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新日本プロレス社長に訊く! 失われた人気を取り戻すヒント【前編・新日復活の理由と展望】

2015.12.10

●インタビュー=小松春生

 1970年代から1990年代まで、日本のスポーツ、エンターテインメント界をけん引する団体の一つであった新日本プロレス。しかし、2000年代に入るとファン離れや経営の悪化が叫ばれ、低迷期に入ってしまった。

 転機となったのは2012年、当時ユークスの子会社となっていた新日本プロレスを、カードゲームの製作・販売などを行うブシロードが買収したことだった。当初は懐疑的な目も向けられていたが、巧みな広報戦略やリング上での試合の充実を図るなどして、人気や動員が復活。現在は「プ女子」(プロレス好き女子)などという言葉も、いろいろなメディアで目にするようになるなど、プロレスの世間の認知度が回復した。

 Jリーグに目を向けると2015年はリーグ戦の観客動員が900万人を超えたことが発表されるなど、少しずつ活況を取り戻しつつあるが、若年層やライト層と呼ばれる部分の取り込みには至っていない。

 今回、『サッカーキング』では、業界、企業においての「V字回復」、「再生」のヒントを聞くべく、新日本プロレスの手塚要代表取締役社長にインタビューを敢行。

 インタビュー前編では新日本プロレスがどのように業績・人気を回復したか。さらに現在の勢いを今後どのように維持・拡大していくかを直撃。サッカー界や他ジャンルにも通じる金言を語ってもらった。

インタビュー後編『サッカー界はこう変えろ!』はコチラ
https://www.soccer-king.jp/sk_column/article/376308.html

大切だったのは世間に“知らしめること”

―――まず、新日本プロレスの業績が良くなかった2012年、ブシロードが買収した経緯をお聞かせください。

手塚要代表取締役社長(以下、手塚) 当時、私はブシロードで全く別の仕事をしており、買収の舵取りをしたのはブシロード社長の木谷(高明)でした。まずは、木谷自身がプロレス好きで、好きだからこそ“よく見ていました”。“よく見ている”というのは、“試合を見ている”ことではなく、“今どういった状況であるのかを見ていた”と。

 買収した当時の状況を説明いたしますと、2000年代に入って格闘技ブームが起き、そちらへお客様が流れてしまい、新日本プロレスとしてもお客様に対して正面から向き合ってない状態でした。いろいろなことをやりすぎてしまい、離れていってしまったんですね。ただ、2005年にユークスさんが親会社となり(※)、会社としてはしっかり立て直し始めていた状態でした。試合も非常に面白いものを見せていましたし、選手もいろいろなことに挑戦して。棚橋(弘至)選手が先駆けとなったんですが、地方のプロモーションなど、宣伝活動に積極的に参加してくれました。エンターテインメント、スポーツという娯楽として非常に魅力的な存在でありながら、低迷していた。だから買収したわけです。

※2005年、ゲーム会社であるユークスが新日本プロレスの株式の50%以上を取得。のちに完全子会社化。

―――ポテンシャルがありながらも活かせていない、いわばチャンスだったわけですね。

手塚 会社として低迷の底が見え、あと一押しをすれば復活するのではというタイミングで、ご縁があってそういうお話があり、『これはいけるな』という判断をしました。木谷の言葉になりますが、ユークスさんはゲームを受託で運営する業務を主とする会社なので、管理をすることを得意分野としていました。ただ、当時の新日本プロレスには、広告をドンと投下する、様々なものを巻き込んで宣伝をすることが必要だと考えていました。それは木谷の得意とする分野であったので、『これはもう今しかない』という絶好機だと判断しました。

―――受け身であった情報発信について能動的にやっていくことを、一番に変えようとしたのでしょうか?

手塚 そうですね。“変える”というか、“知らしめる”ことですね。

―――持っているコンテンツを活かすということでしょうか?

手塚 あるものを活かすこと。あとは、『リングの中はすごく面白いですよ』ということを知らしめないといけませんでした。買収した年は約3億円の広告費をブシロードが投資しています。新日本プロレスはお金がなかったので、ブシロードが親会社でありつつスポンサーとなりました。買収は2012年2月でしたが、まず手をかけたのが同年8月の『G1 CLIMAX』(※)です。そこでドンと山手線の車両広告やアドトラックを走らせたりして、とにかく『新日本プロレス、やっていますよ』と、大々的にアピールしました。

(※)新日本プロレスが毎夏行うシングルマッチのリーグ戦、トーナメント戦の大会。今年で25回目の開催となった団体のビッグイベントの一つ。

元々いたコアなお客様が新しいお客様を連れてくる流れができた

―――“流行っている感”を出すということですね。

手塚 そうですね。そもそも新日本プロレスが開催されていること自体を皆さん知らないんです。『G1 CLIMAX』をドンとやります。その次に大々的に開催する1月4日の東京ドーム大会も盛り上がっていますよ、と大きくと広告を出すことを重視しました。一番初めに手をつけたことは、“変える”というよりも“知らしめる”ことです。

―――投資の回収は考えませんでしたか?

