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【SC相模原会長・望月重良インタビュー】「いい人を気取って生きようとは思わない」賛同者ゼロからのJクラブ立ち上げ

2015.11.03

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インタビュー/MCタツ

 2008年に望月重良氏がSC相模原を立ち上げ、神奈川県3部からわずか6年で2014年にJリーグ加入を果たした。都道府県リーグの3部からスタートしたクラブが、6年でJリーグ加入を成し遂げたのは最速記録である。

 そんな望月氏が2015年10月に書籍『全くゼロからのJクラブの作り方 サッカー界で勝つためのマネジメント』を東邦出版より上梓した。この書籍では、どのような経営マネジメントでSC相模原を最速で引き上げたのか、詳細が書かれている。

「石灰でラインを引いたのは高校生以来だった」と語った望月氏。まさにゼロからのスタートだったSC相模原を、現役時代に日本代表まで登りつめた男がどのような気持ちでここまでマネジメントしてきたのか、その内面に迫った。

クラブの立ち上げは「誰も賛同してくれなかった」

——相模原の小料理屋の若大将の言葉がきっかけで、SC相模原を立ち上げることになったとのことですが、クラブを持つということに抵抗はなかったんですか?

望月 抵抗というか、もうそこは割り切りというか……。なんというか、あまり深く考えず、どちかというとノリとまでは言わないですが、興味というか、勢いっていうのがありました。正直、あまり深く考えませんでした。

——その時他にやりたいと思っていたことはなかったのですか?

望月 僕自身はとにかくJリーグの監督をやりたかったんです。

——それでもクラブを立ち上げることを選んだ理由はどこにあったのですか?

望月 クラブを立ち上げてJリーグを目指すと言ったからには、監督になりたいとう気持ちは完全に捨てました。だから逆にこれ一本で勝負するんだという決意ができましたね。

——監督になりたい未練を断ち切るのは大変だったんじゃないですか?

望月 クラブを立ち上げることを決めた後は、未練というより、一刻も早くSC相模原をJリーグのクラブにするためにということしか考えていなかったですね。立ち上げると決めた後に迷ったりとか、監督をやりたいという気持ちが湧いたりとかはまったくなかったですね。やると決めたからには、もうやり切るという考えしか頭のなかにはなかったです。

——望月さんのように日本代表で活躍された方が、県の3部ってギャップが大きすぎて、普通の人だったらアジャストできないんじゃないかなと思うんですが、県の3部に対して上から目線ではなくて、同じ目線から物事を考えるのはとても難しいことだったのではないですか?

望月 それは、このチームを立ち上げる時の覚悟の問題だと思います。そういうことも受け入れての決断でしたから。土のグラウンドですし自分で石灰ラインを引いたりだとか(笑)、とんぼでグラウンド整備してっていうのも受け入れる覚悟がありました。

——普通の人だったら、土のグラウンド石灰でラインを引くぐらいならJリーグの監督だとか華やかな方向を選ぶんじゃないかなと思います。

望月 まあそうですよね。そういう部分は自分が人と考え方が違うところなんじゃないでしょうか。自分は変わり者なのかもしれないとは思いますね。

——それこそ同期とか先輩後輩に「なんでそこまでするの?」みたいな反応はなかったんですか?

望月 いや、やり始めた時はみんなどういうふうに思っていたかはわからないですが、応援してくれる人が多かったですよ。ただ、やろうかやるまいかという相談した時は、ほぼほぼみんな「やめたほうがいい」と言っていましたね。名波(浩)さんにしても、うちの高校の先生にしても、大学の先生にしても。このプロジェクトに対して誰も賛成する人はいなかったですね。

——反対はされても、人のアドバイスは関係なかったんですか?

望月 正直、腹では決まっていましたから。それに賛同してくれる人が欲しかったんですが、誰も賛同してくれなかった(笑)。それが正直なところです。もう少し賛同してくれる人がいるんじゃないかなと思ったんですが(笑)。「お前それやめたほうがいいぞ」って言う人がほとんどでした。

——賛同してくれなかった人たちに「見返してやるぞ!」というような気持ちが湧いてきたりというのはありましたか? 結果としては最速でJリーグまで上がってきて、ホレ見たことかみたいな気持ちがあるんじゃないですか?

