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名門復活への課題。「英雄への批判は不当。リヴァプールファンには忍耐が求められる」

2012.04.18

 昨年1月の現場復帰以来、ケニー・ダルグリッシュ監督は愛するクラブを再建すべく手を尽くしてきた。しかし、いまだ不振から抜け出せずにいるチームに対し、ファンの中には不満の声を上げる者もいる。このダルグリッシュへの批判は明らかに不当である。周囲が辛抱強く待たなければ、名門に真の復活はない。現地記者は、そう唱える。

Text by Jonathan WILSON, Translation by Alexander Hiroshi ABE

■“英雄”に降り掛かるファンからの非難の声

 今シーズンのプレミアリーグのタイトル争いは、ユナイテッドとシティのマンチェスター勢に絞られた。この予想に反論する人間はまずいないだろう。ただし、プレミアリーグがかつての“ビッグ4”時代から“ビッグ6”へと変わりつつあるという論調については意見が分かれる。評論家の中には6強ではなく、マンチェスターの2チームが頭一つ抜けていると考える者も多いためだ。

 もっとも、私の個人的な意見では「2強時代」を唱えるのは時期尚早だと思っている。アンドレ・ヴィラス・ボアス監督の解任で混乱しているとはいえ、チェルシーには依然として十分な資金力があるし、序盤戦で大きくつまずいたアーセナルもアーセン・ヴェンゲル監督の下で奇跡的な復活劇を演じている。一時の勢いには陰りが見られるものの、トッテナムもすっかり強豪クラブとしての風格を身につけた。少なくとも現段階では、彼らと上位2チームとの間にそれほど大きな差はない。

 では、ビッグ6の最後の一角、リヴァプールはどうだろうか。ジョン・W・ヘンリーが新オーナーになって以来、彼らは名門復活に向けて正しい道を歩んでいるように見える。だが、22年もの間リーグタイトルから遠ざかり、今シーズンも早々にタイトル争いから脱落したチームにかつての成功を望めるのか。サポーターの一部は、さすがに堪忍袋の緒が切れ掛かっているようだ。

 ゴール裏のコップスタンドにサポーターが集い、タオルマフラーを掲げて『You’ll Never WalkAlone』を熱唱する光景は今も昔も変わらない。3月13日に行われたマージーサイド・ダービーでエヴァートンに3ー0の快勝を収めたことで、ファンのストレスはいくらか解消されたかのようにも思える。だが、水面下では今なお不満の声がくすぶっている。ツイッターやラジオ番組の意見交換の場では、依然としてファンの不満の声が後を絶たないのだ。その数の多さには私も驚かされた。

 もし“キング・ケニー”こと、ケニー・ダルグリッシュ以外の人物が指揮を執っていたなら、監督は辛辣に批判され、とっくに辞任を余儀なくされていただろう。実際に、マスコミやファンから人気がなかった前任者のロイ・ホジソンは、成績が落ち込むとすぐに批判にさらされ、わずか半年間でチームを追われている。現役時代にリヴァプールで成功を収め、監督としてもクラブに大きく貢献してきたダルグリッシュが偉大な存在であることは間違いない。しかし、そんな彼でさえ、徐々に批判の対象となっているのだ。

 ホジソンもダルグリッシュも、かなり難しい状況でチームを引き継いだ。リヴァプールはトム・ヒックスとジョージ・ジレットがオーナーだった時代に十分な投資がなされなかったことで、不均衡なチームになってしまったのだ。そんなチームを立て直すには時間が掛かるし、改革を施していく上ではいくつかの試行錯誤がある。これは他のクラブにも言えることだが、クラブやファンは新たな監督に対して、もう少し辛抱強く見守るべきではないだろうか。

■ダルグリッシュの実績は評価されてしかるべき

 辛抱強さがクラブに栄光をもたらした例は過去にいくらでもある。イングランドサッカー界屈指の名将として知られるブライアン・クラフは、ダービーでの1年目に2部降格を余儀なくされたが、そこからわずか1年で1部復帰を果たし、5年後にはリーグ制覇を成し遂げている。アレックス・ファーガソンがユナイテッドを初めてリーグ優勝に導いたのは就任7年目のことだったし、ハーバート・チャップマンがアーセナルにリーグタイトルをもたらしたのも6年目だった。リーズの選手兼任監督を務めたドン・レヴィーは、当時2部にいたリーズを3年掛かりで1部へ導き、その後にリーグ制覇2度、FAカップとリーグカップを1度ずつ制している。

 リヴァプールの歴代監督たちの成績を見てみよう。原稿執筆時点で、ダルグリッシュは就任からリーグ戦で44試合を戦い、72ポイントの勝ち点を獲得している。同時点での歴代の監督たちの成績は、グレアム・スーネスとロイ・エヴァンスが68、ラファエル・ベニーテスが65、ジェラール・ウイエが63で、ダルグリッシュは誰よりも多いポイントを獲得していることが分かる。また、今シーズンは既にカーリングカップのタイトルを獲得し、FAカップでも準決勝に進出。プレミアリーグで歴代最高の勝ち点を獲得しつつ、国内カップ戦でも結果を残しているのだ。

