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香川真司、ユナイテッド移籍という最大の挑戦の始まり/プレミア開幕

2012.08.20

ワールドサッカーキング0906号(No.229号/8月16日発売)』掲載

写真=千葉格

 

 香川真司の挑戦が始まるーー。

 

 ドルトムントで絶対的な地位を築き、欧州でのキャリアを重ねた香川。新たなクラブとして選んだサッカーの母国における“君主”マンチェスター・Uだ。世界で最も熾烈な競争が繰り広げられるクラブのひとつに加入した若きサムライは、どのようにしてファンの心をつかむのか。どのように、高みへと歩んでいくのか。

 

 その道のりの第一歩、プレミアリーグの開幕戦で香川の可能性を探ろう。開幕戦を前に、香川の評価を“予習”しよう。(文:サッカーキング編集部)

 

 

文=デイヴィッド・マクドネル
翻訳=栗原正夫(EIS)写真=足立雅史

 

 香川真司は瞬く間に新天地に馴染んだ。マンチェスター・ユナイテッドがドルトムントから香川を獲得した7月1日の時点で、多くのイングランド人サポーターにとって、香川という攻撃的MFの知名度はゼロに近かった。数カ月前からユナイテッドが関心を示していると報道されてはいたが、そのキャリアやプレースタイルを知る者はイングランドにはほとんどいなかった。

 

 それでも香川はたった数週間で、アレックス・ファーガソンが決断した1700万ポンド(約20億円)の投資が今夏の移籍市場でも有数の《良い買い物》だったと人々に思わせている。チーム合流以降、注目が注がれる中、香川は周囲を納得させるだけのパフォーマンスを見せている。ユナイテッドには、全盛期のポール・スコールズ以来、中盤と前線をつなぐ能力を持ちながら、自ら点を取って相手の脅威にもなるバイタリティーに満ちたプレーヤーが出ていない。だが、最初の数試合を見る限り、香川に《ポスト・スコールズ》の期待を寄せてもよさそうだ。

信頼を勝ち取る手段は精神と語学力

 香川は通訳を介すことなく新しいチームメートに溶け込み、練習を重ねるごとにチームのプレースタイルを身につけている。その様子には、サー・アレックスでさえ驚きを隠せない。香川は言葉の壁をできるだけ早く克服するべく、既に毎日英語のレッスンを受けている。もっとも、指揮官の目に映るのは、新たな環境で楽しそうにやっている彼の姿だ。

 

「私が感心したのは、練習場でのあらゆるトレーニングの際に、彼が一切説明を求めないことだ」とファーガソン監督は言う。「一度手本を見せただけで、何の問題もなくトレーニングを消化している。語学力の問題があるとは、少なくとも練習中には全く感じさせない。実際に英語はそれほど得意じゃないと分かっているんだが、それがサッカーをする上で問題にならない。つまり、良い選手というのは何を求められているかを的確に理解できる。その点において、シンジは素晴らしい」

 

 チームメートからの信頼も短期間で勝ち取ったようだ。DFのリオ・ファーディナンドは、プレシーズンでの香川に接する中で、その才能や特徴を絶賛するに至っている。「シンジはすごくいいものを持っている。スピードとキレがあって、抜け目がない。両足も使える。新たなシーズンを一緒に戦うのが楽しみだよ。チームにとってすごく良い補強になると思う」

 

 また、2年前にオールド・トラッフォードにやって来たFWのハビエル・エルナンデスは、自らの経験が香川の参考になるはずだと話す。グアダラハラから加入して3シーズン目の彼は、自分がユナイテッドにスムーズに馴染めたことから、心配する必要はないと香川にエールを送る。

 

「新加入の選手にとって何より大事なのは、できるだけ早く新しい仲間のことを知り、一緒に過ごすことだと思う。僕らと一緒に練習したり、クラブのあらゆる面を学んだりするのは、シンジのためになるはずだ。僕の印象では、練習熱心で、プロ意識も高いし、すごくいい若者だよ。ユナイテッドにいる限り、勝者のメンタリティーを持ち続けるのが重要だ。新入りは(ライアン)ギグスや(ポール)スコールズのようなベテランから、そういうものを学ぶ必要がある。彼らは若手全員に様々なことを教えてくれるんだ」

 

 香川はチームにおける自分自身をどう考えているのか。彼は最も効果的にプレーできるポジションであるトップ下、つまりウェイン・ルーニーの背後のスペースでプレーしたいと監督に直訴した。相手に最大のダメージを与えるには、そのポジションでプレーすべきだということだ。

 

「サー・アレックスには、ドルトムントで自分がやっていたポジションについて説明しました。センターフォワードの下が一番やりやすいということも伝えました。そこでプレーできればと思います」と香川は語っている。

スネイデルから香川、戦力構想のシフト

 ドルトムントで築き上げた評価に加え、ユナイテッド加入後のインパクトによって、香川が「極東向けのビジネス目的」で獲得されたとの見解は骨抜きにされた。パク・チソンのQPRへの移籍に伴い、ユナイテッドで香川が唯一のアジア人選手となったのは確かだが、営業部長を務めるリチャード・アーノルドは、ピッチ上での能力同様、商業的な目論見で獲得されたとの見解を否定した。「我々は一人ではなく25人の選手全員を頼りにしている。ユナイテッドの選手は誰もがビッグネームだ。例えるなら、25人ともがジョージ・クルーニーだ。アジアで我々が成功しているとしたら、それは誰か一人の選手のおかげではない」