望月 まったくないですよ(笑)。それはスタートしてから本当にいろんな人が協力してくれたし、そういう人たちがいてこそ今があると思いますから。見返すとかそういうのはないですね。特別恨まれたこともないですし(笑)。みなさん自分のことを思ってくれて「わざわざそんな道に行く必要はないんじゃないか」という親心から出たアドバイスだと思いますし。

——自分だったら、反対した人とかに「絶対見てろよ」って思います(笑)。

望月 (笑)。自分は思わないですね。でも、いざやるって決めてスタートした時に、いろんな人がサポートしてくれたのは本当にありがたかったですね。例えば、本当にお金がない中で、大岩(剛)さんはボールを寄付してくれました。他にも遠征費を募金という形で集めてくれました。名波さんも協力してくれました。今でこそ相模原はJリーグのチームになりましたが、最初の頃はいわゆる草サッカーのチームで、そういう状況で協力ってなかなか難しいと思うんですよ。比較するわけじゃないですが、立ち上げの時に協力してくれた人たちには本当に感謝しています。彼らがいなければ今の我々はないので。

——この本を読んで、望月さんは何事もすごく自信を持って徹底されているなと感じました。ただ、どうしてそこまで自信を持ってできたのでしょうか。

望月 やりながら自信がついたという部分もありますが、でもやる前から自信があった部分もありますね。クラブを作ってJリーグを目指すと決めた時に、ある程度、自分の中で見えた部分もあって、Jリーグくらいまでだったら、自分のキャパ以内でできるっていう手応えを感じていました。勝つということに特化すれば、ある程度勝てるチームは作れるだろうと。県の3部からスタートしましたが、地域リーグ、JFLでは勝てる自信がありました。

——それは選手の時から「こういうふうにJクラブってやればいいのに」って思っていたのか、それとも社長になると決まってからJリーグの運営の仕方だとか強化の仕方というのを考えたんですか?

望月 自分がプロ選手でやっていた時にフロントに対して「こうやればもっとうまくいくのにな」とか、そういうのは選手時代に少なからず思っていたこともありますが、プロチームとアマチュアチームでは運営方式も考え方も全然違います。チームを作った時、最初はアマチュアだったので、プロと比較することはできません。プロとアマチュアでは運営の仕方が別のものだと思っていたので。

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『自分がクラブを去るべきときは去る』

——ここからクラブが更に大きくなるためには、もっと違った人たちにサポートしてもらったりお付き合いしていかないといけなかと思うのですが、どう考えていますか?

望月 当然ある程度会社組織も変えていかないといけないです。その場その場にあった人材を使っていかないといけません。それはクラブの中もそうだし、ピッチの選手たちもそうだと思います。その時の流れを汲みつつ、その時に適材適所でいい人材を当てはめていこうと思っています。だから極端な話、自分じゃなくて他の人がこのクラブを本当に大きくしてくれるということでしたら、その人にやってもらったほうがクラブにとっていいと思っています。自分はそういう決断も受け入れるつもりです。自分がクラブを作ったので、自分が創業者ではありますが、創業者がずっといる必要もないですよね。今はクラブがどうなるかっていうことが一番大事なこと。本当に自分のものじゃないんですよ。Jリーグの理念じゃないですが、百年続けいくクラブチームを作っていかないといけません。それは最初に立ち上げた人間の使命でもあると思う。一番やっちゃいけないのはクラブを潰すことだと思います。

——クラブを立ち上げたけれど、自分のものという感覚は全くないんですか?

望月 まったくないですね。

——では誰のものという感覚ですか?

望月 街のものですし、市民のものですし、そういったいろんな人のためのクラブで、みんなで支えていくクラブじゃないかなと思っています。

——この本にも書いてありましたが、自分で呼んだ選手を、自分で肩をたたいたと。そういう選手は納得してくれたんですか?

望月 いや、当然納得はしてないと思います。でも、クラブが進むべき道のためなら、たとえ自分の友人であっても、それは私情というか自分の考えや、プライベートを考えちゃダメだと思うので、クラブを第一に考え選択します。それは選手もそうですし、フロントの中の人材でも、肩をたたくということはやりました。今クラブにとって必要な人材にいてもらわないと、という判断です。当然それはすごくつらいことです。でもつらいことだからと言って、それを人に頼むということはないです。僕はクラブを立ち上げた時からそういうことは絶対人にやらせないようにしています。自分で呼んだのだったら自分で本人に伝える。お互いにとって嫌なことなのですが、でも嫌なことをちゃんとやらないとチームは成り立たないと思います。そこは、自分のこだわりというか、嫌な役も自分がやらないといけないとは思っています。

——サッカーのピッチ上でも仲良しこよしではダメで、チームの悪いところをはっきり言えるような人がいたほうがうまくいくと思うんですが、まさに経営でもそうなんですか?

