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チェルシー戦で露呈したリオネル・メッシの課題。“神の子”が迎えた最大の試練とは

2012.05.21

Champions 日本版 6月号 掲載
クラブ史上初のチャンピオンズリーグ制覇を成し遂げたチェルシー。そのチェルシーに準決勝で敗れた前回王者のバルセロナ。ペップ・グアルディオラが監督退任を表明し、バルサが新たな時代を迎えようとする今、リオネル・メッシも試練の時を迎えている。

Words by PAUL SIMPSON, Photo by Mutsu Kawamori

■サッカーを楽しむ気持ちの裏にストイックな精神を備えている

 ミシェル・プラティニは次のような言葉でサッカーの持つ魅力と怖さを表現している。「万能の王であるかのような気分にさせてくれるが、その効き目は一週間限定で、翌週にはピエロのように感じることもある」。UEFA会長の言葉は、チャンピオンズリーグ準決勝が行われたカンプ・ノウのピッチで劇的に証明された。フェルナンド・トーレスとリオネル・メッシ。2人の運命は、まさにディケンズの作品のようにコントラストがくっきりと分かれた。チェルシーの決勝進出を決定付ける貴重な得点を決めたトーレスにとっては最高の瞬間であり、PKをクロスバーに弾かれ、敗退が決まった瞬間にユニフォームで顔を覆ったメッシにとっては最悪の瞬間だった。

 メッシは素朴で控え目な性格で知られている。チャンピオンズリーグ連覇の夢が潰えた時も、彼が我を忘れることはなかった。その表情からは、深い悲しみは読み取れても怒りは読み取れなかった。だが、実際のメッシが“感情の起伏のない男”かと言えば、決してそうではない。公衆の面前で怒りを爆発させるような振る舞いはしないにせよ、彼だって怒りを覚えることはある。

 かつてメッシは「小さかった頃から、負けるのだけは好きじゃないんだ」と話している。“ロンド”と呼ばれるバルサの有名なパス練習で、メッシがボールを失った時には(そんなことはまず起こらないが)途端に不機嫌になるそうだ。かつてバルサを率いたフランク・ライカールトから右ウイングへのコンバートを命じられた時も、「腹立たしかった」と後に認めている。

 メディアの中で、メッシの素顔を最もよく知るのは、彼の伝記を書くために密着取材を続けているジャーナリストのルーカ・カイオーリだろう。彼はメッシについて、05-06シーズンのチャンピオンズリーグ決勝で、太ももの故障によりベンチ入りメンバーからも外れたことを知らされて、怒りを爆発させたと語る。メッシはずっと怒ったまま試合を観戦した。サミュエル・エトオとジュリアーノ・ベレッチのゴールでバルサが14年ぶりに欧州制覇を果たした後、ロッカールームでチームメートを出迎えたが、授賞式のためにピッチに出るのを頑なに拒んだ。結局、先輩のデコとロナウジーニョになだめられ、「試合に出ていなくても関係ない。タイトルはチーム全員で手にしたもので、君も優勝に貢献した」という説得を受けて、ようやく出て行くことを了承したそうだ。おとなしいイメージからはちょっと想像しづらいメッシの本当の姿が、そこからは読み取れる。

 チェルシー戦の結果でメッシが自分自身を責めるのではないかと懸念したペップ・グアルディオラ監督は、試合後の会見で彼を慰めようとした。「選手たちには大変感謝している。確かに今、メッシは嫌な時間を過ごしている。しかし、時に人は笑い、時に悲しむ。今回は我々が悲しむ番だということだ」

 常勝チームだったバルサのチームメートは、敗戦に悔しがるメッシの姿をあまり見る機会がなかったかもしれない。それをよりよく知るのはアルゼンチン代表のチームメートだ。アルゼンチン代表のマネージャーを務めるカルロス・ビラルドは、ある試合で敗れた後にロッカールームでメッシが泣き崩れたエピソードを教えてくれた。「メッシはただ泣き続けた。まさに号泣といった感じで、止まらなかった。困ったディエゴ・ミリートが、どうすべきか私に助言を求めに来たよ。私は彼にそのまま泣かせておくように言った。メッシがいかに代表を愛しているか分かると思う」

 いや、これはむしろ、「いかにメッシが勝利にこだわっているか」を示すエピソードだろう。この手の話が興味深いのは、結局のところ我々サッカーファンが、選手の心の内面についてほとんど何も知らないからだ。メッシは勝っても負けても淡々としているように見えるが、実際は腹の底に獰猛な競争心を飼っている。それこそが、メッシが世界最高の選手へと引き上げた要素であるに違いない。