 

 ユナイテッドはオランダ代表でインテルに所属するスター選手、ヴェスレイ・スネイデルの獲得を狙っていた。しかし、本人が法外な年俸を要求し、クラブもそれに負けず劣らずの高額の移籍金を要求したため、交渉は打ち切られた。その間に香川はユナイテッドでの最初の数週間を過ごし、短期間で評価を高めた。首脳陣は「スネイデルよりも香川を獲得するほうがよほど理に適っている」と確信した。

 

 ドルトムントのブンデスリーガ連覇に貢献した香川だが、まだ23歳でしかなく、全盛期はこれからやって来る。今後の活躍に期待できるのはもちろん、ある時点で手放すとしてもそれなりの価格で売りに出せる。ところが、28歳のスネイデルとなると、退団する頃には市場価値がなくなっている可能性が高い。本人も引退前最後のビッグクラブへの移籍を望み、交渉はそう簡単には成立しないはずだ。

 

 ここ数年、サー・アレックスの補強は若手主体となっている。それは自分たちより経済力があり、ビッグネームに高額を投じることのできるマンチェスター・シティーやチェルシーを意識してのことだ。約500億円の負債を抱えるユナイテッドには、とても太刀打ちできない。そこでファーガソン監督は補強戦略を改めた。

 

 クリス・スモーリング、フィル・ジョーンズ、エルナンデス、ラファエルとファビオのダ・シルバ兄弟、ダビド・デ・ヘア、ニック・パウエル、そして香川。この数年でユナイテッドにやって来たのは、いずれも23歳以下で、これからユナイテッドでキャリアのピークを迎える選手ばかりである。

ファン・ペルシーの背後で自由に動き回ればいい

 ユナイテッドのようなビッグクラブでは常に熾烈なポジション争いが繰り広げられている。香川とロビン・ファン・ペルシーの加入でスタメンの座から転落するのはダニー・ウェルベックになりそうだ。エルナンデスを追い抜いてルーニーのパートナー役をゲットし、2トップの一角に入ったウェルベックだが、香川やファン・ペルシーが加わったことでベンチに回らざるを得ない。

 

 絶対的なFWの柱となりそうなのがファン・ペルシーで、スピードがあり、クロスの精度も高いバレンシア、ナーニ、ヤングは、サイドで使うのが最も効果的である。一方、ルーニーはクラブでも代表でも、攻撃の中心に置かれるのを好む。最高のタレントである彼を気持ち良くプレーさせ、その長所を最大限に引き出すには、トップ下に据えて中盤全体でサポートするのがベストだろう。中盤の底に位置するキャリックとスコールズは、ボールをピッチ全体に散らし、試合の流れを見極めながらバランスを整えると同時に、最終ラインをサポートする役割も担う。

 

 そんな攻撃陣の中で香川はどうプレーすべきなのか。ひとつの答えはトップ下だろう。ルーニーとの兼ね合いもあるが、ゴール前に飛び込むスピードや、そこからの切り返し、相手を引き付けてからのラストパスなど、相手にとって最も危険な位置で自分の持ち味を存分に発揮すればいいのだ。

 あるいはルーニーにトップ下を譲ったとしても、サイドでプレーし、時折ルーニーとポジションチェンジを行い、流動的に動きまわるという道もある。

 

 ユナイテッドと言えばカウンターのイメージがあるかもしれない。実際、まずはスピードに乗ったカウンターを狙い、それが難しければサイドに展開するのがお決まりのパターンだ。しかし、香川が加わることでこれまでとは違うプレーの幅がもたらさせることが期待される。

 

 7月25日に行われた上海申花とのプレシーズンマッチで唯一のゴールを挙げ、ユナイテッドを1−0の勝利に導いた香川について、ファーガソン監督は次のように語っている。「カウンター攻撃は我々の売りの一つだ。カウンターの象徴がバレンシアだろう。だが、香川はスピードもあるが、それ以上のものをチームにもたらすことができる。彼のボールを呼び込む意識やDFをかわすスピードは、チームにとって大きな武器になるだろう」

 

 移籍決定、チーム合流から現在まで、香川を取り巻くすべてがスムーズに進行しているように見える。彼を待ち受ける落とし穴があるとしたら、それは何だろうか。それは《心理的重圧》だろう。選手の中には、ユナイテッドほどの世界的な人気と注目を誇るビッグクラブの一員であることに耐えられない者もいる。才能はあっても、注目度の高さや期待の大きさに萎縮してしまう者は少なくないのだ。

 

 実際、ユナイテッドの選手に逃げ場などない。古くはギャリー・バートルズから、ファン・セバスティアン・ベロン、ディエゴ・フォルラン、クレベルソンまで、疑いようのない才能を持った選手の失敗例は枚挙にいとまがない。彼らは大きな期待を背負ってオールド・トラッフォードに迎えられながら、本領発揮に至らなかった。

 

 ユナイテッドでの香川にどんな運命が待ち受けているのかを占うのは時期尚早だ。とはいえ、滑り出しは上々である。香川にはビッグクラブでプレーする心構えができているようだ。規律正しく勤勉で、ユナイテッドで成功を収めたいという強い気持ちが感じられる。そういったメンタリティーは、特にフィジカルやテクニック以上に重要な要素となる。

 

 ユナイテッドで成功を収めるための条件はすべて備わっているように思う。あとはピッチで結果を出すだけ。日本が誇るタレントにとって大きな挑戦が始まろうとしている。

 

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