望月 はい、自分はそういうふうにこだわりを持ってやっています。

——なかなか日本人では難しいところですよね?

望月 みんなやっぱり嫌われたくないですからね(笑)。

——それは選手時代からそうなんですか?

望月 そうですね。だから、名古屋時代みたいな話も出てくるというか(笑)。別にいい人を気取って生きようとも思っていません。ただやるべきことに関してこだわりを持ってやりたいというか。

——最短でJリーグに入ってスムーズに来ていますが、施作の中で何か後悔しているものはありますか?

望月 そうですね……。人を切るとか。誰かが去らなきゃいけないという時に、もうちょっと違う方法というか違う選択肢がもしかしたらあったんじゃないかなとは感じました。逆に、切った人間に対しても、その後ちゃんとクラブが結果を残さないといけないなというのは感じましたね。そこのプレッシャーというか責任というのはすごく自分の中でありました。

——ビジネスの面でアドバイスをいただきたいんですが、そういう非情な決断をしなきゃいけないけど、なかなか踏み切れないという人たちにアドバイスをするなら、なんてアドバイスしますか? さきほどあった、嫌われ者になることを厭わないというところが一つあると思うんですが。

望月 自分であって自分でないような感覚というか。自分で立ち上げたチームなんですが、私情は関係ないというか。クラブの人間という立場で物事を考えているので、望月重良という個人の考えじゃないんですよね。優先順位が変わってくるというか、クラブにとってこれはどうなのかなっていう考え方になります。例えば、望月だったら嫌われたくないというのはあると思います。でもクラブを立ち上げたという立場だから、クラブを良くするためにはこうしなきゃいけない、ああしなきゃいけないと考えますし、人を切ることだったり嫌われ役を買って出ることだったりというのも、自分がやらなくてはいけないと思います。現役時代から勝ちに対しての執着心というのはものすごくありました。勝っても負けても何も感じなかったら多分いい人でいられたと思うんですよね。でもそれじゃあ自分として、そういう生き方は嫌で……。悪いことは悪いし、良いことは良いという判断で、白黒はっきりしていてグレーな部分があまりないかなと思います。もう少しグレーな部分を作りたいなというのは自分の中でも思っているんですが(笑)。でもそれが性格的にできない。話を戻しますが、自分の立ち位置でどう考えられるかということだと思います。

——クラブが大きくなっていく上で、自分で直接見られない案件が増えていくんじゃないかなと思うんですが、その時現場の人にはどのように任せようと思っていますか?

望月 そこまで具体的にどうのこうのというのは考えていませんが、やっぱり一番大きいのは気持ちで、クラブのためにっていう「犠牲心」じゃないですが、そういう人間に集まってもらいたいし、そういう人間にいろんなことを託していきたい。これはクラブのフロントもそうなんですが、選手もある意味そうだと思うんですよね。チームのために本当に労を惜しまずにやらなきゃいけない。そういったところでチームはできてくると思うんですよね。それは自分の選手としての経験からそう思います。個人でいろんなことをやりたいとか、個人で目指したいっていうような人間がいたら、絶対組織っていうのはうまくいかない。そこのところだけは共通認識を持っていきたいと思います。

——一緒に働くという段階で、チームプレーをちゃんとできるような人間を選んでいきたい。

望月 そう。今いる社員の人たちは自分のことを好きか嫌いかはわからないけど、少なからずチームのことはみんなすごく好きですから(笑)。本当に愛してるから。そういった人間が一人でも二人でも来てくれるといいですね。

——クラブへの愛情さえあれば、望月さんはその人の決断を信頼できるんですか?

望月 できますよ。当然、失敗も成功もあるでしょう。でも根本のところでクラブへの愛情がなければ、一緒に働いていて同じレベルにならないというか。そういう風に考えています。

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Jリーグに期待することは「外資開放」

——少し話題を変えまして、Jリーグについて伺いたいと思います。Jリーグのルールを何か一つ変えられるとしたら、何を変えたいですか?