 普段のメッシは楽しそうにプレーする。それは敬愛する先輩のロナウジーニョから彼が受け継いだ美徳の一つで、どれだけプレッシャーのかかる舞台でも、まずはボールと戯れ、サッカーへの愛情をピッチ上で発露しようとする。だが、それは同時に、喜びの裏にストイックな精神を備えてもいる。

 負けず嫌いのエピソードをもう一つ紹介しよう。2003年5月、バルサのユースチームに所属していたメッシは、試合の8日前にほお骨を骨折していたにもかかわらず、決勝でプレーするためにマスク着用で試合に出場した。この試合でメッシは2得点を挙げて勝利に貢献するのだが、キックオフから7分後にベンチに駆け寄り、「視界を遮るから」とマスクを脱ぎ捨ててコーチ陣を仰天させた。小さなメッシを誰も止められなかった。言っても聞かないことを知っていたからである。

■勝利に対する強い執着と“奔放な天才”とは正反対の性格

 メッシが持つ強い意思はどこから生まれたのだろう。子供の頃、彼は毎晩寝る前に成長ホルモンを注射していた。それは、「体格が能力を裏切ることはない」と自身に暗示を掛ける作業のようなものだ。彼はまた、幼い頃からサッカーをただ楽しむだけでなく、バルサで成功を収めなければならないというプレッシャーとともに生きてきた。彼はバルサのカンテラ(下部組織)に入団するために、家族を2つに割ったのだ。彼はカイオーリにこう語っている。「父と僕がバルセロナに行き、残りの家族はロサリオに残った。それは家族にとって苦しい決断だった。もちろん僕にとってもだ。寂しくて泣くことも多かった。でも、その姿を父に見られるわけにはいかなかった」

 そんな彼の不屈の精神は、インタビューではほとんど見られない。彼は常に聡明で謙虚な好青年に見える。様々な悩みを抱えた奔放な天才であったディエゴ・マラドーナとは正反対の、愛すべき“少年”なのだ。おとなしすぎる性格というわけではないが、その落ち着きは時に人に誤解を与える。実際、バルサの選手もメッシに初めて会ってから数週間は、その人となりを把握できず、“人付き合いの距離感”を掴めないようだ。

 2010年4月、バルサとアーセナルの試合をロベルト・バッジョが観戦に訪れた。だが、バッジョから「まさに天才だ」と称えられたバルサの10番は黙り込んでしまった。次に会った時、メッシはバッジョの息子へとサインの入ったユニフォームをプレゼントした。後から聞けば、メッシはバッジョの大ファンなのだが、恥ずかしくて何も言い出せなかったそうだ。

 もっとも、その控え目な性格は、多くの人に好印象を与える。若くして成功を収めたスポーツ選手にありがちな傲慢さとは無縁であることが、その印象をより引き立たせる。イタリアの伝説的な点取り屋であるパオロ・ロッシは、メッシのパブリックイメージについてこう言及している。「私はメッシのプレーはもちろん、その振る舞いも気に入っている。不平を言わないし、常に真剣に、そして楽しみながらサッカーに取り組んでいる。タトゥーをしていないのもいいね」。ロッシはまた、その素朴さを引き合いに出してマラドーナとの比較を試みている。「マラドーナはメッシより気難しかった。それがチームを引っ張る魅力でもあったが、その資質は時に過剰でもあった。その点、メッシはバランスが取れているよ」

 もっとも、チームがビッグタイトルを逃した今、「バランスが取れている」というロッシの言葉が適切かどうかは分からなくなってきた。人々を奮い立たせるスポーツ映画のヒーローはすべて、ある種の激しさを秘めているものだが、“無色透明”なメッシにはそれがない。

■チームがリズムを失う中でその流れに逆らう能力を欠いている

 バルサのカンテラ時代のチームメートは、メッシについてこう証言している。「レオはサッカーにしか興味がなかった。映画館やカフェにも行こうとしない。一緒にプレーしていた当時はジャージ姿しか見たことがなかった」

 しかし、メッシがどれだけサッカーに興味を持っているか、矛盾した話もある。彼はサッカーの試合をテレビ観戦することがほとんどない。「すぐに飽きてしまって、90分間見ることはない」と彼自身が証言している。むしろ、彼がサッカーの研究のために使うのは、プレイステーションだ。メッシはサッカーゲームを愛し、いつも自分のチームに自分を加える。その理由は「どんな方法で僕が勝つのか見たいから」だそうだ。

 バルサのプレーメーカーであるチャビは、若い頃のヨハン・クライフと比較される。入手できるすべての情報を吸収し、戦術や動き、敵と味方の並びについて考えている。メッシはどうだろうか? チャビとは逆で、考えを巡らせたりはしない。あるインタビューで彼はこう述べている。「僕は考えない。ただプレーするだけ。試合中に考えていることがあるとしたら、『パスをくれ』だけだね。すべては本能から生まれているんだ」