手塚 はい。本当に先行投資ですね。

―――その先行投資が実を結び、ファンの数も増えていきました。その主な要因は何でしょうか?

手塚 もともと新日本プロレスは80年代、テレビの全国ネットで金曜夜8時に放送していました。すると新日本プロレスを知っている人が世間に大多数存在するわけです。30代以上の男性のほとんどは、すでに存在を認識している。なので、一度離れてしまったお客様を呼び戻すことをやったわけです。さらに戻ってきてくれた方たちが自分の家族、彼女、友達を連れて来てくれたので、観客の増加につながりました。

 すでにいるコアなお客様に会場へ来てもらう。次に一度離れたお客様を呼び戻す。さらにその方々が新しいお客様を連れてくる。その流れができたことが一番の要因だと思います。

日常会話でプロレスの話題が上がる空気作りを

―――コアな方が新規の方を会場に連れてきてもらえるような施策は行われたんですか?

手塚 特にしていません。具体的な施策は、先ほども言った派手な看板なんです。とにかく話題にさせたかった。例えば、取引先の方から「最近うちの会社でプロレスファンがカミングアウトするんです」って言われたんですよ。「なんだよ、カミングアウトって」と思うんですけども(笑)、一時期プロレスが低迷していたので、周囲に言いづらい空気があったんでしょうね。流行りが去ったものを好きだと言うと、「まだ好きなの?」と言われてしまう。「まだプロレスファンなの?」と言われたくないから黙ってしまっていたことが、最近また盛り上がってきて、「もしかしてプロレスファンと言っても恥ずかしくないんじゃないか」という空気感ができた。その空気感作りにはかなり力を入れました。

―――外へ派手に見せていく、ということですね。

手塚 そこは完全に狙いました。テレビCMを投下して、街頭の看板出して、日常会話で「最近プロレスをよく見るよね」みたいな話をしてもらおうと。仕事を3年5年とともにやりながら、実は相手がプロレスファンだったということを知らなかった話はよくあるので、周囲で少しでもプロレスの話題に上がるようにして、「久々に行ってみるか」、「せっかくだから一緒に行ってみるか」という話を普段からしてもらえる空気作りですね。

―――興味を持った人が会場へ行くとそこは盛り上がっていて、リピートしてもらえるという流れができますね。

手塚 会場に行ったら、「あれ、こんなに盛り上がっていた?」と感じてもらえる。それから、「次また来たいな」と思った時に、せっかくだから新しい人を誘うという流れができます。また、興味を持ってくれる人が、どんどん増えてくることによって、うちの選手がテレビや雑誌に取り上げていただく機会がすごく増えました。そうすると、今までプロレスに触れていなかった人もなんとなく目にする機会ができる。我々は特別、女性向けに何かを狙ってやっきたわけではないですが、現在はちょっと興味を持ってくれた女性に対して、男性が観戦に行くことを誘いやすい環境もできています。

力を入れているのは動画配信。とにかく見る機会を増やすこと

―――新日本プロレスの現在の勢いを持続・拡大させるために、経営戦略上で重視していることはありますか?

手塚 今は動画配信です。有料の動画配信を展開していますが、これには2つの理由があります。まずは気楽にプロレスを見てもらう、ということです。試合会場に毎回来ることは経済的に難しいですし、物理的に会場が遠ければ不可能になります。全ての試合を配信しているわけではありませんが、いわゆる主要大会は配信しています。とにかく見る機会を増やして、かつ、会員数が増加するほど売り上げが増えるという、流行らせつつ売り上げを立てるツールです。なので、動画配信は一番力を入れています。

―――日本国内のスポーツ団体で、最も成功している配信サービスの一つだと思います。

手塚 そうですね。おそらく他の成功モデルと言えば、『パ・リーグTV』さんとか『虎テレ』さんですね。一つの団体で見れば野球やサッカーに比べると新日本プロレスはお客様の分母がかなり少なくなってしまいますが、健闘しているほうかと思います。

―――ベンチマーク、ビジネスモデルはありますか? 同業者だとアメリカのプロレス団体『WWE』だと思いますが。

手塚 『WWE』しかないですよね(笑)。あちらは規模が圧倒的に大きいですが。

―――『WWE』も現在、ネットワークや動画配信に力を入れていますが、その規模やサービスはすごいものですか?

