発展させるミッション」に全力で取り組んだ。去りゆくスターの背中は、アメリカでの充実した歩みを物語る。

「僕を温かく迎えてくれたアメリカのファンにお別れをするのは難しい決断だった。クラブのスタッフ、監督、選手、そしてすべてのファンに感謝したい」

 プロキャリア20年、“永遠のスター”が選んだ「最後の挑戦」から目を離すな。

アメリカのサッカーは正しい発展への道を歩んでいる

2007年から所属するLAギャラクシーからの退団を発表しました。MLSでのプレーは6年。この間に、アメリカのプロサッカー界はどのような変化を見せましたか?

ベッカム 5年前にギャラクシー入りが決まった時、「これでMLSは世界最高峰のリーグへ発展する」と、僕の加入をまるで“特効薬”のように捉えた人もいたようだけど、僕自身は「過度な期待は非現実的」だと考えていた。一人の力で変えられるほど、サッカーは底の浅いスポーツではないからね。ただ、アメリカのサッカー界は確実に発展している。それは事実だ。この国のサッカーは、正しい発展への道を歩んでいると思うよ。

著名なアメリカ人ジャーナリストのグラント・ウォール氏(CNNスポーツでサッカーを担当)は、自著『The BeckhamExperiment』の中で、「ベッカムの心はギャラクシーよりもミランに魅せられていた」と批判しています。この指摘についてはいかがですか?

ベッカム 僕はギャラクシーへのリスペクトをしっかりと持っている。ただ一方で、世間にはこれまでの僕の仕事をきちんと評価しない、したくないという人がいるようだね……。ヨーロッパで再び通用するようにと、オフシーズンにもそれなりのトレーニングを積んできたことは事実だ。でも、ギャラクシーには“人生一度きりのチャンス”を与えてもらって、とても感謝している。僕はアメリカサッカー界とMLSを発展させるミッションに関わってきた。その点については、一度たりとも手を抜いたことはないよ。

それでも、多くのファンは「我々が期待していたほどアメリカのサッカーは発展していない」というネガティブな意見を持っているようです。

ベッカム それは、アメリカのサッカーをヨーロッパと比較するからだと思う。そもそも、その比較自体がナンセンスだし、比較する基準が違うんじゃないかな。ヨーロッパでは、サッカーはほとんどの国でナンバーワンの人気を誇っている。ライバルと呼べる競技が存在しないくらいにね。でも、アメリカにはアメリカンフットボールにベースボール、バスケットボールやアイスホッケーがあって、いずれもパーフェクトなプロ組織として運営されている。莫大な額のテレビ放映権が発生し、多くのファンが熱中するスポーツが4つも存在するんだ。サッカーはまず、“自分の居場所”を探すべきだと思う。
 それでも、「アメリカのサッカーが発展していない」なんて、まるで“たちの悪いジョーク”だ。事実、この数年でいくつもの新しいスタジアムが建設された。もちろん、オールド・トラッフォードのように巨大なスタジアムばかりではないけど、快適な作りで地域とサポーターをしっかりと結びつけている。リーグに所属する選手のレベルだって高い。だってそうだろう? それとも君は、ティエリ・アンリやラファエル・マルケスが一流選手じゃないとでも言うのかい?

では、代表チームの発展はどうでしょう。アメリカ代表の落ちぶれ方はひどいものです。10年前の日韓ワールドカップ(以下W杯)で健闘したチームが、今では世界レベルからはるかに遠いところで停滞しているのですから。

ベッカム 短期的な結果だけにとらわれて長期的な発展に視線が向いていない、それがそうした批判を引き起こす要因じゃないかな。確かに、今のアメリカ代表は強豪ではないかもしれない。それでも、僕は彼らがブラジルW杯に出場すると信じている。とはいえ、誤解のないように付け加えておくと、それを“当たり前”だと思うのは危険な考えだ。選手の努力、監督の指導力、ファンの応援、協会のバックアップと、総合的な力が発揮されなければW杯にはたどり着けないからね。そう、発展には忍耐と継続、みんなのサポートが必要なんだ。それより、アメリカでサッカーが本当に発展しているのかどうかを確認する簡単な方法があるじゃないか。

簡単な方法? それはいったい何ですか?

ベッカム 公園や駐車場に行ってごらんよ。至る所で子供たちが楽しそうにボールを蹴っている。この国のサッカーに未来がある何よりの証拠だよ。

なぜ僕がプレーするか それはサッカーが好きだからさ

少し話は変わりますが、アメリカの若い選手に「MLSを離れて、ヨーロッパで挑戦してごらん」といったアドバイスすることはありますか? というのも、アメリカの選手はなかなか海外で成功できません。ドイツとイングランドでプレーしたランドン・ドノヴァンも、際立った活躍を見せることはできていません。

ベッカム 移籍について、若手にアドバイスをすることはないんだ。自分でターニングポイントを見極め、自分で決断することが大切だからね。ただ、これは個人的な意見だけど、選手はずっと同じチームでプレーするよりも、更にレベルが高い別のチームで経験を積んでいくほうが自分のためになると思う。僕もいろいろなチームでプレーしてきた。それが新たな刺激、新たなモチベーションになって、階段を一歩、時には数歩飛ばしで上ることができたんだ。

移籍するのにベストなシーズンは夏? それとも冬でしょうか?