 カイオーリとのサッカー談義の中で、メッシは自分のサッカー哲学をこう説明した。「僕はロニー(ロナウジーニョ)みたいに、完璧になるまでシュート練習するような選手じゃない。彼は反復練習の成果を試合で体現してみせる。でも、僕は何か積み上げたものを披露するわけじゃない。ただプレーして、その瞬間にすべてを発揮しようとするだけなんだ」

 バルサとチェルシーの試合が行われた後、イギリスの『インディペンデント』紙は、メッシについて「メッシのパフォーマンスが低下したのは、本能に頼った結果だ」と批評した。バルサの10番の能力を評価しつつも、「彼は常にトップにいる選手に必要なある要素を欠いている。チームがリズムを失う中で、その流れに逆らう能力だ。この仮説が正しいかどうかは、いずれ時間が教えてくれるだろう」。記事はこう続く。「クライフはどのスキルも手に負えないレベルにあったが、こと洞察力において計り知れない輝きを放っていた。クライフはピッチで美しいハーモニーを奏で続けるセンスがあったが、それは思慮深さと、どんな試合でも自分を見失わず流れを読み取る絶対的な理解力に起因している」

 メッシはチェルシー戦で、そのような絶対的な理解力を示したか? おそらくノーだろう。1974年、追い詰められたふりをしてジョージ・フォアマンを倒したモハメド・アリのようだと評されたチェルシーに対し、メッシはあまりにも“チームの一員”でありすぎた。クライフやマラドーナが持つ、“アクの強さ”が少しでもあれば、2度立ちはだかった青い壁を突破することは可能だったはずだ。

■いつまでリーダーシップに背を向け続けることは許されない

 カンプ・ノウでのバルサは、準々決勝ではミランに勝利し、準決勝ではチェルシーに引き分けた。この2試合におけるメッシのデータを比較すると、結論を出すのは難しいとしても、ある傾向を導き出すことはできる。ミラン戦でのメッシは2得点を決めたが、チェルシー戦での彼はより多くボールに触れ、多くのパスを通し、アシストも記録した。だがその一方で、チェルシー戦ではシュートチャンスに恵まれず、アタッキングサードでのパス成功率やドリブルで仕掛ける回数が落ちている。最も注目すべきは、チェルシー戦ではペナルティーエリアとその周辺から“排除”され、まともにボールに触れさせてもらえなかったことだ。

 メッシの才能は誰もが認めるところだが、完全無欠ではなかったということだろう。当然、来シーズンの対戦に向けてどのチームもこれらのデータを参照し、メッシを押さえにかかるはずだ。もっとも、このデータはメッシの敵ではなく、彼自身を利するかもしれない。メッシがこの敗戦に対する怒りと嘆きから立ち直り、自分のプレーについて深く考えた時、もう一つ上のレベルのプレーヤーへと自身を引き上げるための大きなヒントになるかもしれないのだ。

 プレーヤーとしての“アクの強さ”に話を戻そう。メッシはかつて、サッカーにおけるリーダーシップについての議論の中で、「すべてのサッカー選手がリーダーであるべきだとは、僕は思わない」と言い切った。

 先述の通り、メッシはこれまで本能のままにプレーして結果を出してきた。だが、ここに来て状況はそれを許さなくなりつつある。グアルディオラは去った。チャビはベテランの域に達した。今、メッシは変化の必要性に直面しているのだ。絶頂期のクライフやマラドーナが示したようなリーダーシップやカリスマ性、知性を発揮して、チームを引っ張って行く姿勢を見せること。いや、現実的にバルサのリーダーとしてチームを引っ張ること。これが今のメッシに突き付けられた課題だ。ただ、それはある意味、これまでの生き方そのものを変えることを意味する。過去に彼が乗り越えてきた課題とは全く別の困難を伴うのだ。ただ、それも自然の成り行きである。メッシほどの選手になれば、いつまでもリーダーシップに背を向け続けることは許されない。選手の格としてもそうだし、年齢的にもそうだ。

 メッシは今、バルサで主力としての地位を確立して以来、最大の試練を迎えている。チームが変わる中、彼もまた変革を求められているのだ。もっとも、今回の敗退で「どちらに味方するか分からない」ことを示したサッカーの神様は、次の瞬間にはまた彼に微笑みかけるかもしれない。実際、トーレスのゴールはサッカーの神様が時にあっさりと救いをもたらしてくれることの証明でもある。

 明日のメッシは万能の王様だろうか、それともピエロを演じているのだろうか──。

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【浅野祐介@asasukeno】1976年生まれ。『STREET JACK』、『Men's JOKER』でファッション誌の編集を5年。その後、『WORLD SOCCER KING』の副編集長を経て、『SOCCER KING @SoccerKingJP』の編集長に就任。

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