手塚 『WWEネットワーク』という130万人ほどの会員を抱えているサービスを展開しています。でも、リング上での試合があり、それをどう見せるかという部分で言うと、やっていることは新日本も変わりません。スケールが違うだけですが、そのスケールがアメリカと日本の違いであり、ペイ・パー・ビューの文化があるかないかの違いもあります。最近上陸した『Netflix』は6500万人の会員が全世界にいる一方で、日本の『dTV』はいろいろと手を打っても500万人。数字だけ見れば劣っているかもしれませんが、やらないといけないことはたくさんあるとしても、決して中身で『WWE』に劣っているとは思っていません。

目指さないといけないのはディズニー

―――参考にしている他のスポーツ団体はありますか?

手塚 あまりないですね(笑)。僕は、スポーツとしてではなく、エンターテインメントとして目指さないといけないのがディズニーランドだと考えています。夢の空間をいかに作るかという意味で言うと、劇団四季や宝塚歌劇団、歌舞伎も同じです。その会場へ行くまでに夢があるんです。ディズニーランドに行く時を考えてください。東京駅の京葉線のホームに行く道のりで、すでに広告がバンバン出ています。もうワクワクしちゃいますよね。そして駅に着いて降りた瞬間、風景も音も全部ディズニーです。来場者もディズニーのアイテムを身に着けていますし。それはすごいことです。

 新日本プロレスの場合は、例えば団体のシンボルマークであるライオンマークのTシャツや選手のTシャツを着て会場に来てくれるわけです。試合会場は毎回違いますけれども、そこへ向かう道中でアイテムを身に着けている人を見かける。それは物販に力を入れて、お客様が着て来たくなるようなTシャツを作る仕掛けをしたので可能となりました。そういう空間を作らなければいけないのは、プロレスも同じです。

―――来場者に十分な“助走”をしてもらって、ゴールとなるリングでしっかり見せるということですね。

手塚 しっかり見せた上で、最後に余韻を残して、「あの試合すごかったね」、「この試合良かったね」、「あの選手すごいな、この選手ダメだな」という会話をしながら帰ってもらえると嬉しいですね。

お客様の考え・感覚は変化する。僕らも変わらないと

―――“流行っている感”のお話もそうですし、その“助走”部分に注力してきたと。

手塚 そうですね。これまでの新日本プロレスは、40年間同じことをやってきたわけです。言ってしまえば『プロレスはこうである』みたいなことが、スタッフにも染み付いていた。でも、当たり前ですが、お客様はいろいろなサービスに常に触れているわけで、考えや受け取り方も変化します。であれば、プロレスのサービスも変えなければいけない。リング上では選手が一生懸命、時代に応じた変え方をしていたわけです。今であれば選手が流血することは少なく、昔よりも技やアピールが派手になっている。パッと見て『すごいな』という試合が多いんですけど、選手はお客様の目にずっと触れて、直接反応を感じ取っているので、それに合わせて変化をしてきたわけです。

 でもなぜか、スタッフの意識は変わっていなかったと感じました。この20年で日本人のサービスに対する感覚はかなり変わりました。エンターテインメントで言えば、ディズニーランド開園前と後では全然違う。普段の生活もコンビニエンスストアに行けば、最近ではレジの前の足元にマークがありますが、20年前はなかったわけです。これによって日本人は並ぶシステムにも慣れました。「空いたレジにどうぞ」となり、それがスタンダードになる。

 知らず知らずのうちに、すごくいいサービスを受けることに慣れてしまったんです。ということは、プロレスもリング内外で、夢のある空間としてスタッフが笑顔でしっかりと対応しなければいけません。30年以上前はお客様とスタッフのトラブルも絶えませんでしたからね(笑)。

 僕らも変わらなければいけません。サービス面の改善をすることでお客様も来やすくなったと思います。「敷居が高く感じていたけど、来てみたら試合も楽しいし、それ以外の部分もすごく楽しいから、家族と一緒に行きたい」と感じてもらって、広がっていくものだと思います。

―――今、日本人はどういうエンターテインメントを求めていると思いますか?