 プレミアリーグを優先すべきというのはもっともな意見だが、ダルグリッシュはまずトロフィーの数を増やすことを選んだ。チームの変革を進めながら、ある程度の結果も求められる現状、この方針を責めることはできない。

 チャンピオンズリーグの重要度が高まった今のサッカー界では、国内のカップ戦が軽視される傾向にあり、比較的簡単に優勝が狙える状況にある。その隙をうまく突いた点、リヴァプールのようなビッグクラブが真剣に優勝を狙うことでタイトルの権威を回復させたという点において、ダルグリッシュの姿勢は評価できる。

 ただ、リヴァプールが真の復活を遂げるためには、このような考え方を少しずつ変えていく必要がある。下部リーグとの対戦が多いカップ戦では、残念ながらファンが心ときめく要素が少ないのだ。今後も国内カップ戦の重要性が変わらない以上、ファンを真に納得させるためには、“カップ戦で優勝を狙うチーム”からの脱却を目指さなければならない。

■リヴァプールに見る補強戦略の難しさ

 ここまで、ダルグリッシュへの批判が不当であると論じてきたが、彼とクラブの体制について非があるとすれば、それは選手の補強に関してだろう。ダルグリッシュは就任以来、ルイス・スアレス、アンディ・キャロル、スチュワート・ダウニング、チャーリー・アダム、ジョーダン・ヘンダーソンといった即戦力を次々に獲得してきた。しかし、その中で本来の実力に近いプレーを見せているのはスアレスだけだ。そのスアレスにしても、パトリス・エヴラに対する人種差別発言が大問題となり、サッカーどころではなくなってしまった。この件に関するリヴァプールの対応も悪く、クラブの名前に傷がついた格好だ。

 リヴァプールの例を挙げるまでもなく、補強は周囲が考えるほど単純なものではない。昨年1月、リヴァプールはフェルナンド・トーレスとライアン・バベルを放出してスアレスとキャロルを獲得した。チェルシー移籍後のトーレスの様子を見る限り、リヴァプールはライバルチームを相手に“おいしい商売”をしたと言える。

 ただ、ニューカッスルには大もうけさせてしまった。プレミアリーグでの実績に乏しいキャロルに、3500万ポンド(約46億円)もの大金を費やすという大きな賭けは、ここまでのところ“負け”と言わざるを得ない状況だ。今後、キャロルがチームにフィットし、今まで損した分を一気に取り戻す可能性もあるが、現在のプレーぶりを見る限り、彼が本領を発揮するまでにはもう少し時間が掛かりそうだ。

 ダウニングはマン・オブ・ザ・マッチに輝いたカーリングカップ決勝を除けば完全に期待外れで、将来性を感じさせるヘンダーソンにしても約26億円という移籍金の額には疑問符がついたまま。前半戦は及第点の出来だったアダムも、最近は明らかにフォームを崩している。新戦力の中で最も活躍しているのがフリートランスファーで獲得したクレイグ・ベラミーなのだから皮肉なものだ。大金を払って獲得した選手が結果を残せず、自由移籍で加わった選手が存在感を示す。補強とはえてしてそういうものだが、リヴァプールの補強で特にその傾向が強いと思うのは私だけだろうか。

 もっとも、イングランド人の有力プレーヤーに大金をつぎ込むという姿勢には、今のリヴァプールとダルグリッシュのこだわりがうかがえる。キャロル、ダウニング、アダム、ヘンダーソン、ベラミーの5人はいずれも英国圏の選手。ベニーテスがラテン系の選手ばかりを獲得して波紋を呼んだ時代と比べると、英国人中心のチーム作りには好感が持てる。

 リーグ戦では全く振るわなかった。補強も決して成功とは言えない。しかし、今シーズンのリヴァプールは2006年以来となるタイトルを手中に収め、FAカップでも優勝の可能性を残している。昨シーズンの惨状を考えれば、これだけでも十分評価に値するシーズンと言える。

 不満を述べるファンの話を聞いていると、問題はクラブにあるのではなく、古き良き時代の再現ばかりを望む彼らの考え方にあるのではないかと思ってしまう。成功は一夜にしてもたらされるものではない。努力し、長い時間を掛けて勝ち取るものだ。不調の時もあれば、監督が間違った判断を下してしまう時もある。こういった困難を乗り越えなければ、真の成功には決して手が届かない。

 ファンはそんな分かり切ったことさえ忘れて、監督に過度の期待を寄せる。新監督が就任した最初のシーズンから優勝を期待するのは、もはや現代サッカーにおける悪しき通例と言っていいだろう。ダルグリッシュは「ポイントだけで成功か、失敗かを判断するのはおかしい」と発言しているが、私も彼と全くの同意見だ。

 繰り返すが、リヴァプールのファンには忍耐が必要だ。今、ダルグリッシュを信じられなければ、今後どんな監督がやって来たとしても、指揮官に信頼を置くことなどできないだろう。

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【浅野祐介@asasukeno】1976年生まれ。『STREET JACK』、『Men's JOKER』でファッション誌の編集を5年。その後、『WORLD SOCCER KING』の副編集長を経て、『SOCCER KING @SoccerKingJP』の編集長に就任。
 

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