望月 そうですねぇ……。やっぱり外資を入れることですかね。やっぱりグローバルなリーグにしていきたい。今は日本企業というくくりがありますが、タイ人がクラブを持ってもいいし、イギリス人が持ってもいいし、アメリカ人が持ってもいい。そういったチームが出てくると、よりリーグが活性化する。Jリーグ自体のステータスが上がると思うんですが、まだ外資が投資してくれるほど魅力のあるリーグになっていないということもあるかと思います。でも、グローバル化というか外資解放みたいなことをやっていくと、Jリーグ自体も発展しますが、日本国内でのJリーグのステータスも変わってくるんじゃないかなと思います。今はもうそういう時代だと。

——外資を解放するとビッグマネーを得られる地域と、得られない地域の格差がかなり大きくなってくる可能性があります。護送船団で来たJリーグなので、クラブ格差が大きくなってしまうところを危惧しているかと思うのですが、それに関してはどう思われますか?

望月 要はリーグがお金を稼げれば分配金が増えるわけなので、クラブの運営自体は問題ないと思います。今はリーグ自体にお金がないということが一番の問題だと思います。それは地方だからどうのこうのという問題ではないと思う。

——ただ、突き抜けるクラブはものすごく突き抜けて、大小の差は開くかもしれません。それでも問題ないと?

望月 全然問題ないと思います。そこは競争社会だと思うので。今のJリーグもそうなんですけど、リーグ自体にお金がないから。例えば今年プレーオフをやっても赤字の補填でしかなく、根本的にリーグにお金がないのでクラブへの分配金が少ないまま。そこにリーグ自体の問題がある。だからこそ、村井(満)さんや実行委員会が、いろんな知恵やアイディアを出して、次に打つ手を考えています。Jリーグは23年が経ちましたが、理念どうのこうのは、やり続ける中で変わっていく過渡期なんだと思います。その進む方向によっては、よりいいリーグになる可能性もあるし、衰退して潰れちゃう可能性もあります。細かいことをいうと、J3のあり方、J3リーグをこれからどうしていくかというのも、Jリーグの実行委員会で真剣に考えています。Jリーグの中ではJ1、J2からすると、J3は育成という立ち位置に置かれています。いろんなことが決められた状態で、上から通達されたんですが、でも自分たちJ3は立ち上がって「いや、そうじゃねえ」と声をあげています。来年でJ3は3年目になりますが、J3はJ3で、おれらが当事者だから、おれたちが賛成しなきゃそういう意見は受け入れられない。みんなが危機意識を持ち始めています。そういったことがリーグ全体の活性化につながって、いいリーグになっていくんじゃないかなというふうに感じています。

——最後に、望月さんにとって理想のクラブというのはどういうクラブなんですか。

望月 理想のクラブは潰れないクラブ。潰さないクラブ。百年続くクラブ。そこはもう絶対の理想。

——ビッグクラブになるために必要なものはなんだと思っていますか?

望月 正直、具体的に何かっていうのはないですが、50億がビッグクラブの平均値なのかなと思っています。そこに向けて、これからどうやっていくか手探りでやっていく感じですね。

——クラブ理念を改めてもう一度。

望月 理念は、やっぱり親企業がない分、みんなから支えてもらわないといけないクラブだと思うので、1人でも多くクラブに関わる人たちを作っていきたい。あとは、単独でどうのこうのでやる時代でもないと思うので、横のつながりというか、みんなで集まりみんなで集合して力というかパワーというか、そういうものを作っていく時代。支え合ってというか。

——それは相模原という地域でですか?

望月 そうです。それだけでなく、いろんな企業に入ってもらって、チームを作っていく。支えていくクラブチームっていうものが理想だったり理念というところですね。

——相模原というクラブを中心に集まれるような存在であると。

望月 はい。チームを立ち上げた頃は何が何でも自分の力でチームを作っていくというような、こだわりや頑固さを持っていました。でも今はもうそういう時代じゃないというか、いろんな人と手を組んでいろんなものを作り上げていく。それが今の時代のクラブチームの作り方なんじゃないかなと思います。だから、クラブもオープンにしなきゃいけないし、いろんなことを透明化しないといけない。

——透明化というのが本当に、人と人が信頼しあう時の一番のポイントになるじゃないですか。人間って見えないものにどうしても疑心暗鬼になってマイナスのほうに考えちゃうことがあると思います。だから透明化というのは、格好つけちゃうのか、自信がないのか、なかなか簡単にはできない。そこは望月さんに格好つけとかそういうのがないんですね。

望月 ないですね。ないというか、そういうふうにやらなきゃ生き抜いていけないと思うんですよ。

——生きるために信頼関係を築く。

望月 そうですね。これが本当に100億200億あったら、またクラブの運営の仕方とか作り方が違ってくると思います。だけど我々のクラブの立ち位置というのは、そういうことをやっていかないと生き残れないんじゃないかなと思うんです。

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