手塚 やっぱり夢、非日常じゃないでしょうか。エンターテインメントとは、基本的に経済が良い時か悪い時の両極の場合に求められるものだと思います。景気が良いからお金を使える、景気が悪いから夢を見たいと。今の日本はどちらでもない、中途半端な時期です。でも、中途半端な時期だからこそ日常は退屈だと思うんです。忘れたい、逃げ出したい日常ばかりの時代ではなく、今は情報がたくさんあふれ、すぐいろいろなものに触れられる時代だから、“実体験をしたい”と思うんですよ。

 プロレスとは“ライブ”です。その空間にいることによって、すごいものを見せてもらえる。プロレスラーの強さやすごさを実際に見ることでそれを体験することが楽しみにつながると思います。

ライブの価値を高めて動画配信に力を入れる

―――デジタルが普及するほど、ライブの重みが出てきます。

手塚 そうですね。動画配信の話に戻りますが、これは普及するほど、ライブの価値も無限に上げてくれます。ライブの限界値はサッカーも同じだと思いますが、会場の大きさが限界値になります。どんなに盛り上がってもキャパシティの限界値があって。先日、ボクシングのフロイド・メイウェザー対マニー・パッキャオが、収容人数1万人くらいの会場で行われました。チケットはすぐに売り切れて、その分、ペイ・パー・ビューがバンバン売れたんです。ライブで見るチケットも一番高い値段で600万円くらいでした。これはもう究極のライブですよね。だから僕は、キャパシティの小さい会場でもいい試合、いい大会をすることでライブの価値を高めつつ、その試合をライブで見たいと思ってくれる人が増え、動画配信の契約につながってくれることを期待しています(笑)。もちろん、大きな会場でやって、いろいろな人にライブを体験してもらうことも並行して進めたいですね。

―――今後の新日本プロレスはどういった展開をされていこうとお考えですか?

手塚 動画配信と海外に力を入れていこうと思っています。これは木谷の言葉ですけども、「デジタル化とグローバル化は融合するものである」と。デジタル化を進めれば進めるほどグローバルでやりやすくなる。例えばペイ・パー・ビューによってテレビで動画を見せることは各国でテレビ局と提携して、契約しなければいけません。でも、インターネットの動画配信であれば、自分たちが制作し、簡単にどこでも見られるわけです。

 2015年1月4日の東京ドーム大会は、アメリカでペイ・パー・ビュー放送をやりましたが、2016年大会はそれを動画配信でやろうと思っています。10月12日の両国国技館大会では、日本語版と併せて英語版の実況が入った動画を配信しました。もちろん英語版は海外の方に見てもらうためです。そういうことが容易にできる時代になったので、どんどん推し進めていって、とにかく見せる。海外で見てもらう環境を作って、その後に現地へ行けるところは行くと。行って実際にライブとしての試合をやりたいです。

―――今、国内でやられていることをグローバルでさらに規模を大きくしてやるということですね。

手塚 その一歩手前として、日本で地方を開拓することがあり、その場合も手法は同じです。とにかく動画配信で東京の試合や他会場の試合を見てもらう。見てもらって、見てもらって、見てもらってから、地元にやってきた時に会場へ来てもらう。それを繰り返して地方の活性化につなげる。それと同じ手法を海外もやっていくつもりです。

インタビュー後編『サッカー界はこう変えろ!』はコチラ
https://www.soccer-king.jp/sk_column/article/376308.html

2016年1月4日(月)
「バディファイトPresents WRESTLE KINGDOM 10 in 東京ドーム」開催!

●大会公式ホームページ
http://wrestlekingdom.jp/

対戦カード

●IWGPヘビー級選手権試合
オカダ・カズチカ(王者) vs 棚橋弘至(挑戦者)

●IWGPインターコンチネンタル選手権試合
中邑真輔(王者) vs AJスタイルズ(挑戦者)

●IWGPジュニアヘビー級選手権試合
ケニー・オメガ(王者) vs KUSHIDA(挑戦者)

●IWGPジュニアタッグ選手権試合4WAYマッチ
カイル・オライリー&ボビー・フィッシュ(王者) vs リコシェ&マット・サイダル(挑戦者) vs ロッキー・ロメロ&バレッタ(挑戦者) vs マット・ジャクソン&ニック・ジャクソン(挑戦者)

and more…

By 小松春生

Web『サッカーキング』編集長

1984年東京都生まれ。2012年よりWeb『サッカーキング』で編集者として勤務。2019年7月よりWeb『サッカーキング』編集長に就任。イギリスと⚽️サッカーと🎤音楽と🤼‍♂️プロレスが好き

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