ベッカム それは僕にも分からない。ただ、夏でも冬でも関係ないと思うよ。新しいクラブに行けば、当然、それまでのクラブとは違った環境やカルチャーが待っている。チームメートはフレンドリーか、フロントは自分を信頼してくれるか、サポーターは自分を応援してくれるか、そして自分をいち早くチームにフィットさせることができるか……。幸運にも僕の場合はすべてがうまくいったと思うし、MLSのオフシーズンにはミランへも移籍できた。

LAギャラクシーからの退団を表明する際、「キャリアを終える前に最後の挑戦をしたかった」と話しましたが、37歳という年齢はサッカー界では引退を決断してもおかしくない年齢です。あなたが現役にこだわるのはなぜですか?

ベッカム 一つ面白いエピソードを紹介しよう。ミラン時代にチームドクターのジャン・ピエール・メッセルマン先生が僕に教えてくれたことだ。彼はメディアから「ベッカムはあと何年プレーできますか?」と質問された。当時、メディアは2010年の南アフリカW杯を見越してその質問をしてきたようだけど、先生はこう答えたそうだ。「ブラジルの蒸し暑い気候に負けるヤツじゃないし、しっかりトレーニングすれば大丈夫だ」とね。そう、僕は来年のW杯でもプレーできるのさ(笑)。もちろん、来年のブラジル大会への出場は現実的じゃない。もう一度、W杯でプレーするのは夢だけどね。質問の答えに戻ろう。なぜ僕がまだプレーするのか……それは、やっぱりサッカーが好きだからさ。それ以外の理由は見当たらないね。

イングランド、スペイン、イタリア、アメリカと、あなたは多くの国でプレーしました。所属したそれぞれのクラブの特徴を教えてください。

ベッカム イングランド時代については、多くを説明する必要はないだろうね。僕はプレミアリーグのベストクラブに所属して、数多くのタイトルを獲得した。プロ選手として他の誰にもまねできない最高のスタートを切ることもできた。(レアル)マドリーは世界一有名なクラブだ。当時のマドリーには、同世代のスーパースターが集結していた。ルイス・フィーゴやジネディーヌ・ジダンの隣で一緒にプレーできたのは、“豪華なプレゼント”みたいなものだし、この先ずっと感謝していくことだろう。それから、カルチョはスペインのサッカーと全く違っていた。攻撃のスペクタクル以上に戦術を重んじ、高度な組織力で相手をねじ伏せようとする。イタリアでの経験を積んだおかげで、僕はギャラクシーで若い選手に戦術の重要性を伝えることができた。


結果的に契約は成立しませんでしたが、夏にはパリSGへの移籍話も浮上しました。

ベッカム 魅力的なプロジェクトを支える一人として、パリSGが僕に目をつけてくれたことをうれしく思ったし、とても光栄に感じたよ。僕としても、新たなリーグ、新しい土地に触れるチャンスを楽しみにしていたし、ずいぶんと心が躍ったものさ。でも、残念ながら、最終的に交渉がうまくいかなかった。

ヨーロッパでキャリアを終わらせるつもりですか?

ベッカム 理想としては、心の故郷である(マンチェスター)ユナイテッドで現役を終わらせたい。クラブとアレックス・ファーガソン監督にはとても感謝しているし、ユナイテッドでラストを飾れたらそれはもう最高だよ。実現は難しいだろうけど、この世界は何が起こるか分からない。あり得ないことが現実になったケースはたくさんあるからね。

では、あなたがマンチェスター・シティーでプレーする可能性もありますか?

ベッカム それだけは絶対にない。前言撤回だね(笑)。理由は一つ、僕がユナイテッドのファンだからさ。お金の問題じゃない。ユナイテッドへの忠誠心の問題だ。シティーは今後もユナイテッドを追い抜くことはできない。彼らはユナイテッドよりお金を持っているかもしれないけど、それでチームを多少強化できても、相手チームから真に恐れられる存在にはなれないからね。

その理由は?

ベッカム 歴史さ。クラブが歩んできた歴史と築いてきた伝統。ユナイテッドやマドリー、ミランやバルセロナと対戦する時、相手はその歴史と伝統に恐れを抱く。いくらビッグマネーで世間の注目を集めても、仮に有能な選手を買いあさることができたとしても、歴史と伝統だけは金では手に入らない。

ユナイテッドと言えば、今シーズンから初の日本人選手として香川真司が加わりました。彼がブレイクするために何かアドバイスを送るとしたら?

ベッカム ユナイテッドに限らず、イングランドのサポーターはクラブをとことん応援する。まるで自分の家族、いや自分自身にエールを送るようにね。サポーターはどの選手にも、全身全霊を懸けて、とことん戦うことを求める。この点で、香川に不安はない。小柄だけどパワフルだし、中央からぐいぐい攻め入って相手を手玉に取る。更に、ゴールも奪う。プレーの面において、僕からアドバイスすべきことはないよ。ただ、僕の経験から一つだけ「これだけは守ってほしい」という“ルール”がある。

それは?

ベッカム サー・アレックスに絶対に逆らわないことさ(笑)。このアドバイスさえ守ってくれれば、香川は必ずユナイテッドで成功できると思うよ。

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アメリカに別れを告げたベッカム。数々のビッグクラブを渡り歩いてきた彼の新天地はどこに?
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